神様という現実

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今日 というか昨夜は 聖霊さまに
満たされて全く眠れずに
異言で祈ったりしていたのですが

殆んど寝ていないにも関わらず
朝はすっきりと目が覚めました

祈っている時に とても
形容しがたい感情がわきあがり
泣きそうな思いがしました

これがとりなすべきものか と
わかりましたし これが
神様が昨日 痛みがあっても
動けと言われた理由だと思いました

りゅうくんはそれを口には
出して言いませんが 私が
出勤準備をしようと動くと
まって と言うので顔を見ると
寝ていたので 無意識で
繋がっているのだなぁと思いました

会社に行くと 制作会社の社長から
昨日問い合わせをしていたことについて
話をしたからいきますと連絡がありました

すると 彼は私たちが若い頃に
お世話になっていた楽器店の
社長だった人をエンジニアとして
連れてこられました

楽器店を営んでいたのだけど
パソコンが好きで自社サーバまで作り
オークションやSEOなどを
やり込んだ腕を見込まれて
制作会社のエンジニアとして
一緒にやることになったそうです

軽く見積もっても60代後半の方です
年齢は関係ないと本当に感服したし
本当に今 この土地にはもの凄い
勢いがあるなぁと思いました

夜は 水曜礼拝の生中継があったのですが
その中で 長年悩まされていた
痛みが完全に癒されたときに
何故癒されたのかと思い巡らしていると

私たちの感情や目の前に事実として
あるように見える(感じる)事柄よりも
神様はリアルだと示された という
お話がありました

神様は無から全てを作られる
比喩ではなく本当に全てであられるけど
私たちは吹けば飛ぶようなものだし
感情なんて数秒後には変わるものなので
本当にその通りだな と思うと

何かが物凄く軽くなり
なんとなくあった体のだるさや
痛みが吹き飛びました

りゅうくんが最近 神学校で学んだ
「軽やかに 明るく賜物を用いる」
ということを頻繁に言うのですが
この様な軽さを言うのだろうな
と思いました

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