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第12話 はじまりのいえと きのまち

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その1

進んでいくと、やがて岩の切れ目から光が差し込んでいるのが見えた。
車はそこへ向かい、切れ目を潜り抜けると、木々の生い茂る場所へと出た。
森は穴のところからまっすぐに道ができていて、車はそこをとおっていった。
風が吹くたび、木々の葉がこすれ合って、声を上げていた。
また鳥たちは互いにさえずりあい、獣たちは車を眺めていた。

そして、開けたところへと出ると、その方は車を止めて、羊たちを見た。
「さあ、町に着いたよ。」
羊たちは車から降りると、あたりを見回した。
そこは、木の根元から、木の上まで、また、木から木にかけて梯子が巡らされ。
木のところどころには窓のようなものや、扉がついていた。
まるで、木の形をした家が並んでいるようだった。
その方は言った。
「ここは、木とともに暮らす者たちの町。
いま見えているものすべてが、いままでの町の建物と同じ機能を果たしている。
だから、見た目よりも大きい町だと思っていいよ。
羊たちは、いままでとは全く違う町の造りに驚きつつ、興味を示して、見入っていた。」
その方は言った。
「ここは、木とともに過ごす者たちが集うところだった。
しかし、木も多ければ風が吹かなくなり、さびがついてしまう。
よき管理者とは、増やせばいいというものではないんだ。」
その方は目を細めて、木の町を見ていた。

その方は羊たちを撫でられると、言った。
「ここでもあなたがたはまとまって動きなさい。
わたしはわたしですることがあるから。
あなたがたは導かれるままにこの町を見て回り、不要なものを砕き、必要なものを救いだしなさい。」
そうして、その方は車に乗り込み、町の奥へと向かっていった。

羊たちは、森の中を歩いてまわった。
この木々がすべて建物の機能を果たしていると思うと、とても不思議なところだと、羊は感じた。
上の方を見上げると、ちょうど人が何かをもって、木々の間の橋を渡っているところだった。
その人は歌を歌っていた。

木々は増えて人を覆い、その恵みも覆い隠す。
人は木に囲まれ、ともに暮らすが、
人とは暮らさず、ひっそり暮らす。

その人は、手に斧を持って、どこかへと向かっていた。
羊は、その人に興味を示したが、自分でははしごに上ることができず、追いかけることは難しかった。

その人の姿が見えなくなると、羊はしょぼんとしおれた。
少女たちは、それぞれ上を見たり、自生している植物を見て回ったり、たまに木の中を覗いてみたり、思い思いに過ごしていた。

その2

しばらくして、羊たちは集まり、もっと奥へと進んでいくことにした。
羊たちは歩きながらも、森の町を見て回っていたが、羊が最初に見た人以外、人影がなかった。
窓を覗き込めば、確かに人の気配はするのだが、その姿はなく、
町と呼ばれる場所は静寂に満ちていた。

そして、徐々に周りの木の形も、窓が無くなっていき、はしごも見当たらなくなり、普通の木として生えているあたりまで来た。
少女は言った。
「町はこのあたりで終わりなのかな。」
そういって、後ろを振り返った。
すると、気のせいか、いまいるところに生えている木々の方が、町で見た木の建物よりも元気そうで、緑も強く濃くなっているのを見た。
ここに生えている木の方が、町の木々よりも高く生えているようで、
まるで、町を木が囲んでいるように感じた。

王女と羊も、それに気づき、不思議そうに、町とその周りの木々とを見比べていた。
すると、遠くから、木を打ち叩く音が聞こえた。
それは三人の耳にはっきりと聞こえ、王女は言った。
「何の音か、見に行ってみましょう。」
羊と少女はこくりとうなずき、音のする方向へ進んでいった。
近づくにつれ、木を打つ音以外に、誰かの鼻歌が聞こえてきた。

見てみると、木こりが一本の木に斧を叩きつけ、切ろうとしていた。
羊は、その姿が、さっき追いかけようとしていた人と同じであることに気付き、
うれしくなって、「めえ。」と鳴いた。
羊の耳も少し動き、少女はそれを見て、羊の頭を撫でた。
王女は、木こりに話しかけた。
「こんにちは。この町に住んでいる方ですか?
ちょっと町について話を伺いたいのですが。」
木こりは、手を止めて、こちらを見た。
すると、木こりは羊に目を止めて、叫んだ。
「なんて面白い形をしているんだ。」
木こりは、羊に走り寄って抱き上げ、頬ずりをしたり、角を触ったりしていた。
少女たちはポカンと口を開けて、立ち尽くした。
羊もされるがままで、抵抗できずにいた。

木こりは、一通り羊を触った後、王女たちと話をした。
「この町は、少し前までは活気があったんだ。
人々も普通に地上や木の上を渡り歩いて、狩りをしたり、採取に行ったり、家の中で薬を調合して、外へと売りに行ったりね。
でも、最近めっきり元気をなくしちゃって。」
木こりは、切っていた木を見上げて言った。
「反対に、この町の周りの木々が勢いよく育ち始めて、町が飲み込まれるんじゃないかと、人々も言っててね。
他の木こりたちは怖がって家に引きこもってるけど、ぼくだけが切り続けてるんだ。
もしかしたら、なにか原因がわかるかもーってね。」

羊は切りかけの木を見上げた。
切り込みが入っているのに、まっすぐ元気に生えた木は、町にはない力強さを感じた。
まるで、町の力を吸って成長しているようにも見えた。
木こりは羊を見て言った。
「まあ、原因はいまのところはさっぱりだけどね。
今日は羊ちゃんに会えたからこれで満足しちゃった。」
そして、木こりは羊を撫でた。

その3

この地がまだ森ではなく、世界が平らだったころ。
一つの苗木が、土に植えられた。
それは小さく、育つのも遅かった。
何者かが、木の葉を食めばそれは食い尽くされ、すぐに枯れてしまうほどに弱弱しかった。
木は願った。もっと大きく、そして、多くのものを養うほどに、私を強めてください。
どうぞ、私の地境を広げてください、私があなたの恵みを受け取ることができるように。
木は、毎日天を仰ぎ、地に注がれた恵みを受け取り感謝をしていた。
そして、木を植えた方は、その姿を見て、これに恵みを注いだ。
木は育つのに長い年月を要したが、植えた方の注ぐ恵みを受け取り続けて、木は立派に育った。
やがて、その木の下には多くの動物や人が集まり、ともに憩うようになっていった。

しかし、多くのものが集まるとともに、争いが起き始めた。
彼らは木が受け取った恵みに育まれていたが、それに感謝をせず、自分勝手に暮らしていた。
木は困惑した。
そして、再び願った。
私が願ったのはこんなことのためではありません。
どうぞこの混乱を鎮めてください、どうぞあなたの恵みを彼らにも施してください。
木は祈り続け、世界を創った方の前にへりくだった。
その方は、祈りを聞き届け、木に語られた。
「あなたが彼らに恵みを施してやりなさい。」
木は、それを聞き、彼らを見つめた。
どのように恵みを施すべきなのか。
その方は言った。
「あなたの実に包まれた種を、地に蒔きなさい。」
木は言われたとおりに、熟れた実を地に落とし、中にある種を地に蒔いた。

種は木を伝って流れる雨に育まれ、喜びの中で大きくなっていった。
種は、種を蒔いた元の木ほどではないが大きくなり。
その根を元の木と結びつき、一つとなっていった。
こうして、種を蒔いた木の周りに、木々が生えていき、木に集ったものたちはそれぞれ一つの木の下で憩い、暮らすようになった。
木はそれを見て思った。
ただ彼らは、彼らのすべきことが違うだけであって、ともに憩い、暮らすものとして集まって来た。
彼らに必要なのは、自分の地境を見極め、それを守らせることであった。
やがて、木の周りには、ほかのところから運ばれてきた木々も育って、大きな森となったが、
その真中でひときわ力強く植わった初めの木の下で、人も動物もともに暮らしていた。

羊は、その方に与えられた本を開き、筆を手に導かれるように、書いていった。
そして、書き終えると、この話が紙に刻まれていた。

王女と少女は、羊が書き終えたのを見て、何を書いたのか気になり、本の中を覗き込んだ。
王女は、それを見つめて考え事をはじめ、うーんとうなり始めた。
しばらくして、何かを思い出したように、口を開いた。
「昔、この話を読んだことがあります。
この国には、それぞれの地で、昔ばなしが伝わっているのは知っていましたが、
この話は、ここのことだったんですね。
建物と森が同化していて、この町のことは聞いたことがありませんでしたが、
あとで地図にも書き加えておきましょう。」
王女は満足そうに、笑顔でうなずいていた。

その4

木こりも羊の書き出した話を見て、アゴに手を当て話し始めた。
「ふーむ。確かに小さいころ、ちらっと聞いたことがある気がするね。
この話からすると、中心に元となる大きな木があるようだけど。
それは、もしかして町長の住んでいる建物のことかもしれないな。
あのところだけ変な形してるから。」
少女は言った。
「そこへ案内していただくことはできますか?」
木こりは言った。
「それはいいけど、木を一本切り終えてからでいいかな?
一日最低一本は切るって、決めてるんだ。
これを売りに行かないと、今日は何も食べれなくなっちまうからね。」
少女は言った。
「それなら、私に任せてください。」
少女は木の根元まで近づくと、杖と鈴を取り出して祈った。
「どうか、わが力の源である方が、いまある備えを下してくださいますように。」
すると、杖と鈴は光を放ち、それぞれ形を変えて結びつき、一つの大きな斧となった。
少女はそれを手にもって構えると、木に打ちつけた。
どーん、と音が周囲に響き、木が大きく揺れ動いた。
少女は斧を引き抜いて、それを再び打ちつけてを繰り返した。
木はあっという間に切り込まれていき、すぐに倒してしまった。
少女は倒れた木に近づき、斧に何かを語り掛けた。
斧は少し光って、形を変え、ノコギリのようになり、少女は木をザクザクとバラしていった。
木こりは、その光景を口を開いて茫然と眺めていた。
本来であれば、一日かけても終わるかどうかの作業であったからである。
少女は、木を運べるくらいの大きさに切り分け、木こりに向かって笑顔で言った。
「一本切り終わりました。」
少女はまるで疲れた様子もなく、それらを済ませていたので、さらに木こりは驚いた。

「いや、すごいね。おかげで助かっちまったよ。」
木こりはカゴに切り分けられた木を詰めて、みんなを町長の元へ案内をしていた。
少女は言った。
「いえいえ、これは私を力づけてくださる方に委ねたからですよ。」
少女はえへへと笑っていた。
木こりは言った。
「力づけてくださる方かぁ、それも昔聞いた覚えがあるな。
それと、これから向かうところは、ちょっと用心しないといけないよ。
町長は変な人だから、普通に話をできるかわからない。
最近はおとなしくなったけど、前はひどかったんだー。」
木こりは、町長のことを話し始めた。
少女と王女は聞いていたが、羊はこの町の様子を本に書き記していて、話は聞いていなかった。
この町と、周囲の森の関係、なぜ町の木々は弱弱しく、森の木は生き生きとしているのか。
町の住人の姿は、どうして見えないのか。
また、この町の木は、実の香りがしなかった、それの原因は何か。
羊は書きつつ、うーんとうなった。

木こりは立ち止まって言った。
「ここが町長の家だよ。
さっきも話したけど、変な人だから気をつけなね。
じゃあ、ぼくはもう行くから、いろいろとありがとねー。」
木こりは、来た道を引き返して行ってしまった。

そのころ、その方は町長と話をしていた。
「さて、この町の状況をお話しいただけませんか?」
町長は蜜を食べつつ、その方をじっとにらみつけるように見続けた。

その5

その方は町長である女性に言った。
「あまり時間はありませんので、わたしから一つお話ししましょう。
あるところに、同じ屋根の下で、人と獣とが住んでいました。
彼らは同じように育てられ、兄弟のように暮らしていました。
彼らは大人になり、それぞれのわざに励むようになり。
互いに家の中で支え合いました。
あるとき、人は獣のわざが自分よりも多く実を結んでいるのを見ました。
それをねたんだ人は、獣のすることに文句を言い、その実を取り上げてしまいました。
獣は、初めは何をされているのか理解できませんでしたが、
人が自分の実を繰り返し取るのを見て怒り、
獣はその家を出て行ってしまいました。
人はその家に住み続けましたが、
家は獣の家でもありましたので。
出ていった獣は、いつか家を取り返そうと考えるようになりました。

ここであなたに警告します。
いま、その手に持っているものを、この木に返しなさい。
さもなくば、ここは外から来るものに荒らされ、あなたがたは住む場所を失い、いのちまでも滅ぼされてしまうでしょう。
あなたの子たちがわざわいに巻き込まれる前に、それを返していただけませんか?」

町長である女性は、じっとその方を見つめたまま、なにも言わなかった。
その方は、彼女が何も行動しないのを見て、席を立ち、口を開いた。
「わたしはあなたにすべきことを言いました。
もうすぐここに、わたしの子たちが来ます。
もし、それでもあなたが心を改めないのであれば、あなたの子たちがあなたをさばくようになります。」
その方は部屋の扉を開き、外へと出て行った。

羊たちは、町長のいる家の扉を開こうとしたとき、その方が中から出てきた。
羊たちは驚き喜んだ。
その方は羊や少女、王女の頭を撫でて言った。
「あなたがたはここでやるべきことを、きちんとやってきなさい。
わたしは、また別のところへいかねばならないから。
人の語ることのできる部分は、わたしのことばを与えたあなたがたに任せている。
あなたがたは、与えられたものを、十分に用いてきなさい。」
その方は、顔を羊たちの来た町の外へと向けると、そちらへ歩いていき、見えなくなった。

羊たちは、扉を通り、中へと入っていくと、目の前に階段があって上へと続いていた。
少女たちはそれに向かって進んだ。
羊も、中ははしごではなく階段だったことに安堵し、それを上っていった。

階段を上り終えると、木に植え付けたように生えている、変な形の花があり、その隣に扉があった。
変な形の花からは、汁が垂れており、その下に受け皿が置いてあった。
羊はそれを見て、何かの実の香りを感じた。
羊はそれを見つめたが、どうして花から実の香りの汁が出ているのかわからなかった。

その6

少女は扉を開けて、王女とともに部屋へと入っていった。
少し遅れて羊も入ると、中にいたのは一人の女性であった。
羊は他に人がいないか見渡した。
町長は別の人だと思ったからである。
というのは、女性が幼さの残る顔をしていて、町長の娘だと勘違いしていたからである。
しかし、少女と王女は女性を見て言った。
「あなたが町長さんですね。」
町長は少女たちが入ってきても見向きもしなかったが、そのことばを聞き、こちらに顔を向けた。
羊も女性を見た。
顔は若さを感じたが、その目は暗く、目の焦点が合っているのかわからなかった。

少女は口を開いた。
「先ほど、ここの町に住んでいる木こりさんとお話をして、町の環境が悪くなってしまっていることをお聞きしました。
そこで、町長さんにもお話を伺うために、ここに来ました。」
突然来てしまったことを、おゆるしください。
町長は、少女の顔を見た。
表情は全く変わらなかったが、じっと少女の目を見続けた。
少女は言った。
「このままだと、この町は周りの森に飲み込まれてしまい、人々が住めなくなってしまいます。
私たちも、それを望んではいません。
もう一度元の町へと戻すために、何かできることはありませんか?」
すると、町長は口を開いた。
「ならば、すぐにここを出ていけ。」
少女は、「へ?」と言った。
町長は言った。
「私はいま食事中だ。
食事は若さを保つために重要だからな。」
若さ、ということばを聞いて、王女は木こりの話を思い出した。
町長はぼくの小さい時からいるんだけど、ずっと見た目が変わらんのよね。
何食ったらそうなるのか、不思議に思ってるんだけどね。
王女は、再び町長の顔を見た。
しみやしわはなかったが、ほかの人のように、生きたような感じではなく、貼り付けたもののように感じて、鳥肌が立った。
羊は王女を見て、そばにすり寄った。
そして、王女の感じ取ったことを受け取り、羊は本を開いて筆を走らせた。

少女は言った。
「それは失礼しました。
しかし、ことは一刻を争うほどに、危険な状況です。
いますぐにでも対処しなければ、間に合わないかもしれません。」
それを聞いて、町長は眉を寄せた。
「町のことなど知った事か。勢いを増した森を見ただけで腰を抜かすようなものなど、私の民に必要ない。」
少女はそれを聞いて、茫然としてしまった。
下のもののことを考えないものがいるとは、思っていなかったからである。

王女はそのことばに火を燃え上がらせ、口を開こうとしたが、羊が王女を見上げて、「めえ。」と鳴いた。
王女は羊を見ると、本が差し出されていた。
そこにはこう書いてあった。
町の衰弱の原因と木の関係について。

王女は、本の内容を口に出して読み始めた。
この木は、もともと人と獣が暮らすことで機能するように育っていた。
しかし、人は獣を追い出し、不健全な状態になり、木は弱り始めた。
そして、この木は何とか環境を改善しようと、地から養分を吸い上げ、実を結んで出ていった獣たちの家も確保するために、蜜を蓄えた。
蜜は甘く、栄養に富み、それが落ちた地を回復させる力があった。
それは、本来木の枝に供給されて、実となり、やがて地に蒔かれるものだったが、
この部屋の入口にあった花は、実を結ぶことはせず、蜜となるはずの養分を吸い出して木から盗むもので、
その花の仕業によって、木はさらに衰弱し、今に至っている。

その7

それを聞いた少女と王女は、町長に言った。
「いますぐ、それを木に返しなさい。それはこの町のためのもので、あなただけを養う道具ではない。」
町長は言った。
「これは私のものでこの木は私のものだ。
他のもののことなど知らぬ。
ようやく、朽ちぬ若さを手に入れたのだ。もう手放したりはしない。」
町長は気味の悪い笑みを浮かべつつ、少女たちを見つめた。

その方は、まっすぐに町の外にある森の方へ向かい、そこに住む獣たちのところへと向かった。
獣たちはちょうど大勢で町の方へ押し寄せようとしていたからだ。
彼らは、弱った町を見て、いまこそ取り返すべきだといって、攻め込もうとしていた。
その方と獣たちの出会うところで、木こりは気付かずに木を切っていた。

その方は木こりに話しかけた。
「森を恵みで満たすものよ。」
木こりが振り向くと、その方は木こりのすぐ後ろに立っていた。
その方は木こりの切っている木の向こうを指して言った。
「もうすぐここに獣の軍勢が押し寄せる。
あなたはわたしとともにいて、恐れず、あなたが日々していることを話しなさい。
それに足しても引いてもいけない。
あなたが成したわざだけを語りなさい。」
木こりは、指された方向を見ると、獣が大勢こちらへと向かっていた。
その先頭を行くのは、大きな熊だった。

木こりはそれを見て驚きはしたが、恐れはしなかった。
獣たちは、木こりとその方の前まで来ると立ち止まり、大きな熊が前に出て話し始めた。
「あなたがたは、この町の人たちですか。」
その方は答えた。
「いいえ、わたしはそうではありません。
しかし、この人はこの町に住むもので、あなたがたに関係のある人物でもあります。
どうぞ、この人の話を聞いてください。」
木こりは、熊の言っていることはわからなかったが、
その方のことばを聞いて、自分が話さないといけないとわかった。
その方は木こりに言った。
「あなたが日々行っていることを言いなさい。
それが、あなたとこの町の弁明となります。」
木こりは熊とその後ろにいる獣たちを見て、口を開いた。
「私は毎日町の周りにある木を切り倒して、それを町に運んで売っています。
以前は他のものたちも木を切っていましたが、今は私一人が働いています。」
それを聞いて、後ろの獣たちは驚きと喜びの声を上げた。
木こりには何を言っているのかはわからなかったが、その反応から、喜んでいることは感じた。
大きな熊は、その方と木こりに言った。
その方はそれを聞きつつ、木こりのために通訳をした。
「この熊はこう言っています。
私はこの子たちを代表するものとしてここまで来ました。
私たちは日々、この森の中で過ごしていますが、
この森はあまり実が取れず、木々は私たちを歓迎していませんでした。
でも、この町の周りに生えている木は豊かに実を結び、私たちはそれを食べて暮らしています。
しかし、町の周りの木は背が高く、一部のものは木にも登れず、飢えてしまうことがありました。
私たちは困っていましたが、木を切り倒されたところには、木の実が残っていて、飢えたものはそれを喜んで食べ、いのちをつなぎました。
以前から木を切っているのは見かけていましたが、あなた以外の方たちは、実をあまり残してくださらず、切った木と実とを持って行っていました。
あなただけは違いました。
獣が近くにいても驚かず、おどしもせず、実を手に取って分けてくださりました。
施しを受けていたものたちは、おそるおそる受け取っていたため、あなたのことは覚えていませんでしたが、
いまようやく、あなたが私たちを救ってくださっていたことを知りました。
皆を代表して感謝いたします。」
大きな熊は、木こりに向かい頭を下げた。
それを見て、後ろの獣たちも頭を下げたので、木こりは頭を照れくさそうにかいて言った。
「いや、日ごとの糧は木を切れば得られてっから、実まで取る必要はなかったのよね。
ありがたく受け取ってくれてたのなら、ぼくもうれしいな。」

その8

大きな熊は頭を上げて、再び口を開いた。
「もう一つあなたに話したいことがあります。
この町は、以前は私たち獣の町でもありました。
しかし、ある人が私たちの育んだ実を取ってしまいました。
それだけでなく、私たちのすみかをも取り上げて、ここから追い出してしまいました。
私たちは外の森をさまよいましたが、私たちの居場所はここしかないのです。
そこで、私たちは自分たちの家を取り返すために、ここに戻ってきました。
話で解決できなければ、力づくでも取り返すつもりです。
よろしければ、お話しできないでしょうか?」
木こりはそれを聞いて、はっ、とした。
それは、昔聞いた話、羊が本に書き起こしたのを見たとき思い出した物語が、頭に浮かんだからである。

その話には続きがあった。
時が流れると、争いが起きるだろう。
しかし、それをつなぎとめるのも初めに植えられた木であった。
それは、この地に植えられた方のなさることで、人と獣はそれに何も加えることはできず、
ただ、その恩恵にあずかり、再び一つ木の下で暮らすことになるだろう。

木こりはそれをはっきりと掴むと、町の中心にある、ひときわ大きい木の建物の方を向いた。

少女たちは、町長と言い争ったが互いに一歩も譲らず、話は平行していた。
少女は言った。
「このまま話をしていても無駄です。
この部屋の入口にある花は私たちで抜きます。」
町長が言った。
「それをすると、この木は枯れちまうよ。
花は、すでに木の深いところまで根をのばしている。
いまさら人の手でどうこうできる状態じゃない。」
町長は笑いつつ、蜜を手に取ってなめた。

少女は頭を抱え、王女は歯噛みしたが、羊は窓の外を見ていた。
先ほどから、木々がふるえていたからである。
王女は、羊を見て、自分も窓の外を見た。
すると、遠くから何かが大勢こちらへ向かっているのが見えた。
それは、どんどん近づいてきて、この建物のすぐそばまで来た。
そのときようやく羊も気づき、そこにその方と木こりもいるのに気づいた。
その方は、羊たちに合図をして、窓を開けるように伝えた。
王女が窓を開けると、木こりが大声で言った。
「町長、いま、話を聞いてください。」
その声を聞いて、町長はこれまで以上に反応した。
町長は窓の方まで来ると、下を見下ろした。
木こりは言った。
「町長、この町は人だけのものではありませんでした。
この獣たちのものでもあります。
昔に比べ、この町の人の数は減ってしまい、家は空き、仕事も回らなくなったところが出てきています。
そして、最近の町の衰弱と、周りの森の急成長のために、町の人々はさらに力をなくしてしまいました。
しかしいま、離れていた家族は戻ってきて、一つとなろうとしています。
私はこのことを受け入れたいと思っています。
あなたにどうか、このことを認めていただきたいのです。」

町長は言った。
「しばらく顔を見せないと思ったら、こんなことを言いに来たのか。
もう遅い。この町は衰えていく。
人が老いて朽ちていくように、この木も町も、私とともに滅びるのだよ。」
木こりは言った。
「いえ、そんなことはさせません。
ここは、ぼくの町です。
ぼくがあなたとこの町とを救い出します。
あなたがなにかを恐れているなら、ぼくはそれを砕きます。
この町を守るのが、木こりであるぼくの役目だからです。」

その9

あるところに、一人の女性がいた。
その女性は長く生きながらえ、その町に生えている木の守りに養われ、長寿であった。
町の人々も彼女を敬い、彼女も町をよく治めていた。
ある日、一人の男の子が生まれた。
男の子は、すくすくと成長し、人々に期待されるままに大きくなり、町を引っ張るものとして、大人になった。
女性も彼に信頼し、よく従ってくれるものとして敬愛していた。
時が流れ、女性は悪い夢にうなされた。
自分を慕ってくれるものが離れていくというものだった。
力が衰えつつあった女性にとっては、恐ろしいことで、
その時から、女性は生きることに対して、毒をはらんだ考えに取りつかれた。
町は、大きくなった男の子が引っ張っていたので、女性は家にこもって生きながらえるための研究を始めた。
すると、家の深いところに、昔の人々が残した書物があった。
その中には、昔は人と獣がともに暮らしていたこと。
そして、人は獣を追い出し、その実を取ってしまったこと。
そして、町に植えられた木の詳細などが書かれてあった。
それは、昔の人々が書き記した、人から外れたものについての本だったが、
恐れに取りつかれた女性は、それに手をのばし、
そこに書かれている、蜜を生み出す徒花を育て始めた。
徒花が花を咲かせると、蜜があふれ、女性はその蜜を食べた。
それを食べ、鏡で自分の姿を見た女性は、いままでの姿とは全く違う、昔の自分の姿が写し出されていた。
女性はそこで心を壊し、その蜜に執着をするようになった。
蜜は若返らせるものではなく、食べたものの心を食らい、それを外にあらわすだけのものだった。

町長は言った。
「もう引き返せないよ。
もう昔のようには戻れないよ。
私は知っている、道を外れたものがどうなるのかを。
それは、過去を生きた者たちが物語っている。
私はその書物を読み、同じ過ちを犯した。
私の心は、恐怖につかれた欲の虫に食われて、もうすぐなくなる。」
町長は涙を流した。
「ああ、もう少し早く、あなたのことばを聞けていたら。
過去の失敗を読むよりも早く、あなたの声を聞いていたなら。」

その方は言った。
「さばきの時は、まだ来ていない。
あなたが望むなら、光に手をのばしなさい。
あなたの罪が明らかなら、光はもっと明るく輝いている。」
その方は羊たちに言った。
「いま、あなたがたがすべきことをしなさい。」
それを聞いた羊たちは、部屋の前に生えていた徒花のところへ行った。
そして三人は手をつないで祈った。
「この町の木よ、いままで人や獣を守ってくれてありがとう。
でも、もう大丈夫。あなたが願ってきたものは、いま満たされるから。
どうか、この地にあなたを植えた方の恵みが、その愛が、泉となってあなたのうちに溢れますように。
あなたを支え、恵みの雨を降らせた方の力が、あなたに満ちますように。
あなたは枯れない、あなたは倒れない。
この地をつくられた方の御手が、あなたを支えるから。」
すると、徒花は光を放ち、黒いものが出ていった。
そして、いままで流れていたものとは違うものがあふれだした。
少女は急いで器をもってきて、流れ出るものを受け取り、それを町長のところへと持ってきた。
少女は言った。
「これを飲んでください。
あなたの口には、その蜜よりも合うと思いますから。」
町長は、少しの間泣いていたが。
少女たちが勧めるので、器を受け取り、中のものを飲み干した。
すると、町長は内に温かいものを感じ、何か不要なものが流れていったのを感じた。
王女は、器の中身を飲み干した町長を見ると、「わぁ。」っと声を上げた。
町長はその反応を見て疑問に思ったが、王女は言った。
「あなた、自分の姿を鏡で見てみなさい。」
町長は言われるままに、鏡の前へ行き、自分の姿を見た。
そこに写っていたのは、以前のような、(骨に)貼り付けた(ような)肌ではなく。
芯から潤された、力強さのある自分だった。
その顔には、以前のような、恐れにつかれた様子はなく、毒にゆがんでもいなかった。
町長は茫然と、鏡を見つめていたが、少女は言った。
「これが、あなた本来の姿です。」

その10

町長は下に降りて、獣たちに頭を下げた。
「私の先祖は、あなたたちにひどいことをしました。
そして、私自身もあなたたちとこの町の人にひどいことをしました。
どうぞ、あなたが望まれるようにしてください。
しかし、この町の人には、手を出さないでください。」
町長は目を瞑り、獣たちの反応を待った。
すると、大きな熊が出て来て、話し始めた。
その方は言った。
「熊はこう言っています。
私たちは、私たちのすみかが得られれば、それでいいのです。
自分たちの生活ができれば、それでいいのです。
私たちは、あなたのことについて、ここにいる町の人に聞いてきました。
あなたは変な人で、町のことを大切に思っている人だと。
だから、これからもあなたがこの町に立ってください。
私たちもそれに従います。」

木こりは町長に言った。
「また変な顔しちゃってるね。
ぼくに会うといつも笑顔になってくれるのにね。」
木こりは町長の頭をわしゃわしゃと撫でた。
町長は木こりに言った。
「あなたは、私がしてきたことを責めないのですか。」
木こりは言った。
「いやー、自分がすべきことはしてきたつもりだし、自分の守れる範囲は守って来たし。
そろそろ町長んとこいってひっぱたいて、元に戻すかー、とか考えていたとこだからね。」
木こりはにっこり笑うと、町長を抱きしめた。
「一人にしちゃってごめんね。
あなたの方がいろいろ知ってて、ぼくがいなくても大丈夫って、思ってたけど。
皆家族だもんね、ひとりぼっちだと辛いよね。
もう大丈夫、これからはあなたから離れないから。」
すると、町長は赤子のように大声で泣きだした。

その日の町の人々は、獣たちを新たな町の住人としてそれぞれの家に導くのにかかりっきりだった。
初めこそ怖がってはいたが、その方が通訳をして、獣たちに一切敵意がないことを知り、人々は喜んで獣たちを受け入れた。
そして、日が暮れ、その方たち、羊や少女、王女は町長の家に招かれた。
木こりもその家にいて、料理を振舞ってくれた。
木こりは言った。
「町長は昔っから、一人だと料理とかしなくって。
外のこと外のことーって、自分を置いてけぼりにしちゃうから。」
町長は言った。
「あなたこそ、そんな私のこといままでほったらかしにしてたのに、よく言えるわね。」
町長は頬をふくらませていたが、すぐに笑顔になった。
少女は思った。
この人は、きちんと受け入れられたことを受け入れたんだと。

その11

羊たちは料理を運び、テーブルに並べた。
席には先に、ほかに招かれていた町の人々や、獣たちも混じっていた。
皆はにこにこして、町長たちを眺めていた。
そして、料理を運び終えると、それぞれ席に着き、その方は食事の宣言をされた。
一日中動き回っていたので、皆無言で料理を食べ、ぺろりと平らげてしまった。
そして、それぞれの寝床に入り、次の日の朝を迎えた。

朝早く、その方は車を引いてきて、羊たちを家から導き出した。
すると、羊たちは、町の建物の様子や香りが変化したことに気付いた。
町いっぱいに優しい甘い香りが広がっていて、木の先の方を見ると、たくさんの実がついていた。
その方も見上げて言った。
「もう収穫の時期だ。今年も遅れずにたくさんの実が結ばれた。
それは、以前失われていたものが戻ってきて一つとなった事で得られた、喜びの実である。」
その方は町長と木こりの方を向いて言った。
「あなたがたは、これを守り抜きなさい。」
町長と木こりは、手を握り合って、うなずいた。
その方はそれを見て微笑まれ、羊たちとともに車に乗り、町の外へと向かっていった。

昔の話、木は願った。
どうか、私の子たちがともに憩い、一つとなってこの地で生きながらえますように。
木は、自分をもいとわず、争って互いに傷つけ合い、木をも傷つけた民を、最後まで愛し、
自らの実の蜜を注ぎ、これを救おうとしたが、
木を植えた方は言った。
「あなたが自分の身を切って、子に差し出すのはよくない。
わたしがあなたに与えるもので、子たちを養いなさい。
あなたもわたしの子なのだから。」
その方はそのことばの故に、木の傷をいやし、子たちの心をその親に向かわせ、木も彼らを本当の意味で愛すことができるように導かれた。
子たちは互いに受け入れ合って、一つの木の下で支え合い、
喜びに満たされて暮らすようになった。

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