神様の種まき

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今日は 朝に示されたことを夜にも示されました
とても大切なことなのだな と思いましたが
しかし 何故かすぐに忘れてしまいます

2度目に示された時は すぐにメモを取りましたが

昨日の日記で書いた 欲しくないものというのは
これのことかな と思ったりもしています^^;

実家には まだ高校生~二十歳ぐらいの時の私物が
置いたままになっているのですが

目についた漫画があったので何冊か読むと
手に取った全てがキリスト教を題材にした内容でした

その中の1冊は 自分が好きなミュージシャンの
歌詞を題材にしている内容でした

また 当時好きだった別のミュージシャンが
クリスチャンであったことを思い出し

よくよく考えてみると その歌詞の内容は
クリスチャンであるからこそ感じる
この世の支配の下で生きる苦しみを
歌っていることに気が付きました

昔 よく音楽に感化されて絵やシナリオを描きましたが
その土台になっていたのは聖書の神だったのです

当時の自分はその苦悩に共感し
インスピレーションを受けて作品を作っていた

だから 聖書を読んだことがなかったのに
聖書に出てくる情景が作品に影響していた

神様との接点は 漫画を通して 音楽を通して
きちんとあったんだなぁ と思いました

勿論 その部屋にはキリスト教を題材にしたもの以外にも
たくさんの本や漫画がありました

ですが他の本は 読み返す気になりませんでした
もう 必要がないものばかりだったのです

聖霊さまを頂き 自分が求めていたものが
何だったのかがわかったので

そこに繋がらない世界の話は
もう 自分には不要だったのです

朝と夜 2回に渡り示されたことというのは
神に向かい粛々と生きている人はきちんといる

ということでした

クリスチャンになる前 私は
クリスチャンを全く知りませんでした

1人だけ 幼稚園から中学まで一緒だった
クリスチャンの友人がいましたが
聖書に関する話や信仰のことは
一切聴いたことがありません

また 上述のミュージシャンの歌詞にしても
彼がクリスチャンであることは知っていても
その土台にどんな情景が広がっているかは
全く知らなかったわけです

私は 聖書もクリスチャンも知らなかったのに
クリスチャンに共感し 感化され作品を作っていて

そして 唯一いたクリスチャンの友人の死が
私が聖書の神を意識するきっかけとなったのです

彼らは私に聖書のことも神様のことも
何も話してはくれなかったけど

彼らは知ってか知らずか(恐らく知らずのうちに)
種を 撒いていたのです

粛々と生きる というのはそういうことなのです

このことは 今までいた環境では絶対に
触れる機会のない私の原点であり

私にとっては 出来れば触れたくない原点でした
人の目には とても辛くて暗い出来事が一緒になっていたからです

ですが このことを受け取るように
神様が示されていることを感じました

これらの出来事を神様の視点から
見直すことはとても重要でした

しかし 自分のことに向き合うのは
私の性格上 恐らく無理なので(苦笑

与えられるままに 祈るべき事柄について
祈ろうと思いました

クリスチャンになってすぐの頃も神様は
自分のことを祈れない私に対して
とりなしの仕事を与えてくれましたが

今も 与えられている環境をひっくるめて
ある一貫性をもって 祈るべき事柄があると感じています

祈りの課題が与えられるということは
本当に 素晴らしいことです

自分の思いで祈るのではなく
神様が祈るように示して下さることを祈るのは
本当に 素晴らしい

何故ならそれは 神様がなさろうとする
素晴らしいことに同意をすることだからです

素晴らしいことが 本当にこの地の隅々まで
行き届きますように 心から祈ります

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