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第18話 はじまりのいえと りゅうのこども

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その1

昔々、ある国に、二人の王子がいました。
彼らの親は兄弟同士で、彼らはいつも心を一つにしていました。
国は、途中で二つに分かれてしまいましたが、彼らによって再び一つとなりました。
その時に、二人のうち一人は、見えなくなってしまいましたが、
心は一つのままでした。
時は過ぎて、様々な時代が過ぎて、人は何代も死んで後、二人の王子は、共に立って前を見据えていました。
彼らを何度も引き裂こうとするもの、昔からいた、分裂を引き起こすものが、彼らの前に立ちはだかったからです。
彼らは、ともに手をとって、敵を見て、剣を握りました。

「兄弟、我が弟よ、話したいことや語りたいことは山ほどあるが、今は時ではない。
再会を祝うのは、この後にしようか。」
紙片の勇士は言った。
英雄は、敵から目を離さず、答えた。
「兄さんとなら、どんな相手だって、負けるわけないよ。
早く倒して、昔みたいに、共に食卓を囲もう。」

大きな黒い蛇は、三つの頭を持ち、それぞれ獣のような牙を持っていました。
蛇は、物語の具現をにらみ、それぞれの頭が一斉に襲ってきました。
その勢いは暴風のように、途中にあるすべてを吹き飛ばしていきました。
しかし、物語の使者も黙ってはいません。
虹の雲は光る霧となって、蛇たちの目を覆い、平和のために植えられた木は、蛇の攻撃を受け止めました。
火をまとう獣は、勇士たちと共に駆け出し、蛇の懐に噛みつきました。
蛇は痛みに身をよじらせ、火の獣たちを振り払おうとします。
勇士たちは一度退きますが、火をまとう獣は、食いちぎった蛇の一部を燃やし、身を大きくしていきました。
そして、蛇にまとわりつき、さらに焼き焦がそうと爪を立てました。
蛇の鱗は切り裂かれ、そこから黒いもやが流れ出ました。
王女は光る雲に命じて、それが広がらないように、他のものに害を与えないように、境をつくりました。

参謀はそれらを見て歯噛みしていましたが、一つの書物、まだ読んでいない文書を取り出して、それを開きました。
古きに蒔いた毒の種、人が生まれて離反をし、その後すぐに蒔かれたもの。
この地を作った方によって植えられたものではないものに、参謀は呼びかけようとしていました。

そのころ、少女と羊たちは、光る球を見送った後、これからどうすべきかを話し合っていました。
彼らは顔を合わせ、額を寄せ合って、彼らを導いた方に、次の進むべき道を求めました。
すると、すぐそばで語りかける声がありました。
「子らよ、上へ登って行きなさい。
近くにある階段を使い、音のする方へ、激しい音が鳴り響く方へ、歩を進めなさい。
それを聞いて恐れてはならない、あなたがたは心を鎮めて、そこへとたどり着きなさい。」
彼らは顔を見合わせ、互いにうなずき合いました。
彼らに語りかけた方の顔はその場にはありませんでしたが、その声は確かに、彼らに語りかけられ。
彼らのうちに、そのことばは入っていきました。
少女たちは部屋の中を探して階段を見つけ、上へと登って行きます。
その途中、地上へと出た時に、階段の外の窓から、日の光が差し込んでいました。
彼らはそれを見て、日が傾いていることと、遠くに暗い雲があることに、違和感を感じました。
しかし、彼らは歩くことをやめず、足を止めることなく、次の階へと向かいました。

その2

昔々、大昔、地の砂漠の上を、竜の死体が広げられていました。
それは、この地を敷かれ、天をおおいとして引き伸ばして、天幕のように張られた方によって、刺し殺されたものでした。
肉はそこにいた人々に振る舞われ、その腹を満たすために振る舞われました。
彼らはそれを食べ、そして、食べたものを差し出された方、自分たちを導かれた方を見上げ、その姿を求めました。
しかし、彼らはそれを見ることはありませんでした。
彼らの腹の中には、竜を作っていたものがあり、彼らの心の求めているものは、それだったからです。
父は、彼らを見て言われました。
「わたしのことばを聞いて、生きなさい。
あなたがたの心の求めるままに求め、それを得て生きようと考えてはいけない。
あなたがたはわたしの民として、それらを制し、ただわたしのことばによって生きるように。
あなたがたに先に示し、これを食べさせた。
あなたがたは、わたしを求め、わたしが愛するように、わたしを愛し、互いに愛し合いなさい。
心の求めるままに、汚し事を行ってはいけない。
それは、自分を傷つけ、後に来るあなたがたの子らにつまずきを与えるようなことだから。
あなたがたは、わたしのことばを聞いて受け取り、それを歌って生きなさい。」

首に繋がれていた鎖は解かれ、その身を捕らえていたくびきは砕かれました。
人々は荒野に連れて行かれ、彼の手によって救い出され、全集団は砂漠の旅へと引いて行かれました。
そこで、彼らは練られ、彼に属するもの、選ばれた民として訓練され、内側からかえられていきました。
食べるもの、飲むもの、見るものや聞くものすべてを、彼の紡ぐ風と世界によって与えられ、
幼子が立派な勇士として、軍隊に入るまでに過酷な道を通るように、人々は通って行きました。
また、彼らの持ち物は傷つかず、彼らの身は守られて、貧しいものも富むものも、飢えることなく、渇くことなく。
足りずに死ぬことも、余って腐らせることもありませんでした。
それは、我が子を愛し、慈しむ方が、目を注ぎ、心を注いで、すべての良いものを人々に与えられたからでした。

これは、もう少し先のお話、これは、この光景を見たものによって書かれたもので、
この世界を紡がれた方のもとで書かれたものです。

物語の使者である勇士と英雄は、息を合わせ心を合わせて、相対する敵を切っていき、剣を持って刻んでいきます。
その傷からは、黒いものが漏れて、形を作り、四つ足の黒い獣の姿となりました。
黒い獣は吼え猛り、英雄たちに襲いかかろうとしますが、王女の指揮の下、物語の使者たちと英雄の前に次々と倒れていきます。
黒い獣が生まれてくるよりも早く、勇士たちは剣を使い、自分たちの武器を使って敵を倒し、退けていきました。
蛇や獣は苦痛と怒りの叫びをあげますが、反撃はことごとくつぶされていき、為す術もありませんでした。
しかし、参謀は違いました。
先に呼び出した黒いものたちが戦っている間、新たに開いた本を読み上げ、さらなる獣を呼び寄せる準備をしていたのです。
それは、国を飲み込み、踏み潰したもの。
鉄の牙と爪があって、その頭には何本ものツノがある、地上には見られない獣でした。
それは、昔からそこにあって、人々は目にしていましたが、それだとは気付かずに、すぐそばで生活し、町の一つとして暮らしていました。
その日、血のように赤く染まった空に沈む、日の光を浴びて、呼び出されて目を覚ますときまでは。

王都に一番近い町、現国王と兄弟のように育ったものが治める町の中心。
そこにそびえ立つ塔の頂に、赤い光が宿りました。
それは怒りに燃え、この地に縛りつづけられた憤りのゆえに、炉から漏れ出す炎のように揺れていました。
塔全体は、生き物のように変化し、その表面はウロコのように、変わっていきました。
塔はゆっくりと動き出し、地は揺れ動き、人々は地震が起きたのだと叫びだします。
その日、貧しいものたちへ施しに行くために、彼らを食卓へと招くために、町に出ていた町長は、
地響きのする方、自分たちが出てきた塔の方を見ました。
ちょうど夕日に照らされ、黒い影がくっきりと刻まれた建物は、生きているようにうねり、その先端は、こちらを向くように、動きました。
そして、町長は、あれは塔ではない、何かだと思いました。
それから目を離すことはできないのに、見ているだけで背筋が凍り、身体中から汗が吹き出ました。
あれは、ここにいてはならないものだ。
そう町長は思いましたが、自分にはどうすることもできないことも、知っていました。

その3

遠くで叫ぶ声が聞こえます。聞いてはならないものの声が。
聞いたものの道を壊し、進むべき栄光の道を、破壊するもの声。
これに立ち向かうものの剣は折られ、向けられた槍は通らず、矢は届く前に落とされます。
昔いた蛇は目を覚まし、滾る憤りを、自分を落としたものの方へと向け、歩み始めます。

王女は、遠くから刺すような叫びを聞きました。
物語の使者や英雄たちには聞こえないようですが、王女は耳にし、目を窓の外へと向けます。
空は赤く染まり、日が傾き、一日の終わりを告げていましたが、
王女の目には、目覚めてはいけないものが、その活動を始めたように感じました。

参謀もその声を聞き、気味の悪い笑みを浮かべました。
黒い蛇や獣は、次々と倒され、地に伏していきますが、そんなことなど意に介さないかのように、
目に入っていないように、笑い、両手を上げて喜びの声をあげました。
「来るべき時が来た。
私が望み続けて、ようやくその鎖が解けたようだ。
長かった、実に長かった、種を蒔き、肥やしである毒を注いで満たし、ゆっくりと年月をかけて見守ってきたものが。
その実が熟して、この地に落ちたようだ。」
英雄たちは、最後の一つとなった蛇の頭を、剣で貫き砕いた後に、参謀を見て言いました。
「これであんたも終わりだ、この国を苦しめるのも、日没とともに幕を閉じる。」
参謀は、英雄たち、その奥にいる王女に目を向けて大きく口を開きます。
「日没は、始まりですよ、王女様。
この国と、世界とが食い尽くされる時間のね。」
王女は、参謀の目が嘘を言っているようには見えず、また先ほど聞いた叫び声のために、胸が騒ぎはじめました。
王女は、英雄と物語の使者たちに言います。
「気をつけてください。
今までと比べ物にならない、大きなものが近づいてきます。」
英雄たちはそのことばを聞いて王女の方へと振り向きますが、そのとき、大きく地面が揺れ動きます。
英雄たちは窓の外を見ると、こちらに近づいている、黒く大きな何かがいました。

黒い竜は、人を食らい町を踏みつけて壊し、進んでいきました。
その目はまっすぐ、王都の方へ向けられ、その足の踏んだところは地が沈み、作物の育たぬ不毛の地となっていきました。
巨体ゆえに、動きは遅くても、進む足は速く、どんどん近づいていき、ついに王都の城壁のところまで来ました。
黒い竜は手を伸べて壁を壊し、軽々と越えていき、町の中に侵入していきました。
そこには目覚めたばかりの幼子のように、意識を取り戻しつつあった人々がいましたが、
みな、竜に気付くと叫んで逃げまどい、狼に食い荒らされる羊の群れのように、右に左に走り回りました。
黒い竜は、そんなことなど意に介さず、王宮の方へ歩いていきました。
自分を倒し、地に伏させて縛ったもの、自分が反逆したものの子たちを、食い尽くすために。

窓の外で、黒い竜が叫ぶのを、王女たち皆は見ていました。
その声は耳をつんざくもので、その勢いで窓のガラスはすべて割れてしまいました。
王女たちは耳を押さえますが、参謀はますます笑うだけで耳は痛くないようでした。
参謀は言いました。
「最後の食卓が整いました。
さあ、屠るための羊も用意されております。
杯のための注ぎものも、ここに並んでおります。
皆で心行くまで、その身が朽ち果てて、ことばの紡ぐことができなくなるまで、楽しみましょう。」
それはまさしく闇のもののことばであって、彼は余すところなく、自分の汚れたところをぶちまけました。

その4

「ことばはその場を支配し、ことばを扱う者の意のままに場を導く。
それは、正しいかどうかにかかわらず、ことばに含まれた力に従って、すべてを引いていきます。
だから、ことばに気をつけなさい。
我が子よ、あなたの剣である舌を軽々しく扱ってはいけません。
王たるものが、どうふるまうのか、あなたに示し、教えてきたはずです。
だから、あなたがいまどうすべきなのかを、わたしを見て悟りなさい。」

王女は、内に語られたことばを受け取り、その意味を探りました。
だれが語り掛けたのか、それはその方でした。
何のために語り掛けたのか、それはこの場を敵に任せず、あなたがその方によって導かれるためでした。
その意味は何なのか、それはあなたの前に、その方が立ってらっしゃるということでした。

「宣言しなさい。」
その方は王女のうちに力強く語られました。
王女の心は火が鉄を溶かすように熱くなり、その口からは熱された青銅のように、純粋で力強い、ことばが発されました。
「黙れ、妨げるものよ。」

羊たちは、階段を登り、上の階に向かう途中、大きな叫び、吠える声を聞きました。
それは大きく、建物全体を揺らすほどのもので、羊たちは耳を押さえてその場にしゃがみ込みました。
痛みが引いていくのを待ち、揺さぶられた頭もきちんともとに戻ると、三人は顔を合わせました。
何が起こっているのかはわかりませんでしたが、とんでもないことが起きていることは、三人ともわかりました。
羊は「めえ。」と鳴いて走り出し、あとの二人も後ろを追いかけるように駆け出しました。

三人は開けた場所にでました。
屋根があり窓や壁がない、外と直接つながる廊下のようでした。
かなり高いところまで登ったようで、町を見下ろしてみると、模型のように小さく見えました。
しかし、三人は、先ほどまでいた町にはいなかった、異常なものを見て、それに釘付けになりました。
赤い夕日に照らされている、とても大きな黒い竜が、町の真ん中にいたからです。
さっきの大きな叫ぶ声は、あの凶悪な口から発せられたのかと思うと、羊は震えました。
きっと、あの竜を王女や英雄も見ている。
黒い竜が町やこの国を滅し尽くさないように、ここで倒さないといけない。
少女はそう考えて、拳を握りしめました。

変わらない方は言われました。
「わたしはこの日のためにあなたを作った。
あなたはわたしのもの。
わたしの喜びの器よ、その音色を奏でておくれ。」
その器にはよいものが注がれ、いのちに溢れていました。
天地を創られた方の雫は絶えずその中に満ちていて、その器から香ばしい香りとなって放たれていました。

永遠に変わることなく、その王座は揺るがない方が、御座から器を覗かれました。
それは、非常によく、それを創られた方のみこころのとおりでありました。
これを脅かすものは、その香りに当てられ、酔ったように振る舞います。
これを盗むものは、足が絡まり、口が開かなくなって、息絶えます。
しかし、これから父の水を飲むものは、まことのいのちがその人のうちに宿り、枯れぬ泉として溢れるようになりました。

これを壊そうとするものの腕は折られ、これを転がそうとする足は砕かれます。
それが何であれ、どれほどに大きな存在であっても、これにかなうものはありませんでした。
その器、その方は、口を開いて語られます。
「わたしの子らよ、いま、あなたがたに与えたものを用いなさい。
わたしの目に大きいのは、父のみこころを行うものであって。
力ある方の愛を着て、それを行うものである。
敵が吠え猛る獅子のようであっても、あなたがたのうちにいるものは、それ以上に大きいのだ。
恐れが叫ぶなら、喜びがそれに勝って歌い、わたしの喜びがあなたの上に溢れて、踊り跳ねるだろう。
我が子よ、あなたの武具を取りなさい。
腰の帯を締め、剣を取りなさい。
それは、敵の要塞を打ち砕く、刺し通す剣である。」

その5

羊は天を仰ぎ、その方が語られたのを聞きました。
それは少女たちも同じでしたが、羊だけ、上を見上げ、語られるものに目を注ぎました。
そして、まだ白い書物と筆を取り出し、開いて文字を刻み始めました。
書く速度は増していき、それらが一つのまとまりとして書き終えられるたびに一度閉じられました。
少女と隣にいた子は、その音に気付き羊を見ます。
羊は再び書物を開いて、書かれたものを解き放ちました。
文字は光となって弾け、空中に飛び出して行きました。
「何をすべきかを悟りなさい。
あなたがたには、あらかじめ伝えておいたはずだ。」
光る文字は少女たちに語りかけ、去って行きました。
羊は引き続き、筆を走らせています。
少女とその子は顔を合わせましたが、自分たちがいま何をすべきかを心のうちにあることを確認し、
目的を果たすために歩み始めました。

大きなガラクタ、王女によって引き上げられ、組み直された戦士は、物語の使者と英雄が戦う姿を見て立ち尽くしていました。
手は王女によって再構成されたものの、この巨体では動きが鈍く、黒い大きな蛇や黒い四つ足の獣にはどうすることもできませんでした。
ただ、降りかかる粉塵や、石の破片などを受け止め、王女に被害が出ないようにしましたが、
自分は役に立っているのか、疑問に思っていました。
もっと強くなりたい、この方に仕えるために。
ガラクタの思いは、創造者の意図を外れていましたが、それはささいなことで、微笑ましいことでした。
微笑ましいことは、生まれたばかりのものの特権であって、まだ不完全なものの、うちに秘めたる可能性を光らせるものでした。
いまは、大蛇たちは退けられ、自分より大きく、自分より強いものが、迫ってきていました。
空っぽの自分を揺らす声、それを発する口に噛まれればひとたまりもないだろう。

しかし、大きな戦士は、恐れを感じることはなく、ただ戦うために自分は大きくなりたいと願いました。

ただのガレキだったものに、息を吹き込まれた方は、これを見ていました。
王女は戦士をくみ上げただけで、魂まで吹き込むことはできませんでしたが、そこに意思を与えた方は、その心を見て言いました。
「ならば、強く願い求めなさい。
あなたの信じて掴むものが、あなたの前に現実となるのだ。
受け取りなさい、信じて受け取りなさい。
あなたを造り、引き上げた方が、あなたに与えられないはずはないのだから。」
捨てられたものは、その声が内に響くのを感じました。
耳はなくとも聞こえる、体に血が流れていなくとも、吹き込まれた息が、今の自分を生かしている。
王女の宣言によって、湧き上がる思いが、その方によって注がれました。

王女は、戦士が窓の外に飛び降りていったのを見て我に返りました。
走って後を追い、窓から外を見下ろしました。
すると、着地したときに砕けてしまった足を手に取ろうとする戦士の姿がありました。
物語の使者たちとは違い、不完全で未完成な状態で生まれたガラクタの戦士は、脆く、先ほどの黒い獣との戦闘のように、すぐに砕けてしまうのでした。
王女は物語の紙片を集め、勇士を残して他のものは紙の中へと納めました。
王女が杖を掲げると、物語の使者たちは、吸い込まれるように紙片に入っていき、文字として刻まれました。
王女はそれらを衣のうちにしまうと、窓から飛び降りようとしました。
英雄はそれを見て慌てて王女の手を掴み、近くの柱に綱を結び付けて、王女を抱えて下へと飛び降り壁を伝いました。
勇士も後へと続き、彼らが降り終えると、王女は戦士の方へ走っていきました。
王女は言いました。
「ダメじゃない。私から離れたら、壊れて元に戻らなくなったらどうするの。」
戦士はグググと、ぎこちなく首を動かし、王女を見ました。
しかし、口がないためにことばを発することはできず、沈黙していました。
王女は腰に手を当てて、困った子だな、という表情をし、杖を持ち上げて言いました。
「あなたの砕けた体よ、命令する、元通りに繕いなさい。」
戦士の体は、欠けたところや砕けたところが輝き、ゆっくりと持ち上がって、周囲に散らばった体の一部と結びあって、元のようになりました。
王女はそれを見て満足そうな顔をしましたが、すぐに厳しい顔をしました。
目の前まで竜が迫っていたからです。
英雄や勇士も、竜の顔を見上げ、その大きさに改めて目を細めました。
竜の顔はおぞましく、見たことのないとげとげとしたもので、人々が見てはならないものだということが、ひしひしと肌で感じました。
その横、空の高いところに、飛んでいるものが見えました。
竜の顔よりも上、鳥のような何かが、何匹も旋回をしていました。
そして、その鳥の上に見たことのある顔がありました。

その6

空を舞う鳥、災いと幸いを伝えるものたちは、ことばによって紡がれ、いまの時を告げ知らせます。
彼らは、羊の書いたものによって作られ、上に少女と町の子を乗せて、竜の頭の上をぐるぐる回っていました。
竜は、まだその存在に気付いていません。
少女は杖と鈴を握りしめて、短く祈り、形を変えて籠手を装備しました。
「今度は負けない。」
少女は闘志を燃やして竜を見下ろし、輝く鳥から飛び降りました。
少女は拳に意識を集中させて、竜の頭に思い切り叩き込みました。
しかし、その表面は大地のように堅く、反動が少女に返ってました。
少女は跳ね返って空中に投げ出されますが、すかさず鳥が少女を連れて、再び大空へと飛び上がりました。
竜はようやく少女たちの存在に気付き、顔を持ち上げます。
町の子はそれを見て、鳥たちに指示し、竜に攻撃を仕掛けました。
鳥たちは風を切るように竜に突進し、鋭いくちばしを竜に突き立てますが、傷一つつけられません。
竜は腕で鳥たちを薙ぎ払うと、鳥たちは掻き消えて光の粒が散らばって霧散しました。

少女と町の子は、自分たちの攻撃が全く歯が立たないことに汗を浮かべました。

王女や英雄たちもそれを見ていました。
ことばで紡がれた鳥たちや、少女の攻撃は、あの竜の注意を引くことしかできない。
どうすれば倒せるのか。
王女は考え、竜が壊してきた、自分の町を見下ろしました。
竜が通ったところはすべて壊され、おそらく死傷者も出ているのだろう。
あちらこちらで煙も上がっている。
もしかしたら、ガレキの下敷きになっているものがいるかもしれない。
ふと、王女は思いました。
自分のとなりにいる大きな戦士も、ガレキから作られたのだ。
ならば、町中の竜が壊したものを使えば……。
王女は鉄の杖を握りしめて、必死に祈り始めました。
英雄と勇士もそれに気づき、近づいてきてともに祈りました。
「どうか、あなたのみこころであれば、この町をお救いください。
あなたの町を取り返させてください。」
そのことばは、目を瞑り祈っていた彼らには見えませんでしたが、
彼らの周りを輝くもやとなって取り囲み、王女の持っている杖にも光が宿りました。

その方は、戦士のうちに語り掛けました。
「あなたが行きなさい。
いまがそのときだ。」
祈るものたちを背に、ガラクタの戦士は町の方へと歩き出しました。

その7

例えば、畑に良い種だけが蒔かれて、悪い種は蒔かれずに懐に分けられてあったとして、
悪い種は、良い種たちが畑に蒔かれていって、次々と土に抱かれて、彼らの成長の兆しを見たとき、
自分も蒔かれたいと、思いました。
しかし、悪い種には手足がなく、口もないために、誰にもそれを打ち明けることはできませんでした。
ここに、悪い虫がやってきて、懐にしまわれた種を見ます。
「これは悪い種だ、きっとこの後で燃やされて灰になるのだろう。
そうなる前に、この畑に一粒だけ紛れ込ませてやろう。
収穫の時、大変なことになるかもしれないから。」
悪い虫は悪を企んで、種を蒔いたものの懐から悪い種を取り出して、畑に落としました。
土はそれをも受け取り、包んでしまいました。
こうして、良い種も悪い種も蒔かれた畑は、雨を注がれ、日を浴びて、種を養い育てるために、日々の糧を受け取りました。
種たちは芽を出し葉を伸ばして、背丈も大きくなっていきました。
良い種も悪い種も、皆、大きくなることだけを考え、恵みを注がれる方から、祝福を受け取っていきました。
悪い種は思いました。
自分も大きくなることができた、自分も実を結べるのだ。

良い種たちは、大きくなると、首を垂れ、自分を育てた方と蒔いた方に感謝をしましたが、
悪い種は、大きくなることだけに心を傾けていました。
それ故、収穫の時になると、種を蒔いた方は畑を見て言いました。
「見なさい、あの麦には悪い虫がはびこり、頭を高く上げて、その実には虫がついている。
あの麦を地に捨てて、空の鳥、地の獣の餌としなさい。
他のものは、刈り入れて脱穀し、倉に納めなさい。」
命じられたものたちはそのとおりにし、悪い種から育ったものは、地に捨てられました。
悪い種が育ってできた麦は思いました。
皆と同じように育ったのに、どうして自分だけ捨てられるのか。

黒い竜は、空を飛ぶ輝く鳥たちを払うと、今度は下の方へと視線を向けました。
そこには王女たちが集まって祈っていて、竜の足元には町の方へと向かうガラクタの戦士の姿がありました。
竜は、自分のそばを通る戦士を見たとき、内に怒りが燃えて、足を持ち上げ、戦士を踏みつけました。
その衝撃に、地は揺れ、王女たちは転びました。
王女は、目の前で戦士が踏まれるのを見ていました。

悪い種からできた麦は、暗い思いを抱きました。
自分の横に植えられて、同じように育ったものたちは、刈り取られていく。
自分だけが空の鳥や地の獣に食べられるのは、おもしろくない。
どうにかして、あのものたちも道ずれにできないものか。
そして、願わくば、自分が彼らと入れ替わることはできないものか。
その思いは、悪い種の麦に集まっていた虫たちにも伝わり、虫たちは良い麦たちの方へと向かいました。
一つでも多くの実を食らおう。
はじめに、悪い種を畑に落とした、悪い虫の企みは、時を経て、成し遂げられようとしていました。

その8

参謀は、建物の中から、自分が呼び寄せた黒い竜と、王女たちを見て言いました。
「それでいい。
一つ一つを、確実に潰していきなさい。
指の一つ一つ、関節の一つ一つを砕かれて、絶望を味わいなさい。」
その毒は、すぐに殺すものではありませんでした。
参謀の蒔いたものは、ゆっくり時間をかけて、すべてを掌握し、全体に行き渡らせて、いのちを削り取り、それを蜜のように吸い尽くすものでした。
自分の生きる望みがないのなら、望みのあるものを落とそう。
はじめに落とされたものだから、生きる望みのあるものを、どうやって落とすのかをよく知っています。
参謀はにたりと気味の悪い笑みを浮かべ、ガラクタの戦士が踏みつぶされるのを見ていました。

少女は、ガラクタの戦士が踏み潰されたのを見て、怒りの火が湧き、
杖の先端をランプに変形させて、それに息を吹き込み、灯火を空中に解き放ちました。
「どうか、敵の頭を砕くように。
火と硫黄が降り注ぎ、悪しきものを焼き尽くしてくださいますように。」
空に膨れ上がった火は、何かを含んだように重くなり、黒い竜の上に降り注ぎます。
竜はそれを見上げ、大きく口を開けました。
すると、火は口に吸い込まれていき、すべて飲み込んでしまいます。
竜は口を閉じると、にやりと笑ったように感じ、少女は危機感を覚えて、急いで退避するように、鳥に命じました。
竜は口に含んだ火を少女へと吐き出しました。
火は、直前まで少女がいた場所を焼き、空を焦がします。

町の子も、応戦しようと、羊に合図しました。
羊は、文字を書物に刻み続けていて、町の子が合図したのを見て、文字を付け加えます。
羊は書き終えると書物を閉じて、再び開きました。
文字たちは光となって解放され、町の子の方へと向かっていきます。
新たな鳥と、光る剣が、町の子の周りを囲み、回り始めました。
町の子は、剣の一つを取り、残りのものに命じて、竜を切り刻むように言いました。
少女も、鳥たちに攻撃するように命じ、自身も竜の方へと突き進みます。
竜は鳥や剣が向かってくるのを見て、捕らえようと手を伸ばしました。
少女と町の子は、それぞれに指示し、鳥と剣は竜の手を避け、頭に突き刺さろうとします。
しかし、剣であっても竜の殻は貫けず、刃は折れてしまいます。
鳥たちの攻撃もむなしく、空へと引き返していきます。
竜はそれを見て、もう一度火を吐き出して、鳥や剣をみな焼き払ってしまいました。

竜が火を吐き終え、火が消えた瞬間に、町の子は竜の頭めがけて突進しました。
手に持つ剣は竜の頭を捉え、眉間に狙いを定め、突き刺そうとします。
その姿は、戦陣を駆け抜ける勇士のようでした。
竜は驚き、目を見開きました。
しかし、竜は嗤い、口を開いて、鳥と剣ごと町の子を飲み込んでしまいました。

王女の心は、深く沈みました。
自分の子が、目の前で踏み潰されてしまった。
足元には、ガラクタの戦士を構成していた一部であるガラクタが転がっていました。
王女はそれに気付き、よろめきつつ手に取り、拾い上げました。
勇士と英雄は、竜を見上げ、少女たちが手も足も出ないのを見て、どうすれば戦えるのかを考えていました。
勝利の道筋が見えず、剣を持つ手を握りしめました。

王女は、戦士の一部を見つめ、涙をこぼしました。
自分が生み出した子が、壊れてしまった。
王女の心は、いなくなってしまったものを探ろうとして、行き場のない感情が吹き荒れそうになりました。

「前を見なさい。」
うちに語りかける声がありました。
「あなたの手を見なさい、あなたは何を持っているのか。
前を見なさい、あなたの目には何が映るのか。」
王女は目を自分の手に持つものに向け、そのあと前を向きました。
自分の手の中には、戦士だったもの、壊されて捨てられたものがあります。
そして、目の前には、竜が通ったあとの町、踏み潰されて壊されてしまった建物などの残骸があります。
「杖をとって、命じなさい。」
王女は、語られるままに行い、進み出て、杖を掲げ、町に命令しました。
「起き上がりなさい、立って、共に戦う戦士としての姿をあらわしなさい。」
王女の声は、傷んだ町、壊された家々に響き、そのことばは、崩されたものたちに息を吹き込んでいきました。

その9

町の捨てられたもの、世に捨てられたものたちに、語りかける声がありました。
「わたしの選んだものたちよ、わたしの元へ来なさい。
わたしの立てるものたちよ、立ち上がって、喜び勇んでいなさい。
わたしの目はあなたがたに注ぎ、わたしの心はあなたがたの上にある。
あなたがたはわたしによって立ち上がり、再び倒れることはない。
わたしの子たちよ、いま目を覚ましなさい。」

その方が息を吹き込むと、王女が命じるままに、町のガレキは動き始めました。
石や木は、欠けたところが合わさり、繋がれていき、筋が通ったように、束ねられていきました。
建物だったものは、町の中央へと集まっていき、互いに組み合わさって、一つの形をなしていきました。

王女の持っていた、ガラクタの戦士の一部がカタカタと動き、町の中で組み上げられていくものに引き寄せられていました。
王女はそれを見て言いました。
「あなたも行くのね。」
小さいガラクタは、カタカタと、返事をするように揺れます。
王女は掴んでいた手を離し、子が巣立つのを見送るように、飛んでいくのを見つめました。
ガラクタは、ガレキの中へと吸い込まれていき、その一部として組み込まれていきました。
竜は町の方で何かが起きていることを悟り、後ろを振り向きます。
そこには、自分の大きさほどに組み上げられた、町のガレキでできた戦士が、立っていました。

少女は、町に現れた巨人を見て、驚きましたが、それが王女によるものだと知り、笑みを浮かべました。
「負けてられないな。」
少女は、自分も何かできないかと、次の手を探り、考えました。
いま何がある、自分に与えられたもので、活かすべきものはなにか。
ふと、少女は町の子がいないのに気付き、回りを見渡しますが、見当たりません。
どこへ行ってしまったのか、竜にやられてしまったのだろうか。
しかし、それに答えるものはいませんでした。

羊は、時が来たと、文字を刻む速度を上げました。
書き終えては閉じ、開いては文字を解き放ち、町の空へと大量の光る文字を送り出しました。
それらは、町のガレキで組み上げられた巨人を包み、腰を縛る帯として、全身を包む鎧として、手に持つ武器として、形を表していきました。
その姿は、ガラクタで組み上げられた戦士の面影があり、物語の勇士のようでした。
巨人の戦士は、竜を見据えて剣を構えます。
黒い竜は、その姿を見て怒りました。
それは、かつて自分を刺し通したものを思い出したからでした。
竜は巨人の戦士に襲いかかり、両手の爪で戦士を引き裂こうとします。
巨人の戦士は剣で受け止め、受け流すために一歩下がりました。
竜はそのまま攻め切ろうとしますが、巨人の戦士は、勢いを乗せたまま竜を後ろへと受け流し、放り投げます。
竜は態勢を崩しますが、体を回転させ長い尻尾を鞭のように戦士に叩きつけます。
戦士はそれを受け止めようとしますが、反応が遅れ、吹き飛ばされてしまいました。

王女は、「あ。」と声をあげます。
大きくなっただけでは、あの竜にはかなわないのか。
王女は、浮かんだ思いを打ち消し、首を振りました。
そして、町で組み上げた戦士を見つめます。
どうすればいいのか。

その10

物語の勇士は、それを見ていました。
そして、英雄に言います。
「私も、いかねばならない。」
英雄は、巨人の戦士が、自分の兄である、物語の勇士のようであったのを見て、ことばの意味を悟りました。
「兄さん。」
物語の勇士は、にっこり笑って、英雄に言いました。
「その剣、私の剣を大切に持っていてくれてありがとう。」
物語の勇士は、それだけを残すと、王女の方へと歩いて行きました。
「私も、巨人の中へと送ってほしい。
きっと力になれるはずだ。」
王女は勇士のことばに、顔を向けました。
「私の方が、戦い慣れている。
これでも、一国を引っ張っていた戦士なのだから。」
王女は英雄をちらりと見ますが、王女はすぐに頷き、杖を握り命じました。
「物語の勇士よ、町のものと力を合わせて、この国の剣となりなさい。」
勇士は笑って答えました。
「喜んでお受けいたします、我が王よ。」
勇士は、光の粒となって散らばり、空へと舞い上がり、巨人の戦士の元へと飛んで行きました。

竜は、吹き飛ばされて倒れた巨人の戦士に近づいていきました。
そして、足を持ち上げ、踏み潰そうとします。
その直前、巨人の戦士の元へ、物語の勇士の光が届き、内へと入って行きました。
物語の勇士の光は、巨人の戦士の全身を満たし、戦士は力に満ち溢れました。
戦士は、振り下ろされる竜の足を受け止めてつかみ、そのまま起き上がりつつ投げ飛ばしました。
立ち上がった戦士は、手を握りしめ、軽く剣を振り回しました。
こんなものか。
物語の勇士は、そう心の中でつぶやき、巨人の戦士の動きを確かめます。
竜はゆっくりと起き上がり、グルルと唸ります。
竜は先ほどまでの戦士と動きが違うことに気付き、目を細めました。
そして同時に、ようやく面白くなってきたと、竜はわらい、牙をむき出しにしました。

羊は、ふと町の子がいないのに気付き、近づいてきた少女に「めえ。」と語りかけます。
少女も同じことを考えていたらしく、羊に言いました。
「あの子はどこに行ってしまったのかしら。」
羊は、書物を開いて、丸い円を描き、その中に何かを書き記して、書物を閉じ、再び開きました。
すると、光を放ち書物から円形の鏡のようなものが出てきました。
その中には、町の子の様子が映っていて、二人とも覗き込み、無事を確認しました。
町の子は、こちらには気づくことができないようですが、どうやら暗いところにいるようでした。
二人は、町の子がどこにいるのか、どうにかしてこちらへ助け出すことはできないかを、考え始めました。

町の子は、少しの間意識を失っていたようでした。
目を覚ますと真っ暗なところにいて、光る剣と鳥がなければ何も見えないところでした。
町の子は、立ち上がって剣を持ち、鳥を抱きかかえると、直前までのことを思い出しました。
「そういえば、竜に食べられたんだ。
ということは、ここはお腹の中?」
町の子は上に顔を向けますが、真っ暗で口につながっているのかわかりません。
「まいったなあ。」
町の子は頭をかいて、途方に暮れてしまいました。

羊は書き出した鏡を見つめました。
まるで向こうにつながっているように見え、羊は足の先で鏡の面を触れてみました。
すると、表面は波立ち、波紋が生まれました。
少女もそれを見て驚き、手を突っ込もうとしますが、鏡の大きさからして、町の子を引っ張り出すのは無理そうでした。
しかし、どうにかつながっていることはわかり、二人の心に希望が差しました。

町の子は、暗い中、光る剣と鳥の明かりを頼りに、どうにかして外に出られないものかと探索をはじめました。
町の子の立っているところ、歩いているところは、まるで地面の岩のように固く、壁も同様でした。
試しに斬りつけてみましたが、外殻同様に歯が立たず、傷つけることはできませんでした。
町の子は、剣を下ろして、あたりを歩いてみます。
竜の中は、入り組んでいて、迷路のようでした。
これが、口に向かっているのか、遠ざかっているのかもわかりませんが、
自分のうちに感じるまま、足を進めます。

ドクン、ドクン。
町の子が歩いていると、鼓動のような音が聞こえ、音のする方へと進んで行きました。
見ると、暗く光る何か、剣の光をも吸収するような、黒い球が伸縮を繰り返していました。
これは何なのか。
町の子は眉をひそめつつ、それに近づいていきます。

その11

悪い種の麦は、地に伏して麦畑を眺めていました。
自分についていた虫たちは、自分とともに育った麦たちを喰らうために飛んでいき、
麦を刈り取るものたちを襲い始めます。
収穫しようとしていた人々は、虫に気づいて追い払おうとしますが、
虫たちは軍隊のように列をなして、人の攻撃を避け、攻め込みました。
そして、畑の麦はほかの虫たちに、いまにも食べられそうになっていました。
これで満たされるだろうか。
自分が今抱いている思いは、彼らが食い尽くされることで、満たされるだろうか。

自分の思いを食い、同胞をも食おうとする虫たち。
あのものは、初めに自分を、蒔かれるべきでない地に落とし、いま、その報いを受けた自分の心を食らって、糧を得てしまった。
本当に滅ぼすべきは、あのものたちではないのか。

すると、どこからか、悪い種によって結ばれた麦に語る声がありました。
「あなたは、自分の報いを受ける覚悟があるか。
あなたの思いを果たすために、自分を捧げることはできるか。」
それは、悪い種も良い種も持っていて、この畑に良い種を蒔いた人でした。
麦は言った。
「もうすぐ終わるいのちであっても、役に立つのであれば用いていただいてかまいません。
どうか、私と同じところで育ったものたちを、お救いください。」
麦を蒔いた方は、悪い種から実った麦を拾い上げて言いました。
「あなたのうちにある、すべてを持って、わたしに捧げなさい。」
そして、その方は麦に息を吹きかけられると、その息は火となって麦を包みました。
火は燃え上り、風が吹いて、大きく膨れ上がり、畑の上とそこにいた虫を焼き払いました。
火の勢いは、虫たちを焦がし、灰も残しませんでした。
残ったのは、一面金色に揺れる麦畑と、その方によって不要なものを焼き尽くされた麦でした。
「あなたは自分のいのちを救った。
そして、わたしはあなたを見つけたのだ。
わたしはこのために喜ぼう、あなたもともに喜んでくれ。」
初めに蒔かれたものは完全で、畑に麦を蒔いた方の御手のわざに間違いはありませんでした。
時期が来て色づいた畑は、それを証し、収穫をする人の手によって、麦は集められていきました。

黒い球は、町の子に言いました。
「どうか、私をその剣で刺し通してください。
私は自分を救おうとするあまりに、大きくなりすぎました。
溜め込んだものは、流すために用いず、すべてが腐りきってしまいました。
それは、周りをも巻き込む不義のものとして、この世界に残っているのです。」

それは、自分を守るための殻であって、知恵知識でした。
ほかのものと壁を作るそれは、とても強固で、普通の人には越えることも、壊すこともできないものでした。
それは、自分自身をも閉じ込めるもので、なにより自分を作った父との関係を、完全に絶ってしまうものでした。

町の子は、黒い球を見て言いました。
「あなたも、捨てられた子なの?」
黒い球は、何も答えず、鼓動を繰り返します。
町の子は、少し俯いて言いました。
「あなた、見た目は変だけれど、僕と同じ匂いがするんだ。
もし、あなたが自分をすべて捧げて、注ぎ出すなら、その殻を出ておいで。」
町の子は、剣ではなく、手を差し出しました。
黒い球は、鼓動を続けましたが、やがて動きが弱まっていきます。
町の子は言いました。
「あなたが思っているほど、この世界は弱くないし、この世界は良いところだよ。
だって、世界に捨てられていた僕だって、いまこうして元気に生きているんだ。
あなたも、僕と一緒に、ここから出て生きませんか?」

それは、どんな刃よりも鋭く、黒い球の殻を切り裂きました。
そして、その切り口は光を放ち、暗いところすべてを照らしていきます。

丸い鏡から光が漏れ、それを見ていた少女と羊は、目をおおいました。
すると、光の中から、町の子ともう一人が出てきて、少女と羊の上に覆いかぶさるように倒れ込みました。
「いててて。」
町の子は頭を撫でつつ、目を細めて周りを見ました。
「おー、外の世界に出られたよ。」
それを聞いて、町の子と一緒に出てきたもう一人の子は、顔を上げました。
長い髪は風に吹かれて揺れ、麦のようになびきます。
「これが、外の世界……。」
その子は、目を細めていましたが、瞳はきらきらと輝いていました。

その12

戦士は竜に剣を叩きつけますが、竜はそれを受け止め、火を吐き出します。
火は戦士を焼き、体の一部を溶かしていきました。
戦士は後ろへ退き、剣を持ち直して竜を見ます。
竜は嗤って突進します。
戦士はそれを剣で受け流しますが、竜はすぐに向きを変え、爪で切り裂きます。
戦士の一部は、ボロボロと崩れていき、このままでは埒があきません。
英雄はそれを見て歯噛みしますが、自分はここからでは何もできません。
英雄は祈って、言いました。
「どうか、兄さんに力を貸してください。」
戦士は、剣を構え、大上段で切り掛かります。
竜はそれを受け止め、攻撃しようとしますが、
受け止めた腕の殻に、剣が食い込みました。
竜は異変を感じ、後ろへ跳びのきましたが、反応が遅れ、竜の片腕は切り落とされてしまいます。
竜は腕を見て、悟りました。
竜の外殻は、黒かったものが灰色に変色していきます。
それは、うちにあったものが、なくなったためでした。
竜は憤りを感じましたが、その感情も力が抜けるように、口から滑り落ちていきます。
戦士は、その隙をついて、竜に切り掛かりました。
竜は防御することもできず、切り裂かれ、その身は裂けて地に倒れます。

一同は、一体何が起こったのかわかりませんでした。
王女と英雄は、竜が倒れたのをみて、呆然としていました。
羊と少女は、竜が倒されたのもそうですが、知らない人が町の子とともに出てきたことにも驚いています。
ですが、意識は遅れて現実を受け入れ、うちに喜びが湧き上がりました。

参謀は、砕け散った窓から、その様子を見ていました。
自分が蒔いた種の実が、子どもたちに破られてしまった。
参謀は、歯噛みし、怒り狂い、せめて近くにいる王女と英雄だけでも殺そうと、何かを唱え始めました。
「そこまで。」
そのことばとともに、参謀は後ろから剣を刺し通されました。
参謀は倒れ伏して、声の主を見ます。
そこには、自分を地に落としたもの、その方の姿がありました。

その13

町は壊され、家々はなくなり、町の中心には竜と戦っていた戦士が、もう動くこともなく立ち尽くしていました。
町の人々は、その方によって隠されていて、多くの人は傷つくことなく町へと帰って行きました。
灰色になった竜は、風に吹かれるとちりとなって吹き飛び、跡形もなく消え去りました。
また、建設されていた塔である王宮も、一部が崩れていき、元々あった大きさまで戻りました。
その方は、羊たちを連れて、王女と英雄の元へと来ました。
その中には竜の中にいた髪の長い子もいます。
王女と英雄はその子を見ましたが、その子は町の子の後ろに隠れてしまいます。
その方は、それを見て微笑みましたが、すぐに顔を引き締め、王女に言いました。
「あなたの父親、現国王の元へ行こう。」
王女は、それを聞いてハッとし、こくりとうなずきました。

一同は、元に戻った王宮の中を移動し、王座のところへと行きました。
そこには、目を閉じたままの王が座っていました。
王女はそれを見ると急いで駆け寄りました。
王は、薄く目を開け、王女を見ました。
すると、王は笑い、ゆっくりと口を開いて言いました。
「私は、自分を見失って、愚かなことをしていたようだ。
この悪夢をさましてくれたのが、おまえたちでよかった。
この国のことを、頼んだぞ。」
それっきり、王は語ることはなく、動くこともありませんでした。

王は、毒によって操り人形となっていましたが、その方たちにより、糸は切られて、国とともに解放されました。
しかし、毒は深いところまで侵していたために、そのいのちは食われていました。
それでも、最後まではいのちを失われず、自分の子たちが、自分に希望をもたらしてくれたことを悟り、息を引き取りました。

王女は沈黙しましたが、涙は流しませんでした。
拳をきゅっと握りしめ、立ち上がってその方たちのところへと行きました。
そして、英雄に言いました。
「これから、国を建て直さなければなりません。
ともに、尽力してくださいますか?」
英雄は、王女の頭に手を置いて撫でました。

王宮の外へ出て、庭に入った頃、町の子と、竜の中から出てきた髪の長い子は、立ち止まりました。
「僕たちは、町に居場所がない。
でも、僕たちは、この町、この国が好きだ。
だから、町を復興するのを手伝いたい。」
二人は手を握り合います。
髪の長い子は、少し俯いていますが、その目に暗いところはありませんでした。
町の子は、言います。
「きっと、この町や、他の地域にも、僕たちみたいな子がいると思う。
だから、王女さま、僕たちみたいな子が、安心して暮らしていけるような国に、してくださいませんか。」
町の子は、少し眉を寄せていました。
王女は、笑って頷き、口を開いて答えました。
「ええ、そのつもりですよ。だれも涙を流すことがない国に、私たちはしていくつもりです。
私は、あなたがたを家族と同じように思っているんですから、当然ですよ。」
そのことばを聞き、髪の長い子は顔を上げました。
そして、いままで変わらなかった表情が崩れて、少し笑っていました。

庭を歩いて行くと、白い門が開いていました。
それは、羊たちが暗い世界から戻ってくる時に開いていたものと同じものでした。
その方は、羊と少女の手を引いて、先に進み、後ろを向いて言いました。
「ここでお別れです。
あとは任せましたよ。
あなたがた一人ひとりが、わたしの子。
だから、いつもわたしはあなたがたのそばにいる。
いつでも呼びなさい。
わたしは必ず、それに答える。」
その方は、白い門の奥へと歩いて行き、門の扉はゆっくりと閉じられて行きました。

白い門が完全に閉じると、その姿は消えてなくなりました。
王女の手にあった鉄の杖は、形が崩れていき、それに合わせたように、町の中心に立っていた戦士だったものも、静かに崩れていきました。
後に残ったものたちは、顔を見合わせました。
「改めて、私たちの国を建て直していきましょうか。」
王女は、満面の笑みで、言いました。

その14

昔々大昔、国が二つに分かれる少し前に、南の町に一人の女の子が生まれました。
女の子は愛を知らずに育ち、親もいつの間にかいなくなってしまいました。
女の子は、どうやって生きていこうかと考え、中央に立つ建物に行きました。
そこには、昔読み聞かせてもらった絵本や、大人が読むような難しい本まで、部屋いっぱいに詰め込まれた場所でした。
多くの人はそこで本を読み、語り合っていたので、女の子も本棚から一冊取り出して読み始めました。
女の子は本を読んでいると、物語の中に引き込まれ、本に引っ付くように読み漁るようになりました。
また、周りの大人たちも、こんな小さい子が本を読んでいるのは珍しいと、食物も分けてくれるようになり、女の子は幸せでいっぱいでした。
女の子は、知恵知識を詰め込み、また、大人にも負けないような語り口を持つようになりました。
それでも、それを用いることなく、建物の中でずっと本を読み続けていました。
あるとき、奥の方にある本を見つけました。
鎖で縛られ封印されていたようですが、鎖はボロボロになり、引っ張ればすぐに壊れてしまうものでした。
女の子は興味を注がれ、それを開いてしまいました。
それは、読んではいけない本でした。
それは、人が得てはいけないものでした。
はじめに、蛇が人に実を食べるようにそそのかしたように、その本に書かれているものは、決して人が扱えるものではありませんでした。
こうして、女の子は、本に取り込まれてしまい、長い年月をかけてゆっくりと、ここにある知恵知識を蓄え、それを流すことなく内で腐らせるようになってしまいました。

時が流れて、北の町に、同じように世に捨てられた子がいました。
その男の子は、食物がなく行き倒れていまにも死にそうでしたが、そこに通りかかった方に救いの手を差し伸べられました。
「立ちなさい、あなたにはまだやることがあるのだから。」
男の子は、お腹いっぱいに食物を満たし、与えられた剣を用いて一人の勇士として立ち上がりました。
その町には、黒い竜が襲い掛かりましたが、勇士はその中に入り、同じ境遇で違う道を歩んだ子に出会いました。
勇士は言いました。
「僕と一緒に、世界に出ようよ。あなたがまだ見ていない、本に書かれていない世界へ。」
女の子は自分がため込んだもの、感情も知識も何もかもを捨てて、勇士である男の子の手を取りました。

時が流れて、その国には、ひとりの王女さまがいました。
王女さまは、すべての国民に目を注ぎ、自分がいたところが箱庭にすぎなかったことを知り、
自分を救い出してくださった方のことばに従い、国を建て直していきました。
彼女には一人の夫がいて、物語を書く人で剣を持つ人でした。
彼は王女さまにかわって各地へ赴き、王女さまにその地の様子を聞かせては、王女さまは必要なものを送りました。
それは、地の四方に流れる川が、大地全体を潤していくように、
すべての国民は、王女さまの心と一つでした。
また、王女さまには、二人の付き人がいました。
それは、捨てられていた子たちで、王女さまの一番の友人たちでした。
友人たちは、王女さまの見えていなかったところを伝え、よりよい国に導くお手伝いをして、すべての人に喜ばれていました。
願わくば、自分たちのような子が、一人も現れませんように。
子どもたちが、同じ気持ちを抱く前に、手を差し伸べることができますように。

国を建て直すことは、たいへんな仕事で、休む暇もありませんでしたが、
王女さまは、日を守って、すべて働く人が、定期的に休むように、命じていました。
また、王女さまは毎晩日記をつけるようにしていました。
その日あった事、明日に思うこと、秘めたる思いを。
かつて、英雄が昔語られたことを紡いで残してきたように、
王女さまも、これから生まれてくる子たちのために、書き残していました。
願わくば、その方によって与えられる恵みの子たちが、あなたの愛を知ることができますように。

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