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第4話 はじまりのいえのおかしづくり

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その1

その方は、羊と少女を引き連れて、木の中にある図書館へ戻ってきた。
少女は驚きと喜びの混じった声をあげ、走り回った。
近くにいた本を運んでいたものにぶつかりそうになり、双方よろけるが、
少女は羊たちの方を振り返り、にんまりと笑った。

その方は二人を上の階へ連れて行った。
その道中、羊はふと螺旋階段の窓の外を見た。
すると、先ほどまでいた場所、その町が燃え上がっていた。
戦いに巻き込まれたのか、と羊は思ったが、その方が答えた。
「あれはわたしの火だ。心配することはない。
わたしが燃やし、古いものを焼き尽くしている。
あとは英雄と、あのこどもたちに任せればいい。」
あのこどもたち、と羊は疑問に思ったが、以前少女が町から導き出したこどもたちのことだと思い至った。
その方は言われた。
「英雄はやがて王となろう。
彼はわたしの与えた思いに従って、国を建てあげ、導くだろう。
わたしが送ったことばの通り、二人の王は一つとなったのだ。」

その方は、羊たちをあの食卓へ導いた。
少女はその方に尋ねた。
「もう食事の時間ですか?」
その方は答えられた。
「いまから食事を作るんだよ。」
すると、傍の扉から食材がどんどんと運び込まれてきた。
少女はおもわず、「おお。」と声をあげた。
羊もよくわからず、「めえ。」と鳴いた。
「いまから甘いお菓子を作ろう。もちろんみんなでね。
その間、一つの話をしてあげよう。」
その方は、近くにあったイーゼルを引き寄せ、そこに一つの本を立てかけた。

その方は、ボールに材料を入れ、混ぜながら語られた。
あるところに、毎日薪を集めている人がいた。
その人は、毎日毎日山のように集めていた。
周りの人は聞いた。
「どうしてそんなに集めているのですか。なにかするのですか。」
薪を集めている人は答えた。「これは、作るには足りず、燃やすには多すぎる。
はて、なにをしようか。」
それを聞いて、周りの人も首をかしげた。
「この人は、薪だけ集めて、なんにも考えていないのか。」
その人は、ある日それを始めた。薪を集めなさいという声を聴いたからだ。
いくつ集めなさいとも、いつまで集めなさいともいわれていなかったが、とにかく毎日集めることだけを続けていた。
そして、あるとき、その地域に激しい冬が訪れた。
一切のものが凍り付くような寒さで、周りの人々は凍えていた。
薪を集めていた人も同様だったが、その時、以前語られた声と同じ声が聞こえた。
「いま、それに火をつけ燃やしなさい。いまわたしが下す炎を絶えず燃やしていなさい。」
すると、天から一筋の光が降ってきて、隅にあった薪に当たり燃え上がった。
それは離れていてもわかるほどに力強い火だった。
薪を集めていた人は大急ぎで追加の薪をくべて、その周りを囲い、暖炉を組んだ。
すると、周りにいた人々は寄ってきて、火にあたり、力のある者たちは、そこに家を建て始めた。
そして言った。
「この人が薪を集め続けていたのは、我々が凍えることの無いようにするためであったのか。」
その人は言った。
「これは、私に語られた方がなさったことです。私はただ薪を集めていたにすぎません。
この火もその方のものです。」
すると、周りの人々は声高らかに歌った。
「われわれを救いくださった方に栄光あれ。我らを照らす光に栄光あれ。」

その2

その方は、卵を入れて、再び混ぜ始めた。
「いいかい。よく言っておく。自分の意思で混ぜてはいけないよ。
必ず必要になる時が来る。それまでじっと耐えているものは幸いだと、書物にも書き送った。
実が成るまでに時間がかかるように、たとえあなたの目に不思議であっても、それを続けなさい。
わたしが水をまき、わたしが雨を降らせ、その根にいのちを注ぐのだから。
わたしが内を力づけ、成長させてあげよう。
だから、あなたがたは、まっすぐにわたしを見続けて、いまあることを続けなさい。
必要であれば、導きの手を差し伸べる。
だから、絶えずわたしを見ていなさい。
わかったかな?」
少女は、「はーい。」と返事をした。
羊も、「めえ。」と鳴いてうなずいた。
その方は笑みを浮かべられ、ボールで混ぜていたものをこね始めた。

もう一つ話をしよう。
あるところに、鍛冶を営む職人がいた。
その人は、刀から包丁まで、なんでも作っていた。
ある人が職人にたずねた。
「刀と包丁は、どう違うのですか。同じ刃物ですが。」
職人は答えた。
「打つ回数が違う。多く打てばより練られたものとなり、良い刃となる。」
職人は奥を差して言った。
「しかし、あの刃物にはかなわない。」
そこに置いてあるのは、ナイフだった。
ある人は尋ねた。
「何が違うのですか。」
職人は答えた。
「あれは刃こぼれすることがなく、また金属を継ぐこともゆるされていない。
あれは、私の師匠と呼ぶべき方が置いていった。
その方は食事が好きでな。私にも食べなさいと与えてくださった。
あれは一つのものからできていて、継ぎ目がなく、また純度で言えば、一切の混じりがない完全なものだ。
あれはあらゆるものを切り裂き、望みどおりに切り分けることができるだろう。
しかし、私はまだ使っていないんだ。
使うことが恐ろしくてな。」
ある人は尋ねた。
「どうして恐ろしいのですか。良いものであれば使えばいいのに。」
職人は答えた。
「正しく使えるのであれば、あれは良いものだ、しかし、本当に正しく扱えるのは師匠だけであろう。
あれを作った方は、切り分けるものすら作られたのだから。」
ある人は答えた。
「では、私に譲っていただくことはできませんか。
私は飢えているのですが、食事をするための道具がないのです。
どうして素手で食べられましょうか。」
職人は言った。「ではひとまず貸しとしてあげよう。
あなたがうまく扱えるなら、それを預けよう。」

その方は練ったものを取り出して、
伸ばして広げ始めた。
「言っておきますが、ある人、ナイフを使い始めたものは、きちんと食事することができました。
必要なものと不要なものを切り分けるそれは、おいしいところを口へと運んでくれるだろう。
わたしが与えたものを、十分に使い、用いなさい。
恐れてはいけません。わたしがあなたに選んで与えたのだから。
わたしは無計画に与えているのではありません。
そのもののすべてを見て、知っている上で与えているのです。」

その3

その方は、広げたものを置き、道具を取り出した。
「さあ、生地を型抜きしようか。」

すると、型抜き用の道具が運び込まれた。
少女と羊は何だろう、と物珍しげに見つめていた。
その方は一つをとって、生地に押し付け、くりぬかれた。
少女と羊は、それを見て目を輝かせた。
少女は、「おもしろい!」と叫んだ。
その方は言われた。
「これで、生地を型抜きするんだよ。
またこれにことばを語りかけると。」
その方は、型抜きの道具になにか語られた。
すると、そのとおりの形に変形した。
少女は、さらに喜んで、踊った。
その方は笑って言われた。
「さあ、みんなで好きなように形作ってみよう。
それを焼いて、みんなで食べよう。」

そして、めいめいが生地をくりぬいた。
それは、三角や四角、星型や渦巻を組み合わせたものなどであった。
その方は、一つの食材を取り出され、くりぬいた生地の上に乗せた。
それは様々な色をした飴のようだった。

「これを焼き上げている間に、もう一つ話をしよう。」
その方はくりぬいた生地をオーブンに運ばれたあと、話をされた。

「蜜よりも甘いもの、獅子よりも強いものはなんであろうか。
それは上から下る喜びである。
それがあなたがたを満たす時、あなたがたは力を受け、この世の与えるものでは到底届かない喜びに満たされるであろう。
それは蜜よりも甘く、力強い。
それは、水の中に住む魚を追い求め、一晩中漁をしていたものに似ている。
そのものはわたしの声を聞き、それに従った故に望んだものを得た。
その時彼は感じたであろう。
あなたも聞き従うなら、それと同じことが起こる。

あるものが密林の中で蜜を探して探し回っていた。
しかしそれには届かない。人の手には届かない。
わたしはあらゆるところに隠し、絶えず味わえるように仕込んでおいた。
しかし、それは人の手によっては届かぬところに置かれている。
わたしのことばは、その道を開く鍵である。
わたしが語るならば、それは開き閉じることはないだろう。
探し回って喉が渇き、力もつきそうになる時、わたしは語ろう。
そのものはことばを聞き、手を伸ばして蜜を口に運ぶ。
するとその体は若返り獅子のように力が満ち、さらにそれを求めるようになる。

あなたはそれを求めるがよい、わたしはそのためにも語ろう。
あなたは日々蓄える不要なものを投げ出して、その蜜を得なさい。
それは隠されたマナと呼ばれるものである。
わたしはあなたの口にそれを運ぼう。
そのときあなたはわたしの目を見て、顔と顔を合わすだろう。

その4

それは、花婿が婚姻のために一輪の花を探すようなものだ。
花婿の父は、花婿に命じて、この世界に植えられたたった一つの花を探させる。
そして花婿はそれを探し出すのにいのちをかけるだろう。
それは自らのいのちよりも尊いものを手に入れるのにふさわしいことだからである。
たとえ我が身が裂かれても、花嫁を手に入れるために、いばらの中であっても、その手を伸ばす。
彼はそうして、父が植えた一つの花を見つけ出し、それを持って花嫁に告白するだろう。
『これを持って、わたしとすべてをともにしてください。』と。
花嫁はそのときどうするのか。」

少女は答えた。
「その花を受け取り、花婿とともに歩みます。」
その方はにっこり笑って、少女に近づき言われた。
「わたしがその花婿である。」
そして手に持っている白い花を少女の前に差し出し言われた。
「これを持って、わたしとともに歩んでくださいますか。」
少女は頬に紅をさして、こくりと頷いた。

羊は、「私にはないのですか。」という目でその方を見た。
その方は笑って羊を撫でられた。
すると羊は全身が花だらけになってしまった。
その方は言われた。
「あなたはもう持っている、だから心配することはない。」

部屋に甘い香りが漂い始めた、どうやら生地が焼けたようである。
扉が開かれ、皿に乗せられた焼けたばかりのクッキーが運び込まれた。
その方は言われた。
「さて、味はどんなものだろうか。」
そして、みんなを席に座るように促し、おやつの宣言をされた。
羊はそれを一つ口に運んだ。
すると、地の深み、土が結んだ恵みの香りが全身を満たすような心地がした。
それを構成する全てに対して、惜しみのない愛が注がれ、それを噛み締めるたびに溢れるように、
幸福に満たされるものだった。

少女も一つとって食べた。
すると、あまりのおいしさに頬に手を当てた。
おやつは、この木で働いているものすべてが味わうために届けられた。
そして、いたるところで、感嘆の声があがった。
その方もおもわず微笑んだ。

その5

その方は、器に注がれた茶を飲み、言われた。
「これを作る時語ったことば、それがこの菓子の中に練りこまれている。
それは火で精錬され、より純度を上げ、より熟成されたものとなって、皆のところへ届けられている。
今味わっているそれが、すべてを示している。
ことばには力があり、こうして心に力を与えることが出来るのだ。
だから、ことばに気をつけなさい。
それは、敵にとっても足掛かりになるものである。
敵は直接は扱うことのできないものであるが、あなたがたがそれに加担するならば、互いを、自分自身を傷つけるものとなってしまう。
だから、一切の不要なもの、かなかすを取り除きなさい。
そうすれば、いま味わったように、いつもその口に甘い蜜と塩に味つけられたことばが離れないであろう。」

その方は言われた。
「この茶は、この木の葉を用いて入れられたものだ。
葉は諸国の民をいやした、と書いてある。
それは、語る舌である。
それは光に当たり養うものであり、一切の暗いところがなく、その実はいのちである。
その舌が語ることは、わたしが言い送った事であり、
民の内も外も、すべてを包み貫いてわたしで満たすものである。」

羊は思った。
それは、以前見たことがあり、聞いたことのあるものだった。
その木の根元には人だったものがあり、道を外した者のなれの果てが投げ出されていた。
しかしその道の先から水が流れ、その木の根元にある汚れは洗い流され、祝福に変えられていったことを。
その木は水を吸い上げ、水の源であるその方のことばを吸い上げて、実を結び葉を揺らす。
死はいのちに飲まれて、すべてが変えられていった。

その方は羊を見られた。
「あなたに明かしたことは一部でありすべてではない。
だから、あなたの頭で判断しないように気をつけなさい。
わたしが地に降りるまでは、すべて明かすことができない。
その時になれば、あなたたちのおおいは取り去られ、あなたがたを完全に知っているように、あなたがたもわたしを知るようになる。
それまでは、あなたはわたしのことばによって、あなたに与えたものによって進みなさい。」
羊はこくりとうなずいた。

部屋の扉が開かれ、再びおやつが運び込まれてきた。
それは、その方が最後に仕上げられたものであった。
おやつの上には様々な色の宝石のようなものがのっていた。
透き通っていて、それぞれの色に輝いていた。

少女と羊は、オーブン皿に乗せられた、宝石のようなものが乗っている焼き菓子を食べた。
「これは、それぞれが任されているもの、不動のもの、召しであり、役割をあらわすもの。
その味が香りをあらわし、深みをあらわしている。
高いものも深いものも、わたしがつくったもの。
だから、それを味わいなさい。
そして、自分のものとして引き寄せなさい。それがあなたをとおしてのわたしの香りになるのだから。」

その6

その方は、残っている焼き菓子を袋に詰めて、羊に渡した。
「それを持っていなさい。
この木の中を探検しに行くのだろう?」
羊は少女を見た。
少女の顔は、わくわくしていて、今にも飛んでいきそうなほどに元気にあふれていた。
その方は、それを見て微笑まれた。
そして、少女に鈴と杖とを渡された。
「それを離さずに持っていなさい。」
少女はうなずき、それを受け取った。

羊と少女は、扉を出て、下の階へ向かった。
螺旋階段を抜けると、羊が以前とおった、絵の階についた。
少女はその一つを見つめた。
少女がいつか見た、深い海から見上げた月。水の中からでもわかるほどに、強く差し込まれている光を、ゆらゆらと揺られながら見ている。そんな風な絵だった。
羊は、「めえ。」と鳴いた。
少女は我に返って、にっこり笑い、羊を追い越して走っていった。
羊も置いて行かれぬように、後を追っていった。

その方は、階段の上から、その光景を見ていた。

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