最上のものに満たされる

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最近 神様の方を見ると
千葉にいた時のような
「何かを建て上げる」感じではなく

神様にしか出来ない領域のことを
なされている(それは私には見えない)
という感じがします

なんとなく寂しく思い
神様ー!と呼ぶとすぐに
近くに来てくださるのですが

とてつもなく大きな姿で
足だけしか見えない という感覚です

聖書の中で モーセに姿を現され
モーセを岩陰に隠された時のような
感覚だなぁと感じました

以前 ノアの方舟の時の引用で
神様が動かれる時と 私たちが
動く時がある ということを書きましたが
今は神様が動いておられる時のようです

私は 自分が動く時は良いのですが
待ち時間が結構苦手なタイプです

決して孤独ではないのに
孤独感を感じてしまいます

何もしていないような気分に
なってしまうのです

しかし実は その時間に
神様のことを賛美することこそ
神様は私たちに望んでおられます

数日前に 改めてその事を
思い起こさせてくださいました

なので どんな事が起ころうとも
どんな腑に落ちないことがあっても
神様の素晴らしさだけに目を向けて
神様を褒め称えます

どんな事があろうとも
自分の心は神様に向ける

そうしていると出てくるのは
愛する思いであるわけです

神様からの愛は完全であり
欠けたところはありません

それは 精神論的なことではなく
物質的にも 物理法則や人の思いも
全てを超えたところで完璧です

全てを満たし 全てを覆います

全てが過ぎ去ったとしても
いつまでも残るものの中で
最高 最上のもの それが愛です

本当に これ以上ないなぁと思います

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