余計な覆い

サムエル記を一気に読み終え
列王記に入ったのですが

今までと本当に全く違う感覚で
聖書を読むことが出来ています

平たく言うと 他の本を
読む時のように読めているのですが
その理由は霊的な邪魔が
ないからだと感じました

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人を通して流れる愛

今日は 前々から予定していた通り
有給を頂いて ラベンダーパークへ
行くことが出来ました

神様に ラベンダーに対する
思いが与えられていたところに
奇跡的なタイミングで母が
前売り券を見付けて計画したもので

御心であるから絶対に
守られるとは思っていましたが

一週間程前までの長期予報では
雨の確率が高かったのですが
お天気にも本当に恵まれました

また 霊的な恵みを受ける直前に
毎回起きている霊的な邪魔も
かなり軽くなってきました

その件について話すと脱線した上に
重要なところに帰ってこれなそうなので
今回の旅行で感じた
自分の召しについて書こうと思います

母は今回 友達はたくさんいて
旅行にも誘ってくれるけれど
あなた(とりゅうくん)と行く旅行が
一番楽しめる その違いは何なのだろうね

気を使わなくて済むからだろうけど
どうして違うのだろう

と言っていました

多くの家族が 自分の家庭よりも
仕事や人付き合いを優先して
家族の関係を壊しているということは
日本に限らずよく聞く話ですが

今回 母にそのように言われて

ベテルのユースの人に
あなたでなければいけないことがある

と 言われたことの1つがこれだなぁと感じました

神様は 私を通してご自身を示すことを
決めておられるわけですが

そのことに代わりはいないのです

私がいなくなったら 私を通して流れる愛は
なくなってしまうのです

神様の愛は永遠であってなくなりませんが
しかし 人が一人失われたら
その人から流れ出るはずだった愛は
流れなくなるのです

先日 教会に行った時も
その事を強く感じましたが

母の発言でも そのことを強く感じました