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第2話 はじまりのいえのこどもたち

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その1

「あなたはわたしが示すところへ行かなければならない。
そこにいって、わたしの指示することをし、地に水の源を据えるようにせよ。」

その方は、宿主に一つの石を与えた。
「もし、行った先であなたの名は何かと言われたら、これをもって見せなさい。
それがその場所での、あなたの名となる。
あなたは、行った先ですべて日毎の糧を獲なければならない。
それは必ず与えられる。
必要以上に求めてもならず、また必要よりも少なく求めてもいけない。

行った先で、わたしは語ろう。
たとえ姿は見えなくとも、わたしはそばにいる。」

昔々、あるところに同じ親から生まれた兄弟がいました。
二人はそれぞれ自分の仕事をもち、その道の先に立つものとして、人々から目を集めていました。
ある時、父の仕事を引き継がなくてはいけない時期になり、二人は父親の元へいきました。
父は彼らを目で見ることもできないくらいに衰えていました。
二人は、父の前に並び、来たことを告げると、父は語りだしました。
「お前たちは、自分たちの仕事をもち、それぞれの業に励んでいる。
そのことを、わたしは喜んでいるよ。
兄たるお前は、弟たるお前に、尽くしてやりなさい。」
父は、それっきり語らず、息は絶えてしまいました。

さて、目の前に大きな荒野が広がっていた。
それぞれ北と南に分かれていて、一つずつ国があり、北の国、南の国と呼ばれていた。
それぞれおもな産業が異なり、北の国は狩猟や戦人の国であり、鉄鋼の町が中心として栄えていた。
南は農業や牧畜に精を出しており、また文学にも精通していた。
中央に大きな書庫があり、そこでは一日中本を読むことが出来、また演説して語るものや学者が多くいた。

二つの国は仲が悪く、よく戦争が起きていた。
それは長く続いており、民は疲弊していたが、それでも誰もやめようとはせず、火は消えなかった。

その方は、宿主を窓のそばに呼ばれた。
そして、外を指さして言われた。
「あれを見なさい。」
宿主はその先を見た、そこにはいくつもの天幕が並んでおり、その先から煙が昇っていた。
それが、広い範囲で繰り返し起きていた。
「これは何ですか。」
宿主は聞いた。
「あの場所で、長い間戦いが起きている。
かつて同じ腰から出た者たちが、戦っているのだ。
しかし、そのあとで大いなるものが北から攻めてくるだろう。
このままではすべてが飲み込まれてしまう。
あなたは、生ける水を彼らに飲ませ、その目を開いてきなさい。
彼らが手を結ぶことをしないなら、自らの剣に食い尽くされるだろう。」

その方は、窓に手を伸ばし、開け放つと、宿主の肩に手を置かれた。
「あなたは決して一人ではない。
いつもわたしからすべてを受け取りなさい。
わたしはあなたに語らないことはない。
もし語られなければ、その問題を悔い改めなさい。
わたしは、あなたに絶えず語る。
そのことばを掴み、進みなさい。」
そして、その方は宿主を窓の外へ放り投げられた。

その方は宿主を送り出すと、反対の窓を見つめた。

その2

麦の園。
そこはそう人々に呼ばれていた。
夏には花が揺れて、風を運ぶ。
時がゆっくりと流れ、収穫を願う人たちはせわしなく働いていた。
少し離れたところに、少女は座っていた。

かつて、その領地を持っていた人の娘であり、いまは捨てられたに等しいものとして、ここにたたずんでいた。
少女はそのことを憂いてはいなかった。
これも風が運んできたことだからと。
こどもに似つかわしくない、達観した目で、働く人々を見ていた。
「昔は、あの人たちの中で、自分も働いていたんだな。」

それは昨日のことのように思い出せたが、
それに対する思いは、幾年も経て色あせた絵画のように見えた。
もう、あの場所には戻れない、戻ってはならない。
自らの肉を獣にやるようなことは、決してしない。

しかし、少女には日々の食べるパンさえも、手に入れ難い状況にあった。
だから、その日の糧を手に入れられなかった日は、夕暮れ時になるとここに座り、働く人々を見るのだった。

どんなに飢えても、人から盗んではならない。
あなたを作った方を、そしるようなことをしてはならない。
働き者だった父親は、よくそういって人々に施していた。
少女はそんな父親が大好きだったからこそ、
こうしてここに立ち、飢えている自分を戒めるのだった。

麦を集めて倉にいれよ、われらの父の御倉に。
父は種を蒔かれ、育ててくださる。
穫り入れ時にそれは実り、われらを満たしてあまりある。
われらのよいもので父をたたえよ。

近くにこどもたちが来ていて、それを歌っていた。
少女はそれを聞き、いつの間にか、自分も同じように口にしていた。

「麦を集めて倉に入れよ、われらの父の御倉に。
父は麦を植えて、実をつけられる。
働き人はそれをみて、われらのこころを満たして溢れる。
われらのよいものを父にささげよ。」

夕方になると、こうしてこどもたちが歌いながらやってきて、仕事納めを告げる。
そして働いていた人々はこどもたちを連れて、それぞれの家に帰っていく。

自分はその中にいることはない。
日が傾き、影が濃くなってきた。
少女は目を細め、それを見ていた。

すると、空からなにかが降ってきて、麦畑に落ちた。
少女は目をまるくして、それを見た。
咲いた麦の花が空に浮き、風に吹かれた。

周りに人はなく、少女だけであった。
少女は一体何が落ちたのかと、それを見に行った。
麦をかき分け、落ちたであろうその場所に行ってみると、
そこには、白い衣をまとった何かがいた。

その3

宿主は窓から放り出されると、そのまま真っ直ぐに落ちた。
地上からかなり離れているのか、もしくはゆっくりと落下しているのか、あるいは風に吹かれているのか。
なかなか地面に近づく気配がなかった。
宿主は前方、煙の上がっている方を見た。
天幕、その裾に麦の穂が模様としてあった。
それが横に並び、一番手前には、ひときわ大きい天幕があった。
その場所から遠く離れた手前には、石でできた建物があり、町が広がっていた。

中心には円形の建物があり、それから放射状に通りが整備され、建物がならんでいた。

あの場所を目指すのかな。
宿主は考えたが、しかし行ってなにをするのか、そう思ったときそれ以上に考えることができなくなった。

日は沈んでいき、中心にある建物が、時計の針のように見えた。

宿主はそれを見つめ、そして地面に落ちた。

草のうえに落ちたせいか、どこも痛くはなかったが、
衝撃のせいで、感覚を取り戻すのに時間がかかった。
宿主は顔も起こせぬままにまどろみ、意識は遠退いていった。

「あなた、だれ。」
宿主は引っ張りあげられるように、むくりと顔をあげた。
見ると、少女が目の前に立ち、目を丸くしていた。
なにか言わなければ、自分のすべきことを果たさねば。
宿主は焦って、声を出した。
「めえー。」

はっ、と宿主は思った。
なんという声を自分は出しているのか。
しかし、ことばを紡ごうにも、「めえめえ。」と鳴くばかりだった。
少女は首を傾け、不思議そうに宿主を見ていた。
宿主はどうしようとあわてるがなにもできず、
裾から石が地面に落ちた。

少女はそれを拾って見ると、口を開いた。
「あなた、ひつじさんなのね。」
宿主はぽかんと口を開けた。
少女は続けた。
「あなたも一人なの?
私と一緒なのね。
一人よりも二人の方が温かいから、一緒にいましょ。」
少女はにっこりと笑った。

その4

「その子と一緒にいなさい。」
羊に語りかける声が聞こえた。
羊 は周りを見回すが、少女の他に誰もいなかった。
「わたしだ。あなたを導き、ここに植えたもの、あなたに名を与えたもの。
あなたはその子を導き、食事をしなさい。
わたしが用意してあるから。」

羊はこくりとうなずき、
少女の裾をくいくいと引っ張った。
少女は首をかしげた。
「どこかに行きたいの。」
羊は「めえ」と鳴いて、その方、内なる声に導かれるままに、少女を連れていった。

「さて、なにを振る舞うか。」
その方は腕捲りをして、調理場に立っていた。
「あれにしよう。働き人が報酬を得るのは当然だから。
とっておきのものを振る舞おう。」
そう言われると、すぐに目の前に食材が運び込まれた。
そばにいるものたちは、こうしていつでも動けるように待機している。
その方は鍋を手に持ち、笑みを浮かべた。

創世のはじめ。神は天と地をおつくりになった。
われらはそれを、はじまりのいえと呼んだ。

人は自らの名をあげるために塔をつくった。
天に届くほどに、石を積み上げ、その上に立とうとした。
「われらがわれらによって一つとなるために。」と言って。
神はそこに、ひとつの種を蒔かれた。
それは芽を出し、大きくなり、やがて木となった。
それはすくすくと育ち、大きくなって、塔を飲み込んだ。
それは神が人と交わり、一つとなるために蒔かれた種だった。
人が積み上げたものはもろく、崩れてしまうが、
神はそれを包み、ご自身でおおわれ、その栄光をあらわされた。

人が 積み上げた罪を、神はおおわれ、
罪の実である死は、神の霊が飲み込み、
御霊の実であるいのちが結ばれた。

「めえ。」と羊は鳴いた。
少女は立ち止まって、それを見上げた。
それは、麦の園から少し離れたところにある森の中にひっそりとたたずむ。
古い建物だった。
三角の屋根に、不揃いの石が積み上げられてできた壁。
扉も少し開いていて、入れるようだった。
「ここに入るの?」
少女は羊にたずねると、羊はこくりとうなずいた。
少女は扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。
すると、いい香りが漂ってきた。

「よく来たね。」
その方は振り返って、こちらを向いた。
羊はびっくりして、 「めえ。」と声を上げた。
少女はどきりとして、胸に手を当てた。
その方は言われた。
「もうすぐ食事ができる。
しかし、わたしたちだけでは余ってしまうほどに、つくってしまった。
だから、人を呼んで来なさい。
あなたが呼ぶものはみな、ついてくるだろう。」
そう言って、その方はこちらに歩いてこられ、少女を撫でられた。
少女はびっくりしたが、そのあとに涙を流して泣いた。
その方は、少女を抱きしめられた。
「よく来たね。よく頑張ったね。よく耐えてくれたね。」
その方はそう語った。

その5

少女がひとしきり泣いた後、その方は涙をぬぐわれた。
そして、少女に一つの鈴を渡した。
「これを鳴らして、町を歩いてきなさい。
あまり時間はないから、急いで行ってきなさい。
あなたが鳴らした鈴を聞いたものは、あなたについてくるから。
ここに導いてきなさい。
そして一緒に食事をしよう。」
少女はこくりとうなずいた。
その方はそれを見て笑みを浮かべられ、羊を見ていった。
「この子を守ってやりなさい。」
羊は「めえ。」と鳴いて、こくりと返事をした。

「りんりんりーん。」少女は鈴を鳴らして、町を巡り歩いた。
森から町までかなりの距離があるはずだが、不思議と日は沈まず。
まるで時が止まっているような感じがした。

鈴の音は響き渡り、建物に反射して遠くまで届いた。
それは表も裏も関係なく響いて、呼ばれた人々の耳に入った。
そのものたちは立ち上がって、足を通りに向け、駆けて行った。
それは、かつて親がいたもの、いなかったもの、また捨てられたものやいなくなってしまったものなど、
世から見放された人の子だった。
それは、隠れたところに住み、隠れたわざを行い、本来であれば日を嫌う者たちであった。
しかし、呼ばれた方、少女に鈴を託された方は、そのものたちの心を守りぬいて、いまおおいが取り去られた。

「聞く耳のあるものは聞きなさい。
私についてきて食事をしましょう。
兄が私たちのために、ご馳走を振舞ってくれるから。」

少女は鈴を鳴らして、町を巡り歩いた。
その間も、日は沈まず、少女の上にとどまっていた。
そして、少女の後ろには、鈴の音を聞いたものたち、
世から捨てられた人の子たちが集まって、列をなしていた。
彼らは、少女の歌を聞き、自分たちも同じように歌った。

「聞く耳のあるものは聞きなさい。
私についてきて食事をしましょう。
兄が私たちのために、席を用意してくださっているから。」

少女たちは町を一周し、やがて森の方に向かっていった。
そしてその奥にある、三角屋根の石の建物のところへ入っていった。

「いらっしゃい、みんなよく来たね。
さあ、先に体を洗ってきなさい。」
その方は、近くにいたものに言いつけて、彼らを洗い場へ導かれた。
そして少女にいった。
「よく連れて来てくれたね。
今日は宴会をしよう、あなたたちが帰ってきてくれたから。」
その方は少女の頭を撫でた。
少女の顔は蕩けて、その方に寄り掛かった。

その6

さて、みんなが汚れを落とし、それぞれの席に着いたところで、その方は食事の開始の宣言をされた。
人の子たち、その方が呼ばれたこどもたちは、目の前にある料理に飛びつき、ほおぶくろをつくっていた。
彼らの中には、数日食物と呼ばれるものを口にしていなかったものも、少なくはなかった。
しかしいま、その方は彼らに施しをされ、そして言われた。
「あなたがたは、空腹を覚えたらこのことを思い出しなさい。
わたしはいつでもあなたがたを満たすために、パンを与えよう。
あなたがたが渇いたのなら、わたしの泉から湧き出る水を、あなたの口に注ぐ。
あなたがたは、それを受けなさい。」

そしてその方は、彼らに話をされた。
「あるお金持ちの家に、一人の息子が住んでいた。
その子はとても大切に育てられていた。
そこへ、外から連れてこられた子が住むようになった。
その子も、その家の息子と同じように育てられたが、
外から来た子は、なかなか与えられたものを受け取ろうとはしなかった。
息子は外から来た子にたずねていった。『どうしてなにも受け取らないの。』
外から来た子は言った。
『私はここの家に生まれた子ではないから、これを受け取る資格はありません。』
息子は考えた、どうしたら自分と同じように受け取ってくれるだろうかと。
そして、一つの思いが与えられた。
ある日息子は外から来た子に、こういいました。
『この家全部を使って、遊ぼうじゃないか。
ぼくが導いてあげるから、あなたは何も心配しなくていい。
何か言われても、ぼくがやれと言ったといいなさい。
そうすれば、すべてぼくがやったことになるから。』
外から来た子は了承すると、二人は家中を走り回った。
台所にある食材をつまみ食いしたり、水回りを荒らしたり、家畜小屋にいる牛や馬を放ったり。
手につく限り、思いつく限りのことをして、息子も外から来た子も遊んで回った。
夜になると、外に出かけていたその家の主人が帰ってきて、この知らせを受けると、
二人を呼び出していった。
『なんでこんなことをしたんだ。』
すると、息子は口を開いていった。
『ぼくがやりました。
ぼくがこの子を誘って、すべてのことをしました。
叱るならぼくを叱ってください。』
主人は、外から来た子を見ていった。
『あなたはどうなのか。』
外から来た子はびくりとしたが、顔を上げて主人の方を見ていった。
『ごめんなさい。
私も叱ってください、私は悪いことをしましたから。』
しかし、主人はいった。
『なぜわたしがあなたを叱るのか。
息子がやったことなのなら、あなたを叱ることはできない。
わたしが聞いているのは、今日一日家をまわってどうだったのか、どう感じたのか。
庭に入ってみたのか、そこは楽しかったのか。
それを聞いているんだよ。』
そして、主人は二人の頭を撫でて言われた。
『息子よ。あなたはこの子を連れてこの家を案内してくれてたんだよくやった。』
主人は、外から来た子に言われた。
『あなたはこの家の子なんだ。
今日見たものも、まだ見ていないものも、全部あなたのものなんだ。
すべて好きに使いなさい。
全部あなたに与えられたものなんだ。
だから遠慮することなく使いなさい。
誰も咎めるものはいないのだから。』
すると、外から来た子は泣きだした。
その子の心が溶かされ、氷が解けていった。
主人は二人を抱きしめて、涙を流された。」

その7

その方は、一つの石を取り出して言われた。
「後になると、あなたがたが通って来た町が焼かれる時が来る。
しかし、恐れてはならない。
あなたがたは決して損なわれることはない。」
そして、その方は石を砕き、それをこどもたちに配られた。
「それは、あなた方のためのわたしの名である。
それによって生きなさい。
あなたがたは、もう一人ではない。
あなたがたは、もう捨てられたものではない。
もし迷ったのなら、ここに帰ってきなさい。
ここは、あなたがたのための場所だから。」

その森の木々は固く、鋭い葉に覆われ、葉も枝も燃えなかった。
また、その木は低い位置から枝を出し始め、大人の高さでは、かがまねばとおることが出来ないものであった。
それ故、人々はそこを死の森と呼んだ。

その方は、こどもたちにこの世界がどうやってつくられたのか。
あなたがたがなんのためにうまれたのかを、話された。
そして、本当に必要なものがなにかを明かされた。

「あなたがたは、もう独りではない。
わたしたちは、こうしてひとつになり、家族となった。
あなたがたは、互いに不足があるなら補い合い、喜びを分かち合いなさい。
そうすれば、それは増し加わり、あなたがたがこうしてつながれたことが全うされる。
あなたがたは、互いに愛し合いなさい。
目に見えるものに流されず、
内から出るその愛によって、あなたがたは生きなさい。

あなたがたは、世から取られ、わたしのところへ植えられた。
あなたがたは、決して枯れることはない。
だから、失望してはいけない。
あなたがたをとおして結ばれる。
わたしの実は、希望に輝くものなのだから。」

その方は、こどもたちひとりひとりを抱きしめられ、
その夜一緒にすごした。

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