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第14話 はじまりのいえと むぎばたけ

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その1

その方は袋を三つ取り出して、子どもたちに言った。
「あなたがたに、これをあげよう。
これからこれを増やしてきなさい。
近くには大きな町がある。そこへいまから行こう。
そこでなにをしてもいいから、これを増やしてみなさい。」
羊たちはその方から袋を受け取ると、中には麦が入っていた。
麦は金色に色づいていた。

三人はそれぞれ袋を身につけて車に乗り、宿を出発した。
次の町はすぐ近くにあり、商業が盛んな地であった。
古都の時代から続く町で、昔から様々な物や人が集まり、それぞれの道へと流れていく場所だった。

羊たちは、自分に与えられた袋を見つめた。
自分は、この麦の袋をどうやって増やすのか。

車は街道をとおり、次の町へと進んでいった。
道中、麦の畑が広がっていて、三人は、その景色を眺めていた。

自分に与えられたものを用いて、それを増やしなさい。

子たちは、袋を握り、どうすればいいかはわからなかったが、次にすべきことを掴んだ。

車が町へ入っていくと、すぐににぎやかな人の声が聞こえてきた。
三人は、外の様子を覗いた。
それは、今までよりも多くの人が、道を行き交い、
道端では、ものを売るものや、何かを話すもの、演奏するものなど、していることも様々だった。
その方は三人を車から降ろすと、言った。
「さあ、あなたがたは思うように動きなさい。
そして、その麦を増やしてみなさい。
そのためには、なにをしてみてもいい。
あなたがたが良いと思うことを、やってみなさい。
それは、あなたがたにかえってくることだから。
わたしはここでもすべきことがある。
しかし、いつまでもあなたがたとともにいる。
必要であれば呼びなさい。
わたしはあなたがたのそばにいるのだから。」
その方は車を引いて、町の奥へと行ってしまった。

その2

三人は、袋を見つめて、まずなにをすべきかを考えた。
その方は言った。
これを増やしなさい。
あなたに与えられたものを用いて、増やしなさい。
そのことばを頭に思い巡らし、子たちは同時に互いの顔を見た。
そして、互いの手を取り合った。
羊は、「めえ。」と言った。
少女は、笑って言った。
「私には、あなたがたが必要です。
一緒に行ってくれませんか?」
王女も、微笑み、頷いて言った。
「私も、同じことを考えていました。
自分に与えられたもの。
すべてを捨てて、家から飛び出してみれば、
とても素晴らしいものを与えられたんですもの。」
三人は、手をぎゅっと握って、まず、なにをするかを話し合った。
少女は言った。
「みんなは、どんなものをもらったの?」
羊は、「めえ。」と鳴いて、袋を開けて見せた。
王女も、開けて中が見えるようにして答えた。
「私はこの麦でした。
あなたはなんでした?」
少女は言った。
「私も、この麦。ってことは、みんな同じなのかな?」
少女は、それぞれの袋に入っている麦をじっと見つめた。
すると、「あ。」っと声をあげて少女は言った。
「この麦たち、それぞれ違うみたい。
羊ちゃんのは、よく育ち、すぐに増える、よく実を結びやすい品種。
王女ちゃんのは、変質しにくい、病気とか天気に強い品種。
私のは、なんだろ、また別の麦かな、なんにでも使えそうな麦みたい。」
少女は、心に与えられたことばを語りはじめ、それを終えてから口を押さえた。
自分でも思っていなかったことが、口から出ていたからである。
王女は?に手を当てて言った。
「ふぅむ、みなさん種類が違う麦なのね。」
羊は麦をじっと見つめていたが、観察しているだけで、なにかを考えてはいなかった。

羊の麦、とにかく増えることを考え紡がれた種。
それは、一粒蒔けば、数年で畑ができるほどに、すぐ成長し、穂につく実が多かった。
しかし、湿気に弱く、腐りやすいので、乾燥した地域に適したもの。
王女の麦、乾燥や湿気に強く、また熱帯から寒冷地まで、幅広く栽培可能。
育ちは遅いが、種を増やしやすく、また痩せた土や、本来麦に適さない地であっても、ある程度の実を結ぶ。
少女の麦、特筆すべきは成長過程ではなく、その実の利用の幅である。
パンだけでなく形状を変えて、また食物だけでなく発酵させれば、調味料などにも転用できる品種である。

その3

三人は町の中を歩き回り、人々や建物の様子を見ていった。
ここでなにができるのか、どうやってこれを増やせるのかを。
すると、麦やほかの穀物を扱う店を見つけた。
少女はその店に行って、中の人に声をかけた。
「すみません、麦を増やしたいのですが。」
中にいた人は、少女たちを見て言った。
「おやおや、かわいいお客さんがきたね。
麦を増やしたいといったね。
それは、土に植えて育てたいということかな?
どんな麦か見せてもらえるかな?」
少女たちは、それぞれの麦を店の人に見せた。
店の人は目をまんまるくして、言った。
「これは、見たことがない品種ばかりだね。
どこか遠くから持ってきた麦なのかな。
あんまりもってないみたいだから、鉢に植えて畑の端にでも置いてみるのはどうかな。
小さいものしかないけど、鉢なら奥にあるから。
そこに、近くの畑の土を入れて、置いておけばいいよ。」
店の人は、鉢を三つ運んで、三人を畑の方へ連れて行った。
そして、畑の土を鉢に敷いて、麦を数粒鉢へと植えた。
少女は言った。
「井戸は近くにありますか?」
店の人は言った。
「井戸なら、この畑の道を少し行ったところにあるよ。
歩けばすぐに見えてくるところにある。」
少女は店の人にお礼を言った。
三人はお辞儀をし、店の人に別れを告げて、水を汲みに井戸へと歩いていった。
三人は井戸のところへ来ると、水を汲むものがないことに気付いた。
羊は、「めえ。」といって、二人を見た。
自分が入って、水を毛に含ませて、行けばいいのではないか、という意思を伝えようとした。
少女はそれを見て、自分の持っている杖を用いて、何かできないかと思った。
羊は、「めえめえ。」といったが、王女は羊を撫でて言った。
「それだと、何往復もしないといけないし、日が暮れてしまいますよ。」
羊は、下を向いてしまったが、少女が何かを思いついたように、声を上げると、すぐに羊も顔を上げた。
少女は言った。
「昔の人は、水がない時に、岩を叩いて水を出したって話あったよね。
それを、ここでもやってみよう。」
王女と羊は首をかしげたが、少女は、まあついてきて、と二人の手を引き、麦を植えた鉢へと連れて行った。

少女は二人と手をつなぎ、鉢の前で祈っていった。
「どうぞ、すべての恵みをくださるあなたが、いまここに必要を注いでくださいますように。
あなたの生ける水が、この地を潤し、われわれが生きながらえることができますように。
どうぞ、私のいのちを救い、私の子たちのいのちをも救ってくださいますように。」
そうして、少女は杖をもって鉢を小突いた。
すると、どこからともなく、鉢いっぱいに水が溢れ、それが畑にも流れ出していった。
三つの鉢は水で潤され、畑の作物も、その水に潤されていった。
王女と羊は、びっくりして、その光景を見つめていたが、
少女は満足そうに、にこにこしながら、畑を見ていた。

その4

少女たちは町の中へと戻り、再び何をするかを相談しながらあたりを見て回った。
しばらくして、少女たちは、この町に来てから何も食べていないことに気付いた。
王女はおなかをさすった。
少女もおなかの音が鳴り、頬をかいた。
羊はあたりを見回して、なにかないかを探すために香りを嗅いだ。
すると、心にその方の声を聞いた。
「あなたがたはまっすぐ行きなさい。
そこで、わたしの用意しているものがあるから。」
羊はこくりとうなずき、少女たちに向かって、「めえ。」と鳴いた。
少女と王女は羊を見て、その意図を汲み、羊のあとについて行った。

まっすぐに行くと、一つの家があった。
店ではないようだったが、中から甘い香りを感じ、羊は扉の方へ向かった。
しかし、羊には、扉のとってに手が届かず、少女の方を見た。
少女は扉をノックして、「ごめんください。」と言った。
すると、中から、「どうぞ。」という声が聞こえたので、少女は扉を開け、中へと入った。
「すみません、ここに来るように、ある人から言われたのですが。」
少女は中へと話すと、そこには、一人の女性がいた。
少し白髪の混じった頭に、ゆったりとした衣を羽織ったその人は、少女たちを見ると、笑顔で言った。
「あらあら、かわいいお客さんが来たもんだね。
さあ、中へお上がりなさい。
いまお茶を出しますからね。」
女性は立って奥へと行ってしまった。
羊たちは中へと入ると、部屋を見た。
中はきちんと整理されていて、本棚には書物がぎっしりと詰まっていた。
机の上には、瓶があって、中は金色に輝く何かが入っていた。
羊は机の方に行くと、顔を机の上に乗せ、その瓶をじっと見つめた。
少しして、奥から女性が出てきた。
手には3つのコップが乗った盆があり、パンのような何かも乗せられてあった。

少女たちは席に着くと、感謝のことばを述べて、お茶をいただいた。
そして、女性にいましていること、麦を増やすことをある人から言われていることを告げた。
そして、どうすればいいか、もし知っていれば教えてほしいと言った。
女性は言った。
「そうだねえ、私も知識ばかり集めて、それを何かに用いることをしなかったから……。
麦の増やし方ねぇ……。」
女性は首を傾け、自分の頭の中を思いめぐらせていた。

羊はお茶の間も、ずっと机の上に乗っている瓶を見つめていた。
王女はそれに気づいて、羊に言った。
「この瓶が気になるのですか?」
羊は、「めえ。」と答えて、じっと瓶を見つめた。
女性はそのやりとりを見て言った。
「これは、はちみつだよ。
けど、普通に出回っているはちみつとは違ってね。
たまに、この町に来た旅の方が、置いていってくれるんだよ。
これでも食べて元気を出しなさいってことかね。」
女性は笑った。

羊はそれを聞いて、本を開き、筆を執って、紙に文字を刻み始めた。

その5

旅人は、地に種を蒔きに、旅に出た。
その種は、様々な場所に蒔かれ、その土地に応じて、季節ごとに作物を実らせた。
それは、蒔いたものが育てたのではなく、
この地をつくられた方が、その種に目を注いで、これをあわれみ、いつくしんで恵みを注いだからである。
種は、山の上にも、谷の底にも蒔かれた。
日の光が激しく、焼けつくような大地にも、光の当たらぬ、氷に覆われた地にも蒔かれた。
それは、人の寄り付かぬ森の奥にも、獣も住まぬ洞窟の奥にも、蒔かれた。
地は、その種を受け取ると、喜んで受け入れた。
それは、その地に応じて、受け取り方は違ったが、しっかりと、種を抱き、天から下される恵みを待ち望んだ。
それに心を注ぐ方は、それを見て微笑み、喜んで恵みと祝福とを注いだ。
地は生ける水を注がれ、潤され、種を育むに十分な恵みを得た。
時が流れ、旅人は種を蒔いた地を巡って、作物が実っているのを見た。
それは豊かに穂の中に実をつけて、身をかがめていた。
旅人は、まぶしそうに目を細めてそれらを見、従者に命じて、それらを刈り取っていった。
一つだけ、地に蒔かれなかったものがあった。
それは、家の中、人知れず暮らしている人のところへと蒔かれた。
そこに住んでいた人は、身よりもなく、町の人々からも忘れ去られていたが、
種に目を注ぐ方が、旅人を導いて、地から名を消されかけていた人の元へ、一粒の種を蒔いた。
その種は、土がないために、長い間種のままであったが、
種を育て養う方は、旅人に、地に植えられていない種を養うために、特別な蜜をこしらえ、送り届けていた。
忘れ去られていた人は、そのことを知らず、ただ、恵みだけを受けて生き延びていた。
この甘いものは何なのだろうか、この宝のように尊いものは、何なのだろうか。
その人は、何も知らずに、ただ、恵みの味だけを知っていた。
ある日、その家の扉が叩かれるまでは。

羊は書き終えると、満足そうに、「めえ。」と鳴いた。
少女たちは本を覗き込もうとするが、
羊はすぐに本を閉じて、また開いた。
すると、本から光る文字が飛び出し、少女たちは驚いてそれを見上げた。
少女たちは、それを見たとき、書かれていることやその光景がすぐに心に流れ込んできた。
飛び出した文字たちは、風を起こし、少女たちの持っている袋の中の麦を少しずつ外に取り出した。
また、文字たちは机の上の瓶を開けて、麦をその中へ入れてしまった。
麦は金色に輝く液体の中へと沈んでいったが、それを見てみると、すぐに殻を破り、芽を出そうとしているのを見た。
少女は女性に言った。
「この瓶を日の当たる場所に移してもいいでしょうか?」
女性は、いままでの光景に茫然としていたが、少女のことばを聞いて我に返った。
「ああ、大丈夫だよ。」
女性は、そのまま何かを考え込んでいた。
少女は瓶を外に出し、日の良く当たるところへと置いた。
麦は根を出し、芽を伸ばして瓶から顔を出した。
少女はそれを見ていたいと思ったが、王女が言った。
「この麦たちは、これで大丈夫でしょうね。
まだ麦が残っていますから、これも増やしに行きましょう。」
少女は、そのことばにうなずき、羊を連れ出して、次のところへと向かった。

日の当たらなかったところに蒔かれた種は、芽を出して言った。
私を蒔いた方、私を殻から出してくださった方はほむべきかな。

その6

羊たちは、歌いながら町の中を歩いていた。

「麦をあつめよ、父の御倉に。
すべての麦はこうべを垂れる。
その中の良いものを、われらの父に捧げよ。」

彼らは麦が歌うように、父を賛美していた。
その声は町中に響き渡り、人々の心を揺らしていった。

しばらく歩くと、目の前に幼い子がバケツを持って水を運んでいるのを見た。
その子は重そうに、必死でバケツを運んでいた。
少女たちはそれに気づき、急いで近づいて言った。
「重そうね、私も手伝うよ。」
少女はバケツを持ちあげ、王女はその子を抱き上げて羊の上に乗せた。
幼い子はびっくりしていたが、羊のもふもふにすぐに安堵した。

少女たちは、幼い子の導くままにバケツを運び、目的の場所へ向かう間、話をした。
少女は言った。
「あなたはこんなに重いのを、毎日運んでいるの?」
幼い子は答えた。
「私しか、働く人がいないから。
みんな困っちゃう。」
少女は言った。
「そっか。」
そして、口を閉じて、幼い子を見つめた。
王女はその子の頭を撫でて言った。
「頑張るわね、でも、無理しちゃだめですよ。」

すると、幼い子は言った。
「無理なんかしてないもん。」
と、頬をふくらませた。
王女はその顔を見つめ、にこにこしながら、ふくらんだ頬をつついた。
幼い子は、「ぷー。」と言って、顔をそらしたが、そのおなかからは、ぐー、と音が鳴った。
王女はそれを見て、
「おなかがすいてるのね。
んー、何かいいものはー……。」
と言って、町の中を見回した。
幼い子は、おなかに手を置いて、うつむいた。

その7

王女は幼い子に言った。
「あなたにいいことを教えてあげましょう。
あなたが全部を頑張ろうとしなくても、あなたが生きることができることを、今からみせてあげます。
まず初めに、なにか食べましょうか。」
王女は近くにパン屋があるのを見て、そこに入っていった。
少女たちもその店の前まで来て、中の様子をうかがった。
王女は店の人と話をしていた。
「パンを4つほどいただけませんか?」
店の人は答えた。
「いまちょうど焼きあがったところだよ。
パンの値段はそこの板に書いてあるから、パンを取ってくるまでに準備しておいてね。」
店の人は奥へと行こうとしたが、王女は呼び止めて言った。
「あなた、ここに王都からときどき来る騎士団の人をご存知ですか?」
店の人は言った。
「ああ、知ってるよ。
この町にはよく来るみたいで、ここにはいろんなものが流れてくるから、よいものを見せたら召し出して、王宮でつかえさせてくれることもあるらしいね。」
王女は言った。
「あなたは、この町から出て、王都で働いてみるつもりはありませんか?
近々騎士団の巡検士が来るらしいのです。
でも、最近のこの地域の天気を考えると、麦の質が落ちてるかもしれません。
ですが、私はよい麦を仕入れる伝手を知っています。
その麦は、この地域では珍しいもので、パンにすると格別です。
もしよろしければ、その麦をあとでお渡しするので、パンを譲っていただけませんか?」
店の人は顔をしかめて言った。
どうしてその話を私にするんだい?
王女は答えた。
「いえ、最近王宮のパンの味が落ちたという噂を聞きまして。
外から新しく誰かを雇いたいと思っているらしく。
この町を巡ってみましたが、この店は立地は悪いはずですのに、先ほどは列ができていました。
ここ以外にも食事を提供する店はありましたが、この場所ほど人はいませんでした。
他にも理由はありますが、一番はあなたにはこの話が必要だと思ったからです。
……なんとなくですが。」
店の人は王女を見つめた。
王女も店の人の目を見た。
しばらく両者無言であったが、
店の人が口を開いた。
「その話、おもしろそうだね。
よし、パンは持っていきな。
その話が本当なら、麦の分だけパンを持って行ってもいいよ。
あなたが何者かは知らないけれど、その目、よく知っているからね。
パン、すぐに取ってくる。」
店の人は一度奥へと入っていった。

再び店の人が姿を現すと、かごいっぱいにパンを乗せて持ってきた。
王女は少し驚いて言った。
「こんなにいいのですか?」
店の人は言った。
これは前祝いだ。
「あなた、その髪飾りをしているってことは、その手の方ってことだろう?」
王女は、はっとして頭にある髪飾りを抑えたが、店の人は笑っていった。
「おもしろいね、あなた。
パンが必要ならいつでもおいで、焼きたてを用意して待ってるから。」
店の人は王女にパンが山盛り乗ったかごを手渡すと、扉を開けて、店の外まで導いた。

王女はパンのかごをもって、幼い子の向かう道を歩きながら言った。
「店の中でも、その方にいただいた衣は脱いではいけませんね……。
私のことを知っている人に見つかったら、すぐに捕らえられてしまいますから。」
王女は幼い子の方を見て言った。
「あなたは、明日からあの店に行って、パンを貰いなさい。
私のことを言えば、いただけるでしょうから。」
そして、かごからパンを一つ取り出して、幼い子に手渡した。
「ほら、これを召し上がれ。」
幼い子はパンを受け取ると、一口かじった。
すると、目から涙をこぼし、パンを口いっぱいにほおばった。
幼い子は、泣きながら、「おいしいよぉ。」と言ってパンを食べた。
王女はそれを見て目を細め、慈愛の目で幼い子を見つめた。

その8

幼い子の家は、町の外に近いところにあった。
買い物をするにも、水を汲むにも、小さな体では遠い道のりで、それを毎日生きるために続けていた。
父親はもうこの世にはおらず、母親も病で床に就いていた。
幼い子には身寄りはなく、たまに一人の男性が家を訪れては、母の様子をうかがう程度であった。
幼い子にとっては、生きるのもつらいことであったが、父親が生きていたころ、こう言い聞かされていた。
「なにがあっても生きるんだよ、死んではいけない。
そうすれば、いつか実を結ぶから。
生きた分だけ、たくさんの実を結ぶから、その枝を取ってはいけないよ。
必ず雨は降る。あなたをここに送ってくださった方が、あなたの必要に目を止めて、助け手を送ってくれるから。」
幼い子は、そのことばを掴んで、ただそれだけのために生きていた。

幼い子の家に着くと、少女はその家を見上げた。
そして、みんなに言った。
「待って、まだ入らないで。」
少女は水の入ったバケツを置くと、鈴を取り出して言った。
「起きよ、わが民よ、わたしの子よ、目覚めよ。
あなたの光が昇って、真昼となったのだ。
いま、その身を起こして、光を浴びなさい。」
少女は杖を持ち上げて言った。
「汚れたもの、わたしの民を縛るものよ、わたしが命じる、いますぐ退け。
いま、わたしの剣でおまえを切り刻む、もう二度と、このものたちを迷わせることの無いように。」
少女は家の扉を勢いよく開いて言った。
「この家に平安があるように。」
そして、部屋の奥で横になっている人のところへと行き、その人に言った。
「起きなさい、朝が来ましたから。」
少女はその人の手を取って、持ち上げた。
すると、その人は起き上がって、少女たちを見つめた。
幼い子はその様子を見て驚き、顔は次第に喜びとも悲しみともとれるような、しわくちゃな表情になり、その人のところへと駆けていった。
幼い子は、その人を抱きしめて言った。
「ママー。やっと起きた、やっと起きれた、ママー、ママー。」
幼い子の母親は、抱き着く我が子を包むように手をのばし、ともに泣き始めた。
「うん、ママ、やっと起きれたよ。ごめんね、ありがとね、いつも頑張ってくれて。」
これからはママも頑張れるから。
二人は固く結びついた。

王女は言った。
「この家には、畑はありますか?」
幼い子の母は答えた。
「昔はありましたが、この子の父、私の夫が亡くなってからは。
私も病で床に伏せていたので、いまはどうなっているかわかりません。」
王女は言った。
「それを見せてくださいませんか。」
幼い子の母は答えた。
「わかりました、ついてきてください。」
幼い子の母は、王女たちを連れて、家を出、畑へとつれていった。

その9

「ここです。」
幼い子の母は、あるところで立ち止まると、指をさして言った。
羊たちがそこを見てみると、草が伸び放題の荒地だった。
少女は、ちらりと羊を見たが、羊はそれに気付き、首を横に振った。
王女は畑だったところを見て言った。
「一晩私にお貸しいただけませんか?
その分の代金はお支払いいたします。」
幼い子の母は答えた。
「かまいませんが、代金は入りません。この地は、私が思ったよりも荒れてしまって、もう手がつけられませんから。
こうなれば、誰かにゆずる他はありません。
もしよろしければ、あなたがもらってくださいませんか?」
幼い子の母は、王女を見た。
王女はその子の母のひとみを見つめ、こくりと頷いた。
「わかりました。この畑をゆずり受けましょう。」
そして、羊や少女、幼い子を見て言った。
「あなたがたは、私がこの畑を譲り受けたことの証人です。」

「さて、私も私のすべきことを果たしましょう。」
王女は畑に近づくと、すぅっと息を吸い込み、大声を上げた。
「退きなさい。」
その声は、遠くまで響き、地を揺るがすように、目に見える先にまで届いた。
すると、畑だったところ一面に生え、これを覆っていた草の色が変わり、形が崩れていった。
それらは、身を引くように、ずるずると小さくなっていった。
少女たちの背丈をゆうに超えていた草は、見る影もなくなってしまった。
幼い子とその母はそれを見て驚き、呆れて口を開けて立ち尽くした。
王女は畑の土が姿を現したのを見て言った。
さあ、これからが本番です。
王女は腕まくりをして、勝気な笑みを浮かべた。

王女は畑に降りて、地を撫でた。
土は長年手入れをされていなかったため、固くなっており、種を蒔いても日に焼けてしまう。
王女は言った。
「長い間何もしてあげられなくて、ごめんなさい。
でも、これからは大丈夫。あなたを管理する人があらわれるわ。」

その10

「おーい。」
遠くから声がして、少女たちは振り返った。
声の主を見ると、それは、鉢植えをくれた店の人だった。
その人はこちらへと走ってきて、言った。
「奥さん、体よくなったんですね、よかった……。」
店の人は幼い子の母の手を握っていった。
「ええ、この子たちが家に来てくれて、起こしてもらったんです。」
店の人は、羊たちを見て、少し驚いた顔をして言った。
「君たちだったのか。
この度は、なんとお礼を言っていいのか。
この人は、旦那さんが亡くなってから、すぐに倒れてしまって。
私も店があるから、看病することもできず。
娘さんにも苦労をかけてしまって……。」
幼い子は言った。
「私はだいじょぶだよ!
それに、もうパンの心配もしなくていいように、お姉ちゃんたちが頑張ってくれたんだ。」
幼い子の母と店の人は顔を見合わせたが、幼い子が拙いながらも、詳細な話を二人に聞かせた。
二人は再び驚いた顔をして、王女たちに頭を下げた。
「ここまでしていただいて、どういっていいのかわかりません。」
王女は言った。
「大丈夫ですよ、当然のことをしたまでです。
さて、本題に入りたいのですが、よろしいでしょうか?
この畑は、先ほど私がお母さまからゆずりうけ、今は私の畑となっています。
そこであなたにご相談なのですが。
この畑をあなたにお貸しいたします。
すでに蒔くものは用意してありますから。
この地を耕し、管理していただけませんか?
この畑で結ばれた実の一部は、お世話になるパン屋さんに卸してください。
その約束はすでにしてありますから、季節ごとに実の割合に応じて納めていただければ結構です。」
店の人は言った。
「しかし、私には店がありますし、この畑まで管理することはできません。」
王女は答えた。
「いえ、心配には及びません。
あの店は、この子のお母さまが見てくださいます。」
王女は、幼い子の母を見た。
幼い子の母は、えっ、と驚き、口を開こうとしたが。
王女がそれを制して言った。
「あなたは身寄りのないものとして、もっと他を頼るべきです。
そして、自分の気持ちに正直になるべきです。
あなたは、この方を慕ってらっしゃるのでしょう?
ならば、この方のために、仕えてあげなさい。」
王女は店の人に向いて言った。
「あなたはどうしますか?」
店の人は幼い子の母を見た。
彼女はそれに気づくと、頬を赤らめ目をそらした。
店の人は王女を見た。
「わかりました、この畑を耕しましょう。
いま道具を取ってきますから。」
そう言って、店の人は町の方へと戻っていった。

幼い子の母は、王女に言った。
「あなたは、おもしろい方ですね。
突然やってきては、私たちの進むべき道を決めてしまって。
飢えから救い出してしまった。」
王女は答えた。
「何を言っているんですか。
これからは、あなたも働かなくてはなりません。
いつまでも寝込んでいる場合ではなく、いま、起きる時が来ただけです。
それに、あの方があなたにアプローチしているのに、あなたは何にもおっしゃいませんもの。
もっと、内にある井戸の水を汲みだしてみるべきです。
そうしなければ、その水は腐ってしまいますわよ?」

王女は羊と少女を連れて畑のすぐそばまできた。
王女は二人に言った。
「一緒に祈ってくださいませんか?」
二人はこくりとうなずき、手をつないで目を瞑った。
王女は言った。
「どうぞ、この地にあなたの恵みを得させてください。
ここはあなたが与えてくださった地、あなたの測り綱は良いところへと落ちました。
私はこれに、あなたがくださる種を蒔きます。
この場所を、あなたの力で、実の結ぶようにしてください。
どうぞ、あなたの光で満たしてください。」
畑は、表面は何も起こらないように見えたが、その方は笑みを浮かべ、その御手を働かせられた。

その11

しばらくすると、店の人は戻ってきた。
手には畑道具を持っていた。
店の人は言った。
「店を閉めるのに時間がかかってしまいました。」
店の人の額には汗だらけで、呼吸も荒く、急いできたことは一目瞭然だった。
王女は言った。
「お急ぎにならなくても、まだ日は長いです。
あなたの手であれば、日が落ちるまでには、この畑に種を蒔くことはできるでしょう。」
店の人は言った。
「こんなに広い畑を、一日で耕すのは無理でしょう。
数日、数週間かけないと、使い物にはなりません。」
王女は答えた。
「どうするかは、お任せしますが、まずはやってみてください。」
すると、幼い子の母は店の人に近づいて、顔や首元の汗をぬぐって言った。
「少しお休みになられた方がよろしいのではないですか。
この方々が、パンをくださいましたし。
それで、お昼にでもしましょう。」
幼い子は、店の人に、パンが山盛り乗ったかごを見せて言った。
「これ、お姉ちゃんがくれたんだー。」
幼い子は満面の笑みで、かごを抱きしめた。

一同は畑の隅に座ると、パンを取り、食事の宣言をして食べ始めた。
パンを割くと、少し時間が経っていたにもかかわらず、よい香りが漂い、味もしっかりとしていて、おいしかった。
王女は言った。
「見込みどおり、おいしいですね。」
少女も、頬に手を当てて言った。
「おいしい、何個でも食べられちゃうね。」
羊も、「めえ。」と鳴いて、口いっぱいにほおばっていた。

食事が終わると、店の人は立ち上がり、手にクワを持って、畑に入っていった。
すると、表面は固そうな地であったが、踏んでみるとふかふかとしていることに気付いた。
試しに土にクワを入れてみると、まるで先ほど食べたパンのようで、簡単に土を耕すことができた。
店の人は目をまるくして王女たちを見たが、王女は笑うだけで何も答えず、見ているだけであった。
店の人は幼い子とその母に応援され、畑を耕すことに精を出し。
王女が言った通り、日没までに、畑のほとんどを耕し終えた。
王女たちは畑が耕された端から、それぞれがもらった袋から麦を取り出し、畑に蒔いていった。
土はそれを受け取ると、ようやく求めていたものが手に入ったかのように、内に包んでいった。

そして日が暮れ、あたりが暗くなったころ、畑のすべてに麦を蒔き終え、みんなは帰路に着いた。
帰り道、少女が杖と鈴を用いてランプを用意して先導した。
また、それぞれの手には、羊の花があり、道の端まで照らされていた。
王女は言った。
「明日が楽しみですね。」
店の人と、幼い子の母は首をかしげたが、
少女と羊はにこにこと笑って、うなずいた。
彼らは知っていた。
今頃は、その方が畑地に水を満たし、これを育ててくださり、収穫を早めてくださっていることを。

その夜は、幼い子の家に、三人は泊めてもらった。
三人は幼い子とその母に、いままでの町の話を聞かせ、楽しませた。
また、いつもともにいてくださる、その方のことを話し、いましていることの話をも聞かせた。
幼い子は喜び踊って、母は泣いていた。

「悪いことが注がれ続けることはなく、必ず恵みを施されるときがくる。
あなたはその時まで耐え忍びました。」
王女は幼い子の母に言った。
彼女はそれを聞くと、少しうつむいて、目を瞑り、答えた。
「いえ、いつもともにいる人々が支えてくださいました。
また、いつもともにいてくださった方が私を支えてくださっていました。
だから、私のたましいはよみには下らず、こうしてあなたの前に恵みを得ることができたのです。
あなたに恵みの種を託した方は、すばらしい方ですね。」
王女は言った。
「ええ、私の慕う方ですから。」

その12

翌朝早く、みんなは目を覚ました。
朝日はいつもより強く家の中に差し込み、一同の顔を照らして起こした。
羊は遠くで鈴の音が鳴るのを聞いた。
羊は部屋を見回し、少女がいるのを確認し、窓に近づいて外を見た。
すると、この家に車が近づいてくるのが見えた。
その方の乗る車だった。
その方は家の前に車を止めると、家をノックした。
中にいたものが扉を開けると、その方は言った。
「さあ、あなたがたが蒔いた種、あなたがたが植えた麦を刈り取りに行こう。
そのための準備はもうしている。
あなたがたが何をしたのか、わたしに見せてもらいたい。」

その方は少女たちを車に乗せ、また、幼い子やその母も車に導き、自身も車に乗り込んだ。
そして、まず、王女が蒔いた畑、最後にいた地に向かった。
その畑に着くと、もうすでに麦が穂をつけていて、実はしっかりと色づいていた。
そして、畑には何人かの人が刈り入れをしていた。
王女は、その方に言った。
「この人たちはどなたですか。」
その方は答えた。
「実を刈り入れるものたち、わたしの遣わしたものたちだ。
だから安心しなさい。」
その方は車から大きな袋を取り出し、畑で働く人に言った。
「この袋に刈り入れた麦を入れなさい。」
畑で働いていた人々は、積んでいた穂から麦の実を取り分けて、その方の用意した袋いっぱいに、麦の種類にしたがって入れた。
そして、袋はそれぞれいっぱいになったところで、積んでいた麦の穂はなくなった。
その方は言った。
「この畑の収穫は多く、麦の質もよい。
よくやった、愛する子たちよ。」
その方は三人の頭を撫でた。
すると、幼い子も自分の頭を差し出したので、その方は微笑んでその頭も撫でた。

麦の入った大袋を車に積み終えると、その方はみんなを車に乗せ、次のところへと向かった。
向かった先は、パン屋であった。
その方は店の前で車を止めると、店の扉をノックした。
パン屋の店の人は眉を寄せて扉を開き、その方に言った。
「まだ店は開いていませんよ。」
その方は言った。」
「あなたに約束したものを届けに来ました。
パン屋は首をかしげたが、王女が車から降りて来て、その手に麦の入った袋を持っているのを見て、うなずいた。
パン屋は言った。
「もう麦を持ってきてくれたのかい、どんな麦か少し見せてもらうね。」
パン屋は袋から麦を取り出し、近くで見つめたり、香りをかいだりした。
そして言った。
「なるほど、確かにこの地域では見たことのない品種だ。
どこでとれたんだい?」
王女は幼い子を車から連れて来て言った。
この子の畑で取れました。
パン屋は目を丸くしていった。
「この子は、この町の住人だろう。
それなら、この麦はどうやって育てたんだ。」
その方は言った。
「これからは、この子の家のものが麦を届けに来ます。
ですから、あなたもわたしの子に約束したように、この子にあなたの持っているものを施してやってください。」
パン屋はうなずいて言った。
「約束のものがこうして手に入ったんだ、私も必ず守るよ。
ちょうどいま焼いているところだから、もう少し待ってて。」
そういってパン屋は店に戻り、少ししてから、袋を持って出てきた。
「ほら、これを持っていきな。」
袋の中は焼きたてのパンが詰まっていた。

その13

その方は、みんなを車に乗せ、次のところへと向かった。
そこは、人通りの少ない道の端にある、一軒の家だった。
その家の戸を叩くものもなく、ただ、中にいるものは、時が過ぎるのを願って日々を送っていたが、
今日は少し違っていた。
その方は車から降りると、少女たちを連れてその家の扉をたたいた。
すると、中から音はするものの、急いでいるのか慌てているのか、こちらに気付く様子はなかった。
少女は家の扉を開けて中を覗いてみると、年を重ねた女性、蜜を持っていた人が部屋中を行き来していた。
その手には麦の穂があって、部屋中に、いたるところから麦が生えていた。
その方はそれを見て少し驚かれた。

少女たちは部屋に入ると、中にいた女性とともに麦を集め、それを外に積み上げた。
麦は、テーブルにあった蜜の瓶からだけでなく、本棚の本一冊一冊からも伸びていて、穂の葉には、文字らしきものが刻まれていた。
ひととおり麦を集め、部屋の中を片付けたところで、女性はその方に気付いて言った。
「あら、いつも蜜を届けてくださる方じゃない。
ここにきていたのね。
あなたがくれた蜜の入れ物に、この子たちが麦を蒔いて、今日起きてみたらこのようになっていたのよ。」
その方は微笑んで言った。
「これが、あなたが積み上げたものの実なのですよ。
あなたがため込んだ知識は、水のようなもので、ためるだけでとどめておけば、それは腐ってしまう。
水は流し、注いで撒けば、こうして多くの実を結ぶことができるのです。
あなたは、自身に種を蒔かれることを拒まず時が来た時に、それを受け入れました。
だから、わたしもその芽を出させ、実を結ぶまで導いたのです。
あなたはこの実を味わって食べなさい。
地の水だけでなく、その産物をあなたの口に入れて、しっかりと噛みしめなさい。
父があなたに賜ったのは、知恵知識だけではなく、それを行い喜びの中で生きていくことなのですから。」

少女たちは、車の中から袋を取り出して、先ほど畑で働いていた人々がしていたように、
自分たちで穂から麦を取り出し、それぞれの種類にしたがって、袋に詰めていった。
そして、すべての穂から麦を取ると、袋がいっぱいになった。

その14

その方は車に乗り、みんなも乗ったことを確認すると、車を出して、次のところへと向かった。
それは、羊たちに鉢植えをくれた人、その店のところだった。
車は店の前に止まると、その方たちは車を降りて、店の方を見た。
しかし、人のいないのを見て、その方は羊たちを連れて、裏にある畑の方へと向かった。
すると、そこには店の人がひとり、麦を集めているのを見た。
畑は、麦だけでなく、ほかの作物もよい色をしていて、収穫の時が来ていることを物語っていた。
その方は店の人に声をかけた。
「店の方。」
店の人は振り向いてその方を見た。
その方は言った。
「わたしたちも手伝います、どれから手をつければよろしいですか。」
店の人は答えた。
「助かります、一人ではとてもやり切れる量ではなくなっていましたから。
いい具合に色のついているものを片っ端から摘んでいってください。」

その方は車の方を見て声をかけた。
すると、子どもたちが出てきて、畑の作物を摘み、袋やかごに入れていった。
店の人は羊たちに気付き、言った。
「君たちも来ていたんだね。
君たちの蒔いた麦が畑の方にも来ていて、もう実が成ってしまっているよ。
畑の作物までも、実が成り、熟していて食べごろになってしまっていて、
とても麦まで集められそうになかったよ。」
子どもたちと畑の作物を集めていき、日が真上に上るころには、すべて集め終わった。

その方は店の人に言った。
「あなたが昨日耕した畑も、もう色づいていて、麦を収穫しました。
この量であれば、何年かは家族を養っていけるでしょう。
あなたはこれから家族と住むために家を建てなさい。
あなたは、その家の長として、家族を守ってやりなさい。」
店の人は答えた。
「私には家族はおりません。」
その方は言った。
「なにを言っているのですか。
あなたはわかっているはずです。
あなたが結び付けられようとしている人、その人を迎え入れなさい。
この畑に収穫の時期が来たように、あなたに用意されたものも刈り入れなさい。」
店の人は少し沈黙した後、口を開いた。
「わかりました。
私は私の心に決めた人がいます。
その人を迎えるために、今日から一つの家を建て始めます。」
その方は言った。
「あなたがそれを決めたのなら、その備えも必ず与えられると信じなさい。
父が家を建てるのでなければ、建てるものの手のわざはむなしくなる。
しかし、父はあなたのために家を用意されているのです。
あなたは大胆に行動しなさい。」

その15

その方は、子たちが地に植えたものを収穫され、地に植えたものを堅く建てて後。
麦を車に積んで、町を出た。
その行先は、その日泊まるところ、子どもたちが一夜安息する場所であった。
それは、小高い丘の上にある、一軒の家で、そこにはいまは誰もおらず、その方が旅の途中に泊まるために利用しているだけであった。
その方は言った。
「この麦たちを、いまから料理しよう。
あなたがたに与えて、実を結んだものたちを、子どもたちのために、食物としよう。
あなたがたが結んだ、香しい実を、最後に試してみよう。」
子どもたちも、自分たちの紡いだものの果実を、仕上げることに喜び、その方が導くままに、料理を始めた。
あるものは練って、あるものはこねて成形し、あるものは発酵させるために、選り分けた。
その家の中は、はじまりのいえ、あの木の家の中のように、外の時間の流れと異なっており、その方がいる間は、一日が千年のようで、千年が一日のようであったが、
子どもたちは自分たちがしていることに夢中で、外の様子など、目に入らなかった。

その方は、今までいた場所が変わらぬように、自分たちがこの家の中にいる間、時の流れるのをとどめられた。
昼は昼に語り告げ、夜は夜に示して知らせるように、夕にあったことを、大空は語り続けていた。

その方は言った。
「あなたがたが結んだ実は、わたしが結ぶに至らせ、こうしてともに味わうことができるように導いた。
だから、わたしのこの喜びを、ともに喜ぼう。」

その方は、子たちの実を、子たちとともに料理し、すべての料理が完成するころには、大きなテーブルの上に、乗りきらないほどに、食卓が彩られた。
その方は子たちを食事の席に導き、ご自身も席について、食事の宣言をされた。
「さあ、あなたがたがつくり上げたわたしの実を、いま味わおう。
これからすべきこと、この先に成すべきことのために、力をつけよう。」

その方は、小麦の種類によって、料理を作られた。
パンやパスタ、調味料やリゾットなど。
それぞれ、子たちの性質に合わせて、子たちに与えた麦に合わせて。
その味や栄養を引き出したレシピで、子たちとともに料理した。

また、いま食事をするものだけではなく、長期保存できるものも造り、その方はそれを壺の中におさめた。

子どもたちは、目の前にならんだ、自分たちの実を口に運んだ。
子どもたちは意識していなかったが、
初めに口にしたのは、それぞれ(が)その方からもらった麦で作った料理だった。
子どもたちは、料理の味を知ったとき、自分たちの実の豊かなことを知った。
これまで食べていた料理とは違い、自分たちで蒔いたもの、天から降るパンのように、そのものを与えられたのではなく、自分たちをとおして結ばれた、その方の実の味は、
何物にも得難い深い喜びを感じた。

その方は言った。
「しっかりと味わいなさい。
あなたがたの労苦が、実を結んだのだから。」

食事の時間は、いつもよりもゆっくりとしたものだった。
与えられたものを夢中で食べるのではなく。
得たものを深く落とし込むように、大切に自分の身の内にしまうように。
三人は食べた。

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