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第8話 はじまりのいえと はじめのまち

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その1

羊と少女は、その方に連れられるようにして、光の奥、窓の扉の向こうへ足を踏み込んだ。
そのとき、そこには足場の感覚がなく、かといって落下している感じでもなく、
水の中で足を動かしているようだった。
羊も少女もうまく進んでいるように思えなかったが、その方はこちらを見ていて、
「その調子」と笑っていた。
そうして二人は光に包まれて行った。

二人が気づいたときは、車の上で横になっていた。
幌が荷台をおおっていて、その中に二人はいた。
前を見るとその方が馬を導いて、道を進んでいた。
そこまで確認して、自分たちがなにの上で寝ていたのかに気付いた。
それは麦の束のようで、山盛りになっていた。

その方は二人に気付くと言われた。
「おはよう、よく眠れたかな?
もうすぐ目的の地につくから、もうすこし待っててね。」
すると、少女が立ってその方のとなりに座った。
一緒に景色を見るためだった。
道の両端は草原でなにもなく、平らに広がっていて、前方遠くには建物が見えた。
草原には人影や生き物すらいなさそうだった。
空はちょうど雲で日が陰り、暑くはなかった。
その方は言われた。
「ここの道は、盗人もいなくて安全だから、最初に通るには適しているんだ。」
少女と羊は、そのことばの意味がわからなかった。

その方は言われた。
「もうすぐ町に着く。あなたがたはそこにある着物をまとってわたしから離れずにいなさい。」
少女は言った。
「なにをしにいくのですか?」
その方は言われた。
「商談だ。この地を買い取るためのね。」
それを聞いて少女の目は輝いた。

町に着くと人々が集まって来た。
そして口々にこういった。
「収穫のものがようやくとどいた。これで冬を越すことができるぞ。
みんな、今日は祭りだ。早く準備をするぞ。」
人々は喜びの声を上げていた。

その方は言われた。
「ここで降りようか。荷物を見守っていなさい。」
そして二人は促されるように降りて、町の中を見回した。
石の積まれた家の造りが並んでいて、町の規模もそんなに大きくないようだった。
近くの建物からは、家畜の鳴き声が聞こえてきた。
羊はそれを聞いて、「めえ。」と鳴いた。
彼らのことばはわからないが、なんとなく似たものの雰囲気を感じていた。
それを見た少女は羊の頭を撫でて、「だいじょうぶだよ。」と声をかけた。

その2

しばらくすると、奥から老父が出てきた。
その人は言った。
「よくぞいらっしゃいました。これで今年も安心して暮らしていけそうです。」
その人は隣を見ていった。
「この方々はお連れの方ですか。」
その方は言われた。
「そうです。ようやく生まれたわたしの子たちです。」
老父は笑って言った。
「歓迎します。どうぞこちらへ来てください。」
すると、その方は馬を引いて、二人を連れ、老父のあとをついていった。

その町は、小さいながらも元気にあふれているようだった。
自分たちの思うように、自由に生きている感じで、幸せそうに感じた。

老父は家に招き入れると、食事の席にその方たちを招き入れた。
そしてみんなが席に座ると、食事の宣言をした。
出てきた料理も、ゆでた豆にスープとパンという質素なものであったが、温かみを感じ、優しい味がした。
羊と少女はそれを飲んだ時驚きの声を上げた。
その方はそれを見て微笑まれた。

老父は口を開いた。
「さて、食事の途中ですが、近頃起こっていることを話させていただきたいと思っています。」
その方は答えた。
「どうぞ、話してください。」
老父は続けた。
「最近王都では大規模な建設を始めているようで、周辺の町から遠くの田舎の村まで、あらゆるところから人々が集められているようです。
また、そこには、食料や建材となるものまで多くの物資が集められていて、いまは大丈夫ですが、近々周辺の町では物資が枯渇するという話も出ています。
また、人々は王都に行くと幸せに暮らせる、という噂を聞き、自ら願って移り住むものたちも出てきているようです。」

その方は言った。
「この町からは、なにか出ていったものはありますか。」
老父は答えた。
「数人、出ていきました。
食料などはまだ送り出すことはないですが、その数人は、手紙を送っても返事がなく、家族のものは心配しております。」
その方は言った。
「ならば、なるべく王都に人や物が流れないように注意していなさい。
あなたが管理すべきものから目を離さずにいなさい。」

老父は少し俯いて口を開いた。
「実は、もう一つありまして……。」
その方は答えた。
「どうぞ続けてください。」
老父は顔をその方に向け、そして話し始めた。
「最近人や物資が王都に集められているのはお話ししましたが、それと同時に少し騒ぎも起きていまして。」
老父は立って扉の方へ移動した。
「その騒ぎといいますのが、王の娘様が行方不明になられまして、大々的には知らせていないようなのですが、
上の方では大事ということで、こちらの方にも話が来ています。
もし見つかったならすぐに知らせるようにと。」
老父は扉を開いて、誰かを呼んだ。
「それは、王都からの知らせであって表向きの話です。
もう一つの裏の話では、王と娘との関係がうまくいっていないようでして、それで逃げ出したという話もあります。
くわしくは本人にご確認ください。」
老父はこちらに向き直ると、扉の向こうに小さな人影があった。
人影は白と桃色の色が組み合わせて縫われた衣を着ていて、まるで人形のような姿だった。
その主はお辞儀をしてこちらへ進み出た。
「あなたがたを信頼できる方としてお見受けいたしました。
私は王都より離れているもので、王女として生まれたものです。」
羊は驚いた。
その姿は、まるで少女と瓜二つだったからである。
少女も驚いているのか、呆けたような顔をしていた。

その3

王女である女の子は言った。
「私を連れて行って欲しいのです。
どこへでも構いません、王都が正常な状態に戻るまでは、あの場所に戻るわけにはいきません。」
その方は答えた。
「あなたはあの場所で何を見たのですか。」
王女は言った。
「あの場所、あの国は恐ろしいところへとかわってしまいました。
まるで人がレンガのように整形され、同じように生活をして、一心に建物を築き上げていました。
その姿は一見幸せそうにも見えるのですが、だれも笑っていないように感じるのです。
そして、以前は優しく暖かな王も、いまでは冷たさしか感じることができず、
私があの場所にいる間は、寒さと恐ろしさで満たされていました。
私はここを抜け出したい、遠くへ行きたいと願って窓から外を眺めていると。
全身を衣でおおった方が目の前に現れて、私に語りかけたのです。
『こんなところよりも、もっと素晴らしいものを見たくはないか。』
私はそのことばを受け入れ、顔を隠された方の手を握りました。
その方は私を抱き上げると、わしのように夜の空を駆けて街をすぐに飛び出し、
ここの町へと送り届けてくださいました。
この老父さん、町長さんはこのようなものをも快く受け入れてくださいました。
衣をまとった方は少し話をしたあと、すぐに行ってしまわれました。」

その方は言った。
「あなたはなにがしたいのですか。
なにを望みますか。」
王女は答えた。
「私はしばらくあの場所から離れていたいと思います。
しかし、それではあの場所はよくなるどころか悪くなる一方です。
私が望むのは、ただ昔のように平和な国に住みたいのです。
私は今の国が、平和だとは決して思いません。」
その方は言った。
「では、あなたを連れていきましょう。
わたしから離れずにいなさい。」
王女は少し顔の緊張がほぐれたように見えて、頬が緩んだ。
しかし、次にはすぐ表情を引き締めお辞儀をした。

その4

みんなが食事を終えたのを確認すると、その方は言った。
「わたしはこの町を確認してまわりたいのですが、町長とも話があります。
ですから、あなたがたがわたしの代わりに見て来てもらえませんか。」
羊と少女はこくりとうなずいた。
その方は王女に向き、言った。
「あなたもこの子たちとともについていきなさい。
また、この子たちと同じ衣をまとっていきなさい。
その手配もしてあげなさい。」
羊たちはうなずき、王女をつれて車のある所へ向かった。

少女は王女を着替えるのを手伝い、車から降りてきた。
その姿を見た羊は、どちらがどちらかわからないくらいそっくりに思えた。
羊は身を伏して、「めえ。」と鳴いた。
少女はその意図を汲み、王女に羊の上に乗るように促した。
王女は羊の上にまたがると、少女は羊を導き、町の中を巡り始めた。
王都からはそこそこ離れたこの場所は、人は少なかったが、それぞれ思い思いに暮らしていて、道行く人がみな挨拶をして、ときには果物を貰うこともあった。
少女は、その実の香りをかいで、よい実であることを確認すると王女に渡した。
王女はこれがなにかわからないようだったが、少女は答えた。
「これは、この地方原産の果物で、見た目は少し変ですが、皮のままかぶりつくと、ほどよく苦みと甘みが混ざり合っておいしいですよ。」
そこまで話して、少女も自分の口から出たことばに驚いた。
自分の知らないことが口から流れたからである。
王女はそれを聞くと、その果実を口に運び、小さくかじった。
果実は汁に溢れていて、こぼしそうになるくらいだった。
ゆっくりと咀嚼して味を確かめる王女は、それを飲み込むと。
頬をゆるませて、「おいしい。」と言った。
少女はそれを見て、
「やっと笑ったー。」
と言って、王女に抱きついた。
王女はその反応に驚きながらも、自分に力が入っていたことを知った。
そして、安堵ともに涙があふれて、少女の方へ身を預けて泣き始めた。
羊は身を低くしてその場に伏して、毛の衣を豊かに増した。
少女と王女はその毛に身をゆだねて、二人は抱き合い、泣き続けた。
少女は王女の頭を撫でて言った。
「遠いところまで、一人で辛かったね、だいじょうぶ、お兄ちゃんが来てくれたから。
お兄ちゃんはすごいんだよ。私の国も建て直しちゃったんだから。
だから、あなたの国も、きっとよくなる。」
二人は平安の中、しばらく泣き続けた。

その5

王女はそのまま眠りについた。
そして一つの夢を見た。
自分が幼いころの夢、物心ついたときから一つの本を渡された。
それには、遠い国のことや、この国のこと。
災害やききんが襲ってくること、それを救い出してくれる存在。
一人の英雄や、二人の王、古いものや新しい旅人のこと。
収穫の歌や、それにまつわる話など、王女が読むたびに心が躍り、新たな発見を与えてくれるものだった。
それを読んでいてわからないところは、父や母に聞いて、教えてもらっていた。
また、読み聞かせてもらうときは、その詳細や歴史まで話してくれた。
王女にとって、その時間は大切で、幸せな時間だった。
王女は、それらの光景が、一つの宝箱の中に、宝石のように散らばっているのを見た。
王女は、それを見て、はるか昔のことのように感じた。
いまは、どうしてこうなってしまったのか、いつからかわってしまったのか。
王女は、昔を取り戻したいと思う反面、このまま箱に鍵を閉めて、大事に取っておきたいと思っていた。
王女は、その箱に鍵を刺したまま、そこに立ち尽くした。
これを自分で守り切る自身もなく、かといって周りの誰かに預けられるものではなかった。
その周りが、変わってしまっていたのだから。

王女は、ただ悲しいとだけ思い、涙も流さず、一人祈っていた。
口からもれることばは、どこかに届いてほしいと願いつつも、端から消えていくように儚く感じていた。
それを繰り返し、王女は待ち続けた。

そこへ、一つの鳥がやって来た。
その姿は鷲のようで、王女を連れて、遠くへ連れ出し、自分と同じ姿の女の子の前に導いた。
女の子は、王女の手を引き、はじめの果実を食べさせた。
その汁は甘く、苦みをともなっていて、くたびれていた体を芯から力づけるものだった。
そのとき王女は願った。
昔のように、暖かな場所で暮らしたい、みんな幸せで暮らしたい。
いつも願っていた思いが湧き上がり、鍵を閉めていた希望に手を伸ばすように、王女は顔を上げた。
その方は言われた。
「あなたはなにがしたいのですか、なにを望みますか。」
王女ははっきりと、決意に満ちて答えた。
「私は、自分の家を取り戻したいです。」
そして王女は目を覚ました。

王女は目を開いたとき、少女がその頭を撫でていた。
遠い昔、自分の母が撫でてくれたように、その手は優しく、心を落ち着かせるものだった。
王女は身を起こし、少女に礼を言った。
少女は、首を振って王女を抱きしめた。
そして、少しの間時が流れた。

その6

羊は、近づいてくる足音に気付き、顔を上げた。
羊が音の聞こえてくる方を見ると、男の子がこちらへ歩いてきていた。
羊は、「めえ。」と鳴いた。
少女と王女も、男の子に気付き、声をかけた。
「どうしたの?」
男の子は答えた。
「ぼくの羊さんがいなくなっちゃったんだ。
必死に探したんだけど、見つからなくて、どこにいっちゃったんだろう。」
王女は空を見て言った。
「そろそろ日も暮れそうですし、早く探し出さないといけませんね。」
王女は立って、男の子に言った。
「あなたの羊がいなくなったことを気づいたとき、あなたはどこにいらっしゃいましたか。」
男の子は答えた。
「こっちだよ。」
王女は男の子についていった。
そのあとを、羊と少女も追いかけた。

男の子はあるところで立ち止まって、「ここだよ、このあたりではぐれたんだ。」と言った。
そこの近くには洞穴があって、奥につながっているようだった。
王女は言った。
「この奥は見てみましたか?」
男の子は答えた。
「見てみたけど、何もなかったよ。」
王女は言った。
「もう一度この中を見てみましょうか。灯りを灯すものはありますか。」
少女は言った。
「待ってて、いま作るから。」
そういって鈴と杖を持って、言った。
「どうか私の足の灯となって、私の歩む道を照らしてくださいますように。」
すると、鈴と杖は光って形状を変え、二つが合わさってランプのようになった。
その中には煌々と火がともっていた。
王女はそれを見て少し驚きつつも、洞窟の方を見て言った。
「なにがあるかわかりませんから、慎重にいきましょう。
そしてなるべく早く羊を見つけましょう。」
一同はうなずいて、その穴の中に入っていった。

中に入ってみると目の前にすぐ壁があって、行き止まりのように見えた。
しかし、灯りを持って奥まで来てみると、引き返すときに、横穴があるのが見えた。
王女は言った。
「ここに穴があったのですね、あなたはここも探しましたか?」
男の子は首を振った。
王女は言った。
「羊はここに入ってしまったのかもしれませんね。行ってみましょうか。」
羊と少女はうなずいて、みんなは奥へと進んでいった。

その7

その方は町長と二人で話し合いをしていた。
一つはその方が持ってきた積み荷の取引であって、この町の産物と交換ということで話がついた。
そしてもう一つは、最近この町や周辺でなにか変わったことがないか、ということであった。
町長は言った。
「最近は、気候も穏やかで、あなたが下さる穀物や果実以外の地の産物は、前の年よりも多いくらいに収穫できています。
これも、あなたが平和を運んでくださっているおかげです。
ありがとうございます。」
その方は言った。
「わたしはあなたが与えられたものを守り抜くなら、加えて恵みを施そう。
他にはなにかありませんか。」
町長は言った。
「この町ではないのですが、近くの村で盗賊に襲われたという話を聞きまして。」
その方は言った。
「この地域は、いままでそんなことをきいたことはありませんでしたが。」
町長もうなずいて言った。
「はい、おっしゃる通りで、そんな話はかなり昔に一度あったくらいで、すぐにいなくなってしまったのですが、どうやら今回は数回襲われているらしく、町の人々も警戒していまして、
警備も強化するように伝えております。」
その方は言った。
「被害のあった村は、どのあたりですか。」
町長は言った。
「この町の近くの、洞窟を超えたあたりにあります。
距離もありますし、ここは見晴らしもいいので、盗賊が隠れる場所もありませんから。
見張りをきちんとしておけば、対処できるかと。」
その方は答えた。
「周辺の町や村に声をかけて、盗賊の対処をしなければなりませんね。
愛する子たちのためにも。」
その方は窓の外を眺めた。

王女たちは、洞窟の奥へと進んでいった。
すると、壁のところに焼けた跡があった。
少女はそれを見て言った。
「たいまつみたいなものでも、おいてあったのかな。」
羊は周囲を嗅いで、似た臭いがこの奥からも感じることに気付いた。
羊は、「めえ。」と鳴いて少女にそれを伝えた。
少女はうなずいて、王女と男の子にそれを伝えた。
王女は言った。
「ここで誰か仕事でもしているのかしら。
でも、ここのあたりは鉱山もないですし、採掘するものなどありましたかしら。」
少女と羊は、それを聞いて少し警戒した。

羊は一行の先頭に立って進むことにした。
目は悪かったが、鼻によってその臭いがどこからきているのかを嗅ぎ、みんなを先導するためであった。
奥へ進むにつれて、より臭いが強くなっていくのを羊は感じていた。
そして、この奥からその臭いが出ているであろうというところで立ち止まり、「めえ。」と鳴いた。
少女は灯りに布をかけて光が漏れないようにして、その場所を見渡した。
すると、奥から話し声がしてきた。
それは複数のものであった。
話の内容は、次のとおりで、
外で見つけた羊を料理するために準備をしていること。
次はどこをどのように襲うかの相談。
ここでのことがうまくいけば、ボスに報告してここにも拠点を設けるように相談すること。
などであった。
彼らはどうやら盗賊のようであった。
それは聞くに堪えないものであって、王女はいまにも火が噴きそうであった。
羊と少女もこらえて様子を見ていたが、
王女は我慢できないといった様子で、そのまま叫んで飛び出してしまった。
「あなたたちにこの場所は渡さない。
こんな素晴らしい、優しいところを、あなたたちに壊されてたまるものですか。」
王女の目は眉毛は吊り上がっていて、拳は握られ、いまにも口から火がこぼれそうな様子であった。
盗賊たちは王女が突然出てきたことに驚いたが、彼女が武器を持っていないことに気付きすぐに落ち着き払って、挑発のことばを吐いた。
そして盗賊たちは、徐々に王女を追い詰めるように迫って来た。

その8

少女はそれを見て、ランプを取り出した。
羊と少女は、ともに祈って言った。
「どうか、我らを照らす光が、このものたちを刺し貫く剣となって、我らを悪から救ってくださるように。
竜を刺し貫いた力あることばが、今剣となって守ってくださいますように。」
そのことばに、ランプは光って、その形を変えた。
それは、少女の体に沿うように変化し、手に槍のようになり、また盾のようになった。
少女は羊にまたがると、王女の前に飛び出した。
盗賊たちはそれを見て驚き、少女はその隙に彼らの持っている武器を打ち砕いた。
盗賊たちは、それでも少女に殴りかかろうとしたが、少女は槍を振り回して彼らを薙ぎ払った。
倒れたところを、羊が迫り、彼らの足を踏み砕いた。
彼らは叫び声をあげて、そのまま意識を失った。

羊は、「めえ。」と鳴いた。
その声は部屋の隅々まで行き届き、同族のもとへ届いた。
そして、奥の方から、「めえ。」という鳴き声が聞こえてきた。
羊がそこへ行ってみると、少し震えている子羊がそこにいた。
男の子が子羊に気付くと、近寄ってきてそれを抱きしめた。
「よかったぁ、ぼくの友達、やっと見つけた。」
男の子は強く抱きしめ、子羊も男の子にすり寄った。

「大丈夫か。」
うしろから足音とともに声が聞こえた。
その声は、その方のものであった。
近くにいた王女は、その方に気付き、これまでのことを説明した。
まず、男の子の羊が迷子になったので、それを探してここにいること。
そして盗賊を見つけ、退治したこと。
そこまで話して、王女は疑問に思った。
「どうしてあなた様が、ここまでいらっしゃったのですか。」
その方は答えた。
「この洞窟の入り口に、羊の花があってね。
その花は、暗い時にも光るんだ。それに気づいてきてみたんだよ。」
それを聞いた羊は、「めえ。」と鳴いた。

盗賊たちは、町の衛兵に捕まり、牢に入れられた。
このあたりで騒ぎになっていた盗賊も彼らであった。
町長はその方にお礼を言ったが、その方は答えた。
「この子たちがやってくれたのです。」
そして、羊や少女、王女の頭を撫でた。
その方は言った。
「これからも、またこのようなことが起こるかもしれません。
あなたは、この町を治めるものとして、周囲にも気を配っていなさい。」
町長はそれを聞いて深く頭を下げた。

翌日、その方は旅の支度を整え、羊たちを車に乗せた。
少女はその方に言った。
「もうここを出てしまうのですか。」
その方は答えた。
「ここでやるべきことは、もう終った。
わたしたちは次のところへいかなければならない。
いまは、急がねばならない時期だ。
立ち止まることはできないのだ。
あなたがたにも、もっと外の世界を見せてあげたいのもあるからね。」
そして、少女の頭を撫でられた。

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