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第1話 はじまりのいえのはじまり

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その1

木から生えたキノコの家、そこに宿るものが、外を眺めていた。
その森は、もう何日も雨が降り続き、地面は水で溢れて、川のように流れていた。

雨粒がキノコの傘に当たるたびに、胞子が空にまかれるが、すぐに雨に濡れて落ちてしまう。
宿主はそれを見るたび、どこにも行くことができないことを、確認していた。

それからも雨は降り続き、まるで地の表をすべて洗い流すように勢いを増すばかりだった。

ふと、宿主は考えた。このキノコの生えている木は、大丈夫なんだろうか。
この雨で根が腐り、枯れてしまうのではないか。
すると突然、宿主の体は、キノコの奥、木の中に引きずり込まれた。

宿主が気がつくと、そこは、円状の壁を囲むようにしてできた巨大な図書館のようだった。
天井が見えず、下も底が見えないほどに深かった。
また、真ん中には、円板状の床があり、そこから壁に向かってハシゴがかかっていた。
中央では、何人かがテーブルに座り、何か仕事をしていた。
他の幾人かは、そのテーブルに本を運んできたり、また運び出したり、また何かを連絡したりしていた。

「これは、なんだろうか。」
宿主は、そう呟いた。
「ここは、あなたが探していたその場所だよ。」
どこからか声がした。
宿主は辺りを見渡すが、こちらを向いて話しているような人物は見当たらなかった。
宿主は首をかしげるが、その声は、しっかりと語られた。
「あなたが望むものを、見せてあげよう。
ここに上ってきなさい。」
その声は、それっきりだった。

宿主は、とにかく上へ上がるために、通路を探した。
その場所は入り組んでいて、本棚が階段になっていたり、
階段の踊り場がぷかぷかと浮いていて、移動しているものだったり、
また、見えない、集中していないと見失ってしまうような、細く儚く感じるような道だったりした。

上っている間、絵が飾ってある階があった。
それはまるで、壁の向こうにつながっているような、どこかにつながるような絵だった。
その中の一つ、引き込まれるような一枚の絵があった。
これ、自分のだ。そう感じた。
木がアーチになっていて、奥に湖があり、その畔に小屋がある絵だった。
宿主は、絵を描いたことはなく、この絵ももちろん触ったこともなく、
また、今まで見たこともないはずだった。

その2

「よくきたね。」
声の聞こえた方を振り向いた。
そこには、顔をはっきりと見れない方がいた。
表情や輪郭はわかるのだが、パーツ一つ一つが認識できない、覆いがかかったような状態だった。
その方は語った。
「この絵は、あなたが行き着く場所、通過点であり、あなたを大きく変える起点となる。
あなたがこの水を飲むなら、それはあなたに力を与える。
渇いたなら、いつでも飲みなさい、それをやめてはならない。
それは命を得させるものだから。」
宿主は、その意味が分からなかったが、それを得たいと思った。
「それは、どこにありますか、どうすれば手に入りますか。」

その方は答えた。
「わたしからそれを飲みなさい、あなたが求めれば与えよう。
また従ってくるならば、その水の泉をあなたに相続させる。」

その方は、木に語りかけた。
すると、壁から一つの本が飛んできて、その方の手に収まった。
その方は本を開いて話し始めた。

「これから一つの話をしよう。
これは海ができる前、その波が起こる前に書かれたもの。
まだ日がなく、夜がなかった時に、この書物に書かれたものだ。

暗いところに、一つの星があった。
星は、燃えていて、辺りを照らすものであったが、周りには照らすものがなく、
また、自分のようなものがなかった。
星は、始めはいろんな色の輝きを出そうとした。
赤色、青色、緑に黄色。
しかし、照らす先がなかったので、星は自分が本当に光を発しているのかわからず、
何色なのかも、知ることがなかった。

星はしばらく燃えていたが、自分が燃えていることの意味がわからなくなり、その勢いは衰えていった。
星は、遠くの星雲を眺めて言った。
『あぁ、私もあの場所にいれば、自分を知ることができたのかもしれない。
自分は燃え続けることができたのかもしれない。
しかし、今の私は、もう枯れる一方だ。
私の油は底を尽き、やがて燃え尽きるだろう。』

そこへ、一つの小さな星のかけらが飛んできた。
星のかけらは燃え尽きそうな星にぶつかると、火が燃えうつり、別の方向へ飛んでいった。
その姿は流星のように、なにもない暗いところを照らしていった。

星はそれを見て驚いた。
自分から出ていった火が、わずかであっても輝き、暗闇は退けられた。
すると、自分を作られた方の声が聞こえた。

『あなたの火はどこから来るのか。
あなたを燃やしているのはなんなのか。
あなたは知らないのか。
あなたの輝きが、遠くの星に住むものに光を示しているのだ。
そして、そこが凍えることなく栄えるようにしている。
あなたを作り、うちに光を与えたのはわたしではないのか。

あなたは燃え尽きない。まだあなたにはやるべきことがある。
わたしは新たに示そう、わたしが成していることを。
わたしはあなたにことばを与え、それが光を起こしているのだ。
あなたが暗くなりたいと望むなら、そのとおりになろう。
しかし、わたしが与えたのは、希望のことばだ。
それは決して失望に変わることのない、永遠の約束である。
あなたはどこを見ているのか。
あなたをそこに置き、日々燃やしているのはわたしではないのか。 』

その3

『 あなたは見るだろう、わたしがあなたの目の届かない、高く、また深いところで。
あなたのために成していることがある。
それは、時が来ると、報いを携えて来るだろう。』

『どうしてそのようなことがなりましょうか。
ここは暗い寒いところです。
ここには何もありません。』

星はうつむくが、その声は答えた。

『あなたは自分が何者なのか、まだわからないのか。
あなたはわたしの火であり、あなたがわたしの義を着るものである。
あなたのわざが、わたしを喜ばせ、また、わたしの子達を喜ばせているのだ。

あなたの成した技は、むなしいのか。
いまは完全ではないが、わたしがともにいてそれを行うのだ。
わたしはわたしを愛する者と共にいて、すべてを益とするために、あなたをここにおいた。
いま、あなたへの油を増し加えよう。あなた自身が燃え尽きることを知らず、
あなた自身をより知ることができるように。』

その声は、それっきり聞こえなくなったが、
星の火は、燃え上がり、自分でもわかるくらい、火は大きくなった。

かつて、星雲だったところは、すっかり暗くなってしまった。
光り輝いていた星々は、いまにも消えそうにゆらゆらと燃えていた。

しかし、星の周りには、かつてそこに集っていた星々、
また遠くの見たことも聞いたこともない星もあった。
彼らは、燃える星のことを知っていた。
それらは皆、凍えることなく、また燃え尽きることなく、
星の光に照らされていた。」

その方は本を閉じて、再び開かれた。
すると、開くときに光が溢れて輝き、透けて見える木が伸びていくように、本から出ていくのが見えた。

「これは昔あったこと、また先に起こることである。
わたしは常に語りかけ、ことを成就している。
物事は、常に変化している、わたしのことばによって。
この話は、すでに言い送られた。ことは直に成就するだろう。」

その方は、天井を指差して言われた。
「この上に、あなたのために食事が用意してある。それを食べて行きなさい。
それを食べて、芯から力付いたなら、わたしのことばを離さずに生きなさい。」

その4

宿主は、その方に導かれるまま、奥へと歩いた。
奥には上の階へ続く螺旋階段があり、その壁には窓があった。
その景色は、窓ごとに違っていた。
宿主は、その方に尋ねた。
「この窓の向こうは、どうなっているのですか。」

その方は答えられた。
「この木の中で過ごす時間は、一瞬のようでいて、とこしえに長いものだ。
あなたが移動するたび、またときが流れるたびに、外は変化している。
これらは、わたしが地のすべて、天のすみずみを見渡すために作ったものだ。
これは、わたしが言い送ったことばが成就するか、いつも見ているのだ。」

階段を登り終えると、おいしそうな香りが宿主の鼻腔をくすぐった。

宿主はどこからかやってきたものだった。
自分でも気づかぬうちに、自分の意思とは関係なく流れ着き、あのキノコの中に宿っていた。

宿主には、やっていたこと、かつて住んでいたところでのやるべき仕事があった。
しかし、それは宿主を歓迎せず、宿主もそれをやるのに疲れていた。

ある日、仕事をしていて疲れているときに、風が吹いた。
風は強く吹き付けて、宿主をさらい、遠くまで吹き飛ばしてしまった。

宿主は風に吹かれている間に、仕事道具や仕事に関する事柄を、落っことしてしまった。
宿主はそれについて、最初は悔いたが、すぐにあきらめた。

気づけば、鬱蒼とした森の中、日の光も満足に届かないほどに葉が繁り、
歩くこともままならないほどだった。

宿主は手探りで進み続けた。
どこへ向かっているのかもわからないが、歩く度に沈むところもあった。
見えない何かに絡まることもあった。

体はくたびれ、息をするのも苦しくなっていた。
私はなんのための進んでいるのだろうか。
そのことすら、考えなくなっていた。

目もかすんで見えづらくなっていたが、もともと光の少ない森の中では、もはや関係なかった。

そして、宿主は動くことをやめそうになった。
このままこの土と共に残りを過ごそうと。
結局のところ、私は土くれに過ぎないのだからと。

うつむいて足元を見ると、暗い中でも光っている小さな白い何かがあった。
とうとう幻でも見えたのかと思ったが、宿主はそれに手を伸ばしつかんだ。
それには実体があり、手でつかめ、柔らかいパンのようなものだった。
甘い香りが漂ってきて、宿主は考えることなくそれを口に入れた。

それは蜜のように甘く、どこから湧いてくるのか、口に水があふれて喉を潤した。
咀嚼して飲み込むと、不思議と体に力が湧いた。

その白い食べ物は先ほどまでなら気づかないくらいの距離に、また落ちていた。
見つけると、宿主は空腹を覚えてそれも食べた。
食べ終えると、また少し先に白いものは落ちていた。
それを食べると、また先へ、ひとつひとつ、連なるように置かれていた。
宿主は考えることをせず、ただ黙々と食べ続け、進み続けた。

その5

ある程度食べて満足すると、いつの間にか、日の当たる少し開けた場所に出ていた。
その真ん中には一本の木があって、他の木よりも高いようだった。
というのも、周りの森の木の葉が茂っており、その中で一際太く葉も見えなかった。

その根元に、キノコが一つ生えており、中には誰もいなかった。
宿主は、そこに住んでいた人が帰ってくる間、借りておこうと、ひとまずそこに住むことにした。

宿主は、住んでいた人を待ったが、一向に現れなかった。
それもそのはず、この場所は、宿主のために用意されていたものであり、
この後に、時期が来れば、これを用意された方が木の中で全てを明かすのである。

「この部屋だ。」
その方は宿主を食事の部屋へ招き入れた。
そこには大きなテーブルと、上にスープやサラダ、肉や魚料理、また穀物で作った料理が並べられてあった。
それは、食材は宿主がかつて見たことのあるものだったが、見たことのない調理を施されていた。

「座って、食べなさい。」
その方は席を引き、宿主をエスコートした。
そして自らも席に着き、鈴を鳴らした。
すると扉が開き、先ほどまで働いていた下の階にいたものたちが入ってきた。
その分が新たに料理も運び込まれ、皆席に着いたところで、その方は祝宴の開始を宣言された。

その料理は、宿主の幼い時を思い起こすものがあり、
まったく新しい、未知の世界のものもあった。
それらを口に運ぶたび、舌は喜び、心は踊った。
夢中になって食べている宿主を見て、その方は微笑んだ。
宿主は、普段食べる倍の量を平らげてしまった。
それでも、宿主は苦しくならず、かえって体は熱を持って、もっと求めるようだった。

空いた食器が下げられた後、コップが並べられ、そこに液体が注がれた。
それは湯気をまとって、揺れていた。
その方は言われた。
「あなたはこれを飲みなさい。」
それは、黒い色をしていた、香りはわからず、甘いのか苦いのか、または酸っぱいのか、見当もつかなかった。

「これは、あなたの口に甘く、あなたの腹に苦いものである。
あなたはこれを飲んだなら、もう引き返すことはなくなる。

わたしは、あなたにわたしのことばを与えた。
それは敵を切り裂くもの、希望を与えるものだ。
真理に水を混ぜて語ることもできるが、あなたはそうしてはならない。
それは、油に水を加えるようなものだ。
油は水に浮き、決して混ざらない。

あなたに、本当の価値を見出す目を与えよう。
あなたの血が、わたしのものを求めるように、その目で見極め、得ることが出来るように。」

その6

その方は、同じ注がれた液体を飲み干し、また言われた。
あなたは、その中に注がれたものを飲みなさい。
あなたは、わたしからの招待を受けるなら、それを飲み、示すところへ行きなさい。

宿主はそれに手を伸ばし、ゆっくりと飲み干した。
それは濃く、蜜のように甘かった。

「あなたはわたしの荷を背負った。
それは終わりの日にあなたの冠となる。
わたしが与えたものを守り通すなら、わたしはそれに対して報いよう。」

その方はそばにいたものに声をかけ、なにかを指示した。
そして宿主の方を向き、語った。
「あなたはこのものについていって、服を着替えてきなさい。
そうしたら、新たにすべきことを伝えよう。
また、この木の中のものは、なんでも好きに使いなさい。
それは、働く者の権利として、当然のことである。
ただ一つ、書物に書き加えてはならず、また消してはならない。
その報いから、あなたは逃れることはできない。
そのことだけ、心に留めなさい。」

宿主は古い衣を脱ぎ、体をきよめた。
そして新しい、白い衣を着せてもらい、その方の元へと戻っていった。

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