今のイエスさまと自分の関係

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またも2週間ぶりの更新になりました

たくさんのことがあったのですが
どれも 書くに書けないことばかりです

ただ 間違えなく言えるのは
どれも想定を遥かに超えることだ
ということでしたが

そのレベルに自分自身を
合わせていかなければならない
ということも強く感じました

そんな中で QTを通して
(2000年前のイエスさまではなく)
今 イエスさまというのがどういう
立ち位置にいらっしゃるかについて
突如 語られるということがありました

イエスさまが2000年前に
私(たち)の身代わりとなり
十字架にかかってくださった
ということは周知の通りですが

今 イエスさまは神様の右の座で
私(たち)のためにとりなしの祈りを
捧げてくださっているということも
聖書には書かれています

とりなしの祈り というのが
どういうものであるかを端的に言うなら

私(たち)が何か問題を抱えていたり
至らないことがあったとしても
間に入って好転するように
取り計らう祈り だと思うのですが

簡単に言えば 今現在イエスさまは
神様の右の座で 私が神様の良さを
受け取れるように祈り続けて
くださっている ということです

それに対して思い巡らした時に
今 私がイエスさまに捧げるべき
感謝というのは

私のために死んでくださりありがとう

ではなく

こんなに至らない私のために
とりなしをし続けていてくださり
ありがとう

の方だよね!と思ったのです

死んでくださりありがとう というのは
2000年前のイエスさまに対する感謝で
それはそれで勿論大切なのですが

それ以上に 今現在とりなしの祈りを
捧げ続けてくださっていることが
本当に感謝だなぁ と思ったのです

ですがその直後に神様からは

その事実を理解することよりも
神様がどれ程に私のことを
愛しているのかを理解することが
先である必要があった と示されました

もし愛されていることをわからずに
とりなしをされていることを知っていたら
私は愛を受け取らずにイエスさまを真似て
他の人のとりなしをしてしまっていたよ

と示され 全くその通りだなと思いました

それでは意味がないのです
まずは自分がどれ程に神様から
愛されているのかを知ることなのです

自分が愛されていることを知り
安全な中で至らない自分をしっかり受け止めつつ
本当の意味で成長することを知らなければ

仮面の数や 出来ることの数だけを
ただ増やし続け 拗れさせて
自分自身を成長させることが
出来なくなってしまうと思うのです

クリスチャンになって7年半近くになりますが
イエスさまが私のことを
どの様に愛してくださっているのかを
具体的に理解することが出来たことで

神様との関係においても新しいステージに
入ったのかもしれないな と思いました

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