神様が求める唯一のもの

一番大切なことは

神様は 人が良いことをしたから
救われるわけではなく

ただ人を創造された親心でもって
人を取り戻したい

取り戻してどうされるのか?

それは 人を助けるとか
何か大きなことをするとかではありません

あなたと愛の関係を築くこと

それが 神様の最大の目的です

その結果として あなたを通して
神様の愛が地に流れ出すのです

神様は「良い子」を求めているのではない

偶像の文化の中で育った人が
一番勘違いするのは

神様に愛されるためには
良い子でなければいけない という誤解です

神様は この世の全てを造られました
それは私も これを読むあなたも例外ではない

ですが 神様はどんな方で
自分に何を期待していると思うか?

神様が「裁く方」で「遠くにいる方」で
「良い子になること」や「聖くなること」を
期待されていると思うなら大きな間違えです

神様は 人にそんなことは望んでいないのです

それどころか

そもそもで人が思うことは悪いものだと
創造主たる神様が仰っていて

良い子になり聖くなることは
人が人の努力ですることではない

それをするのはわたしである
と 神様は仰るのです

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裁きと因果

まず 前提として

生まれたままの人間が何の教育もなく
思い巡らすことは悪いことである と
真理である神様が仰っています

神様は 人に知恵と罪が入ってしまった結果
生まれながらの人が思うことは悪い
ということをよくご存知で

それを理由に人を滅ぼすことはしないと
心の中で誓われた と聖書に書いてあります

創世記8章20-21節
ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全焼のいけにえをささげた。
主は、そのなだめのかおりをかがれ、主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。

悪いことを思ってしまうことや
うっかりやってしまうことに対して
咎めたり 罵ったりするような
神様ではないのです

とは言っても
悪いことをしてしまえば
確かにそこに責任は生じます

例えば何か罪を犯してしまい
法に則って償うことになったとします

或いは法には触れないまでも
罪で人に迷惑をかけてしまうとします

それらのことは
知ってか知らずかはわかりません

その時に どういう心で
その罪に対峙するか なのです

知らなかったのだからと開き直っても
罪は罪だと定められますし

罪を犯してしまうのは仕方がない
償えばいいのだ と思っていても
罪の性質はいつまでも残ります

ですが この罪の性質自体を
取り去ってほしいと神様に求めるとき

神様は それはもうイエス・キリストの
十字架の贖いにより取り去った と
仰ってくださるのです

イエス・キリストを主と受け入れる時
何が良いことで何が罪なのかを
見分ける力を頂くことが出来ます

祈りを通して 罪を犯してしまいそうな
状況自体から離れさせてくださいます

また どうしても我慢出来ずに
罪を犯してしまったときでも
やり直すチャンスをくださいます

更には 過去に犯してしまった
罪についても全て良いものに
変えてくださいます

全ての贖いをしてくださった
ということを受け入れるには
過程が必要ですが

神様は必ず成し遂げてくださり
呪いからも因果からも
必ず解放してくださいます

そして

自分自身がやるべき「良いこと」を
あらかじめ備えていてくださるので

神様の後についていけば
悪いことをしなくても
豊かに安心して生きていくことが
出来るようになるのです

お金のため 嫌われないため
孤立しないため 体面のため

或いは自分の欲のために
悪いことをする必要はないほどに
豊かさと安心と満たしを頂けるのです

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イエス・キリストの花嫁としてのいのち

神様は愛です

仮に悪いことをしてしまっても
悔い改めて 愛に立ち返ってほしい

そして何よりも

創造主たるご自身の存在を認めて
愛して欲しいと思っていらっしゃいます

神様は 人に何を求めているのか

善行を積むことではありません
聖人のようになることではありません

ただ 神様と愛し愛される関係を築き
人生を一緒に歩いてほしい

聖書には 教会とは聖霊の宮である
私たち一人ひとりのことを指し

イエス・キリストの再臨の時に
教会は花嫁として迎えられると書かれている

私たち一人ひとりは
イエス・キリストの花嫁としての
いのちを与えられているのです

男性でも「花嫁」なので
イメージがつきにくいかもしれませんが

神様の子とされて クリスチャンとなり
その後どうするの?と言えば

それぞれ与えられた賜物を活かして
イエス様の花嫁としての人生を歩むのです

何のため?それは

全ての人が この神様の素晴らしいご性質と
ご計画を見聞きする機会を得て

貧困も病も 差別も戦争も
何の悲しみも苦しみもない

神様の理想の文化を この地にもたらすために

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アーメンです

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