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第25話 はじまりのいえと おはなやさん

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その1

ある町に、一人の年を経た女性がいた。
女性は、一人で暮らし、花を育ててそれを売っていた。
しかし、多くのものは、その前を通り過ぎ、買うものは少なかった。
そのため、女性の生活は苦しく、花を維持するのがやっとであった。
女性は願っていた。
どうか、身寄りのない私の子たちであるこの花たちが、
私が息の尽きる日までに、すべてそれにふさわしい人のところへ送り出せますように。
どうか、一つとして、無為に枯れることの無いようにしてください。

ある時、女性はいつものように花に水をやり、店を開けてみると、
目の前に幼い女の子がいた。
女の子は女性の顔を見つめていた。
女性も笑顔で女の子を見つめて、言った。
しわくちゃの私の顔より、この子たち、店の花たちを見てごらん。
欲しいものがあれば、特別にプレゼントするわよ。
女の子はなおも女性を見つめ、女性の前にさっと何かを突き出した。
それは一輪のバラの花であった。
女性は言った。
これが欲しいのね。
女の子は首を振って女性に渡して言った。
これはあなたにこそふさわしい。
女性はなんのことかわからず、困っていると、女の子の後ろから、白髪の男性が近づいて来て言った。
その花は、あなたの麗しさには劣るが、あなたにふさわしいものだ。
そして、男性は近くに来て、女性の前でかしずき、手をのばした。
わたしとともに来てくださいませんか。
女性は言った。
私は年老いていますし、麗しくもありません。
これは私には過ぎたものです。
男性は女性の手を取り、鏡を取り出して言った。
これが本来のあなたの姿、わたしが望んで愛したあなたの姿です。
気を乱してはなりません、光は闇よりも明るいのです。
その鏡には、美しい女性の姿が映っていた。

男性は言った。
あなたとともに、この花たちも買い取りましょう。
わたしの家に着くまでに、道行く人にこの花を配り、
私たちの喜びをともに分かち合いましょう。
花たちは、風に吹かれても凛と立ち、露は光に照らされ輝いていた。

その方の導く船は岸につき、みんなは陸へと上がった。
その近くには町があり、その方は子どもたちを引き連れてそこへ入っていった。
町の人々は、おのおの自分の向かうところへまっすぐに進み、互いに挨拶を交わす暇もないくらいにせわしなく動いていた。
その方はその中を通っていき、子どもたちが人にぶつからないように先導した。

さて、ここに一つの花屋を営む女性がいた。
女性は花から種を取ってそれを増やし、鉢に植えてはそれを育て、すべて一人で切り盛りしていた。
王女はそれに目を止めて、目を輝かせた。
少女も花に近づき、香りを嗅いで笑顔になった。
花屋の女性は少女たちに気付き、手を止めて声をかけた。
いらっしゃい、かわいらしいお客さんね。
好きなだけ見ていってね、良ければ好きな花をプレゼントするわよ。
王女はそのことばを聞いて顔を上げ、全部の花を見始めた。
羊は花に近づきそれを嗅ぐと口を近づけそうだったので、少女はそれを制した。

その2

その方は言った。
いまは見させていただくだけにします。
しなければならないことがありますので。
王女はそのことばを聞き、じっくりと選びたい気持ちを抑え、その方のところへと戻った。

少女がその方のところへ戻るときに振り向くと、少女の持っているコップから魚が顔をのぞかせて、花屋を見た。
その目には、色とりどりの花が映り、魚の住んでいた世界では見たことの無いものであった。
また、見ることのできないものであった。

小さな魚は水の中で生まれ、親たちや大人たちも水の中で暮らしていました。
親たちや大人たちは水の底にあるものを食べて過ごしていました。
しかし小さな魚はそれを食べることなく水の外へとあげられました。
小さな魚はそのことをまだ知りませんでしたが、
自分の今見ている世界は、今までいた世界とは違うものだとは分かっていました。

その方は言いました。
人々に気をつけなさい。
人々とぶつかることのないように気をつけなさい。
きちんと前を向き自分の進むべき方向、わたしのいるところを見て後からついてきなさい。
子供達はそれを聞いて頷き、互いに手を握りその方の後ろを歩いて行きました。
小さな魚は少女の右の手にあるコップの中から外の様子を眺めていました。
外を行き交う人の大人達は、まるで川の底にいる自分の大人たちのようでした。
その方は言いました。
目を留めるものに気をつけなさい。
また食べるものに気をつけなさい。
食べるものとは日々の糧のことで、あなたがた自身の成長のための食物のことです。
そこに含まれる様々な人の思い、不要なパン種を除きなさい。
あなたがたは天から受けたものに手を加えてはなりません。
それは、あなたがたの手垢で台無しになってしまうだろう。
だから、受けたものはそのまま受け入れなさい。
わたしの父はあなたがたを愛し、良いものだけを賜ります。
子どもたちは頷き、互いに微笑んだ。

その3

道端に、一つの果物が落ちていました。
その果物は、行き交う人々に踏みつけにされて、食物として食べることはできなくなってしまいました。
しかし、割れた実から種がこぼれ、土にふれて、風が吹くとその上にも土がおおいました。
雨が降り、風が吹き、元の潰れた果実はなくなってしまいましたが、
種はその地に残り続け、ある日、日の光を見ました。
人々はそのすぐそばを通ることもありましたが、その地に種を植えた方はこれを守り、
御手を伸ばして種の周りに垣をめぐらせ、人の踏みいることの無いようにしました。
これは、人の目には隠されていて、誰一人として知るものはいませんでしたが、
種はこのことを見ていました。

日が流れ、その地にききんがやってきました。
熱をともなった強い風がその地に吹き、雨は降らず、地の産物は実を結ぶ前に枯れていきました。
人々は食べるものを求めてさまよいますが、どこにも食物は見当たりませんでした。
人々はついに自分自身の肉しか食べるものがないのに気づき、天に叫び求めました。

これを聞いた方は、人々の叫びのために手を伸ばし、以前種の周りにめぐらした垣を取り除き、
人々の前にあらわにしました。
ある人はこれを見つけると、種であったものは、大きな木となっていて、実を結んでいました。
その人は木に駆け寄り、実を一つ取って食べると、水がはじけるように口を潤し、体全体に染み渡りました。
その人は町の方へ叫んで行き、この木のことを知らせました。
そのために多くの人々が木の元へ集い、実を分け合ってすべてのものが生きながらえました。
種だった木は、人々を見て驚きました。
以前自分を産んだ実を踏みつけ、通り過ぎていった人々が、私の元へ集まり、私の実を食べている。
あのとき、死ぬはずだった私の実が、今、この人々のいのちの糧となっている。
これはなんと驚くべきことだろうか。
木となった種は、ことばを紡ぐことはありませんでしたが、溢れる感謝と注がれた愛の故に、葉をこすらせて賛美しました。

子どもたちが歩いていると、羊は道の真ん中に植木鉢に咲く花を見つけた。
羊は、めえ、と鳴いて近づいていった。
ほかのものも後についていき、その花を囲んで、これはなんだろうか、どうしてこんなところにあるのだろうかと言った。
そして、子どもたちはその方を見ようとして、近くにいないのに気づき、自分たちははぐれてしまったことに気づいた。

あるところに年を経た男性がいました。
男性は言いました。
私は富も地位も財産も築いたが、
それを残すものがいない。
私には伴侶がなく、私には子供がいない。
私の築いたものは全て他の人のものになるだろう。
男性は天を仰いで言いました。
どうかあなたが見てくださっているのならば、
あなたがはじめに行ったように、
私に光を見せてください。
あなたが初めに全てを作られたように、
どうか私に子どもをください。
それを言い終えると、男性の胸は張り裂けそうでした。
その日の夜、皆が寝静まった頃、
一つの声がありました。
あなたに光を見せよう。
その言葉は男性には聞き取ることができませんでしたが。
確かに男性に語られた言葉でした。

次の日の朝家をノックする音が響きました。
男性は起きて出てみると、一人の女の子がそこに立っていました。
女の子は言いました。
あなたが持っているもの全てを私にくれるなら、この花をあげましょう。
それは鉢植えに植えられた一つの花でした。
しかし男性には、自分の望んでいたものに見えました。
男性は女の子に尋ねました。
私の持っている全ての財産の値が、本当にその花と一緒なのですか。
私の望んでいるものは、その花は足りないのではないですか。
女の子は言いました。
あなたが持っているもの全てを持って私についてくればわかります。

その4

王女はみんなのを取り囲んでいるその花を取り上げ、
その花を見つめて言った。
持ち主のところへと届けないといけませんね。
みんなは頷いてこのことが自分達の今すべきことだと受け入れた。
女性は王女に言った。
ではどうやってその人を探すのですか。
王女は言った。
この花に聞いてみましょう。
そして少女は目を閉じた。

その花には言葉がなかった。
しかし言葉によってその花は作られた。
花は王女に語り、王女はその言葉によって導かれ、その花を作った方の言葉に導かれて歩み始めた。

そこはこの地を治める領主の館でした。
領主は高齢で独り身で、この地を治めていました。
領主は目の前に迫りつつある自分の死を感じて、自分の気付いたものを誰にも継ぐことができないことに不安を感じていました。
領主は思いました。
このままでは私のしもべがこの地を治めなければならなくなる。
そこへ屋敷の扉をノックする音が響きました。

領主は扉を開きました。
するとそこにはその方が立っていました。
その方は言いました。
少しお話をしてもよろしいでしょうか。
領主は喜んでその方を屋敷に招き入れました。

その方は領主の前に座ると口を開きました。
あなたは今悩んでいることがありますね。
領主は頷いて言いました。
私には妻がおらず、そのために子もいない。
私の財産、私の領地は、全て私に仕えていたしもべに受け継ぐでしょう。
しかしそれはいけないことです。
私のしていることを一番理解しているのはそのしもべですが、
しもべは治めるということを知らずに生きてきました。
ですから私の願いは、この領地を治めるにふさわしいものに託したいのです。
そしてさらに希望を述べるならば、私は私にふさわしい方と結ばれ、その人との間に子を設けたいのです。
しかし、日々の私の生活は忙しく、またこのように私は歳をとっているのです。
その方は答えました。
もうすぐここにわたしの子たちが来るでしょう。
あなたはその子たちにその願いを伝えなさい。

その5

王女は先頭に立って歩き、子どもたちはその後についていきます。
小さな魚は少女の持つコップから顔をのぞかせあたりを見ました。
町は行き交う人でいっぱいでしたが、王女の進む道は人とはぶつかることはなく安全なものでした。
魚は町の人々を見ました。
彼らは自分のすべきことのために働き、目的へと向かっていましたが、
その目には熱がありませんでした。
すべきことをこなすためだけに日々を生きていて、そこに情熱がなく、追い立てられるように生きているように見えました。
そして、彼らのもたらすものが、魚の親たち、大人たちの食べていたものの匂いに似ているように感じました。

王女は花の言葉の導くままに進み、その地の領主の屋敷のところへとたどり着きました。
窓からは、中で働く人々が慌ただしく行き来していて、町の人々のようでした。
王女は扉をノックすると、行きよいよく扉が開かれ、人が出てきました。
何かご用でしょうか。
王女は言いました。
この花を届けにきました。
ここのご主人さまに合わせていただくことはできますか。
その人は、かしこまりました、といい、すぐに屋敷へと入って行きました。
そしてすぐに、中から領主である老父が出てきて、王女たちを見て驚きます。
王女は言いました。
この花が、あなたのところへと導いてくださいました。
これはあなたのものです。
どうぞお受け取りください。
老父は花を見つめて、言いました。
私が願ったのは、この花なのか。

王女は老父を見て言いました。
願いとはなんですか、これはあなたのものではないのですか。
老父は答えました。
これは私のものではないだろう、そして、私の求めているものでもないだろう。
私はこの屋敷とこの領地の後継を探しているのだ。
先ほどあなたがたより先にある人が訪ねてきて、その人が言ったんだ。
このあとにその人の子どもたちが来るから、その子たちにあなたの願いをいいなさいと。
しかし、その答えは、この花だった。
私は花を求めているのではなく、私の子を求めていた。私たちの住んでいるこの地の未来を求めていたのだ。
王女は領主である老父を見つめて、言いました。
では、これはあなたのものです、これはあなたのものになります。
その上で私たちについてきてください。
あなたの手を止めて、いますぐすべてをおいて私たちに従ってきてください。
その先で、私はあなたに光を見せます。
老父は王女を見て、その瞳を見ましたが、そこには自分にも周りの人々にもない輝きを見たので、彼女に従うことにしました。

その方は枯れかけた木に語りかけると、その根に肥やしをやり、不要な枝を切り取って、水を注いだ。
そして言った。
あなたは、自分の結ぶべきものだけのために、生きなさい。
あなたがすべきことは、日々を送ることだけではない。
その先に結ばれる希望の実のために、それに望みをおいて成長しなさい。
木は老いていて、表面は硬くなっていたが、そのことばにより、うちにみずみずしさを取り戻した。
あなたは言ってはならない、
私の望みは絶たれた、と。
あなたは言ってはならない、
私は枯れ木だ、なんの実を結ぶことができようか、と。
あなたの花は、わたしがつけ、その実はわたしによって結ぶのだ。
それは世の初めからそうであって、すべての被造物は昼も夜もそのことを語り継げている。
あなたは知らないのか、あなただけが世界から切り取られ、あなただけが別の場所、わたしの作っていないところに存在しているとでも言うのか。
あなたはわたしの手の内にあって、麗しい幼子のようであり、わたしの恵みを受けるにふさわしいものだと知りなさい。
わたしにとって遅いということはない。
すべてがわたしの記したことのとおりであって、それはわたしの父がすでにいい送ったことであるのだ。
あなたはわたしを着なさい、あなたの力ではなくわたしの力を着なさい。
我が子よ、あなたの道を知りなさい。

その6

領主である老父は、久々に町に出ました。
体が衰えつつある中、日々の行いを全てこなすことがきつくなっていたので、町に出ることもしなくなってしまっていた。
そして、数年ぶりに見たのは、異常なまでに目先にとらわれ、早足で過ぎ去る住人の姿でした。
これは、いったいどういうことなんだ。
私の子たちは、どうしてこうも急いでいるのだ。
王女は老父に言いました。
これは、日々のあなたを映したものです。
あなたはすべきことだと思っていることに固執して、そのために大切なことをなおざりにしてしまいました。
それは、木が日を浴びることだけを思い、地に注がれた水を吸い上げるのをやめてしまうように、自らの体をひどく衰えさせるものです。
上を見ることはよいことです。ですが、それだけが人を成長させるのではないのです。
あなたの受け取るべきものを受け取って、初めて人はその分を流すことができ、成長することができるのです。
老父は王女に言った。
その水とはどこにあるのですか。
私たちに注がれたその水とは、どこにあるのですか。
王女は言いました。
私がお連れする先に来れば、わかります。

そうして王女たちが向かった先は、花屋のところでした。
王女は花屋で働く女性を見ると、声をかけました。
失礼します、少しお時間よろしいでしょうか。
女性は花に水を注いでいましたが、手を止めて王女を見ました。
王女は言いました。
あなたに渡したいものがあるのです。
女性は王女に答えました。
なんですか。
王女は持っていた鉢を持って、女性に差し出し、言いました。
これは、あなたにこそふさわしい。
女性は、その花が自分の店のものではないことに気づき、首をかしげました。
そして言いました。
これを、私にくれるのですか。
でも、私は花屋ですし、他にたくさんあります。
それに、この花はきれいで、持っているあなたの方がふさわしいわ。
王女は女性の目を見て答えます。
これは、美しいあなたにこそふさわしい。
王女は少女の方へ目配せをします。
少女は頷き、女性へ進みよって言いました。
これを見て、あなた自身の姿を見てください。
それは、少女の持っていたコップでした。

その7

女性は中を覗くと、水が入っていて日に照らされ、女性の顔を映していました。
その光は、女性には眩しく、まっすぐに見ることはできません。
女性は顔を背けて言いました。
私のしわだらけの顔を見たところで、美しさのかけらも見いだすことはできないわ。
女性は手で顔をおおってしまいます。

少し離れたところで、老夫は女性を見ていました。
そして、初めて胸の高鳴りを感じました。
何十年も使われていなかった暖炉に火が灯され燃え上がるように、老夫の体中の血液は目まぐるしく流れ、頬は高揚していきます。
老夫は、女性のところへとかけていき、顔をおおう手をとって、言いました。
あなたこそ、私の探し求めていた花だ、あなたこそ私の願いも止めていた蕾であって、私の希望の光だ。
女性は急に現れた男性に驚き、また、自分にそのように語りかけられることが信じられず、頭はついていきません。
男性、領主である老夫は言います。
あなたの顔をよく見てください。
あなたは、本当に麗しく、ここにあるどの花よりも、私の見てきたどんな宝石、どんな尊い金よりも、好ましいものです。
女性は語られるままに少女の持つコップを覗き込みました。
すると、そこにはしわやしみが一つもない、美しい女性が映っていました。
女性はおもわず手を伸ばし、少女からコップを受け取ります。
これが、私の姿なのですか。
そして、女性は涙を流しました。

小さな魚は、コップの中から女性を見つめていました。
その顔は赤く、光り輝いていて、眩しく感じるものでした。
そして、女性の涙は頬を伝い、コップの中にこぼれました。
小さな魚はそれを食べ、そして思いました。
これは、大人たちの食べていた食物の匂いがする。
でも、川の中では感じたことのない、あたたかいものが、うちに溢れる。
これは、なんなのだろう。
小さな魚は、もぐもぐと口を動かしながら、女性の顔を見上げました。

老夫は王女に言いました。
あなたの持つ花を私にくれるかい。
私はこの人に、私からその花を渡したいんだ。
王女は笑ってその花を差し出し、老夫はそれを受け取りました。
老夫は女性に言いました。
これを持ってともに私たちの旅路を歩んでくださいませんか。
女性は男性から鉢に植えられた花を受け取ると、はい、と答えました。

その8

その方は、言いました。
そろそろ時間だ。
子どもたちが振り向くと、そこにはその方が車を引いて立っていました。
そして、その近くには、白く輝く門が開いていました。
それは、羊と少女が本の中から帰る時に開いていたもので、羊と少女と王女が暗いところから帰る時に通ったものでした。
それを見ると、王女は歩き出しました。
そして、その後を、花屋の女性と領主であった老夫もついていきます。
少女は言いました。
自分の国に帰っちゃうの?
王女は振り向いて答えました。
うん、時間が来たから。
私のすべきことが終わって、得るべきものは手に入れたから。
これから先は、私たちの産まれた国に帰って、建て直すわ。
大丈夫、私には父も母もいなくなってしまったけれど、この人たちが私とともに来てくれるから。
花屋の女性は言った。
私はこの町を出たことはないから、はじめての土地に行くのにわくわくしているの。
そうしてほほえむ女性の顔は、まるで幼子のようにやわらかなものでした。
領主であった老夫もいいました。
私はすべてを残ったものに任せて、自分の進むべき道に進むとしよう。
この女性の育てた花たちも、その先で人々に配ろうか。
私たちの婚姻の時が来たのだから、この喜びを多くの人と分かち合うために。

羊は、王女たちを見て、めえ、と鳴きました。
少女は、王女に言いました。
その花は、私たちの時のように、光に満ちている。
どうか、その光が絶えることなく、あなたたちの道を照らしてくださいますように。
王女は笑って答えます。
あなたたちも、これからの道のり、きっと険しい道になると思うけれど。
その中でこそ訓練されて、その方にふさわしい花嫁として成長しますように。
その方は、王女たちに言いました。
もうすぐ、この地は洗い流されるだろう。
わたしたちはそのときのために備えなければならない。
旅立つものたちよ、すぐに扉をくぐりなさい。
その先にも、わたしはいるのだから。
王女は頷いて、父と母となった二人の手を引いて、白い門の奥へと進んでいきました。

白い門が閉じると、その姿はすぐに消えてしまいました。
その方はそれを見届けると、口を開きます。
さて、この地にはいま、主人が不在の状態だ。
しかし、わたしたちの父は、この地にふさわしいものを見つけてくださっている。
その人を探しに行こう。
まだこの地は、目先のことにとらわれている人が大勢いる。
だから、あなたがたは、人々に惑わされないように、その汚れた水にふれないようにしなさい。
水は水によって洗い流される。
ここは、もうすぐ洪水が起こる。
そして、必要なものと不要なものとを分別するだろう。
子どもたちは頷いて、その方のあとへとついていき、車の中へと乗り込んでいきました。

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