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第13話 はじまりのいえと むぎのいえ

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その1

ごとごとと車に揺られ、その方の導く車は進んでいった。
羊たちは、その方の話す物語を聞きつつ、次の目的地へと向かう時間を過ごしていた。
その方は言った。
「子たちよ、あなたがたに与えられた種を用いなさい。
それは、種として土に植えなければ、決して実を結ばない。
土に植えられると、もう種として取り出すことはできなくなるが、
それが育てば、時が来ると、あなたに報いを与える。
あなたがたは、わたしの蒔いた種である。
種は蒔いたものが世話をし、その収穫に望みをおいて、働く。
わたしはあなたがたを用いて、その報いを得るために、あなたがたを導く。
また、あなたがたが害を受けないように、守っている。
あなたがたも、与えられたものは、惜しむことなく用い、内に秘められた祝福を解き放ちなさい。
そして、その祝福を汚されることの無いように、守り抜き、実を結ぶまで耐え忍びなさい。
生みの苦しみは、ずっと続くものではない。
だから、あなたがたは希望から目をそらさず、励みなさい。」

羊たちはこくりとうなずいた。
その方は前を向いて話していたので羊たちの顔は見えなかったが、その方はにっこり笑った。

その方は言った。
「もうすぐ次の町の入り口に着く。
この町は広いから、一晩ゆっくり休んでから働こう。
あなたがたは、よくやってくれているからね。」
その方は後ろに手を伸ばしたので、三人は交代で頭を撫でてもらった。

そして、車は大きな門の前まできた。
その方は車を止めると、入り口に立っている番人と話をした。
番人は車の中を確認するために覗き込むと、羊たちと目があった。
番人は、羊たちの目がキラキラしているのに気付き、
怪しいものではないと思い、その方と車を通すために、門を開いた。
車は門を通り抜け、羊たちは番人に感謝のことばをかけた。
番人も手を振って返事をし、門を閉じた。

その方は言った。
「ここは、古都。本来ならあまり出入りできない区域だから、ゆっくりと過ごせるはずだ。
あなたがたは、よく羽を伸ばしなさい。」

車は宿の前で泊まり、その方は羊たちを連れて建物の中へと入った。
そして、そこで食事をすることにした。
その方は、厨房へと入っていくと、「わたしがやりますよ。」と言って、料理を始めてしまった。
厨房にいた人たちは、驚いたが、その方の手際の良さに呆れてしまった。
その方は、厨房の人に聞きつつ、使っていい食材の中から良い物を厳選し、
自分たちと、この宿にいる人たちすべての分の食事をつくった。
その方は言った。
「わたしが賄いますので、どうぞ気にせずお食べください。
ご一緒に、楽しい時間を過ごさせてください。」
宿にいた人たちは、大喜びで一緒に食卓の席に座った。
羊たちも、料理を運び、それぞれ席に座り、その方の顔を見た。
その方はみんなが席に着いたのを確認すると、食事の宣言をされた。

その方は、みんなの顔を眺めていた。
宿の人たちは、料理の美しさに見惚れていたが、その香りに誘われて、一つ口に運ぶと。
それ以降何も言わずに、パクパクと料理を食べていった。
羊や少女、王女も、笑顔で料理を口に運び、一口ごとに、「おいしい!」と叫んだ。
その方は、それを見て微笑んだ。

その2

この地は、かつては豊かな土地で、麦や野菜が盛んに栽培されていた。
また、近くには川が流れていて、よく魚が取れ、食材が豊富に採れる地域だった。
しかし、時は流れ、次第に土地はやせていった。
人々が土地を思わず、休ませることをしなかったからである。
そうしたこともともなって、都は別のところに移った。
人が減ると、獣も増えてしまったが、同時に土地も豊かになっていった。

その方は言った。
「ここは、素晴らしい土地です。
一度はやせてしまったが、汚されはしなかった。
実はすべて取ってしまったが、木は切り倒さなかった。
正しい木は、時が来れば、また実が成ります。
だから、これからもこの土地を汚さずにいなさい。
父がわたしたちに賜った、世界の一部なのだから。」
その方は、料理を口に運んで、にっこりと笑った。

その方は、食事が終わった後、人々に話をされた。
ここにいる人々は、ずっとここに住み続けている人々で、外のことを知らなかった。
それ故、その方の話すことばを、子どものように聞いていた。
その方が話を終えたあと、みんなの顔は、とても満たされていて、喜びにあふれていた。

食事が終わると、その方は、人々をそれぞれの家に帰し、羊たちを、それぞれの寝床に連れて行った。

その夜、羊たちの寝ている部屋の窓がノックされた。
羊と少女はぐっすりと眠っていたが、王女はなかなか寝付けずにいたので、
その音に気付き、窓の方に近づいた。
窓にはなにもなかったが、王女が窓の扉を開けると、すぐ横から声がした。
「やっとお会いできましたね。」
その人は、上からつるしたロープを握り、部屋の窓の高さにとどまっていた。
その人は、暗い衣に全身おおわれていて、顔は見えなかった。
しかし、王女は、その人の声を聞いたことがあった。
王女の胸は高鳴り、思わず窓から身を乗り出しそうになった。

その人は王女を窓から落ちないように部屋の中にとどめて言った。
「あなたがたが各地でしていることは聞いています。
あなたは素晴らしい方に出会えたようで、安心しました。
どうぞ、そのことを続けてください。
そして、どうか、この国の未来を導いてください。」
王女は言った。
「あなたも、一緒に来てください。
私は、あなたをもっと知りたい。この心を救い出してくださったあなたに、もっと私を知っていただきたいのです。」
その人は言った。
「いえ、それはなりません。
あなたは、すべてのはじめであり、おわりをもたらす方とともにいる。
あなたは、その人に委ねなければなりません。
あなたも、もう自分の気持ちがだれに向いているのか、ご存知でしょう。
その心に正直になりなさい。
それは、あなたを造られた方が与えてくださったものなのだから。」

王女は言った。
「では、あなたはどうなさるのですか。
どこかへ行ってしまわれるのですか。」
その人は言った。
「少し遠くへ、この町に潜む毒をあぶりだしてから、またあなたの前に姿を見せましょう。」
その人は、王女の頬に手をのばし、そっと撫でた。
「願わくば、そのときまでに、あなた自身の心を、あなたが見つめることができますように。」
そう言って、その人はロープを伝い、屋根の方へ上っていき、離れていった。

一瞬の出来事で、夢のようにも感じたが、王女は撫でられた側の頬を触って、そのぬくもりが確かなものだと知った。

その3

日が昇ると、窓側で寝ていた王女の顔を光が差した。
王女は目を覚まし、ふと外の様子を見た。
すると、その方が歩いているのが見えた。
そのとき胸の高鳴るのを感じて、思わず胸を押さえた。
鼓動が早まっていて、自分でもわかるくらいに、顔が熱を持っているのを感じた。
その方は、窓辺にいる王女の方を見て、声をかけた。
「これから野菜の収穫に行きますが、あなたも来なさい。」
王女は戸惑いつつも、その方のことばに従い、後について行った。

その方の元へ行くと、その方は王女の頭を見て手を伸ばした。
王女はびっくりして目を閉じた。
その方は言った。
「これは、なるほど、ふふ。」
その方は笑って、王女の頭に乗せられていた花を見つめて言った。
「我が子が、来ていたのか。」
王女は目を開き、そのとき初めて自分の頭に花が飾られているのを知った。
その花は、深い紫色をしていて、まるで、初めて都の外に連れ出されたときの、明け方の景色のようだった。

羊たちが目を覚ますと、王女の姿は見当たらなかった。
羊と少女は顔を見合わせて、首を傾げた。
すると、外から笑い声が聞こえてきた。
聞きなれた声だったので、羊と少女は窓から身を乗り出し、その声の主を見た。
その方と王女が話をしながら、向こうから来るところだった。
その手には、カゴいっぱいに野菜がのせられていた。

羊はそれを見て、よだれを垂らした。
少女は、二人の姿を見て、まるで恋人同士のように、周りまで輝いているように見えた。
少女は、口角を上げ、負けてられないなと、拳を握った。

その朝は大皿に取れたての野菜が並べられ、ほかの料理にも、たっぷりの野菜が使われた。
皆が席に座ったのを確認すると、その方は食事の宣言をされた。
羊たちは、目の前に並べられた料理を口に運ぶと、「おいしい。」と叫んで、夢中で食べ始めた。
その方も、それを見て笑い、食べ始めた。

食べ終わり、食器を片付けると、少女はその方に言った。
この町を見て回ってもいいですか。
その方は言った。
「そうだね、この町を見てこようか。
どんな地か、どんな人がいるのか。
どんな実が成っているのか。
安全な中で目を養うのは、大切だからね。」
その方は立ち上がり、羊たちを連れて、宿を出た。

その地は、昔は麦が多く栽培され、近くでは家畜を買うための牧草地帯が広がっていた。
麦が取れない年はないほどに、よく実り、時が来ると、畑は一面金色に色づいた。
その麦は、いまでも栽培されていて、この地独特な品種として、知られていた。

少女たちが畑の方へと歩いていくと、麦はまだ青かった。
その方は言った。
「青い実は取ってはいけない。しかし、実はきちんと収穫しなければならない。
時を見逃せば、その実は台無しになってしまう。
あなたがたに与えられた実を、きちんと見張って、熟したのを見たのなら、それを受け取りなさい。」

その4

その方は空を仰いで歌った。
「あなたはすばらしいものを、子たちに賜りました。
あなたはすばらしい御手のわざを、子たちに与えられました。
あなたの指の軌跡によって、すべて従えられ、あなたのことばによって、すべて奏でられました。
あなたの口から出ることばは、なおこの世界を彩り、なんとすばらしいことでしょう。
わたしの心は、あなたによって喜び叫んでいます。
あなたのことばが、わたしを満たし続けるからです。」

麦畑に吹いた風が、麦を揺らし、収穫が近いことを知らせるように、その実をこすって賛美した。

その方は羊たちを抱き寄せて言った。
「あなたがたは、わたしの喜び、わたしの宝である。
わたしはすばらしいものを、父からいただいた。
わたしは決してあなたがたを離さない。
決して失うことはない。
わたしが救い出し、これにわたし自身をあらわして、わたしに結び付けたのだから。」

はじめに、一粒の麦が植えられた。
その一粒のほか、なにも蒔かれなかったが、一粒は大切に育てられ、養われた。
その麦は、植えられてからしばらくのあいだ、姿をあらわさなかったが、
芽が顔を出した時、植えた方は喜び踊って祝宴を開いた。
「さあ、来て見てください。
わたしが植えた麦が、ようやく芽を出しました。」

その芽は、はじめて光を浴びた時、麦を植えた方が覗き込む顔が映った。
また、その方が連れてきた人々の顔も映った。
みな、喜びに満ちた顔をしていた。
麦にとってはじめて見た世界は、とっても眩しいものだった。

麦は愛を注がれ、それゆえに、厳しい環境にも置かれたが、
麦はその愛を知っていたので、そこに留まり続けた。

季節は流れ、収穫の時期になった。
麦を植えた方は、立派に実った穂を見て、喜び上がった。
しかし、いざそれを収穫するときになって、鎌を入れる事を惜しんだ。
それは、あまりにも美しく実がなっていたからである。
麦はそれを見て、自ら鎌へと身を倒し、実は地に落ちた。
麦を植えた方は、それを見て悲しんだが、
自分がなぜ植えたかを思い出し、地に散らばった麦を拾い集めた。
その方は言った。
「わたしは、いままでした事に反して、これを惜しんだ。
しかし、初穂である麦は、自分のいのちを惜しまず、死に明け渡した。
この麦が増えるように、この地に蒔こう。
自らを惜しまなかったその愛が、この地に満ちるように。」

こうして、地は再び麦を受け取った。

地は耕され、麦を受け取ると、大切な贈り物を受け取るように、しっかりと土で包み込んだ。
地は、麦が日に焼けぬように、土でおおい。
また、深くなりすぎないように、水を受けて芽を出す事ができるように。
その部分を高くした。
麦を蒔いた方は、もう惜しむことなく、今まで以上に、すべてのものを、麦たちに注いだ。
それは水や肥やし、また、荒らされぬように垣を巡らし、いつも見張っていた。
麦は、多くの芽を出して、土から顔を出した。
麦を蒔いた方は、それを覗いてにっこり笑い、喜びまわった。
麦たちは、はじめの麦が見たように、眩しい世界を見た。

ときは流れて、そこは麦の園と呼ばれるほどに、多くの麦が植えられるようになった。
収穫の時期になると美しい黄金色に大地が染まった。
風が吹くたび、麦が実をこすりあい、麦を植えた方を。
また、はじめの麦のしたことを、歌い合っていた。

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