神様が置いてくださった場所

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今日は 母を連れてホテルに食事に行きました
先日スイーツビュッフェを頂いたホテルです

前回は 平日ランチの時間で母を
招くわけにいかなかったので
今回は 夜の一番早い時間に予約をして
仕事が終わったらすぐに母を
迎えに行きました

今日は 吉兆に10年働いておられた方が
板長の和食屋で お寿司の食べ放題です

お寿司は注文してから握るもので
他にも目の前で揚げてくれる天婦羅や
スイーツ サラダもあり それでいて
前回のスイーツビュッフェより
少し高いだけだったのです

りゅうくんが 廻っていないお寿司が
食べてみたい!と言うので神様に祈ると
はっきりとした道を示して頂けたので
予約をすることにしました

母は普段 夕食はあまり食べられないので
始めは悪いし勿体無いからいいよと
遠慮していたのですが

お昼ご飯の量を減らして
お腹空かせておいて!と
捩じ込みました

食事をしながら 母方の祖父や
母のお祖父さん それに
先祖たちがどれ程に与える人だったか
色々話してくれました

母方の祖父の家は屯田兵として
北海道に渡り たくさんの小作人が
いたそうですが 支払いが大変なのを
いいよいいよ と言っているうちに
貧乏になったんだよと笑っていたそうです

笑っていた というのがらしいなぁと
思いましたが その時に神様が

与えるものは幸せだ ということと
彼等のやったことを神様は忘れていない
ということ それから
私たちが与えるものは神様が
くださるからそれで枯渇することは
ないからね ということを
語ってくださいました

りゅうくんが神学校で賜物について
学んでいるところなのですが
いわゆる与える賜物というのは
循環を司る賜物なので 与えるからには
必ず受けるものなのだそうです

ですから 先祖たちが枯渇していったのは
神様に属していなかったための
呪いのゆえであったように感じると共に

私たちをその呪いから解放して
大きな神様の循環の中に
置いてくださったことに本当に感謝したし

先祖が どんなに失っていっても
笑顔で与えるものであり続けたことに
心から感謝をすると共に

妬むことでその素晴らしいものを
汚そうとする人々に対する憂いは
もう手放そう という思いが
与えられました

するとりゅうくんが 正にその思いを
現したかのような 詩とも啓示とも
つかない文章を送ってきてくれました

地に咲く花はわらう 喜びをもって
それは自分の受けた愛に他ならない
彼は 自分に注がれる泥水をも厭うことなく
その中にある水を濾して飲み 歌って言う
私はきよきを知り 彼にすべてを委ねている
私は汚れを知らず 知ることはない
花は笑って言う
私は静かに咲き誇る
彼の照らす光を 思う存分受けるために
彼の御顔を 仰ぎ見るために

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