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第5話 はじまりのいえのかげのもり

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その1

少女と羊は、木の中を走り回っていた。
中で働いているものたちは、その二人に振り回されるように動いていた。

二人は階から階へ駆け回り、本棚の隙間をぬうように走り回った。
すると、そこで作業していたものに少女がぶつかりそうになるが、きれいに避けて去っていった。
羊はそれを避けきれず、本棚にぶつかってしまった。
それに気づいた少女は、急いで駆け戻る。
羊がぶつかった本棚は、衝撃で揺れていた。
そこは整理中の本棚だったため、上に連れて本が多く入れ込まれていて、もともと不安定であった。
本棚はゆっくりと倒れてきて、羊の上に倒れようとした。
少女は羊をかばうために本棚の間に入るが、羊はそれをさせまいと、自分が少女に覆いかぶさるようにした。
羊は言った。
「どうか、わが城なる方が私をおおってくださるように。」
そして二人は目を閉じた。

羊は混濁した意識の中、やっとの思いで目を開いた。
なにか自分をさわるものがあったからだ。
羊はそのほうを見ると、男の子がいた。
羊はびっくりして飛び上がった。
そこは、暗いところだった。
森の中のようだったが、上は葉がおおいかぶさるように広がり、空が見えなかった。
しかし、光が遮断されているにもかかわらず、
不思議と周りの景色を見ることができた。
ここはどこだろうか。
羊は先ほどまでのことを思い返した。
たしか、木の中の図書館を走り回っていて、本棚が倒れてきて。
そこまでいって、少女のことに気づいた。
彼女はどこにいるのか。羊は周りを見渡した。
しかし、目の前にいる男の子以外に人影、他の息あるものの姿は見えなかった。
もふもふ。
男の子は羊を触り続けていた。
羊は男の子を見た。

ここはどこなのか、あなたは誰で、なぜさわっているのか、私の他に女の子はいなかったか。
それを聞こうと、羊は口を開いた。
「めえ。」
羊は少しの間かたまり、どうにか伝えようと男の子を見つめた。

男の子は羊をじっと見つめて。
「もふもふがしゃべった。」
と言った。
羊は焦ってわたわたと手足を動かした。
男の子は、羊を撫でて。
「大丈夫だよ、君の言いたいことはわかるよ。」
それから、男の子は語りだした。

その2

「ここはね、『うすかげの森』といわれてるところ。
昼も夜もない、光の届かないところ。
ここにいると、なんでもしてもいいんだ。
ときどき不思議なことも起こるけど、おもしろいところだよ。
ぼくはいつの間にかここにいたんだ。

だけど、自分が何者か思い出せない。
まあ、そのうち出てくるんじゃないかな。」

そこまで言って、口を閉じた。
いままでうろうろと歩いていた男の子は立ち止まり。
羊に向き直った。
「女の子は見なかったけど、そのうち出てくるんじゃないかな。」

羊は落ち込み口を閉じた。
さて、どうしたものか。

羊と男の子は、森のなかをあてもなく歩き始めた。

しばらくあるくと、湖にでた。
そこの水は紫色をしていて、飲めるかどうかわからなかった。
すると、男の子が湖の淵へ行き、しゃがんで水を飲み始めた。
羊はびっくりしておろおろしていたが、
男の子は振り返って言った。
「もふもふは飲まないの?おいしいよ。」
しかし、羊は抵抗するものがあり、それを飲もうとはしなかった。
男の子がそれを飲んでいる間、羊は湖を見渡した。
この水の色はなんだろうか、男の子は飲んでいたが、何でできているのか。
羊は湖へ近づき、水のにおいをかいだ。

少女は、気づくと崖の下の木の下にいた。
目を開けてあたりを見渡すが、人影はなく。
羊もいなかった。
近くには、その方からもらった杖と鈴が転がっていた。
少女はそれらを拾い、身に着けた。
そして、周りになにがあるのか、歩き回って観察をした。
木々に遮られ、光の届かない場所、それなのに、なぜか視界がしっかりと見えている。
崖は切り立っていて登れそうになく、崖の際にまで木が生えていて、空も見えなかった。
少女は上を見上げていると、崖の隙間に白い花が生えているのを見つけた。
しかし、そこまでは登ることも容易ではないため、それを取りに行くのをあきらめた。
少女は、森の中の方へ歩いていき、なにかないか、羊はいないかを探しに出かけた。

少女が歩いていると、遠くで水の音が聞こえた。
少女は耳を澄ませてその方へ少し足を速めた。
すると、近くの茂みが揺れた。
少女はなにものかと注意してみると、自分よりも大きな影が襲ってきた。

少女は向かってくる対象を見た。
それは、大きな爪を持つ熊のような獣。
怒っているのか飢えているのか、殺気に溢れていた。
熊のような何か、それは異様な形状をしていたからだ。
普通の熊とは、どこか形が違い、底知れぬおぞましさを感じた。
少女は身構えるが、獣の動きは速く、少女を切り裂こうと腕を振り回す。
とっさに少女はよけ、獣の爪が空を薙いだ。
距離を置こうと後ろへ飛ぶが、獣もそれに合わせて動き、少女に攻撃を続けた。

少女は震えそうになり、足を止めそうになった。
そのとき、片手に持っていた鈴の音が鳴り響いた。

その3

少女は自分の持っているものを思い出した。
その方から授かった杖、守り導くための道具。
いつも持っていなさいと、渡してくれたもの。
少女は内に満ちるものを感じ、その杖を獣に向けた。
「どうぞ、わが盾なる方が、私を守ってくださいますように。」
少女は無意識に口に出し、祈った。

すると、杖が少し光り、その形状を変え、少女の腕を覆うように形どった。
それは籠手のようになり、少女の体を包んだ。
不思議と力があふれるのを感じ、驚きつつも少女は獣に目を向けた。

りぃん、と遠くから音が聞こえた気がした。
羊は湖に近づけようとする顔を止め、周囲を見渡した。
聞き覚えのある音、あれはその方が少女に渡した鈴の音ではないか。
羊は音の鳴った方へ向き、走り出した。
男の子は、水を口に含みつつも、羊が走り出したのを見て、それを追いかけるように立ち上がり動き出した。

羊は再び耳を澄ませ、鈴の音が鳴った方向を見極めようと意識を寄せた。
すると、うちから声が聞こえ、羊はそれを聞いた。
「あの水を飲んではならない、ただ、あなたに与えられた泉の水を飲みなさい。
あなたはそれから飲んで、渇きを潤し、満たされなさい。
それ以外は毒に過ぎず、あなたを潤すことはかなわない。」
その方の声だった。
羊はこくりとうなずいた。
その声は微笑まれ、言われた。
「その先、まっすぐに進みなさい、すぐに会うことができる。」
羊はまたうなずき、「めえ。」とないた。

走った先に少女はいた。
少女は、飢えた何かと戦っていた。
その姿は勇士のようで、獣の攻撃を受け流し、巨体に拳を繰り出していた。
獣も何度も攻撃しようとするが、少女には届かず、怒った末にかみつこうとしたが、
少女はその口を掴み、引き裂いてしまった。
二つに裂けた獣は、そのまま霧散するように消えた。

少女は羊に気付き、走り寄ってきたが、後ろから来た男の子に気付き、首を傾げた。
羊は少女がいままで激しい戦闘をしていたことに驚いていて、少しの間、口を開けて呆けていた。
少女は男の子に話しかけようとしたが、男の子は羊を触り初め、もふもふ、と満足そうにことばがもれた。
触られたことで現実に引き戻された羊は、少女に気付き、話しかけようと、「めえ。」とないた。
少女も羊の方を向き、「この子は誰?」と聞いた。
羊は少女に、「めえめえ。」と鳴いて、これまでのこと、男の子のことなどを話した。
少女はうなずきつつも、ここがどこなのか、男の子は誰なのか、これからどうすればいいのか、に考えをめぐらした。
それに先ほどのよくわからない襲撃者のことも気がかりだった。

その4

すると、男の子は話し始めた。
「この森では、襲われるのは、よくあること。
襲われても、死ぬことはないから、だいじょうぶだけど。」

男の子は、羊を触りつつ話をつづけた。
「昔は、ここの森も明るくて、よい場所だった。
でも、そこにいた方がいなくなってからは、暗くなってしまった。
どこかに、そこにいた方が植えた花があって、それに色を付けたら、白い扉があらわれるんだ。
ぼくはその花を探してるんだけど、いままで見つけたことがないんだ。」

少女は少し前に崖の上に咲いていた白い花のことを思い出した。
それを男の子に告げると。
「おー、それかも知れない。それを見つけに行こう。」
と言い出した。

少女は自分が倒れていたところまで、羊たちを連れてきた。
そして崖の上を指さして、あの花かどうかを男の子に聞いた。
男の子は、目を輝かして。
「おー、あれだー。」
と言った。
しかし、あんな高い場所まで登る手段がない。
どうしたものかと考えていると、少女がふと思いついた。
いまの私なら、あの場所まで登れるかもしれない。
少女には籠手があり、また力が満ち溢れていたからである。
羊は心配したが、少女は胸を叩いて、「まかせて。」と言って登り始めた。

羊は下からそわそわしながら少女を見守っていた。
少女はさくさくと登っていき、やがて花の咲いている場所についた。
間近で見た花は、白く透き通っていて、ほのかに光っているようにも見えた。
ずっと見ていたい気もしたが、少女はそれを抜いて崖を降りようと下を見た。
すると、かなりの高さがあって、足がすくんだ。

そのとき、いつのまにか黒い鳥が近くに飛んでいて、少女を襲おうと近づいてきた。
少女もそれに気づき、追い払おうとするが、黒い鳥はしつこく少女に攻撃を繰り返した。
羊は下から、「めえ。」と叫んだ。
少女に飛び降りろと、そう伝えた。
少女は少し迷ったが、飛び降りることを決断し、羊の上へ飛んだ。
羊の上に飛び乗ると、思ったよりもふかふかとしていて、そのまま沈み、傷なしで着地した。
上を見ると、先ほどまでいた黒い鳥はもういなくなっていた。

羊は少女が無事かどうか心配し、「めえ。」と鳴いて、少女を見た。
少女に傷がないことを確認すると、ほっと息をついた。
少女は、「ありがとね。」と羊を撫でて、手に持っている白い花を見た。
さっきの黒い鳥は、これを狙っていたのだろうか。

男の子は花を見ると、目を輝かせて言った。
「はじめてみた。白い花、これに色を付けよう。早くつけに行こう。
男の子は少女と羊をしいたが、はたしてどこに行けばいいのだろうか。
男の子は言った。
「とりあえず、さっきの湖の水を吸わせてみたら、どうかな。」
そのことばに、羊は少し考えたが、自分が飲むわけではないので、そのことばに従うことにした。
そして、羊たちは湖のところへ戻って来た。
花はしおれる様子もなく、しっかりと立っていた。
少女は、湖の水に、花の根をつけてみた。
すると、花は水を吸い上げ、花の色が紫に染まっていった。
男の子は、それを見て喜んだ。
「おー、花に色がついた、この調子で、どんどん色を付けて、扉を開こう。」

その5

ここがどこかわからない。しかし、この花は扉を開くのに必要なようだ。
この子がだれなのかわからない。しかし、私たちを導いてくれるようだ。
羊は不安が残ったままであったが、男の子のいうとおり、花に色を付け、この森を抜けることができるかもしれないと、白い扉を開くために、動くことを決めた。
少女は羊を撫でて言った。
「大丈夫だよ、もう離れることはないし、またなにか出てきたら、倒しちゃうから。」
羊は、「めえ。」と返事をした。

ある暗い森に、一つの影があった。
その影は、本体がなく、独りで、意識があった。
その影は、森をさまよい歩くうちに、同じような影と出会った。
影は、同じような影に出会えたことを喜び、近づこうとしたが、同じような影は、独りの影を傷つけるだけであった。
影は、なぜそんなことをされるのかわからず、ただ悲しみに満たされ、そこから逃げ出した。
逃げた先でも、同じように傷つけられ、影は泣き続けた。
影は泣きながら思った。
自分の影は、傷つけられても、傷がなく、泣いても涙が出なかった。
自分は影であって、他の者にはなれない。
影のうちには、悲しみの代わりに虚しさが満たされた。
何にもなれないのなら、何をしてもいい。
傷つくことも、傷つけることもなく、ただいるだけなら、みんな同じようにしてしまえば。
ぼくと同じようになれば、それを見て悲しむこともなくなる。
そのとき、影には濃い闇が生まれ始めた。

羊たちは次はどうするかを話し合った。
すると男の子は言った。
「この近くに洞窟があって、その中に、きれいな色に光る池があるんだって。
そこの色も、花につけることができるかも。」
羊たちは顔を見合わせ、うなずいてそこに行くことにした。
男の子は、その洞窟に案内するために先立って歩いた。
そして言った。
「みんなで歩いて、なんだか冒険みたい、わくわくするー。」
羊と少女は、それを見て微笑んだ。
この先なにが起こるかわからないけれど、みんなでいれば、何とでもなるような気がした。
男の子は言った。
「はやく、花の色が染まらないかなー。」

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