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第9話 はじまりのいえと みずのまち

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その1

ごとごと車にゆられて続く旅。
少女はその方に言った。
「つぎはどこに行くのですか?」
その方は答えた。
「あなたの生まれたところ、あなたをきよめた水をきよめに、その都に向かっているんだ。
かつていけるものの満ちた場所。
わたしは、その姿を取り戻すために、わたしのものを取り返すために、
そこに向かっているんだ。」
少女は、自分の生まれた場所と聞いて、南の国を思い出したが、
この先から香るものは、麦の匂いではなく、
血のような、錆びたものを感じた。

そうして車が行きついた先は、水の豊かな町だった。
そこには水路が張り巡らされ、川が流れてその上を船がとおり物を運んでいた。
また、中央には噴水があり広場となっていて、人々の憩いの場となっていた。

少女が噴水の前に降りたとき、それを見上げた。
少女は、「わあ。」と声を上げて見つめ続けた。
羊もそれを見上げた。
泉から水が噴き出し、それが芸術作品として、この場に表現されていた。

それを見たとき、羊は鼻を突き刺すような感じがした。
しかし、それがなんなのかはわからず、首をかしげた。
その方は言った。
「ここは水の都と言われているところだ。
水が豊富で町中に満ちている。
水は町の血のようなものだ。
いのちであり、けがれを押し流し、たえず流れていなければならない。
その方は目を細められた。
滞らせているものがあれば、
退けないといけない。」

その方は少女と羊の頭に手をおいて撫でられた。
「わたしはここでも話をしにいかなければならない。
あなたがたはこの町を見てまわってきなさい。
なにか必要があれば、なんでも言いなさい。
わたしがそれを与えるから。」
そう言って、その方は二人を送り出された。

その2

羊は一つの本を取り出して、それに町の様子を書き始めた。
少女は羊の前を行き、羊が他のものにぶつからないように導いた。

羊の持っている本は真っ白で、まだ墨によってなにも刻まれていないものだった。
羊の持っているペンは、本とともにその方に貰ったもので、暗くても光るものだった。
羊と少女は町の中を巡り歩いた。
水路には絶えず船が通り、大路には露店が風呂敷を広げていた。
そこには陶器や金物から食べ物まで、あらゆるものが並んでいて人で賑わっていた。
少女はその一つに目を留めた。
人の列があり、その多くは子どもたちであった。
少女は列の先を見ると、樽から液体を注いでそれを売っているのが見えた。
少女はそれを飲んでみたいと思って羊の方を見た。
羊はその意図を知って、少女の示す先を見たが、その飲み物は血の錆びたようなにおいがしたので、首を横に振った。
少女は少し残念そうだったが、それを見て羊は、「めえ。」と鳴いた。
羊は、その方が以前、わたしのところから飲みなさい、というのを、少女に伝えようとした。
少女はその意図を汲んで、羊に向かってうなずいた。

それをはじめとして、羊と少女は、店に並んでいるものを注意してみるようになった。
どの種類が多く並んでいるか、なにが多く求められているか、その傾向を見ていた。
そして、この町には、金物、とくに何かを象ったものが多くあることに気づいた。
それらすべてには継ぎ目があって、なんの用途に使うのか、羊たちにはわからなかった。

すると、それらの店の中に、一つだけ異様なものがあった。
人が立っているだけで商品がなく、布には二人に読めない文字のような図形のようななにかが描かれていた。
羊はそれに目を向けた時、ひときわ鼻をつんざくなにかを感じ、急いで反対側を向いた。
そこは路地裏になっていて、明かりだけがちらちらと揺れているのが見えた。
羊はそれが気になり足を止めた。
少女も羊に気づいてそこまで戻り、目の先にあるものを見た。
それはこちらを誘うかのように、ゆらゆらと光っていた。
しかし、あちらからは鼻を刺すような感じはせず、羊は目を少女に向けた。
少女も羊を見つめて、二人はうなずき、その灯火の方へと歩き出した。

そこには一つの扉があって、その前にあるろうそくが光を放っていた。
少女はその扉の前に立って叩いた。
しかし、返事はなく、なにも聞こえてこなかった。
羊は、「めえ。」と鳴いた。
それは、この奥から、なにか感じたからである。
少女はそれを見て、意を決し、その戸を開いた。
扉は軋みつつ開いていった。
奥の部屋からは光がもれていて、それに照らされた影はなにかしているのか、踊るように動いていた。

少女と羊はおそるおそる奥へと進み、そっと部屋の中を覗き込んだ。
部屋の窓は布で覆われていて、わずかな日の光が差し込んでいた。
その奥で、一人の男性がイーゼルに向かってにらめっこしていた。
頭を抱えてうなっていると、急に動き出し、筆をとって殴りつけるように、描き出した。
しかし、部屋が暗く、二人にはなにを描いているのか見えなかった。

羊はその絵からも、少し鼻を刺すようなものを感じたが、他のところよりは柔らかく感じた。
羊はもっと近くでその絵を見ようと近づいた。
すると、足元に転がっていたなにかに足を滑らせた。
羊はそのまま乱雑したテーブルのところへぶつかり、上に乗っているものをぶちまけた。
羊は頭から絵の具の液体や筆洗器の水をかぶった。
絵を描いていた人物も、驚いてこちらを見た。
その人は羊を見たとき、さらに驚いたように目を見開いた。
そして羊に近づき、まじまじと見つめた。
ときには持ち上げ、しっかりと目に焼き付けるように、見つめ続けた。
その人は描いていた絵の前に戻ると、筆をとり、再び描き始めた。
その動きは、先ほどまでの力強さはなく、繊細に彩るように筆を滑らせていた。

少女はその様子を見ていたが、羊の方を見て少し笑った。
羊は絵の具にまみれていて、まるで虹色の雲のような姿になっていた。

その3

昔、この地は不毛の地で、雨が降ることは滅多になく、水も枯渇していた。
人々は水を求めて井戸を掘るが、そこには何もなく、労苦だけがつのった。
その集落の長である人は、モノづくりの人であった。
彼は毎日天に祈り求め、そのための祭壇を築き上げていた。
どうか、雨が降るように。どうか、そのことばが語られるように。
彼は必至に求めて、ものをつくり続けた。
そして、彼のいのちの尽きようとするとき、その手は最後に杯をつくった。
もし彼が息絶えたとしても、捧げるための水がなくてはいけないという思いが込められたものだった。
そして、彼は天を見上げて、横になった。
彼は目を瞑り、そのまま動かなくなったが。
それと同時に、黒い雲が起こって、その地に雨が降り始めた。
それは、悲しみの声とともに注がれる恵みであった。
雨を降らせている方は言った。
「どうしてわたしのことばは届かなかったのか。
自分の身を滅ぼしてまで、ものを造るとは、いったいどういうことなのか。
わたしはいつも語り掛けたが、あなたはこちらを向こうとせずに、自分のためにその祭壇を据えた。
あなたは自分の心にあるもので、これを彩ったが、わたしの心にはかなわなかった。
わたしはただ、わたしのことばがあなたに届いてほしかった。
それだけで、あなたは生きながらえたのだから。
わが子よ、覚めよ。わたしのことばをその口に与えよう。」
集落の長である人の唇に、一滴の水が注がれた。
その人は動くことがなかったが、水はひとりでにのどを下って、その体を潤した。
最後に造られた杯には、いっぱいの水があふれて、やがて泉となり、その祭壇を満たした。
そして、そこを中心として、大きな水たまりとなり、この地を潤して余りあるものとなった。
人々は言った。
「我らの叫びは天に届き、祭壇を満たしておられる。」

生ける水に満たされた集落の長は、やがて目を覚まし、顔を上げた。
そこには水面が広がっており、かつて望んでいた以上のものが広がっていた。
そして、彼のうちにあった汚れた心は洗われ、天からの声を聞くに至った。
「あなたが作り出すものは、ただの土くれに過ぎないではないか。
わたしの与える水を用いて、それを完成させなさい。
あなたはそれを創り上げることで、臨んでいる以上のものを見出すだろう。
あなたに与えた種を枯らしてはいけない。
わたしの水を飲み、生きなさい。」
集落の長は自分の手を見た。
いつも土を触っていた手は、以前はしわだらけであったが、いまは赤子のようにみずみずしかった。
そのうちにはいのちが宿っているように感じた。
集落の長は、水面に映った空を見た。
そこには虹色に輝いて見える雲があった。
天からの声はいった。
「わたしはこれをしるしとして語ろう。
あなたがたがわたしを見失い、水を枯らしてしまおうとするとき、わたしはもう一度あなたがたに語ろう。
二度とあなたがたを失うことの無いように。」

その4

一心不乱に筆を動かしていた手は、やがてピタッと止まり、男性は手をおろして少女と羊の方を見た。
男性は笑顔で話し始めた。
「この地域には、とある昔ばなしが伝わっていてね。
それに出てくるモチーフが、羊ちゃんにそっくりなんだよ。
ぼくはそれを見てインスピレーションを受けた。
ようやくぼくの望みのものが完成しそうだ。
ありがとう。」
羊は頬をかいた。

そのころ王女は、その方とともにいた。
王女は、羊や少女と一緒に行きたいと言ったが、その方は言った。
「あなたはいまはわたしとともにいなさい。
あなたにはあなたにしかできないことがある。
それをわたしとともにしよう。
あなたに見せたいものもあるからね。」
王女はそれを聞いて、その方についていくことを決めた。

その方は王女を連れて、この町の役場に来た。
そして、その方は中にいた人に言った。
「この町の長はいませんか。」
中にいた人は答えた。
「いまは席を外しておりまして。
ご用件はなんでしょうか。」
その方は言った。
「この町の水について話があります。」
中にいた人はそれを聞いて顔色を変え、立ち上がって奥へと姿を消した。
王女はふしぎそうにその方を見たが、
その方は王女の頭を撫でて、なにも答えなかった。

しばらくすると、奥から二人の影が近づいてきた。
片方は、先ほど話した人物で、もう一人は、ほかの人たちと服装が違っていた。
服装の違う人は、進み出て、その方に頭を下げて、言った。
「おまちしておりました、どうぞ奥へおあがりください。
どうぞ、お話しをさせてください。」
そう言って、その方と王女を部屋へと連れた。

この町は、モノづくりたちの集まる街として、周囲に知られていた。
水が豊富で、あらゆるものをつくるのに適していて、自然と物とその道を目指す人々が集まって、家を建て、住み始めた。
近くの農園には、染料の元となる植物が植えられていて、豊富に実を結んだ。
人々は、町を彩り、自分たちの生活を彩って、日常が創作活動となる日々を送っていた。
人々は、日々新たなものを作り出し、それが周囲の地域にも広がっていき、影響を与えた。
ある日、一人の人が、一つの像を築き上げた。
それは、昔話をモチーフとしてものもであった。
それは町の真ん中に置かれたので、人々はそれを見て日々を過ごした。
この町にも、モノづくりの流行があり、その像によって、人々は石や金属によって、なにかをつくることを始めた。

この町は、周囲の町にとっては水の源のように、目を注ぐ場所となっていた。
町で創り上げられるものが、町々へ届けられ、それが人々を楽しませていたからである。
同時に、人々の心はこの町で造られたものに左右されるようになっていった。

像を造り上げた後、それは町の川で洗われ、ほかのところへと送り出されていたが、
その水は金属を含み、下流へと流れていった。
また、町は隅々まで水路が行き巡らされており、船一つで町の反対側まで行くことができた。
それは、町で洗われ流れ出た金属が、町全体に広がるようになっていたのだ。
人々はそれに気づかず、そこから水を飲み、人の思いによって造り上げられた像は他のところへ運ばれ、こうして人々は目から毒を受けるようになっていった。

その5

その方は町長に言った。
「あなたはこの町で行われていることが、この町のためだと思っている。
この町で造られたものは、外へ出ていき、そうしてこの町は潤されていると。
しかし、それは、内にも外にも毒を流すものでしかない。
それで得た利益は、一切が害を及ぼすさびをはらんでいる。
あなたはこの行いを改めるべきである。
そうしなければ、わたしはこの町をあなたから取り上げ、わたしの子たちに治めさせるようにする。」
町長は言った。
「どうすれば、どのように改めれば、この町はもとの美しい姿を取り戻すでしょうか。」
その方は答えた。
「初めの行いに立ち返りなさい。
この町は、もとはモノづくりの町ではなく、絵描きの町だった。
人々は絵描きの描いた絵を見て、それを現実のものとしてあらわしはじめ、この町は発展していった。
しかし、いつしか絵をかくことを人々はやめて、物を作ることだけになってしまった。
わたしは人の心にまず幻を与え、それを人々の希望として光を据えていた。
かつてのはじめの長もそうであった。
あなたがたは知らないのか、昔から伝えられている話を。

この町のもととなった集落の長は、虹色に輝く雲を見たあと、それを忘れないように描き出した。
それはいまもこの町のどこかに残っているはずだ。
今後だれもこの救いを忘れないために、そう願って昔の長はそれを残した。
しかし、あなたがたはそれを見るのをやめて、自分たちの思いを作り出すことだけをしている。
今もう一度わたしは語ろう、もう二度とあなたがたを失わないために。」
その方は立ち上がって、その部屋を出て、別のところへ向かった。
王女はそのあとを離れずついていった。
遅れて町長もあとを追い、走りだした。

その方は車からいくつかのバケツと道具を運び出すと、役場の中へと入った。
そしてバケツに水を汲み、そこに筆を浸して、壁の前に立ち、王女の方を向いて言った。
「これからあなたとともにやることがある。
あなたはわたしが語る通りに動いてほしい。
それになにも疑問を持たず、ただわたしのことばの導くままに動きなさい。
わたしはあなたにわからないようには語らず、その足につまづきを与えるようなことはしない。
これはこの町、ひいてはこの国を変えるために一つで大事なことだ。
あなたなしでは成しえないことである、協力してくれるかい?」
王女はそのことばを噛みしめるように、こくりとうなずいた。
その方はにっこりと笑って、筆を手に取った。
そして王女に指示をした。
「赤と青の染料を水で溶き、それをのばし、こちらへ渡しなさい。
その後緑と黄の染料を水で溶いて混ぜ合わせ、持ってきなさい。」
その方は、王女に語りながら、壁に向かいそこに筆を走らせた。
その壁は白く、日に当たらないところで、焼けていなかった。
そこに筆で彩り、なにかを描いていった。
「次は、水を取り替えて、別の染料を水で溶き、いまある色と混ぜ合わせなさい。」
王女は語られたと同時に迷いなく、ことばのとおりに動いた。
額からは汗が垂れているが、その頬は少し紅が差し、口角は上がっていた。
次々と語られることばを間違えなくこなしながら、王女は感じた。
自分は、直接はなにかを描いていなくても、創り出すという作業をしている。
自分は、役に立っている、と。

その方は壁に向き続け、色を増やしていった。
描くものは筆だけにおさまらず、手や腕、足なども使って、壁に描いていた。
時には顔を使って、体のすべてを使って紡ぎだされていた。
町長はその姿を見て、ことばにはできない、熱いものが込み上げた。
また、描き出されるものを見て、何かを感じた。
それは絵であったが、文字で何かを読むような、情報が流れ込んでくるように感じた。
幻、これからどのようにすべきか、いまどんな状況で、なにを取り除けばいいのか。
ことばにできないなにかは、絵を見た町長の心を満たしていった。

その方は口と全身とを使って描き続け、やがて動きを止めて王女を見た。
「これで終わりだ、よくやった。
よくついてこれたね。」
そういって、その方は両手を見た。
「これじゃ、撫でられないな。」
その方はそう言うと、王女に近づき、額にキスをした。
王女はびっくりして、次第に顔を赤くしていき、いまにもひが噴き出しそうになった。
その方は言った。
「わたしたちのすべきことはここまでだ。
あとはあの子たちが言い送った事をするまで、偽りの土台が揺り動かされるまで、少し待とうか。」
その方は窓の外に目をやり、目を細めた。

その6

羊は、絵描きの男性が描いた絵を見た。
すると、羊はなにかに満たされ、本に文字を書き始めた。
この町の昔ばなしと、絵描きの男性が描いたものをつなぎ合わせたもの。
これから何をすべきかを、解き明かしたものだった。
頭の理解よりも手が先に動き、口で語るよりも早くそれは書き起こされ、すべてを書き終えたあと、羊は本を閉じた。
そして、もう一度ひらいたとき、書かれた文字は光って浮かび上がり、少女と羊との前に躍り出た。
少女はそれを見て少し驚いたが、文章の意味を読み解き、うなずいた。
羊もすべきことを知り、立ち上がって本を手に取った。
絵描きの男性には、書かれていたものが何かはわからなかったが、興味を示したように見入っていた。
羊は男性に向かって、「めえ。」と鳴いた。
近くに、大きな工房かものをつくっている場所はありませんか、と聞いたのだ。
男性は、意図を汲み取って、少女と羊の先へ行き、二人を案内した。
それは、通りで商品を置かずに、文字のような図形のような、何かを記した看板を出していた店のところだった。
そこに立っていた人物は、いまはいなくなっていた。
男性は、その奥の扉へと二人を導いた。
奥には階段が地下へと深く続いていた。
道中灯りはなかったが、羊は花を取り出して、男性に渡した。
それは光を放って、あたりを照らし出した。

階段を降りると、金属を打ち叩く音が聞こえた。
三人は、その音の方へと足を進めた。
そこは大きな空洞となっていて、中では荷物がトロッコで運ばれ、それを削るもの、細かく造形するもの、窯で熱するもの、などがいた。
男性は言った。
「彼らは、もとは絵を描くものだったが、そんなものはつまらない、なんの儲けにもならないと、こうして石を打ち叩くようになってしまった。
彼らは自分たちが受けたものが、周りに影響を及ぼすことを軽んじ、自分たちの好きなことをするようになってしまった。
いまは、私だけが絵をかくものとして残ったが、あの汚れた水では、それを続けることすらままならなくなってしまう。」
そして男性は嘆いた。
羊は鼻を使って、周囲のにおいをかいだ。
そこは、いままで感じてきた鼻をつんざくようなものが満ちていて、ある場所から、それが強く伝わってきていた。
羊がそこを見ると、なにかの像が建てられていた。
羊はそれを見たとき、うすら寒い何かを感じた。
少女は羊を見て、その方向を見た。
そして、それがこの状況を作っているものだと感じた。
かつて、少女の生まれた場所が狂った原因に、近いものを感じたからである。
少女は男性にここにとどまっているようにと声をかけ、羊にすべきことを相談した。
羊はうなずき、その場から勢いよく飛び出していった。
羊は所かまわず手当たり次第にものをぶちまけ、ひっくり返して、壊していった。
人々はそれに気づき、羊を捕まえようと集まって来た。
羊は人々から逃げ回り、少女から遠く離れていくように、導いた。

少女は小さな声で祈った。
「どうか、あなたの義へと導く力がこの手に溢れ、なすべきことを果たさせてくださいますように。」
すると、手に持っていた鈴と、背負っていた杖とが光を放ち。
少女の両手を包んで、籠手となった。
それは、かつて熊の怪物を引き裂いたものであった。
少女は拳を握りしめ、一直線に像のところへと走り出した。
それに近づくと、像は光に照らされて、鈍く輝いていた。
少女は高く飛び上がると、それに思い切り拳を叩きつけ、打ち砕いた。
拳はそのまま地面にまで到達し、像は完全に破壊された。
地面は揺れ、大きな音が響いて、この中を満たした。
人々は像が砕かれたことに気付き、嘆いた。

その7

羊は、このさびのにおいの原因である、泉があるのを見た。
それは、ここで作業されているものを洗うために使われていて、汚れに満ちていた。
少女もそこに集い、ともに祈りをささげた。
「わがことばが成るならば、人の思いによって汚されたものを退け、あなたの生ける水の泉が据えられますように。
かつて、この地に蒔かれた種が、目を出して、一切のものを洗い流してくださるように。」
すると、羊の上に乗っている、花であり、本に文字を書き記す筆であるものが光を放ち、こぼれた輝きが、水面に落ちた。
すると、その水源の奥深くから、響きがあって、ここ一帯を揺らした。
羊たちはそれを見届け、そして叫んだ。
「いますぐここから離れなさい。
ここは崩され、人が出ることも入ることもできなくなってしまう。」
それを聞いた人々は我に返り、我先にと、出口へと向かった。
男性もそれを聞いて、一足先に地上に出た。

羊たちも外に出ると、その入ってきたところは崩れ去って、少し離れたところ、階段の奥のあたりから大きな木が生えてきた。
その木からは、水があふれ出て、あたりを満たした。
人々はそれを見て、昔聞いた話を思い出した。

わたしはもう一度語ろう。
そして、決して枯れることのない泉をあなたがたのうちに据える。
あなたがたはそれから水を飲み、もう以前のことは忘れ去ってしまうだろう。
古いものは押し流され、すべてが生きた新しいものとなるからだ。

外に出たその方と王女は、ちょうど地上へと出てきた羊たちを見つけ、声をかけた。
羊と少女はその方の元へと走っていって、そのふところに飛び込んだ。
その方は二人を抱きしめ、その頭を撫でた。
「よくやった、愛する子たちよ。」
二人はそれを聞いて、にっこりと笑った。

人々の邪悪な良心は、天から下った一粒の種の紡ぎだす水によって洗いきよめられた。
そして、おのおのなすべき道へと、立ち返っていった。

一晩立って、早朝、その町を出るために、みんなは車に乗り込んだ。
町長は何度も礼を言って、この地の産物である染料をその方に渡した。
その方は言った。
「ここに来る前に来た町の産物を与える。
あなたがたは、その町と交易し、ものを創り出しなさい。
あなたがたが次になすべきはそれである。」
町長は深く頭を下げ、その方の導く車を見送った。

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