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第3話 はじまりのいえのかえりみち

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その1

少し戻って。
北の国、国境付近では激しい戦闘が繰り返されていた。
血で血を洗うような行為の繰り返し、同じ血が流れているもの同士が争っていた。

そこで、かつて兄と呼ばれていたものが戦っていた。
その人は自軍では英雄といわれており、この戦いにおいても、大きな戦果を挙げていた。
しかし彼は、これを続けることに疑問を持っていた。
それは、自分の国の王と敵国の王が血を分けた兄弟であり、自分がその子であることを知っていたからだ。

彼は、二人の王に可愛がられて育った。
北の王には体づくりや武器の扱い方を、南の王にはあらゆる知識に通ずる基礎を授けられた。
彼は、周りからも言われるほどに、幸せに育っていた。
そして、彼自身にも兄がいた。
血は親の代で分けられたものであったが、兄弟のように育てられ、同じように学んだ。
兄は彼よりも全てにおいてまさった者で、人々からも尊敬されており、彼も敬っていた。

やがて時が流れ、先代の王、彼らの祖父に当たる者が死に、その子達が分裂して、二つの王国ができた。
このとき彼とその兄も引き裂かれ、望まぬ戦いを強いられるようになった。

二人は強く、他のものよりも秀でていたので、戦場で相対するのは時間の問題だった。
彼はかつての兄に言った。
「いままであなたにお会いしないように動いてまいりましたが、それも今日までです。
しかし、いまもう一度あなたに申し上げます。
私はあなたに剣で報いなければなりませんか。」

彼の兄は言った。
「それは父たちが決めたことだ。
我々は争わねばならない。」
そして、剣を抜いた。

彼も応対するように剣を抜き、両者は駆けた。

二つの国は、かつて一つの国であり、
長く平和を築いていた。
王家には代々続く世話役の家があり、
知恵と技術とに富んでおり、
国を導くものとして立てられていた。

そこに、一匹のへびがうまれた。
このものはあらゆるものに毒を混ぜて、
まず自らの家を腐らせ、自分と同じように堕落させた。
そして、その毒は王家のものをもおびやかすものとなった。
それに気づいた先代の王は、そのものを破門にし、国外へ追放したが、
その毒は、血に紛れてしまっていた。

毒の実は、その王が息を引き取ると同時に結ばれ、
血は分かたれ、二つの国に別れてしまった。
それゆえ、多くの血が今日まで流されている。

その2

南の国は、国が別れた後に、一人の娘を身ごもった。
その娘はあらゆる悪を嫌い、その毒を受け付けなかった。
そして、自らの家を捨て、自分から孤児となってしまった。
こんなところに居たくない、そう叫んで出ていった。

娘には兄がいて、その兄がかつての英雄であった。

英雄は、自らの兄と戦っていた。
尊敬し、愛し愛されたものと、剣を交えていた。
英雄の兄は、英雄よりも強く、なににも勝っていたが、兄は英雄を愛していた。
それゆえ、自らを注いででも、
このものを生かしたいと願っていた。
そして、英雄の剣は兄を捕らえ、刺し貫いた。
兄の顔は最後まで笑顔であったが、
英雄はそれに気づかなかった。

その方は、宿主を送り出された後、反対側の窓を見つめ言われた。
「それぞれその行いに応じて、報いをくだそう。
剣は剣によって、愛は愛によって、その口から出たことばによって。
この書に記されたとおりに、
わたしはさばこう。」

そこには北の国が映し出されていた。

毒は人の思いを汚し、盲目にした。
自分の父が言ったこと、その真意を知ることなく兄は弟を妬み、殺そうとした。
弟はなんとか兄をなだめようとしたが、兄の心は怒りと失望に燃え、その火は周りを焼き焦がした。
弟は兄の姿に心が病み、自らの町に帰り、そこに城壁を築き上げて、兄の手の者が入ってこないようにした。
兄も弟やそれに従うものたちを食らうために、幾度も手を伸ばし、そして争いを生んだ。
それが今日まで至っていた。

病んだ父親を見ていた英雄にも、目を通してその毒に侵された。
それは、盲目にするものであって、自らが兄と慕う者の真意を見えなくし、彼を殺した時にさえ、それを見出すことはなかった。

同じ父から生まれた娘だけは違った。
彼女は父の心を汲みだし、その父、彼女の祖父から受け継いだもの。
彼らを作りこの世界を創られた方の御心を汲みだした。
それはその方が与えたものであった。
彼女は今世から取り去られ、羊や同じく選り分けられたこどもたちとともに、
森の中にある家に住んでいる。

その方はこどもたちに語られた。
「怒りに身を任せてはならない。
そのほかどんな感情にもあなたの実をゆだねてはならない。
それは一時的なものに過ぎない。
あなたがたは、わたしにつながれたものであるから、わたしにゆだねなさい。
あなたがたがほかのものに頼ろうとするとき、それはあなたがたを切り刻む刃となる。
その刃は、あなたがたが自分自身に対して振るっているのである。
だから、あなたがたは目を覚ましていなさい。
もうすぐ、あの町を焼き払う火が放たれる。
しかし、あなたがたは強くありなさい。」

その3

その方は、一つの本を取り出され、話をされた。
「あるところに、同じ血を分けた兄弟がいた。
彼らは同じように父にも周りの人々にも愛され、祝福されて育った。
それは、日を作られた方がいつも見守っていたからである。
しかし、彼らのうちに、一匹の蛇がいた。
そのものは彼らに毒を飲ませたが、彼らは気づかなかった。
見守っていた方は、蛇をあぶりだし、外に放り出されたが、
その毒は、彼らの体をめぐって、深いところにまで届いていた。
彼らの父は、願った。
『どうかこのものたちを生きながらえさせ、
どうか二人が一つとなって、堅く立ちますように。』
その願いに、見守っていた方は目をとめられた。
そして、彼らの父が息を引き取る時、父は知った。
これから後、毒の根源であるものが、大勢この場所を奪うためにやってくるであろう。
しかし、そのときにこそかたく立ち、われらを見守り導いてくださった方にあって、一つとなり、導いてくださいますように。
そして願った。
『どうぞこの毒があぶりだされ、そしてあなたの御心のとおりになりますように。
あなたがこのものたちを祝福され、そしてあなたが私たちとともにいてくださいますように。
どうぞ、あなたが私にかつて言われたように、あなたの目に私たちが正しく歩み、あなたの実を結ぶことが出来ますように。』
そして息子たちを呼び、彼らに言った。
『兄は上に立つものとして、弟に仕え、守ってやりなさい。
いまはわからなくとも、いずれそのことがあなたの目に明らかになる。』
そして父は息を引き取った。
兄弟は、いったんは別れ、そのことばを理解することなく己が道を歩んでいたが、
彼らを見守り導かれた方が、ことばを語られた。
『あなたがたの父がわたしに願ったこと、またわたしが彼に約束したことを、いま果たそう。
あなたがたはわたしのところに来て、その心を新たにしなさい。
その中にある良いことも悪いこともすべて明かし、あなたがたの口で告白しなさい。
そうすれば、わたしはあなたがたを日毎に新たにし、わたしがあなたがたの父に約束したように、
わたしの実を結ばせよう。』
彼らはそのことばを聞き、見守られた方のもとに集った。
そのときはまだ、互いに対する不信感はあったが、その方は彼らに言われた。
『あなたがたの口で、心のうちを宣べなさい。』
そのことばは、その場から一切の不安や恐れを除き去り、
彼らをその方のふところにいざない、ことのすべてを明かすように導いた。
彼らはいままで起きたこと、また内に秘めていた思いをすべて語り、
そして、互いにあったずれを知った。
そして彼らは言った。
『私はいままでなんと愚かなことをしていたのか。
私はあなたのために、あなたとともに生きるため、また同じ苦しみを分かち合い、堅く立つために生まれたのではなかったか。』
そして、彼らのうちから毒は消え去り、その方、日々見守られ、ここに集められた方の愛によって再び結び合わされた。
『みよ、荒らすものがやってくる。
しかし、あなたがたは恐れずにわたしとともにいなさい。
あなたがたはわたしによって剣を振るい、その声をあげなさい。
そうすれば、あなたがたに血はかかることはなく、その罪はあなたがたの上に来ることはない。』
二人は、おのおの剣をとり、いまもなお見守られている方の下で振るい、
かつて彼らに毒を飲ませたもの、蛇の率いるものたちを打ち破った。
荒らすものを打ち砕いたとき、民にまで伸びていた毒は一切拭い去られた。
これはその方、いつまでも見守り導いてくださる方のしたことであった。」

その方は本を閉じ、そして言われた。
「けがれたものが焼き払われ、そして新たにされるときが、目の前に迫っている。
だから、あなたがたはわたしにあって一つでありなさい。」

その4

そして、その方は羊と少女に言われた。
「あなたがたに託すことがある。
あなたにとってのかつての肉親、あなたの兄にあたるものの目を覚ましてきなさい。
そのものの剣は、彼の父やその兄弟の目を覚ますために必要なものである。
彼の兄は死んだが、それはわたしが益とするための種である。
彼はまだ気づかないが、たしかに彼のうちに蒔かれたものである。
さあ、あなたがたはその先へいきなさい。
彼らを導き、そしてわたしが言い送ったことを成就しなさい。
目に見えなくとも、わたしはそばにいる。
あなたがたは恐れてはならない、おののいてはならない。
わたしが命じ、あなたがたを導くのだ。」

少女と羊は、その方に導かれて森を出た。
少女の手には杖があり、もう片方の手にはこどもたちを呼び覚まし、導きだした鈴があった。
その足は勇ましく、まるでその方ご自身が進み行かれるように、彼女らは進んだ。
そして、その方の歌ってくださった歌、いまもなお、その方が歌われている歌を歌った。

「覚めよ、覚めよ、わたしのつくった子らよ。
あなたの内に蒔かれたものを、いま芽を出しなさい。
わたしが与えたあなたがたへの贈り物を、いまこそ成就しなさい。」

その歌は戦場の手前にある、こどもたちを導き出した町に響いた。
それを聞いたものたち、学者や大人は笑っていった。
「なにをいっているのか、だれが我らをつくったのか。
我々は我々で成ったのだ。
我らに贈られたものなど、どこにあるのか。」
しかし、一部の心を開かれたものは、その土地の領主、
南の国の王のところへこのことを告げた。
まだ、南の王の心はおおわれ、まどろんでいたが、その殻にひびが入った。

一人と一匹、その方によって一つとされたものは、その町を抜けてもなお、その歌を歌い続けた。

「覚めよ、覚めよ、わたしの生んだ子らよ。
あなたに与えたわたしの願いを、いま紐解きなさい。
わたしが記した書物の計画を、いまこそ成就しなさい。」

その5

戦場の手前、天幕を張っているものたちが、この歌を聞いた。
そのうちのあるものが、少女と羊を呼んだ。
「おまちしておりました。どうぞ私についてきてください。
あなたがたがここへ来たことは、私が存じています。
どうぞ、あなたがたがお会いする方の元へ、案内させてください。」
そしてその人は、二人を英雄のもとへ案内した。
その人は、その方、少女と羊を送り出した方が、あらかじめ送っていたものであった。

英雄の天幕へ導かれた。
そこには一人の人が横たわっていた。
体は傷つき、もはや手の施しがないほどに、荒れていた。
そばにいたものは、言った。
「この方は、私が倒れて命を失うまでになっても、救い出してくださいました。
しかし、代わりにこの方が身を滅ぼすまでになってしまいました。
どうぞ、この方のためになにかしてやってください。」

少女は答えた。
「私たちはこの方の目を開くため、そしてその剣を用いるためにきました。
なにか、水を汲むものはありますか?」
そばにいたものは答えた。
「器が一つだけあります、いま持ってきます。」
そして、持ってきた器を少女に渡した。
少女は言った。
「どうぞ、われらの兄が、このものにいのちを与え、また内から力づけてくださいますように。
どうぞ、私たちに、あなたの前に恵みを得させてくださいますように。」
少女は、その器を天に上げ、祝福を求めた。
すると、そのうちに液体が満たされ、溢れるまでになった。
こぼれた液体は、英雄の体にかかり、止まっていた、もしくは止まりそうな息が、再び動き始めた。
少女は、英雄に、かつての兄に器の液体を飲ませていった。
「これは、あなたの兄が、あなたに贈ろうとしたものです。
あなたの兄が、あなたを愛して、その愛し方を知らないゆえに届けられなかったものが満ちています。
どうぞ、これを受け取りなさい。
そして、あなたがなすことをお話しします。」
少女は続けた。
「あなたはいままでは、あなたのうちに流れる不要なもの。
本来あなたのうちにあるべきでないものの故に、あなたは狂わされ、生きていました。
あなたは力を得て、人の目には英雄と呼ばれるほどの戦果を挙げて、自分の国に貢献していましたが、
いま、あなたを造られた方の前に、本当の道を歩みなさい。
あなたの肉によって振るう力は、あなたの肉を傷つけますが、
あなたを作られた方によって振るう力は大いなるもので、すべてを切り裂き、切り分けられます。
それがたとい目に見えないものであっても、その方は選り分けられるのです。
あなたは、力を新たに得た今、私たちとともに、北の国へ行きなさい。
人の目には、大きな壁があろうとも、
私たちには、私たちを作り、この世界を創られた方の息が包み、またしんがりとなって、導かれます。
あなたは目を覚まして、あなたがなんのために生まれたのか、その召しを全うしなさい。」

英雄は言った。
「私が行ったところで何になろうか。
私は北の王の息子、自分の跡取りを殺したのだ。
私は行って殺されようか。
それがせめてもの償いであればそれもいい。」

少女は言った。
「だまれ。わたしがあなたに命じ行かせるのだ。
わたしがあなたに息を与え、その腕で剣を振るわせるのだ。
まだわからぬのか。
覚めよ。まどろみからいまあなたを引き上げよう。」

羊は言った。
「わたしは行って、あなたからすべてをあがなったのだ。
あなたに血の罪はなく、わたしがすべて取り去った。
あなたはわたしが与えた召しを全うしなさい。
わが愛する子よ。あなたは本当の愛を受け取るべきである。
いま、目を覚ましなさい。」

羊は英雄、南の国の王子に近づき、その頬を撫でて、そこに伝う涙をぬぐった。
「あなたは死に急ぐことはない。
事実あなたはわたしが言い送ったことを全うするまでは、わたしの守りから出ることはできない。
わたしはすでに、あなたをわたしの平安の中に招き入れた。
あなたは、もうわたしのものなのだ。
あなたがなにをしたのか。わたしがあがなったことよりも、大きいことなのか。
ならば示してみなさい。
あなたはこの地がどのようにして敷き詰められ、
この天がどのようにして引き伸ばされたのか知っているのか。
あなたは海の境を引き、そこから上がってこぬように命じてみたことがあるのか。
飲める水と飲めぬ水を選り分けて、それぞれの源を据えたことがあるのか。
あなたはまだなにも知らぬ幼子に等しい。
だから、いまはわたしの平安に身を委ねることをしなさい。
少しの間ならば、あなたは充分休むことができよう。
そして、あなたの準備が整ったなら、わたしとともに行くのだ。
恐れることはない。わたしはあなたを平安のうちにとどめておくのだから。」

その6

英雄はなおも涙を流し、いつしかやめてしまった笑顔を浮かべて、つかの間の安息に入った。

英雄は一つの夢を見た。
幼い頃の姿をしていた、そこは、英雄が育った家の中だった。
目の前には、英雄が兄と慕っていたものが座っていて、ともに食事をしているようだった。
兄は言った。
「どれもうまいなあ。おまえはどうおもう?」
英雄は一つ口に運び、咀嚼した。
なにを食べたのかはわからないが、蜜のように甘く、濃いものだった。
「甘いです。」
英雄は答えた。
すると兄は腹を抱えて笑った。
「そりゃいい。よく味わって食べなさい。
それが私が与えたかったものだから。」
英雄は引っ張られるように兄の顔を見た。
兄は笑っていた。
「ようやく、ようやくこの時間を過ごすことができた。
ようやく同じものを見て、同じ視点で、それを感じることができた。
そして、私が届けたくても届かなかったものが、あなたのもとについた。
よく味わいなさい。それが、これから先、生きるのに必要なものなのだから。」
英雄は、涙をこぼしながら言った。
「これは、なんなのでしょうか。」
兄は答えた。
「人によっては、知恵と表現するものや、知識、また隠されたものというものもいる。
それはことばだ。本当に必要な、愛の言葉だ。
だれでも紡げるものではなく、ただお一人から全てが流れ出ているものだ。
あなたはそれを受け取った。私が伝えたくてもできなかったことを、
あの方が、この食卓を用意してくださった方が成してくださったんだ。」
兄は指をさし、英雄はその方を見た。
すると、そこにはいつの間にか、その方、少女と羊を導きし方が座っていた。

その方は答えた。
「兄よ。おまえのときは、残り少ない。言い残したことはあるか。」
兄は答えた。
「いえ、あなたがすべて成してくださいました。なにも悔いはありません。」
英雄は言った。
「兄よ。どうして、私を憎まないのですか。
私はあなたに剣を振るい、血を流したのです。」
兄は言った。
「あなたのために、我が身が注ぎの供えとなるならば、喜んで捧げよう。
それを、この方がなさってくださり、こうして食卓を囲むことができたのだ。
私の心は、もう満たされた。」

英雄は叫んだ。
「それでは、私もあなたとともに行きます。
もう離れたくありません。」
兄は、言った。
「それはならない。あなたは生きたまま、古いままではこちらへ来ることはできない。
あなたは、新たにいのちを得た今、この方のために生きなさい。
私は、あなたに必要なものを与えることが出来た。
だから、ここでお別れだ。」

兄はそういって席を立つと、後ろにあった大きな白い門をくぐっていった。
英雄は急ぎ走って、自分もそれに入ろうとするが、門は閉じられた。
そこで、英雄は飛び起きた。
「兄さん……。」

その7

そばにいた少女は言った。
「あなたの兄は、私たちの兄です。
前の兄は、もう旅立ち、平安のうちに休まれるでしょう。
しかし、あなたは私たちの兄と共に、あの国へ行きます。
さあ、立ち上がりなさい。
もうすべてが整ったのですから。」

少女は天幕を出て、大声を上げた。
「いま、英雄とともに立つものたちに告げる。
われらの王、この世界を創られたものとともに、あの国へ進むものがいるならば、ともに立ちあがりなさい。
そのうちに、王を恐れる心があるならば、勇士としての心が燃えるならば、立っていきましょう。」
羊は言った。
「しかり、われらを力づけてくださる方が、われらの先頭に立って進まれる。」

英雄は、まだ天幕のうちで放心していたが、少女の宣言を聞いたとき、力強い霊に満たされた。
そして、急いで立ち上がり、少女の前へ立って突き進んだ。

北の国の人々は、南から大勢の勇士が迫りくるのを見た。
そして、その前には、ひときわ大きく、そして力強いものが地を踏みしめてくるのを見て恐れた。
少女と羊は歌っていた。
その歌は、英雄と、そのあとに続いたものたちもともに歌った。

「栄光あれ。われらの王、われらをつくられた父に。
その御名が高く上げられ、とこしえにほめたたえられますように。」

その歌は、北の国の城壁につくとひときわ大きく歌われた。
少女は、壁に向かって、「退きなさい。」というと、
その壁は崩れおち、そばにいた者たちは逃げ出した。

町に入っても、その歌はやまず、端から端まで響き渡った。
そしてそれを聞いたものは、その列に加わり、ともに父をほめうたった。

少女たちは王宮の手前まで来た。
英雄は、一歩先へ進み、そして大声で言った。
「北の国の王よ。どうぞ御顔を仰がせてください。
また、ことばを語ることをお許しください。
われらは、あなたとともに、一つの国として生きていくことを望んで、ここまでやってまいりました。
どうか、このことばに耳を傾け、心を開いてくださいますように。
あなたの父はかつて言われました。
我が子らがともに過ごしていることは、なんという喜びであろうか。
我が子らがともに分かち合い、寝ても覚めても心を一つにして歩んでいることは、
なんという慰めであろうか、と。
ですからどうぞ、いま私たちの前に恵みを得させてくださいますならば、
あの場所へ、ともに来てください。
私が過ごし、私の兄とともに育った、あなたの父の家へ。」

その8

北の王は、出て来て言った。
「あのものを撃ち殺せ。」
そして、脇から出てきた剣を帯びた者たちが、英雄とその周りにいるものをたちを殺そうと走り寄って来た。
英雄は応戦し、周りにいた勇士たちもともに戦った。
剣を帯びた者たちは殺そうとしていたが、英雄たちは相手の武器のみを傷つけ、壊していった。
戦いながらも英雄は叫んだ。
「王よ。どうぞ目を覚ましてください。どうぞお覚まし下さい。
私はあなたの息子を撃ち殺しました。
しかし、彼は私に言ったのです。あなたは生きなさいと。
この毒を拭い去り、供えとして死ぬこともいとわなかったのです。
いま私が生きているのは、そうした方が生かし、また私たちの兄、我らの父が生きてくださっているからなのです。
我らの父は、あなたの父ではありませんか。どうぞ、心を開いて、ことばに耳を傾けください。」

すると、北の国の王の後ろから声がした。
「今日はひときわうるさいね。まったくどうしたんだい。」
そして、声の主が姿を現した。
そのものは、真っ黒な布をかぶっていたが、英雄や少女には、そのものがなにかわかった。
錯乱状態の中でさえ、自分の肉の父も嫌っていたもの、毒を混ぜた根源であった。

羊は言った。
「どうぞ、ここに光が満ち溢れるように。誠の光があふれ、けがれたものを退けられるように。」

少女は杖を上げて言った。
「父よ、あなたの剣がこのものを刺し通されますように。」

すると、天から火が下り、その黒いものを焼かれた。

北の国の王は、なにかから解かれたように目の色を変えて言った。
「これはどうしたのか。あなたがたはどうしてここにいるのか。」
英雄は答えた。
「王よ、我らとともに、我らの父の家へ行きましょう。
そこですべてが明らかになります。」
そして彼らは、北の王を連れてあの森。人々から死の森と言われたところの奥にある、その方が住まう家へ向かった。

その9

そのころ、南の国の王は、一つの書物を読んでいた。
それはかつて自分の父が読み聞かせてくれていたものだった。
その書物は、父がその父から受け継ぎ、先祖から続くものであった。

麦を集めて倉にいれよ、われらの父の御倉に。

働き人を迎えに来る子供たちが歌う歌も、書物の中で歌われていた。
ふと、南の王は昔のことを思い出した。
自分の父が、書物の中に出てくる父はだれですかと、南の王が聞いたとき。
これは私の父でもあり、あなたの父でもあるんだよ、と言われた。
それは誰なのか、いまでもわからない。
その書物には、やがて麦の園にききんが来ること、麦は食い尽くされようとするが、
父の御倉が開き、麦の園は一新され、ききんをも飲み込むこと。
そのための救いのしるしが、訪れることが記してあった。

その方は誰なのか。その方は本当に来て我らを救ってくださるのか。
南の王は昔を思い出した。
弱いものに施し、手の届くままに与えて、飢えるものや盗むものがないようにしてきた。
それは、自分の父が自分に教えていたことだったから。
しかし、父は終わりにあのように言って私と兄とを引き裂いた。
父はなぜあのことを言ったのか。

南の王は本をおいて部屋の外に出ようとした。
すると、後ろから声がした。
「待ちなさい。あなたの心に与えられたものを、とどめておいてはならない。
わたしが語ろう、わたしはこたえる。」
南の王は後ろを振り向くと、そこには英雄のいのちを新たに与えた方、彼らの父の家に住まう方が立って、先ほどまで読んでいた本を読んでいた。

「あなたに与えたもの、それは与える心だ。
あなたは自分にあるものを惜しげもなく与え、周りのものを富ませていた。
不足することなく、自らの肉を食らうこともなく、養っていた。
わたしはそのことを喜んでいる。
しかしいま、あなた自身を養いなさい。
あなたは自分自身の肉をも切り分けて与えようとしている。
あなたがまず受け取らねば、周りをも傷つけることになる。」

その方は王に近づき、頭に手をおいて言われた。
「いま、わたしが命ずる。けがれたものよ、出ていきなさい。
いま、あなたの目の覆いを取り去ろう。
そして、わたしの愛を受け取りなさい。」
その方は、南の王を抱きしめられた。
「よくやった、わたしの子よ。
あなたは、いつも周りに気をかけて、飢えるものが出ないように、導いた。
だから、いまはあなたが満たされなさい。
あなたが愛した以上に、わたしはあなたを愛しているのだから。
よくやった、わたしの子よ。」
南の国の王は、溢れる声を抑えることが出来ず、そのまま大声で泣き始めた。

その10

北の国の王は、英雄たちに連れられて、死の森の手前まで来ていた。
森を見たとき、あぁ、こういうふうになっていたなと、過去のことを思い出していた。
昔、北の王と南の王が幼いころ、この森の奥にある家に住んでいた。
家といっても、領主であったため、かなりの規模であったが、
その中で、彼らの父は、生涯を過ごした。
この森も、かつては住みやすいところで、葉も木の幹も、これほどに荒々しくはなかった。
北の王と南の王とが、彼らの父に呼び出され、そして最後の言葉を受け取ったとき、
北の王は激しく憤り、内から漏れ出す火によって、周りを傷つけた。
そのときは、ただ弟を殺すことのみを考えていたが、
それが、この地を呪う結果となり、全てを創られた方から受け継いだ地であったここは、いまや死の場所として恐れられるようになってしまった。

この森は、両国の間、戦場のとなりに面していた。
北は牧草地帯、南は麦の園につながっていた。
羊は、森の前へ出ると、天を仰いでいった。
「どうぞ、われらをお通しください。
われらはへりくだるものであって、あなたに仕えるものですから。」
すると、木々は自然と開けていき、道が表れた。
人々は、その間を通っていき、奥にあるあの家へとたどり着いた。
少女が扉を開けようとすると、向こうから開かれて、その方が迎えられた。
「おかえりなさい。よく頑張ったね。みんなも、よく来た。
さあ、あがりなさい。食事の準備はできているから、まずはあなたたちの体を洗ってきなさい。」
そして、そばにいたものに言いつけて、みんなを洗い場へ導かれた。

その方は、皆を席に着かせると、食事の宣言をされた。
皆は一斉に食べ始めた。料理があまりにもおいしそうだったからである。
また、そこには、南の国の王も混ざっていた。
北の国と南の国の王は、互いの存在に気付かず、食事を続けていた。
すると、その方が、二人に声をかけ、呼び出された。
そのときはじめて、お互いの存在に気付き、二人は驚いた。
その方は言った。
「わたしがあなたがたを呼び出し、ここに集めたのだ。
あなたがたは、自分の心のうちを、互いに言い表しなさい。
大丈夫だ。あなたがたのとがは、わたしが拭い去ったのだから。」
北の国の王は、口を開いていった。
それは、幼い時から始まり、自分の父に呼び出されたときのこと、そのあと、二人が分かれて別の国を立ち上げたとき、北では蛇が再び入り込んできたこと。
それが焼かれて、いまここにいること。
南の国の王も、生まれたときから、今までの記憶、殺されそうになり、絶えず恐怖が襲い、
兄への後悔と裁く思いが湧きあがり、それに心が満たされていたこと。
昔語られた書物を、その方が明かされ、こうしてここに連れてこられたこと。
二人は、互いのことば、事実と内なる思いとを受け入れた。
そして言った。
「私たちは、遠回りをしてきたが、ようやくあなたに会うことができた。
それも、最高の形で。
私は、あなたとともに生まれ、あなたと生きるため、いまこうして生きながらえているのだ。
いま、ともに立つ日が来た。」
そう言って二人は抱きしめあった。

その方は言われた。
「北から、蛇の手が迫っている。再びこの地を飲みつくそうと、剣を帯びてやってくる。
しかし、あなたがたは恐れるな。あなたがたはともにわたしのところに立っていなさい。
それは打ち砕かれる。
いま、あなたがたは一つの国、一つの屋根の下に住み、互いに支え合うものとなった。
わたしがあたながたに与えたものを握り、敵に立ち向かいなさい。
それは打ち砕かれる。」

その方は、二人を導かれて外に出られた。
そして空を指さし言われた。
「見なさい、黒いものが闇を携えてやってくる。
あなたがたは急いで自分たちの兵を備えて、陣を張り、迎え撃ちなさい。
敵はあなた方の手に渡したのだから。」

二人と町の人々は立って、それぞれの町に帰り、戦いの備えをし始めた。
彼らが立ち去ると、その方は少女と羊の方を向き、言われた。
「よくやった、わたしの言い送った事を、すべて成し遂げたのだ。
さあ、わたしたちは家に帰ろう。」
そして、その方は白い門を開かれた。
その方は、少女と羊の手を引き、その奥へと歩いて行った。

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