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第7話 はじまりのいえのあらたなみち

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その1

羊と少女は菓子パンを取り出した。
それは老父からもらったもので、取っておいたものだった。
その方は言われた。
「食べなさい。それはあの老父があなたがたのために送ったものなのだから。」
二人は菓子パンをかじった。
火に焼かれたのか、外側はカリっとしていて、中はふんわり、ちょうどいい焼き加減になっていた。

それを食べ終わってすぐ、羊は焼き菓子の入った袋を持っていたことに気づいた。
その中には、その方が飴のようなものを乗せた生地を焼いたものが入っていた。
取り出してみると、ちょうど七つ入っていて、それぞれの色、花につけた色が並んでいた。

その方は言った。
「それを少女と分けて、食べなさい。
わたしが与えた光がいつまでも内にとどまり、あなたを通して輝くようになるためである。」
羊はうなずいて、それを半分に割り、少女とともに、それを口に運んだ。
それは、色ごとに異なる味をしていて、どれも甘くおいしかった。

その方は羊に本を渡された。
「これを読んでみなさい。」
羊はそれを開いて、少女とともに目を通した。
そこには、5人の出来事が書かれてあった。
老いた王と、漁師とその妻、王子とその妻の姿であった。
彼らは光に満ちた森の中に小屋を建て、その家に住んで、互いに必要なものを分け合い。
その森を管理して、暮らしていた。
そこには影はなく、恐れによって生み出される幻もなかった。

その方は言った。
「彼らは彼らの道に入った。
あなたがたはこれから取り出され、わたしとともに、わたしの道を歩むようになった。
あなたがたは、自分に与えられた道を、まっすぐに進みなさい。」

その方は上へ上る階段の方へ向いて言われた。
「食事をしようか。おなかがすいているだろう。」
その時、羊のおなかが音を立てた。

羊は少女を乗せて、階段を上っていった。
その方はすぐに上って行かれたが、羊たちはゆっくりと歩いていった。
羊は思った。
いまは光に照らされて、いつも食事が整えられた中を生きている。
本当に必要なものだけを食べ、こうして生きている。
羊はさっき食べた焼き菓子の味を思い出すように、口の中をなめた。

階段を上り終えると、すぐにいい匂いが漂ってきた。
羊と少女は扉を開けると、大きな肉が用意されていた。
その方は言われた。
「わたしの肉を食べなさい、かな。」
そうして笑顔を浮かべられた。

その方は、大きなパンを手で持てるくらいに切って、それに切り込みを入れた。
そして、大きな肉を切って、パンに挟み、それを羊と少女に渡された。
その方は言った。
「それを持って待っていなさい。
みんなが集まるまで少しの間、食事のために整えていなさい。」
羊は目を閉じて心を沈めた。

その2

自分は何もないところから引き揚げられた。
自分は周りのことを理解する前に、そこから引き揚げられ、ここに連れてこられた。
内にはなにもなく、ぽっかりと空間が開いたままで、
なにかがそこを満たすことはなく、このまま外側も滅びると羊は思っていた。
昔は、外に希望があると思っていたが、それは薄れゆく影にしか映らず、本当にまばゆく光るものはなにもなかった。
しかし、いまは内に光るものがあることを知った。
それは、何かをして得たものではなく、ただ与えられた恵みであって、約束と生きる目的であった。
曲がりくねって、先は途切れていると思っていた道も、その方によってまっすぐにされ、
奥からは希望を感じさせる光が差し込んでいた。
その詳細は、まだはっきりとわからないが、
内にある目的は、それに向かって突き進めと羊を動かしていた。
また、その道に一歩踏み出した時、周りの景色は一変し、影だと思っていたものにも、すべてにその方の光を見出すことができた。
羊は思った。
その方によってつくられたものにはどれにでも、同じ光が宿っている。
それを正しくあらわすならば、同じものをあらわすことができる。
同じ感動を与えることができる。
また、それは人の手によってつくるならば人並みにしか届かないが、その方とともに行うならば、思い起こすこともできないような高いものへと成し遂げることができることを知った。
羊は言った。
私に与えられたものは、なんなのだろうか。
私は何者なので、このような恵みにあずからせていただけるのだろう。

その方は、ちりん、と鈴を鳴らされた。
羊がそれを聞いて目を開けると、皆がすでに席に座って、羊を見つめていた。
それに気づいた羊はびっくりしたが、その頭を少女は撫でた。
その方はにっこり笑って、食事の宣言をされた。

人はチリからつくられた、それはその方の手によって。
その手は粘土を形作るように、両手で包むようにつくられた。
その手は優しく、力強く、愛を持ってことを成された。
そうしてできあがった人は、世に出ていったが、
その方の計画にないこともしてしまうことや、巻き込まれることもあった。
人は、おのおの自分のよいと思うままに進み、ことをなそうとして余計なものをつけていったが、
その方に出会ったとき、そのことを恥じた。
その恥を受け入れたとき、その方はもう一度私たちをその手で包んで作り変えられる。
そのとき感じるのは、生まれてきたときと同じ、全き幸福であった。
不要なものに執着していた時の恐怖はなく、傷やシミも取り去られ、その方のような姿へと変えられていくのである。

羊は肉の挟まったパンを口いっぱいにほおばり、口に収まりきらなかったものが少しはみ出していた。
少女はそれを見て笑い出し、羊も笑った。
その方や、周りにいたものも笑って、宴は更けていった。

その3

その方は言った。
「一つ話をしよう。
あるところに少年が生まれた。
その子は神殿に預けられ、そこで育てられ大きくなっていった。
少年は毎日神殿を掃除し、柱や像を磨いていた。
少年にとっては像を磨くときが一番心地の良い時間だった。
少年のお気に入りだったからである。
神殿は古く、あちこちにひびが入っていて、そこを管理していたものも年老いていて。
すべてに手が行き届かなかったので、少年は重宝がられた。
あるとき、その国が戦争に巻き込まれ、国にいる一定の年齢の男性は兵役につくように命じられた。
神殿に仕えるものはその役目を免除されていたが、少年はただ預けられているだけとみなされて、兵として招集された。
少年は戦いに行くことを怖がって、それに従おうとしなかった。
ある期限までに招集に応じない場合は牢に入れられるという勧告を受けた少年は、
より心を閉ざし、日々の仕事すら滞りはじめ、食事ものどを通らなくなっていった。
少年は像を磨きながら言った。
『ああ、どうかこの方が代わりに戦争に行ってくださったなら、すぐにでもおわるでしょう。
私が行っても、なんの益にもならず、かえって血を流すだけでしょう。』
その手は恐れの故に力が入らず、少年の心はなえていった。
すると、どこからか声が聞こえた。
『そのものが行って何になろうか、削られただけの息のないものが出ていってなにを成そうか。
あなたは自分自身が与えられた役を果たしに行きなさい。
あなたがここにいても、ただ無益に時間が過ぎ行くだけである。』
少年はあたりを見渡したが何もなく、声の主はわからなかったが、
少年は答えた。
『私は非力で、一人の人も打ち取ることさえかなわないでしょう。
私はものを磨いたことしかないのですから。
この像を磨くほか、私にできることはないのです。』
すると、声は言った。
『ならば、その像を今打ち砕こう。
あなたがなすべきことをしないのであれば、いまのあなたの役目を取り除き、本当になすべきことのためにあなたを導こう。』
像は声の言った通り粉々に砕かれ、少年は驚いて言った。
『あなたはなんということをするのですか。』
その声は言った。
『さあ、あなたの足のかせとなっていたものは砕かれた。
わたしはあなたに一振りの剣を与える。
あなたはそれを磨きなさい。
あなたはそれを持って戦いに臨みなさい。
その剣は人を傷つけることなく刺し通し、不要なものだけを打つものである。』
少年は像が砕けた跡を見てみると、そこには剣が残っていた。
少年はそれを取って磨きはじめ、召集の日にそれをもって出かけた。

少年は招集されたことを伝え、その日から兵舎に住むことになった。
招集されたものは、ここで少しの間訓練され、戦地に送り込まれていた。
少年はそこでも、剣を磨き、語られた声を思い返していた。
そして言った。
『私はここへ来てみたが、はたしてなにになるというのか。』
少年はそうつぶやいて、刃を磨き続けた。
日が流れて、少年たちが戦地に送られる時が来た。
少年は立って車に乗り込み、目的の場所まで運ばれた。
そこでは、人の形をした何かが互いにいのちを削り合って、そして血を流すことを繰り返していた。
少年は思った。
やはり、私が来るべきではなかった、このような恐ろしいところを目の当たりにし、体はかたくなり、足はいうことをきかなくなってしまった。
すると、後ろから声が聞こえた。
『あなたがここへ導いたのはだれなのか、あなたは知らないのか。
あなたの心のよりどころにしていたものを打ち砕き、あなたにその剣を与えたのはだれなのか。
わたしはあなたに語り、すべてを整えてこの場所に導いた。
いま、その剣を持って、わたしについてきなさい。』
声はあったが姿が見えず、少年は恐れていた。
すると、その声はいった。
『まだ恐れているのか、わたしがあなたに与えたものは、まだ足りないのか。
あなたが本当に今置かれているところを見ることができるように。
あなたの目を開こう。』
こういって、少年の目は開かれた。
少年は先ほどまでと違ったものを見ていた。
少年の周りには、なにものもいなかったが、いまでは剣や槍を持ったもの、戦車や騎兵、また旗を持って導くもの、ラッパを吹くものなどがいた。
そのものたちは、一緒に連れてこられたものたちや、血を流すために争っているものたちとは違い、力があふれており赤々としていた。
少年は驚いて言った。
『これは、なにが起こっているのか。』
声は答えた。
『このものたちは、あなたが命じない限りは、なにもしない。
あなたはわたしがここに連れてきた、そしてこのものたちをあなたに与えた。
あなたはその剣を持って前に進み、その口を持ってこのものたちとともに、
この戦いを終わらせなさい。』
その声は、そのことばとともに少年の胸を打たれた。
少年は一度倒れたが、そのあとに起き上がり、内にあった恐れはもうなくなっていた。
少年は立って周りのものたちを導き、先陣を切って戦場をかけた。
その声に迷いはなく、争う者たちの武器や血を見ようとする思いを打ち砕いていった。
人々は恐れて言った。
『このものは何者なのだろうか、どうしてわれわれは生きながらえているのか。』」

その方は言われた。
「剣を用いるものは、それに従う者たちを引き連れて、無益なものを打ち砕いて回り、不要なものに縛られていた人々の縄を断ち切っていく。
そうして人は本来の道に帰っていき、おのおの与えられた役目を全うするに至るだろう。
あなたが与えられているものは、わたしの声に従って歩むならば、このようになる。
あなたがわたしのことば、わたしのこころに歩み寄ってくるならば、あなたに与えられたものはあなたに従うようになる。

その4

また、少年が別の道を歩んだとしよう。
少年は道に捨てられ、雨に濡れていたが、誰かが少年が濡れぬように宿に入れて、ある程度まで育てた。
少年は物心ついた時から、あるものを握っていた。
それはこぶしくらいの大きな真珠であった。
少年はそれを誰にも見せることなく大切に持っていて、なにをするにも、どこへいくにも手放すことはなかった。
寝ても覚めてもそれから離れず、そばに置いて守っていた。
あるとき、人が少年に声をかけた。
『あなたは真珠を知らないか、大きな真珠を。』
少年は自分が持っているものだと気付いたが、首を振ってその人をあしらった。
しかし、その人は少年の周りをつけ狙い、いつも影から見ていた。
隠れたところで少年が真珠を取り出して見つめているのを発見し、
その人は仲間を引き連れて、それを取り上げようとしていた。
少年をかくまっていた方は言った。
『あなたはいますぐにここを立って、遠くへ行きなさい。
いますぐ、その宝を持って、人のいない地の果てへと旅立ちなさい。
あなたに追っ手がせまっている、後ろを振り返らず、いま行きなさい。』

少年は急いでそこを出て行って、あてもなく走り続けた。
少年は真珠の他はなにも持たずに出たので、足は軽く、体は疲れることがなかった。
追っ手はすぐそこにまで迫っていたが、少年に真珠を預けた方は、少年の目を開いて、その道を照らしていたので、
少年にとって道はすぼまることはなく、追っ手にとってはいばらのようなものとなった。
しかし、追っ手はその数を増してせまり、少年の目の前にまで出てきた。
少年は思った。
もしこのいのちが断たれたとしても、この宝を奪われてはならない。
少年は言った。
『私はこの真珠とともに、道をともにしてきました。
もはやこの宝と私は一つなのです、あなたがたに引き離せるものではありません。』
そういって少年は、うしろの谷の底へと飛び込んだ。
そこは人々にとっては、地の大口を開けているようで、死がそこに満ちていて、息のあるものをまるのみにする黄泉のように思えた。
しかし、少年にとってはそうではなかった。
少年は谷を流れる川に運ばれて、追っ手の知らないはるか遠くへ届けられていた。
そこについたとき、少年は目を覚ました。
少年は長い間水に浸かっていたため、あちこちが冷えてしまい。
体を動かすのも困難であったが真珠だけはしっかりと握りしめていた。
少年は言った。
『このままこの地で私は息絶えるでしょう。』
すると、寝たきりの少年の頭の方から声がした。
『あなたは死なない、ここで終わることはない。
あなたはわたしが与えたものを守り抜き、そのいのちをも惜しまないでそれを保っていた。
あなたに力はなかったが、それでもあなたは握り続けていた。
だからいま、あなたの前に終わらない道へと続く門を開こう。
これは閉じられることはなく、あなたがここへ入るのを拒むものもいない。
あなたが冠を守り通したので、あなたはその報酬を受けるにふさわしいものとされた。
あなたはあなたに害を与えるものに、同じ悪で返すことはせず、かえって身を引いてそれを遠ざけた。
そのために、あなたに彼らを支配するための力を与える。
あなたがその力を受けるにふさわしいものとして、そのいのちを全うしたからである。』」
その方は言われた。
「わたしの与えたもののために、自らのいのちを惜しまないものは、それを得て、さらに増し加えて与えられる。
彼が生きた道が、それを証している。」

その方は、話を続けられた。
「あなたがたは続く旅路に立っている。
それは永遠のように続く、果てしない道である。
しかし、その目的の地はいつも目の前にある。
あなたがたがそれを求めて歩み続けるならば、そのかけらを得続けることができる。
食物となる木を根こそぎ食べてしまえば、その腹を満たすものが絶えてしまうために、飢えて死んでしまうように、
あなたがたには少しずつ、日々必要な分だけ与えられる。
あなたがたが十分に受け取ることができ、何一つとして溢れこぼすことのない量である。
あなたがたがそれを受け取るなら、それがあなたがたのうちに満ちて、生きることができる。

さあ、次の旅への扉が開かれた。あなたがたの支度も整えてある。
あなたがたは立ってわたしについてきなさい。」
その方はそういうと、立って後ろの方を向かれた。
そこには、いつもは窓があって、日の光の差し込んでいた場所が、
丸い扉のようなものに変化していて、奥からは光が帯の風に吹かれるようにゆらゆらと波打ってこちらへ流れ込んでいた。

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