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第11話 はじまりのいえと ひのまち

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その1

朝が来ると、みんなは車に乗り込み、その村を出て次のところへ向かった。
しばらくすると、高台になっているところを登り初め、その上には町があった。
その町は、暑く火を使う建物が並んでいて、鉱山の町と呼ばれるところだった。

車は町の中までいくと止まり、その方は言った。
「ここでも、わたしは話がある。
あなたがたとはあとで合流しよう。
あなたがた三人は、片時も離れずに、この町を見て回りなさい。」
羊たちはこくりとうなずき、互いに手を握り合った。

羊たちは、車から降りてその町を見渡した。
すると、降りたときに、熱風が吹いてきた。
車の中では感じなかった熱が、彼らを包んだ。

羊は自分が焼かれると思わず叫んだが、その方は羊の頭を撫でて言った。
「落ち着きなさい。わたしの衣をまとっているなら、一切害は受けない。」
羊はそれを聞いて我に返った。
確かに、熱は感じるが、それ以上暑くはならず、身を焦がすほどではなかった。
その方は言った。
「それに、ここはまだ暑いほうではない、本当に身を焼くほどに燃えているのは、この町のいたるところにある炉だろう。
その火は、きよめるためではなく滅ぼすために燃えている。
わたしはその火をためしに来た。
不義の炎は自らを焼き、まことの火はすべてをきよめるからだ。」

その方は羊の花を一つ取り上げると、それに息を吹きかけられた。
すると、花は形を変え、ランプの様な形になった。
その方は言った。
「これは、火を灯すもの、火をおさめるものである。
これを持って行きなさい。」
そう言って、ランプを羊の角へ引っ掛けた。

その方は車を率いて町の奥へと進んでいった。
羊たちは顔を見合わせて言った。
「これからどうしようか。
この町はどうしてこのように熱い風が吹くのだろうか。
どこからきて、どこへ向かっているのか。」
そういって、あたりを見渡した。
すると、ある建物の窓から手を振るのを、王女は発見した。
そのことをみんなに話して言った。
「あの窓からこちらに手を振る方がいます。
行ってみましょう。」
羊と少女はうなずき、みんなはその建物へと向かった。

その建物のところへ来ると、羊は扉を開けようと近づいた。
すると、扉は開き、奥から伸びた手が羊の足を掴んで引きずり込んだ。
少女と王女は顔を合わせて、慌てて中へ飛び込んだ。
中に入ると、羊がびっくりしたままひっくり返っていた。
少女は走っていって羊に寄り添い、撫でながら中を見回した。
王女も中に入ると、部屋に一人の男性がいるのに気づいた。
窓から手を振っていた人物だった。

その2

男性は言った。
「あんたたち、外から来た人たちか。
いま外に出ているのは危険だ。
熱風が吹くからね。
出歩くなら夜にしなさい。」
そういって、奥へと歩いていった。

この建物は、どうやら酒場のようだった。
酒の香りが漂い、奥の棚には瓶が並んでいて、手前には円形のテーブルが並んでいた。
しばらくすると、羊は我に返って、起き上がった。
そして、撫で続ける少女を見て、「めえ。」と鳴いた。
少女は羊に気付き、にっこり笑って抱きしめた。
王女もそれを見て微笑んだ。
「おや、羊ちゃんも起きたかい。」
奥から男性がお盆を持って現れた。
男性はお盆をテーブルに置くと、乗っている瓶やグラス、食べ物などを広げて言った。
「さあ、お客さんたち。これを食べて元気を出しなさい。
こんな大変なときに来てしまったんだ。
一夜くらいお代はいらないから、ゆっくりしていきな。」
そして、男性は階段を上っていった。

王女はテーブルに近づき、食べ物や飲み物のにおいをかいだ。
「これは、なんの食べ物なのかしら。」
そう言って首を傾げた。
少女と羊も近づき、それぞれ席に着いた。
王女はそれを見て、自分も席に着き、羊たちは食事の宣言をした。

羊と少女は、食べ物をおいしそうにもりもり食べていき、飲み物も飲み干していった。
王女も、手前にあったパンのようなものを一つ取って口に運んだが。
かたくて噛み切れなかった。
「こんな堅いもの、よく食べられましたね。」
そう言って、羊たちを見つめた。
羊は、「めえ。」といって、スープを王女の近くへと持っていった。
羊は王女を見つめて、これにつけてみなさい、と伝えようとした。
王女は、その意を汲んで、パンをスープに浸し、口に運んだ。
すると、先ほどまでとは、全く違うものになっていた。
噛めばほどけるように歯が通り、スープがパンに練りこまれた食材を程よく溶かして、口いっぱいにうまみが広がった。
王女はおいしさに思わず声を上げた。

三人とも夢中になって差し出された食事を平らげていった。

食事が終わったころ、男性は階段を降りて来てみんなのところに来て言った。
「君たちの寝床も用意したよ。
夜になるまで、少し寝るといい。
まだ日が高いからね。」
王女は男性に質問した。
なぜこの町には熱風が吹くのですか。
男性は唇をまげて、考えつつ言った。
「実はよくわからないんだ。
わかっていることは、山の上の方向から吹いてくること。
夜になるとおさまって、外に出ることができること。
熱風は町中にしか吹かず、周りには吹かないこと、かな。」
王女はそれを聞いて考えた。
「私が都に居たときは、聞いたことがない話ですね。
このような場所がありましたとは。」
男性は言った。
「この状況になったのは、最近だよ。
それに、あの熱さだと、調査するにもできなくてね。」

話しが終わると、羊たちは部屋に移動して、寝る準備をした。
みんなが布団をかぶったあと、羊は目の前に置いてある、その方に渡されたランプを眺めた。
これは火をおさめるもの。
そう言われたことを思い出し、じっくりと見つめた。
中は空っぽで、ろうそくはなく、取ってと、4本の柱と、台がつなぎ合わされただけの簡単なつくりだった。
羊はそのまま眠りに落ちていった。
羊は気付かなかったが、ランプには、橙色の光がわずかにゆらゆらと中を巡っていた。

その3

夜になり、みんなは起きて窓の外を見た。
すっかり日は落ちていて、外は月の光と、戸口に火が灯されていた。
人々は町の中を行き巡り、昼間とは違って活気にあふれていた。
羊たちは立って部屋を出て、この酒場の主人である男性にお礼をいって町に出ていった。

この町は、鉱山と製鉄の町として栄えていた。
鉱物の眠る山脈の中腹に建てられ、掘り起こされた石は、この町で純度の高いものへと精錬され、ほかの地へと運ばれていた。
かつて水の町で造られていた像の鉱物も、ここから掘り起こされていた。
また、山の一つは生きていて、活動を続けてはいたが、噴火することはまれで、学者たちも当分の間は活動が激しくなることはないだろうと、言い合っていた。

昔、一匹の狼がこの山に移り住んだ。
彼は群れからはぐれ、長旅の末に、この地にたどり着いた。
この地の人々は、狼に気付くと、傷ついた体を手当し、その体を洗ってやり、食事を差し出した。
狼は、最初は戸惑っていたが、住人たちの歓迎に徐々に心を開き、町を守る者として住むようになっていった。
外から町を襲うものはみな、狼が襲い、町が管理しているところを荒らすものはみな、狼が荒らしていった。
町の住人は狼に感謝し、その絆は強くなっていった。

時は流れ、狼は長く生き伸びて、体も大きくなっていった。
狼は、ただ町を守り、自分を愛してくれる人々に報いるために。
外から来るものたちを襲っていたが、
町の人々の、ことばの通じぬ獣に対する思いは、次第に変化していった。
信頼が恐れに、敬愛が畏敬へと変わり、人々は狼から距離を置き、自分勝手に狼を守り主と崇め始めた。
どうか、私たちを守り続けてくださいますように。
どうか、私たちに害を加えないでくださるように。
狼は、それを見て困惑した。
人々が、自分から離れ、狼に対する目が以前のようではなくなっていたからである。
しかし、狼は、自分に尽くしてくれる人々のために、そこに住み、町を守り続けた。

ある時、地の底からうなり声が響き、町全体にとどろいた。
狼はそれに気づき、人々よりも早く、その方向を見た。
それは、深いところから登ってきて、山の頂に立っていた。
すべてが赤く燃えていて、その双眸はひと際紅く輝いていた。
狼は、そのものが町の方をにらみつけているのを見た。
赤い獣は、そのまままっすぐに町へとかけていき、襲いかかろうとしていた。
狼は赤い獣の前に行き、町へと進むのを拒み、必死に戦った。
赤い獣は熱く、炎のようで、狼を焼いていったが。
狼は自分の身に代えても、自分の群れである町を守ろうと、赤い獣ののどに噛みついた。
人々は、遠くからその戦いを見ていた。
まるで一つの巨大な獣が、山の上で苦しみもがいているように、
見るものの心に恐怖を引き起こした。

争いの末、狼が赤い獣の胸を食い破ったので、赤い獣は地に伏し、そのまま動かなくなった。
狼も、その時点で力尽き、同じように地に伏した。
うっすらと開かれた目から、町を見、そこにいる人々を見て、狼は眠りについた。

町の人々は、獣たちの息が絶えたのを見て、喜び合った。
そして、このことを記念して、一つの像を築いた。
赤黒く燃える、一匹の獣の像であった。

その4

羊たちは、町を生き巡り、その像のところへとたどり着いた。
それは町の山に近い広場にあり、その話が、像の前の板に刻まれていた。
少女はその像を見た。
その獣は、熱風の影響を受けたのか、少し形が崩れていて、悲しげな、もしくは、憤るような目で、こちらを見ているように感じた。
王女は言った。
「古の獣は、地の底から掘り出され、その憤りは、淵に沈められた時よりも大きく膨れ上がり、
口から洩れる火の息は、削りだしたものたちのいのちを求め、流れ出す。」
羊と少女は、王女の顔を見た。
王女は言った。
「この部分、かすれて見えずらくなっていますが、
この地域とは別のところで使われることばで、そう書いてあります。
この像が、熱風を引き起こしているのでしょうか?
でも、動き出すようには見えませんが……。」
少女と羊は互いに顔を見合わせて、水の町のことを思い出して、王女にそれを伝えた。
水の町でも、地下にあった像が水を濁らせていて、それが町全体に影響を及ぼしていたからだ。
しかし、今回は、この像が原因だとは、少女も羊も感じはしなかった。
像自体も、熱風による影響を受けているからだ。

三人は考え込み、解決の糸口を探しに、町を歩き回った。

その方は、町を治めるものたちとともに、話し合いをしていた。
「さて、この町の状況について、話してもらえませんか。」
その方はそういって、皆の顔を見た。
一人の長老が答えていった。
「熱風が吹くようになったのは、ここ最近のことです。まだあなたがた以外に取引をしているところには、知らせていないので、ほかの地域には情報は届いていないかと思われます。
また、この町の主産物である鉱物の出も悪くなっていて、新たに調査と開拓を進める予定です。
まだまだ鉱脈はあるはずですから、広範囲にわたってじっくり調査し、眠っている石たちを掘り出そうと考えていて、
あなたは国よりもよく買ってくださるので、ぜひともこの計画にご協力願えないかと思っております。」
顔は笑っていたが、目はその方を見定めるようだった。
その方は言った。
「今すぐ採掘を中止し、この町から離れなさい。
この町は、もうすぐ滅びます。」
それを聞いた人々は、驚いたが、すぐに笑い出して言った。
「いやいや、ご冗談を。
まだ火山が活発にはなっていませんし、その予兆もありません。
まだ数年、いや、数十年は大丈夫だと言われています。
この熱風も、火山が原因ではないでしょう。
噴火するときは、こんな風に吹きませんから。」
その方は言った。
「この熱風は、火山、いや、この地にあなたがたがしばりつけた山の火が原因です。
そして、この地は、あまりにも地を荒らしてしまった。
地盤は緩み、ほとんど崩れかかっています。
あなたがたは気付いていませんが、いままで取れていた鉱物の多くは、この町の下から採れていたのです。
あなたがたの欲が、この町を食い物にし、あと少しすれば、あなたがたも町のすべても、皆地の底に飲み込まれるでしょう。
この町での取引は、今回で終わりです。
あなたがたが、町の人々を導き、新たに用意された地に移り住み、そこで豊かに実を結ぶことを決めるなら、わたしはそこへ導きましょう。
しかし、あなたがたが欲に目がくらみ、このまま自分のいのちまでも食い尽くすなら、どうぞ好きにしなさい。
わたしは、わたしに与えられた羊たちを救い出します。」
その方は、扉を開けて、その部屋を出ていった。

その5

酒場の主人である男性は、先代の残した書物を漁っていた。
羊たちを見て、ふと昔聞いた話を思い出したからだった。
男性は、古びた本を一冊見つけた。
そこにはこう書いてあった。
狼と赤い獣についての話。
狼は男性の先代が世話を任されていて、よく食事を共にしていて、なついていたこと。
また、狼は人のことばを簡単なものなら聞くことができ、返事もできていたこと。
狼は、もっと多くの人と接したかったこと。

また、赤い獣については、火をまとうもの。
本当に獣だったのかすらわからず、争いの後、焼け跡だけが残り、体や骨は見当たらなかったこと。
狼と同じような姿をしていたこと。
などであった。

狼、男性はその文字を見るたびに、遠い昔の出来事を思い出していた。
父が鉱山に採掘に出かけているとき、男性は父に弁当を届けようと山へ向かった。
採掘をしている人たちの集う施設は、坑道の入り口に立っていたが、
まだ幼かった男性は、父は穴の中にいると思い込み、中へと入ってしまった。
奥へ進んでも人はおらず、呼んでも叫んでも、返事をするものはいなかった。
ある程度進んだところで引き返そうとしたところ、入り組んだ坑道の中、文字も読めなかった男性は、すっかり迷子になってしまった。
途方に暮れ、何もできずにうずくまり、男性は、涙をこぼしながら、父の名を呼んだ。
弁当を喜んで受け取ってくれる笑顔が見たかった。
男性は、そうつぶやいていた。
「わふ。」
うしろから、なにかの鳴き声がした。
男性はびっくりして後ろを振り向いてみると、そこには目つきの鋭い子犬がいた。
子犬は男性の周りをぐるぐる回り、「わふ。」と鳴いた。
そして、前へと進みゆき、振り返って、もう一度鳴いた。
まるでついてこい、と言っているようだった。
男性は、子犬の後についていき、行動を進んでいった。
途中、足もとが暗く、男性は転んでしまうが、子犬がそれに気付き、引き返してきて、男性の頬をなめ、元気を出せと言うかのように、「わん。」と鳴いた。
男性は少し笑って立ち上がり、そのままともに進んでいった。
すると、いつの間にか出口にたどり着いており、外の光が見えたときには、喜びのあまり駆けだしていた。
男性が外に出ると、父もちょうど施設から出てきたところで、そのまま父のふところに飛び込んだ。
安堵した男性は、そのまま大声で泣きだした。

そのあと、子犬の姿は消えていて、みんなに聞いてみても、そんなもの見たことないと言っていた。
あれは幻だったのかな、と男性は思ったが、確かに自分を力づける鳴き声と、ほおをなめられた感触は、現実のものだった。

男性は、昔の狼の話を見て、あのときの子犬と何か関係があるのではないかと思った。
すると、今日は休みにしていたはずの酒場の扉は開かれた。
男性が振り向いて見てみると、その方が立って、こちらに手を伸ばしていた。
「わたしとともに、あなたを救ったもののもとへ行こう。
あなたはそこで見なければならない。
このあと何が起こるのか。
いま何が起こっているのかを。」

その6

羊たちは、町中を探し、尋ね回ったが、一向に手掛かりはつかめなかった。
そして時は流れ、夜明けが近づいてきた。
人々は、時間に気付き、家に帰り扉を閉め、店を閉めていった。

王女は遠くの方から、何かの鳴き声を聞いた。
「ねえ、なにか聞こえませんか。遠吠えのような、なにかが。」
羊と少女は、顔を見合わせたが、なにも聞こえなかったと、首を振った。
再び、その鳴き声は届いた。
そのときは、王女だけでなく、羊と少女の耳にもはっきりと聞こえた。
その方向を見ると、うっすらと光が出てきた山の上に、躍り出るものがいた。
その姿を確認したとき、羊は全身に恐れを感じた。
決して交わることのできぬもの、かかわってはならぬもの。
羊は恐れを感じてはいたが、心まで縛られることはなかった。
魂の牧者が、内に住んでいたからである。
少女は先頭に立ち、手に杖と鈴を持って、羊と王女を連れて山の上へ登っていった。

頂上に近づくにつれ、上にいるものの姿を確認することができた。
その体は大きく、周囲はゆらゆらと火のように燃えていたが、その目はこちらをにらみつけ、歯をむき出しにして敵意を明らかにしていた。
燃える獣の近くに着くころには、日はあたりを照らし始めていて、その時初めて、少女たち以外にも人がいることに気付いた。
その方と、酒場の男性であった。
その方は羊たちに気付くと、近づいてきて、言った。
「いまは見ていなさい。」
少女と羊と王女はそれを聞いてこくりとうなずいた。

男性は、獣を見て言った。
「おまえは、昔私を助け出してくれた子犬の仲間なのか。」
獣は男性を見た。
しばらく男性をにらんでいたが、口を開いて言った。
「おまえたちは、我が領地を荒らしまわり、宝を盗んで荒地とした。
我が子らは人々に売り渡され、もはや元の姿には戻れぬだろう。
我は、おまえたちがしたように、おまえたちを荒らし、その子らを食い尽くす。
警告を何度もしたが、おまえたちはそれを聞き入れず、最後の子まで、取り上げようとしたからだ。
おまえたちは、我の恩恵も忘れ、我に返すこともせず、盗むことしかしなかった。
その仇を、いま返そう。」
その獣、まるで巨大な狼のような怪物は、身をかがめて、男性めがけて飛び出した。

その方は叫んだ。
「いま、この偽りを食らい、あなたのうちにいる獅子を目覚めさせなさい。
あなたのうちに住むものは、このものよりも大きいのだから。」
すると、羊の持っているランプが光を放ち、その場にいた者たちの目を眩ませた。
そして、次にみんなが見たものは、巨大な狼を押さえつける、獅子の姿だった。
獅子の全身は燃えるように毛がなびき、力強く狼を地に伏させていた。
獅子は言った。
「地の淵より来たりしものよ。おまえが自らの子を食らい、怒りを身に招いたのではないのか。
おまえはただの土くれに過ぎず、ただ地が生み出す産物に過ぎない。
不義の火を燃やすものよ。その火は、もとは誰からのものか、それをわきまえよ。」
獅子は狼の火を自らの火で焼き尽くし、食らっていった。
後に残ったものは、少しは小さくなったが、大きな狼が伏していた。

その7

獅子はそれから離れると、再び光を放ち、元の姿へと戻っていった。
男性は狼に近づくと、その身を抱いて言った。
「おまえが、昔私を救い出してくれた子犬なのか。」
狼はうっすらと目を開き、「わふ。」と鳴いた。
そして狼は地に帰った。

その方は言った。
「狼はこの地の産物、鉱物であった。
その輝きは、ほかのものと異なり、一度は仲間に捨てられたが、人はそれを拾い上げ、丹念に磨き本来の姿になるまで養った。
それで、狼は人の力となり、この地を守るようになったが、
鉱物を地から運ぶものであった火は、それを見て怒りを発した。
まるで子を取られた母のように、人々を憎むようになり、一度は滅ぼすために下ってきたが、
それを遮ったのは、この狼であった。
狼は火を食らい、火も狼を飲み込み、そのまま地に下っていったが、
人々はそのあともこの地を掘り進み、荒らすだけで整備することをしなかった。
それゆえ、火は獣となって再び淵から上って来たのだ。」
その方は男性を見て言った。
「あなたは、あなたが生まれた意味を全うしなさい。
いまあるものを改め、本来すべきこと、その道を歩みなさい。
あなたがそこに進むことを決めるなら、あなたはこの先光を見よう。」

その方は羊たちを連れて山から下り、町へ戻ると、町の人々を集めて事情を話した。
この町は危険な状況にあること。
次に移り住む場所が用意されていて、そこに行くものはながらえることができること。
それは強制ではなく、ここに残るものは、その報いを受けること。

人々はそれらを聞いて、ほとんどのものが次の場所へと移り住むことを決めた。
そしてその日のうちに支度をして、その方の用意した案内人に従って、移動していった。

その方は羊たちに向かっていった。
さあ、この町を後にして、われわれも次へと進まねばならない。
すると、後ろから酒場の男性が声をかけてきた。
「私も一緒についていっていいでしょうか。」
その方は答えた。
「あなたはあなたに与えられた地に住み、そこであなたの願いを全うしなさい。
何のために子犬があなたを救い出したのか。
何のために狼が身を焼いてでも、あなたの父を守り、人々を守ったのか。
あなたは、あなたに示された道をいきなさい。」
その方は、羊たちに車に乗り込むように言うと、ご自身も車に乗り、その町を出て行って。
近くの穴へと入っていった。

車は穴の中に入ると、車の大きさは小さくなっていくように羊たちは感じた。
そうして、車は、穴に引っかかることなく、奥へと進んでいった。
その方は羊に与えたランプを手に取ると、道を照らす灯りとして用いた。
その火は元は赤い獣の火であって、中でぐるぐると回っていた。
火の光は、壁を照らし出すと、きらきらと光るものがたくさんあった。
それらはまるで二つの目のように、こちらを見ていた。
羊たちはそれを見つめて、それらが狼と同じものたちだということに気付いた。
彼らは動くことはしないが、じっとこちらを見つめ続けていた。
その方は言った。
「彼らを恐れなくていい。
あなたがたは彼らの母の怒りを鎮めた。
ようやく彼らも安息に入ることができるようになったんだ。
それをした者たちを見たいと集まっているだけで、なにかをしようとは思っていない。」
狼の仲間が集まってできた道は、まるで星屑が散らばった夜道のようで、
これから行く先を照らしていた。

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