神様の恵みを強く祈る

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今日は りゅうくんが短い文章を
書いたのですが その内容がとても
苦々しい雰囲気がするものでした

簡単に言えば 裁くことを神様が
どの様にご覧になっているかを
明確に示されていたのですが

人を裁くこと 批判することが
霊的にどの様なことであるかの
事の大きさを私たちは本質的に
知らずに生きているのだなぁと
しみじみ感じました

私自身はどちらかというと
裁くのが嫌だから見て見ぬ振りをする
という方向に行きがちなのですが
無関心は愛から最も離れたものなので
結局同じだよなぁと クリスチャンに
なってすぐの頃に思っていたことを
なんとなく思い出しました

しかし神様は残虐さよりも
偽善をもっと嫌われます

だから その様な思いがある時に
そこから逃げるのでもなく
表に出してしまうのでもなく
反面教師という意味ではなく

神様に取り扱ってもらうべき
領域であるという意味で
向き合わないとなんだなぁと
感じました

すると 私に対して呪いの言葉を
吐いていった人たちのことが
思い起こされました

過去の私は その様な人に対して
まあ そういう人がいても
仕方ないよね とは思えど
とてもその人を祝福するという
気分にまではなれませんでした

ですが 神様による祝福というのは
そういう人の苦い根や攻撃性をも
溶かしてしまうような祝福であり

人を妬み恨むような人の望みを
一切 良い意味で砕かれることを
強く感じたので 神様の祝福が
そのような人たちに大いに
注がれるようにと祈りました

その人が恵みの受け取り拒否を
したとしても恵みが注ぐようにと
強く祈る感じがしました

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