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第15話 はじまりのいえと えいゆうのうた

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その1

その夜、三人はそれぞれ夢を見た。
自分が与えられた場所で咲く夢を。
与えられた地は、様々だったが、三人は自分が立っているのではなく。
その方が自分を掴んでいて、その上に自分たちが立っていた。
いつも必要なものはその方が直接流して受け取らせてくれて。
その方が自分たちの下から、自分たちを高く上げて、光を浴びることができるようにしてくださっていた。
それ故、三人は、花を咲かせるに至っても、この花はその方が結ばせてくださったものだと、誇るようになっていた。

翌朝、三人は同時に目を覚ました。
布団から起き上がり、その方を探した。
すると、その方は部屋の椅子に座り、本を開いていた。
その方は言った。
「もうすぐ、この地でやるべき最後の仕事を行わなければならない。
しかし、その前に、古いものを清算しなければ、その仕事を執り行えない。」
その方は子どもたちの顔を見て言った。
「あなたがたは、すべてを捨てて、わたしとともに歩む覚悟はありますか。」
三人は、なにも考えず、考える必要もなく、こくりとうなずき、「はい。」と答えた。
その方は言った。
「ならば、ついてきなさい。」
その方は立って、本を手に、部屋を出ていった。
三人も、そのあとをついて行った。
その方は、車を用意して、三人を乗せ、自身も乗って、家を後にした。
その方は言った。
「これから、戦いに入る。
あなたがたは、自分の持っているものを守り抜き、勝ち取りなさい。
そのためのものは、あなたがたに託している。」
車はいつもより速く、力強く道を進んでいった。

その方は車を町の中心の方へと進めた。
そこには大きな建物、役場としても機能している領主の館があった。
その方は、そこに車を止め、子どもたちをおろして、ともに建物の中に入っていった。
羊たちは、建物の中に入ると、思ったよりも人が多いことに気付き、驚いた。
中には役場の受付や、何かの備品を貸し出すところ。
最近の出来事がびっしりと張られた大きな掲示板や、食堂のようなスペースまであった。
そして、建物は複数階あり、吹き抜けで、上の様子も見ることができた。
羊は一つ上の階に本棚があることに気付き、そこをじっと見つめていた。
少女は羊の首を引っ張り、王女とともに、その方の後へとついて行った。

その2

その方は掲示板の方へと行き、一つの紙を取って、受付の方へと持っていった。
その方は、受付に紙を置いて、言った。
「これの件でお話しがあります。」
受付の人は答えた。
「かしこまりました。
この件で被害にあわれた方ですか?
では、こちらの用紙に詳細をお書きください。」
その方は言った。
「いえ、これを解決しにきました。」
受付の人は、それを聞いて、きょとんとして、その方を見つめた。
少し沈黙した後に、受付の人はその方に言った。
「騎士か王宮の関係者の方ですか?ではこちらの用紙に……。」
その方は答えて言った。
「違います。
わたしはこの町の領主、もしくは責任者の方と話さねばなりません。
ことが大きくなる前に。
手間を惜しんで育てた子たちを失う前に。」
受付の人は困惑したが、王女がその方の横に立ち、口を開いた。
「横から失礼しますが、私はこういうものです。」
王女は、すっと衣を持ち上げ、頭にある髪飾りを見せた。
受付の人は驚いて口を開こうとしたが、王女はそれを制して言った。
「ごめんなさい、いまは時間がありません。
少しだけ、この町の管理者の方とお話しをさせていただけませんか。」
受付の人は、慌てながらも、「少々お待ちください。」と言い残し、奥へと走っていった。

少しして、受付の人が戻ってきた。
頬には汗が流れており、受付の人は言った。
「奥の部屋へご案内します。
どうぞこちらへ。」
その方は、子どもたちを連れ、受付の人の後ろについて行った。

受付の人は一番奥の部屋の前で立ち止まり、部屋をノックしてあいさつをした。
中から返事があり、受付の人は、扉を開いて、その方たちを入れた。
受付の人は、みんなが部屋に入るのを確認して、お辞儀をして、部屋を出ていった。
部屋の中にいた人は、その方たちを見て、そして、一人の人物を見つめて、口角を上げ、口を開いた。
「本日はよくいらっしゃいました、王女様。」
王女は頭にかかっている衣を脱いで、答えた。
「お元気そうで何よりです、叔父様。」

叔父様と言われた人物、この町の町長であり、領主である人は、笑顔を浮かべ、王女たちに礼をした。
「あなたも、お元気そうで何よりです。
今日はどういった件でいらっしゃったのですか。」
すると、王女の代わりにその方が答えた。
「この町で起こっている、盗難騒ぎについてです。
あなたは何かご存じありませんか。」
町長は、その話を聞いて、少し目を細め、その方を見て言った。
「その話をどこでお聞きに……?
初めに被害の声が上がったとき、私どもの方で兵を動かし、鎮圧いたしましたよ。
王都に報告するほどでもなかったので、余計な心配はかけまいと、この件は内密にしていたのですが。」
その方は言った。
「では、どうして、わたしが訪ねたところがことごとく襲われそうになったのでしょうか。
何かを知っていれば、教えていただきたい、どんな些細なことでも構いません。」
町長は言った。
「それは御気の毒でした。
この町の警備を強化いたしましょう。
昨今の王都の動きにやられて、おかしなことをする輩があらわれたのでしょうが、
他に比べて、この町は比較的安全ということで、知られています。
それを保つためにも、尽力いたしましょう。」

町長は席を立ち、その方たちに言った。
「何かお飲みになりますか。
いまご用意いたしますので。」
その方は答えた。
「いえ、長居はしません。
どうやら、求めていたものは、ここでは得られないようですので。」
その方は、子どもたちを立ち上がらせ、部屋を出ていった。
王女は、振り返って、町長を見た。
そして、王女は口を開いた。
「叔父様、少し変わりましたね。
何かあれば、遠慮なく申してくださいね。」
町長も、少し笑みを浮かべて、答えた。
「あなた様も、美しくお育ちになられました。
私の方は大丈夫でございます。
この町を任されているものとして、時代にゆるがされぬように、堅く守っていきます。」
王女はそのことばを聞いて、部屋を後にした。

その3

その方は言った。
「この町を歩くとき、人の目に気をつけなさい。
あなたがたは離れずにいなさい。」
その口調は、いつもより厳しさを感じた。

王女は、その方に言った。
「この町は、危険なのですか。」
その方は言った。
「ここは、狼の巣食うところ、これまでにいたところよりも、
あなたがたを傷つけようとする力が働くだろう。
しかし、あなたがたは自分を守りぬきなさい。
決して敵の手に自分を渡してはならない。
あなたがたは、婚姻の時まで、きよい乙女のように、つつましくありなさい。
そのために、汚れを退ける衣を着せているのだから。」
その方は王女の頭に手を乗せて、撫でた。

車は、町の端にある、暗い路地に止められた。
その方は言った。
「これからは、徒歩で行動しよう。
これでは目立ってしまうからね。
さあ、行こう、もうすこし町の様子を見てみたい。」
その方は、王女や少女の手を取って、車を降りた。
羊は、その方が渡した荷物の袋を背負って、降りた。

その方は言った。
「おやおや、思ったより、敵の動きが早いようだ。」
その方が見る方を、少女たちは見た。
すると、建物の影から、数人の黒い衣を被ったものたちが出てきた。
彼らの手には、みな剣があり、明らかに敵意をもっていた。
その方は言った。
「いまから、わたしから一切離れず、ついてきなさい。
これは、ここでの戦いのはじめである。
あなたがたは、つまずかないように、注意していなさい。」
そういって、その方は、二人の手を握って、後ろに走り出した。
羊も後を追って、一生懸命に走った。
黒い衣の剣を帯びたものたちも、後を追うために、その方たちへと駆けた。
その足は速く、日の落ちる時の影のように、まっすぐに、その方へと迫ったが、
その方が行く道は、入り組んでいて、人の進むような道ではなかった。
その方は塀を見つけると、少女たちを上に放り投げ、後ろから来た羊を担ぎ、自分も塀の上に飛び乗った。
そのまま少女たちの手を引き、塀から屋根へと飛び乗っていき、あっという間に、家から家へと、飛んでいってしまった。
黒い衣のものたちは、日の光が当たるのを嫌い、屋根の上にまでは、のぼってこなかった。

その4

その方は、彼らが追ってこないのを確認し、音を立てぬように、移動し、
一つの家の上で立ち止まり、天窓を開いて中に入った。

その方は、中にみんなが入ったのを確認すると、部屋の扉を開けるために、ノブに手を伸ばした。
その時、なにかに気づき、その方は、手を戻して、子どもたちを部屋の隅に集め。
ご自分の衣のうちにみんなを隠した。
すると、すぐに部屋の外から声が聞こえてきた。
「ここに、大人1人、子ども2人、と羊を連れたものたちが来なかったか。」
「いえ、ここには来ておりません。」
「ふむ、中を確認させてもらうぞ。」
その声は近づいてきて、部屋の扉が勢いよく開かれた。
入って来たのは、二人の男性。
彼らは白っぽい衣を身にまとっていたが、下からは黒い衣がひらひらと揺れていた。
彼らは、部屋の中を見て回ったが、目的のものは見つからなかったのか、出て行ってしまった。
そして、再び声がしたが、その会話が聞こえなくなるまで、その方は動かないように、みんなを制していた。

しばらくして、声が聞こえなくなったのを確認し、その方が衣から、みんなを出された。
その方は、部屋の扉に手をのばして開き、外へ出ていき、その家の主のところへと向かった。
そこは、羊たちに鉢植えをくれた店の男性、幼い子の母と婚約した人であった。
男性は店の奥にある部屋の棚で、整理をしていた。
その方は、男性に声をかけた。
男性は驚いて言った。
「さきほど、あなたがたを探しに、人々がここにやってきていましたよ。」
その方は答えた。
「わかっています。
いまは、荒らす者たちの動く時です、しかし、わたしたちも働かねばなりません。」
その方は一つの本を取り出して言った。
「これをもって、あなたの家族の元に行きなさい。
あの家であれば、町の騒ぎに巻き込まれることはありません。」
男性はその本を受け取った。
その方は言った。
「いまは時間がありませんから、あなたは素早く行動しなさい。」
その方は、羊の背負っている荷物から、袋を一つ取り出して、それも男性に渡した。
「その中には、ある程度の食事が入っています。
それを食べて、騒ぎが過ぎるまで、過ごしなさい。」
そして、その方は、男性を送り出して、見送った。

その方は言った。
「わたしたちも、ここを離れるとしよう。
まずは、市場に向かおう。」
その方は、三人を連れ出して、店である家を出た。

その5

その方は言った。
「わたしは少し離れて歩こう。
彼らに、気づかれるといけないから。
あなたがたは先に行って、町を見て回りなさい。
なにかあったら、わたしのところへ来なさい。
わたしはすぐ後ろにいるから。」
その方は、少し後ろに歩いていった。
少女たちは互いを見て言った。

「私たちも何かした方がいいかも。」
三人は考えたのち、少女が王女を肩車して、二人羽織のようにして、町を見ることにした。
下の少女も、衣の隙間から町を見ていた。
王女は生まれて初めて肩車されたことに、驚きつつも、楽しんでいた。

町の市場は、これまで言ったどこよりも、人に溢れていた。
様々な品が地方から集められているため、珍しいものも並んでいた。
山で取れたキノコを干したものや、海で取れた貝を干したものが並んでいたり、
透き通った石や宝石が銀細工に埋め込まれて飾られていたり、
中には、この市場ならではの、各地方の食材を用いた料理が振舞われる店もあった。

その中に、本を売る店があった。
羊はそれに目をつけて、その店に近づいた。
少女たちも、羊がどこかへ行くのに気づき、少し慌てつつも、後について行った。
羊は、店の本の表紙やタイトルを見ていき、一つの本を手に取って見た。
それにはこう書いてあった。
この国の成り立ちについて。

この地に一粒の麦が植えられた。
それは、たくさんの実を結ぶための、初めの一粒であって、多くのものを養うために蒔かれた。
植えた方は、これを祝福し、はじめに目が出たとき、その香りに導かれて、遠くの方から人が集ってきた。
麦は、すぐに成長し、この地に土台を据えて、二つの実を結んだ。
一つは剣、一つは麦の実。
これらは、互いに仕えるためにあらわれ、両者の足りないところを補うために、地に蒔かれた。
地は彼らを喜び迎え、さらに多くの実を結ぶために、その場所を選り分けた。

二つの実は大きく成長し、やがてそれぞれの花を咲かせたが、そこに悪い虫がついて卵を産んでしまった。
彼らはそれに気づかずに日を過ごし、虫の毒が彼らの体を蝕んでいき、後に結ぶはずの実にまで影響を及ぼし始めた。

彼らを植えた方、はじめに蒔かれた方はこれを見て、ご自身の子を送り、毒とその原因である虫を取り除いた。
二つの実を蝕んだ毒は、彼らを惑わせ、分裂させ、争うように仕向けていた。
彼らの次の世代である実も、そのときに一つ落とされてしまったが、
虫を取り除いた方はこれをあわれみ、ほかの実を祝福し、これを強められた。

二つの実は、それまでの行いを手放して一つとなり、
次の子らのために、自分のいたところを渡した。

二つの実は一つの大きな果実となって、より強い香りを放ち、その地域を導くものとなった。

時が流れ、大きな果実も治めるものとして立っていた時、狡猾な毒は、地の下にある水に混ざりこんでいた。
それを飲んでいた者は多く、大きな果実も、その水に口をつけた。
大きな果実は、悪い香りに気付き、これを捨てて毒をあぶりだそうとしたが、
それを飲んでいたものたちは、大きな果実をこばみ、これを捨てるために森に投げてしまった。

大きな果実は、傷を負って、動くこともままならなかったが、森はこれをかくまい、大切に包んだ。
周りの流れから切り離すように、わが身に落ちた希望が決して汚されることの無いように。

その6

店主は言った。
「大きな果実は、まだこの地に蒔かれていない。
ただ守られ、ほかの子らがおのおの道を外して、離れていくのを見ることしかできなかった。
そして、大きな果実、昔の王がいなくとも、国は歩んでいった。
その身を傷つけ、なにが正しいかを知らずとも、生きているように見せかけるには十分だった。」

羊は店主が語るので、本から目を離し、店主の顔を見た。
頭から衣を被っていたため、表情は見えなかったが、その声は、悲しげであった。
店主は言った。
「彼らは言ったのだ、誰か日の目を見させてくれるものはいないか、と。
しかし、日は彼らに降り注ぎ、その光で照らしていた。
彼らは盲目の故に、光も闇も区別がつかなかった。
昔の王は、その光景を見て、心を痛めたが、自身を蝕んでいる毒のために、動くことができなかった。
森は、彼を毒の無くなるまで、長い間養った。
その時間、彼は老いることもなく、朽ちることもなく、時間から切り離されたようだった。
人は繰り返し争い、国は大きくなっていった。
昔の王がいたときよりも、人は増え、町も増えて、物も流れるようになっていった。
しかし、それぞれの心は絶えず毒が潜んでいて、人々はそれのために良くはならなかった。」

店主は羊を見て言った。
「君たちが見てきた町、そこにいた人たちを見ただろう。」
羊は、店主の目を見て、「めえ。」と鳴いた。
その方が、みんなを良くしてくださった、と伝えようとした。
店主はしばらく羊を見つめ、にっこりと笑ったような感じがした。

その方が、羊たちの後ろから語り掛けた。
「あなたは人を見てきたのに、心を見ることはなかったのか。
あなたが土台を据えた国を、見てこなかったのか。
確かに、荒れ廃れ、ともに肉を食い荒らしたこともあった。
そして、今に至るまで、選ぶべき道から離れて、すべきではないことをしているものもいた。
だが、その人々は、内に種を持っているものたちは、わたしが語った時、喜んでいのちを受け入れた。
進むべき道を選び、その道を歩んでいった。
あなたは、毒が抜けただけで、心は鈍くなってしまったのか。」

店主は顔を上げて、その方を見て、言った。
「いえ、あなたを待ち続けていました。
私を救われたときのように、いま、あなたがたが通られた町々のように。
この国をも救ってくださると確信していましたから。」
その方は、店主を見て言った。
「あなたは昔からの、わたしの話を編纂し、それが絶えないように守り続けた。
だから、わたしもこの国、あなたが守ってきたものを、救い出そう。」
その方は羊を背負い、少女を抱き上げて言った。
「ひとまず、この場所から離れようか。少し長居してしまったようだ。」
王女は周りを見た。
すると、そこにはいつの間にか黒い衣を着た人々が囲んでいた。
彼らは、ゆっくりと、隙を見せぬように、こちらへと近づいていた。
店主は言った。
「では、続きはこの場所を切り抜けたあとにでも。」
店主は王女を抱き上げて背負い、近くに忍ばせていた、屋根までかかっている綱を伝って、すばやく登っていった。
その方も後を追い、屋根の上に登ってその場を離れた。

その方たちは、互いに目で意思疎通しつつ、追っ手の目を完全に振り切るために、屋根から屋根へと飛び移り、町中を駆け巡った。
彼ら、黒い衣をまとう人々は、屋根に上ってこなかったが、地上から、こちらを見失わないように、追い続けていた。
激しく動き回るうちに、風が店主の被っていた衣を取ってしまった。
すると、王女はその顔に気付き、驚きの声を上げた。
「あなたは、あなた様は、私を王都から連れ出してくださった方。」
その声に、羊と少女も店主の顔を見て、二人も驚きの声を上げた。
あなたは、南の国の英雄さん。
店主、顔のおおいを取り除かれた英雄は、苦笑しながら言った。
「おやおや、見られてしまいましたか。
これを振り切ったら、お明かししようと思っていたのですが。」
その方は笑いながら言った。
「おおいが無い方が見晴らしもよく、動きやすいだろう。
振り切るために、もう少し速度をあげよう。」

二人は三人を乗せて走り続けたが、それでも追っ手は影のように付きまとい、なかなか振り切ることはできなかった。
それで、二人は、二手に分かれて、逃げることにした。
目指す先は、外に出るための門ではなく、町の中央にある塔と決め、別々の道へと走り出した。

その7

王女と英雄の場合。
二人は、その方たちと別れて、中央の塔を向かった。
その間、王女は英雄に抱き上げられ、英雄は屋根の上を駆け回っていた。

王女は、英雄の顔を見つつ、先ほどの会話を思い出して言った。
「あなた様は、英雄なのですか?」
英雄は答えた。
「いや、私は自分の守りたかった人すら守れない弱いもの。
しかし、その方が、私を強め、崩れかけた二つの国を今のように一つの国へと導いてくださった。
私は、再び毒によって、国を失いかけたが、こうして、再びその方が顧みてくださり、私たちのもとに来てくださった。
その方が、私を強くし、私の内に力を与えてくださるんだ。」
英雄の顔は、まぶしいものを見るように、目を細め、笑顔を浮かべていた。
王女は言った。
「あなたも、私と同じだったんですね。」
英雄は、それを聞いて笑い、答えた。
「人はみな、吹けば飛ぶ草や花のようだ。
しかし、あの方の語ることばは、すべて成就し、それによって、選ばれた者たちは、この地に堅く立つ。
あなたも、それを見たのだろう。」

王女は、ふと、遠くの屋根に何者かが立っているのを見た。
そのものは何かをこちらに向け、それを放った。
王女は叫んだ。
「危ない、よけて。」
英雄は、発射されたものに気付き、寸でのところでかわしたが、
狙撃者は、もう一度撃つためにために、矢を装填していた。
英雄は言った。
「真昼間から、ここまでやりにくるとは思わなかったな。」
英雄は、走る速度を落とさずに、何かを取り出そうとしたが、
相手の撃つのが早く、避けるのに手一杯だった。
王女は、英雄の腰に手を伸ばし、英雄の取り出そうとしていたものに手をかけた。
それは、小さい銃のようだった。
王女は言った。
「私がやります。使わせてください。」
英雄は、それを聞いて、少し戸惑ったが、前を見てうなずいた。
英雄は避けることに専念し、まっすぐに塔へと向かった。
王女は銃を握りしめて、つぶやいた。
「あなたの下さることばのように、的確に、敵の牙を砕きますように。」
王女は、狙撃者に狙いを定めて、引き金を引いた。
中に詰められていた弾は、まっすぐに狙撃者の方へ飛んでいき、その持っている武器に命中した。
それと同時に、弾は爆発し、狙撃者は驚いて下に落ちてしまった。
王女は、自分の撃った銃を見つめた。
英雄は言った。
「それには、殺傷力のない、おどかすだけの弾しか入れてないんだ。
民に傷をつけたら、その方に顔見せできないからね。」
そのことばに、王女は笑った。

「さて、相手さんが新たに姿を現す前に、塔を目指すよ。」
英雄は速度を上げ、駆けていった。

その8

その方と羊たちの場合。
その方は、羊を背負い、少女を抱きかかえて、屋根の上を駆けていた。
少女はその方に言った。
「英雄がいたということは、この世界は、私たちが家に帰ってからそれほど時間が経っていないのですか。」
その方は首を振り、前を見つつ、話し始めた。
「もし、自分の大切に育てた木が毒に侵され、その香りが、悪い虫を呼んでいたとする。
人の手では、虫は払うことができても、毒を取り除くのは困難だ。
それが、大切な実が結び始めたときだとしたら、次につながる希望まで、食い荒らされてしまう。
父は、その実の生っている枝を、少しの間、取り除かれた。
それは、蛇に噛まれた毒が、その枝をも喰らうことのないように、守る為である。
それは、あなたが、英雄たちのいた時間から、わたしの元へと連れ出されたのと同じことだよ。
いや、あなたはすでに、わたしにつがれていて、実を結び始めている。
しかし、この地に与えられたものの中には、まだ、わたしを知らない者もいる。
その者たちは、毒に対して、なんの抵抗もできない。
父は、結び始めた実に望みをおき、その実にご自分のことばを編纂する力を与えて、
本当に必要なことばを見分け、それを集めることをさせた。
彼は、それを完成させる時、次の世代への道が開かれるだろう。
わたしも、それを心待ちにしているんだよ。」
その方は、かなりの速度で、屋根の上を走っていたが、息を切らすことなく話し、顔に笑みを浮かべていた。

あるところに、二人の兄弟がいた。
一人は、王として育てられ、一人は、国を治めるのを補佐するものとして育てられた。
彼らは、兄弟として、王と片腕として、ともに国に仕えることを学び、そのために心と体とを磨かれていた。
それは二振りの剣のように、まっすぐな輝きを放ち、そばにいる者も、遠くにいる者も、みな将来に希望を抱いていた。
しかし、剣は扱う者に従って、善には善を、悪には悪を報いるように、それを扱う者に対して、従うように、その報いをもたらそうとしていた。
彼らを育てた者、彼らを養った者は、この地で生まれた者ではなく、
この地を行き巡り、泥をすすって、この地を貶める機会をうかがっていたものたちだった。
地をはうものは、彼らに二心を与え、偽りを教え、
目に見えるものすら自分たちが作り上げたのだと、信じさせようとした。
彼らは、望まれる者と望まれぬ者との間で成長し。
片方では正しい教えを、もう片方では曲がった行いをすることを知ってしまった。
時が流れ、それぞれに家族を持つようになったとき、
心をご覧になる方は、王に一つの灯火を与えた。
それは、魂が、本当にすべきことのために苦しみ、叫びを上げているのを見たからである。
灯火は、時が来ると、産声をあげ、この地に生まれた。
灯火は熱く、望まれぬ者が近づくことができないほどに、燃えていた。
それは時を経るごとに、その大きさと美しさを増し、生みの親であるものの、本当に求めていることを見て、成長していった。
それを見た、地をはうものは、周りをおとしめることで、その灯火を消そうとした。
それはすみやかに行われ、事実、国は冷えていまにも固まってしまいそうだった。
灯火は願った。
どうか、ここから助け出してください。
どうか、この国を、暖かい日で照らし、光に満たしてください。
その火は、ゆらゆらと揺れていたが、そのか細い叫びは、全地を造られた方と、その方の語る話をまとめ、形にする者との耳に届いた。

その9

その方は言った。
「あなたが、あなたたちが、英雄たちにとっての道を切り開く灯火であったように、王女もまた、この国にとっての光をもたらす存在だ。
もちろん、光そのものは、わたしたちの父がくださる。
だから、決して絶えることはなく、さえぎる者の手よりも小さいことはない。
だが、影に潜むものたちも、なんとかして引き摺り込もうと考えているのだ。
だから、わたしたちは、気を引き締めて、取り掛からねばならない。」
羊は、その方の後ろから、目指している塔を眺めた。
そして、少し身震いし、「めえ。」と鳴いた。
その方は言った。
「あなたには、あれが何に見えるか。」
少女も、塔を見た。
それは、どの街にでもありそうな建物が、少し高く建てられているだけのように見えたが、
目を凝らしたとき、少女は気づき、その形が何に見えるかを知った。
あれは、南の国にあった、当時の知恵と知識とが詰められた書庫であって、
いま、日の光を背に照らされている姿は、まるで黒い竜のようだった。
その方は言った。
「(口先だけの)知恵知識に気をつけなさい。
目先にとらわれず、治める者としてそれを見極め、真実を知りなさい。
わたしのことばを聞くことができるのなら、それを見極めることができるはずだ。」
その方は、塔を見て、目を細めた。

それは、昔から同じであった。
選ばれた者、光を切に求めるもの、なんとかしてその中に入り、それを見出そうとしたものたち。
彼らは、自分のしていること、自分の内にある影をもいとわず、ただ一心に一筋の輝きに向かって走り続けた。
彼らは選ばれず、その民の中にも住んでいなかったが、
彼らをつくられた方は、これらを顧みて、その御手の影に、彼らを隠され、惑わすものたちの牙から守り、その口の剣によって、欺く者たちを切り刻まれた。
彼らは、ご自身の枝ではなかったが、我らの父は、彼らを切り出し、ご自分の一人子に接ぎ、たえることのないようにした。
彼らの仲間にとって、それは愚かなことであり、その光よりも、闇を好んだが、
つがれたものたちは、内に宿るともしびの故に、熱心に招こうとする。
目が燃えていて、口の歯が刀である方は、言われる。
「おのおの、与えられたことをしなさい。
求めるものは求め、救いにあずかるものはそれに導き、悪に飽き足らぬものはそれを行い、不義を愛すものは離さずにいなさい。」

思えば、簡単なことであった。
表向きは、盗賊の盗伐、荒らす者たちから町や民を守り、騒ぎがあっても、すぐにおさめることで、人々から信頼を得る。
捕らえた者たちは獄にいれたと言えば、それを見に来るものもおらず、中が空であって、当の本人は、別のところで悪事を行っているとしても、気づかない。
被害が出たあとで、それを救い出せば、盗んだものはそのままふところにいれ、見えるところでは彼らを討つようにすれば、
ほかの悪い芽が出ることを抑えることにも、人々から信頼を得ることも、し続けることができる。
この町を守る者として、いや、この世界の各地域を裏で支え、王に仕えるものとして、これほどにうまいことはあるだろうか。
王もわたしを信頼してくださっている。
もうすぐだ、王女も手に入れさえすれば、王を喜ばすこともできよう。
すべては国のため、王のために。

その10

中央の塔、一室の窓から、町長は町を眺めていた。
その目に民は映らず、ただ自分の夢だけを見ていた。
もし彼の目に、不当なことで苦しむ民の姿が映ったなら。
この町で以前起きた盗賊騒ぎで、家族を守るために死んだ者。
幼い子の父とその家族のことを聞いていたのなら。
多少の犠牲は仕方がない、その犠牲の上に平和が成り立っている、と。
それを、捧げられたものの前で語るならば、だれがその上に立ちつつけることができようか。
彼の目に映る夕日に染まる町は、美しく照らされていて、濃い闇に刻まれた街並みが描かれていた。

コンコンと、部屋の扉がノックされた。
町長は、「入れ。」というと、扉が開かれ、黒い衣をまとったものが入ってきて、礼をした。
「ご報告いたします。
王女とその一行を捜索し、見つけ出しましたが、
一部のものが負傷、ほかのものも次々と撃破され、無力化されています。」
町長は報告するものに向かい、叫んだ。
「なにをやっているんだ、子連れを連れてくるだけであろう。
どうしてそんなに手こずるんだ。」
黒い衣を着たものは、少しの間沈黙した後、口を開いた。
「それはですね。」
黒い衣を着たものは、頭にかぶっていたものを脱ぎ、それを捨てて言った。
「この国の王が来たからですよ。」
町長は、目の前の人物が誰なのかわからなかったが、ふと、一枚の肖像画を思い出して、驚愕した。

それは、国が統合されてからの、初代国王の姿だった。
彼が治めた期間は、他の王たちに比べて短いが、その実績は、分かれていた民を反乱を起こすことなく一つにし、
諸外国との交流の基礎、また、国内の流通や治安の統制など、国の土台を固く据えるものだった。
彼は、その時代の子どもたちの中で、とくに優れた子たちを見出し、自ら教えて、地域の長として育てた。
子どもたちは、それぞれの町を治め、そのとき、その地域にまつわる話を受けて、代々に語り告げた。

その働きのうちに、彼は、行方不明になっており、彼に近しい者が王に即位していまに続いていると、町長は聞いていた。
しかし、目の前のものが本当に初代国王なのか、疑問を持ち始めた。
普通であれば、とうの昔に生き絶えている時間が経っているのだ。
それが、行方不明であれ、この世界にいるのであれば、逃れることのできないことのはずだ。
町長は、にやり、と笑い、口を開いた。
「あなたがだれかは知らんが、私の影たちが倒されるはずあるまい。
彼らは至る所にいる、住民として、働く者として、町の影として。
それらから逃げ切り、討つことなどできるはずがない。」
町長は手を挙げ、言った。
「さあ、この男を始末しろ。」
しかし、何事も起きることなく、沈黙が場を支配した。
英雄は少し考えるそぶりを見せ、何かに気づいたように、通路に出て、何かを引っ張ってきた。
「もしかして、この人に合図したのかな。」
英雄がひきづっていたのは、黒い衣をまとった人だった。
町長は驚き、叫んだ。
「バカな、他の者はどうした。一人だけではあるまい。」
英雄は言った。
「この辺り一帯にいた黒い衣を着たあやしいやつなら、すべて引きずり出して倒しておいたよ。
まあ、この町のすみずみまでは、まだ時間がかかりそうだが、羊ちゃんがやってくれているはずだ。」

羊は中央の塔の最上で、本に筆を走らせ、目で追いかけることが困難なくらいに速く文字を刻んでいた。
見開きの空白を埋めるごとに本を閉じ、それを再び開いて、そこに書かれたことをすみやかに実行へと導いていた。
書かれていた文字たちは、封印が解かれると輝きを放ち、世に出て行ってことばを実現した。
それは、過去に英雄たちが剣を帯びた者たちの武器を破壊し、敵の牙を砕いて無力化したように。
この町に潜む敵意を無に帰すように、ことばたちは町中をすみずみまで駆け巡った。
はじめに向かった先は、この塔にあるすべての本棚や書籍のある場所であった。
そこに書かれた無益なものたち、愚にもつかぬ空想話を、その実にふさわしく砕いて回った。
次に、町中に潜む影、敵意ある者たちの剣や、汚れた心を砕き、光によって、彼らのいる闇を刺し殺した。
光は真昼のように輝き、この町の一切を照らした。

その11

町長は町を見下ろした。
すると、町は夕暮れ時であるはずなのに、影が薄く、いや、町の道々がぼんやりと光っているように見えた。
そこには影というものが潜みようもないほどに明るく、町長が忍ばせた暗器はみな折られていた。

部屋にバタバタと近づく音が聞こえた。
英雄と町長は部屋の戸口を見た。

そこには、その方と、少女と王女たちが、たくさんの紙や書籍を持って、息を切らし立っていた。
それらは、この塔の隠されたところ、ごく一部のものしか立ち入ることのない場所に、保管されていたものだった。
少女はそれの匂いを嗅ぎつけ、不当に行われた取引や盗品の記録などが記された書類や、各地域に配置された自警団と盗賊の記録が書かれた本など、片っぱしから見つけ出し、引っ張り出した。
王女は、公的に管理されている書類を見て、それらが隠されていた書類と符合するかを確認し、それらを悪事の証拠としてまとめた。

その方は言った。
「あなたのしたことは、この子たちが探し出して見つけてくれました。
もう言い逃れはできませんよ。」
彼女たちが短時間で行えたのは、その方が的確に導き、必要なところのみに力を入れ、不要なところは切り捨てたからである。
彼女たちは、光っているもの、照らされ浮かび上がった影の跡を手にとって、それを集めていた。
それらはすべて不正の証拠として集められ、いまこうしてそれを行った者のところに突きつけられた。

少女は言った。
「あなたのしていることはとんでもないことです。
自分の守るべき民を食い物にして、同じ血が流れる者の血をすすっているのです。
以前は地の表を焼き払いましたが、今度は地の下に至るまですべてを焼き滅ぼします。」
王女は言った。
「あなたは昔から、国のため王のためにと力を尽くしてきたのは知っています。
それは素晴らしいことかもしれません。
ですが、あなたは自分の守るべき者の肉を食べ、自分の肉をも食べているのですよ。
あなたが耕すべき地を荒地にして、どうして種を蒔けますか。
種を蒔いても実を結ばぬなら、ほかのところから奪えばいいとおっしゃるのならば、
いま持っていると思っているものすべてを、私はあなたから取り去りましょう。」

町長は思った。
自分の築き上げたものが、いま崩れると。
よそから来た者たちが、場を荒らして、積み上げたものを倒していったと。
自分のしてきたことの報いがこれなのかと、心に問うた。
熱心に町を導くために、平和に過ごすために、自分は昔国を荒らしまわっていた盗賊団を捕らえて、
彼らを使うことで、再び自分の管理外から盗む者がないように、国を導いていたのに、
私が熱心にしてきたことは、いま焼き捨てられるのだ。

町長は歯?みし、おもむろに机の戸を開き、中にあった銃を取り出し、王女へと向けた。
私は熱心に支えてきたつもりだ、その未来がないのなら、私も未来を摘み取ろう。
町長は、銃の引き金を引き、部屋に銃声が鳴り響いた。

その12

小さい時から、私は王に仕えるために教えられ、王とともに、同じ血を引くものとして育てられてきた。
王は、私の目に見て、いつも輝いていた。
私も、どうにかして王に近づきたいと願い、そのために日々自分を磨き、片腕として役に立つことができるように、生きてきた。
王も言ってくださった、「おまえがいるから、私はいるのだ、私は立つことができるのだ。」と。

王は私にも、他の家臣たちにも、民に対しても、優しいお方だ。
国を思い、民を思い、今よりも、明日がさらに良くなるようにと、常に考えておられた。
その背中を追いながら、その恩恵にあずかるだけでなく、何かできないか、私にもあなたのように、あなたとともに何かできないかと、目を見張り、考えを巡らして、手を動かし続けた。
少しでも、あなたの荷を、私も負いたい、ともに分かち合いたい。
あなたに、役に立った、と言っていただきたいから。

あなたは何度も、私たちに対して、感謝と礼を労いのことばをかけてくださり、
私たちが疲れ果てないようにと、心を巡らしてくださり、恵みを得させてくださった。
それにより私たちは、この国の、それぞれの町で、自分に与えられた民や領土を守り、よりよくしていくことに専念できた。
私は思った。
自分の国と民、家臣たちを思ってくださる王の下で働くことができるのは、なんと幸せなことだろうか。

ある時、あなたは言った。
王都に一つの建物を建て上げる。
それにより、国々を一つにし、私たちは一つとなろう。
そのために、あなたは人と物とを流してくれ。
あなたはその頃から、様子が変わったように、何かに打ち込み始めた。
部屋にこもりきり、滅多に家臣たちにも顔を見せることは無くなってしまった。
私は心配したが、何かご計画があるのだろうと思い、声をかけるをせず、黙っていた。
そして、後にあなたは言った。
「王都以外に町はいらない。
すべてのものが、都に集うようになろう。
あなたは、すべてを使い、時が来るまで従いなさい。」
私はわからなくなった、あなたが町をいらないというとは。
時が来るまで従い、その後はどうなるのか、それをお語りにはならなかった。

しかし、私は従い続けた。
あなたには、お考えがあるのだろうと。
指示通りに、すべてを使い、平和をつくりつつ、あなたに送るための人と物とを集め続けた。
目の前が暗くなりそうでも、少しでもあなたに尽くしたいという思いがあった。
だから私はやってきた。

そのとき、あなたの娘が、私の前に現れた。
王女さまは大きくなられた、そして、噂通り、美しくなられた。
その王女さまが、いま、私から未来を取り上げようとされた。
あなたに仕えてきたのに、あなたは私を取り上げられました。
私の沈んでいた心が、狂った状況の中、それでも明日に生きるために、抑えていた魂が、
あなたの娘によって砕かれました。

だから私は、もうあなたについていくことができません。
私の王よ、ここでお別れです。

その方は言った。
「もし、あなたが今持っているすべてを捨てるならば、わたしについてきなさい。
わたしはあなたに光を見せよう。
今、あなたの目を開こう、あなたは正しくこの世界を見て、その上でどうするのかを選びなさい。」

その13

町長の撃った銃弾は、王女へとまっすぐに飛んでいった。
その速度は速く、すぐにでも、王女の体を撃ち抜きそうな勢いだった。
少女は言った。
「あなたのしたことの報いが、あなたに帰るように。」
すると、銃弾は向きを変え、町長の持っている銃へと飛び、武器を破壊してしまった。
町長は、圧倒され、壊れた武器を放して後ろへと倒れるように崩れた。
その方は、町長に近づいて言った。
「あなたはもう知っているのだろう。
あなたのしてきたことは、なにも実を結ばない。
あなたの仕えているものは、王でもなく国でもない、ただの偽りにすぎない。
しかし、その覆いを取り除こう。
その方は、息を吹きかけ、町長に手を差し出した。
あなたがいま立ち上がるならば、あなたのすべきことをしなさい。」

町長は、呆然と、差し出された手を見ていたが、ゆっくりと手を伸ばし、その方の手を取った。
すると、つきものが落ちたように、そのうちの影はなくなり、その顔に暗いところはなくなってしまった。

その方は、町長を立ち上がらせて言った。
「この町には、貧困の差が広がりつつある。
それも生と死を分かつほどのものだ。
あなたはそれに気づかずに、うわべだけのものを築いてきていた。
わたしはそれを砕こう。」

その方は、みんなを外に連れ出して言った。
「わたしは今日ここに来るまでに、長期間保存できる食物をつくってきた。
いま、それらを飢えているものたちに渡して食べさせてあげなさい。
これからあなたは、彼らをも養わないといけない。
彼らの中には、この町や、国を導く存在がいる。
あなたはその芽を摘んでしまわないように気を付けなさい。」
その方たちは町を通り、車のところまできて、その中にある食物を、町中にいる人々に配って回った。
また、町長や町の役人にも見せて言った。
「これは、麦を焼いて乾燥させたものである。
保存方法さえ気をつければ、長く保つ。
これを、いつもたくわえて、貧しい人々や飢饉のときのために用意しておきなさい。」
町長は、町をまわり、貧しい人々に食物を配っていったとき、彼らの顔を見た。
彼らはその日仕事を得られず、明日を迎えることもできるかわからぬ人々だったが、
町長の手から食物を受け取ると、まるで高価な金を受け取るように、大切に手に包み、
何度もお礼を言って、喜んで食べていた。
町長は思った。
どうしてこの人々に気付くことができなかったのか。
すると、その方が町長に言った。
「過ぎたことに思いをはせるな、枯れた草を思うことをするな。
あなたは一度死んで、古いものは過ぎ去ったのだ。
いま、あなたのすべきことを見つめ、そのために生きなさい。」
町長は、「はい。」と言って、人々に食物を配っていった。

その14

その日その方たちは、また幼い子の家へと泊まった。
幼い子の母と店の人は快く受け入れ、もてなそうとしたが、
その方が制して、「わたしに料理をさせてください。」と言い、キッチンに入ってしまった。
料理ができる間、少女たちは、今日あった事を話し始めた。
この町に落とされた影を、その方が払ってくれたこと。
また、日々苦しんでいた人々にも、食事が供給され始めること。
昨日まではなかった希望が、明日には満ち満ちていること。
幼い子は、目を輝かせて聴き入り、
その母と店の人も、自分たちの知らないところで行われていた悪いことが取り除かれ、よい方向へと町が進んでいくことを聞き、感心しつつ、明日へと思いを馳せていた。

その方は、料理が完成したことを告げ、子どもたちに、運ぶように頼んだ。
子どもたちは喜んで従い、次々と食卓へと並べていった。
すべて運び終えると、みんなは席に座り、その方はそれを確認すると、食事の宣言をされた。
その食卓の隅には、その方の渡した本が置いてあった。

この町に、一人で暮らす女性がいた。
女性は年老いて、身よりもなく、町の片隅に住んでいた。
家にはあらゆる知識のつまった書籍であふれていたが、女性はそれを用いずに年を重ねてしまった。
女性は思った。
私はこのまま朽ちていくのだろう、と。
しかし、そこへ子どもたちがやってきて、麦の種を植えていった。
女性は驚きつつも、久しぶりに誰かと話せたと喜んだ。
次の日起きてみると、麦の穂が家中に生えていた。
女性は大急ぎで麦を刈り取り、途中から子どもたちも来て、刈り取りの手伝いをした。
女性は、一人で食べるには多すぎると思い、それぞれの麦の品種に合わせて、お菓子を作った。
そして、それを持って、家の前で町の子たちに配ることにした。
町の子たちは、それを喜んで食べ、また、女性の語る、本の物語を熱心に聞いた。
女性も、聴き入る子たちの顔を見て微笑み、毎日お菓子をつくっては、物語を語った。

「この話は、うんと昔の話だよ、まだ国が一つではなかった時の話でね。
北と南に国が分かれていたんだけど、南の国に一人のお姫さまが生まれてね。」

それは、その方が語り、英雄がまとめた、この世界を紡いだ物語。
その方の父が、人々が失われることの無いように、自ら死の谷に陥ることの無いように。
守り続けたお話。

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