神様に(みことばで)養われる

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今日はどこかの教会のメッセージを
読むなり聞くなりしようと思い
祈っていたのですが

礼拝や教会は全く示されず
二人で聖書を読むように
促されていることを感じました

聖書を読むことはずっと示されているので
今日から日曜日は二人で聖書(岩波訳)を
読む日にしようと決めて
最近お気に入りの喫茶店に行きました

りゅうくんは最近創世記を
読み始めたのでそのまま通読し

私は詩編を途中まで読んでいたので
その続きを読んでいくことにしました

詩編68に差し掛かると
17~19節あたりで
とても胸が熱くなる思いがして

感じたことのない熱だったので
何だろう?と思いました

りゅうくんも聖書を読んでいたので
邪魔するのも悪いな と思って
先を読み進めていたのですが

しばらくしてやっぱりりゅうくんに
言ってみよう と思ったので
中断させてしまって申し訳ないけど と
聖書箇所をシェアしました

どうして私が熱を感じたのか
わかるように神様に一緒に祈って

と言うと 物凄い長時間黙ってから
わからない と言うので二人で
神様の御心を示してくださいと祈りました

祈ってすぐ ネットでどんな聖句だと
書かれているのかを調べてみました

すると68章18節は イエスさまの
昇天の預言としてパウロが
エペソ人への手紙4章で
引用しているところだとわかりました

ですが りゅうくんはりゅうくんで
自分が読んでいた箇所と重なると言います

それは サラが亡くなって
墓地を買った箇所でした

岩波訳によると 銀400シェケルは
その墓地の価格としては「破格の高額」

要するに かなり吹っ掛けられたのに
(アブラハムもきっとそれを承知して)
その言い値で購入したと考えられます

詩編68では 反抗者について
いくつか書かれているのですが
それを合わせて読むと

反抗者は神の前に住み得ず(19節)
反抗者は焼け野原に住む(7節)とあります

それを読んだ時にりゅうくんは
破格の高額を手に入れて焼け野原に住むか
破格の高額を支払って神様と住むか

ということだと感じたそうです

またネットで見つけた解説記事によると
詩編68章19節で 昇天し(中略)人から
諸々の贈り物を得た という部分が

エペソ4章10~13節にある
高く上げられたのは全ての人を満たす
聖霊(賜物)を与えるためで
その目的はキリストの身丈にまで
建て上げるため というのと呼応しており

更にこれは ダビデが
第1サムエル記30章において
アマレク人の襲撃があった時に
ダビデを信頼していたはずの民が
自分を石で打ち殺そうと言い出し
悩んだ後に 神により奮い立って
アマレク人を追跡し 分取り品を得て
人々に分け与えたことが型となっている

ということが書かれていました

この聖書箇所(サムエル記)は
実は昨日神様から示されていて
どういう意味かわからずにいたのですが

奮い立って分取り品を
取りに行くということについて
示されたかったのかと感じました

その解説の記事にはそれ以外にも
色々思い当たることが書かれていましたが
それについては今はまだ具体的に
なっていないので 心に止めることにしました

最近 分取り品に対する
心構えであるとか

神様からの恵みを喜ぶ者と
価値のないものだと思う者 という
線引きについて示されていたので

今 その様な時なんだな と
改めて感じました

りゅうくんと私 二つの別の側面で
それぞれに感じ入るものがありましたが

学びの機会を与えてくださり
霊的に養ってくださったことに
心から感謝をしました

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