名前にある恵み

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今日は 起きると神様から
簡易版ではないきちんとした
聖餐式をしなさいと示されました

それは小麦粉と塩だけで作る
混じりけのないパンを焼き
ワインで行う聖餐のことでした

実はこの混じりけのないパンが
私は大好きで いつも聖餐用だけでなく
食事として満足出来る程に
たくさん焼くことが殆どなのですが

今日は 本当に聖餐の為だけに
少しだけのパンを焼きなさいと
示されたので 直径5cm程の
小さな薄いパンを焼きました

先日 姉妹から貰った赤ワインが
まだ残っていたので パンとワインで
聖餐式を行うと 神様から
この後 礼拝ライブを見てから
外に食事をしに行くよう示されました

だからパンは少しだけだったのかと
納得をしつつ 示された通りに
礼拝ライブを見てから 歩いて
最寄りのファミレスに向かいました

(ちなみに 礼拝ライブの中でも
聖餐についての話があったので
リンクしてるなぁと感謝しました)

今日は何故か 朝からずっと眼鏡を
かけていなかったのですが
自分に頼らないという意味で
眼鏡なしで過ごそうと思いました

(ちなみに裸眼だと0.02ぐらいなので
運転をするなら眼鏡は必須なのですが
折角徒歩だし という意味もありました)

外に出ると 普段感じないような
においや肌に感じるものを強く感じたので
眼鏡なしはこの体験の為だったと思いました

ファミレスに行く途中 神様から
具体的なメニューを示されたように
感じたのですが お店に着くと
奥まった狭い席に案内されました

その場所が何だかとても嫌だったので
神様から示されたメニューではなく
鍋を使う 広い席ではないと
頼めないものを頼むことにして
席を変えてもらうことにしました

示されたのと違うものを選ぶ状況を
わざわざ与えられたように感じたので

それで合っているとは思いつつも
やはり 違うものを選ぶということは
慣れないというか 落ち着かない感じで
うーん と思っていましたが

しかし食事をしていると 神様が
安心してゆっくり味わいなさいと
示されて 平安へと導いてくださいました

暫くして落ち着いて食事をしていると
あなたは良いものを選んだ と
頭を撫でてくれると同時に

嫌なものを我慢して続けることなく
状況を変えることが出来ることは
神様が私に創られたイメージであり

悪い状況に我慢してしがみつく
人たちには妬みを引き起こすが
しかしその波紋を起こすことすらも
神様のイメージ通りだ と示されました

また 私がその様に選択した先に
神様が新たな道を創られるので
今回の選択に対してまた新たに
道が開けていくとも示してくださいました

暫くすると突如 以前聞いた
証が2つ 口をついて出てきました

ひとつは カーショップのオーナーが
タイヤが盗まれたことに気付きながら
黙認していたところ
盗んだ人がばれてないと思ったのか
ある日 素知らぬ顔でお店にやってきたので

会計の際に 私はあなたがタイヤを
盗んだことを知っているが赦しています
その証拠として今回のお会計は
私のポケットマネーで奢ります と
伝えたという証でした

またもうひとつの証は
レストランのウェイトレスが
物凄く態度が悪かったのに
桁ひとつ違うチップを支払ったところ

物理的な必要と体の癒しの必要が
満たされて 神様を受け入れた
という証でした

どちらも 相応しくない人に
与えるというチャレンジであると同時に

相応しくない人というのは
ある意味で必要がある人だという
側面も垣間見る証だと思うのですが

相応しくない人に与えるには
まず 相応しくない自分が
受け取っていなければならない

自分は相応しくないからと言って
受け取らずにいたら
相応しくない人に与えられないから
自分が相応しくないと思っても
きちんと受け取らないとだね と言いました

話をしている時 隣席の男性2人のうち
一人が物凄く深くこの話に
耳を傾けていることを感じましたが

私が話し終わると もう一人の男性に対して
照れ臭そうに ここは俺が持つわと言い
伝票を持って立ち去っていったので

二人がどういう仲であったかは不明ですが
意味のある証だったんだなと思いました

その席に移動したことで
起きた出来事だったわけですから
神様が開いた新しい道の一環だとも感じ

この地に良いものをもたらしてくださる
神様に 感謝をしました

また暫くすると りゅうくんが
親にある名前について話しはじめました

ヨセフという名前には
神様が恥をすすいでくださった
という意味と 私の子として
加えてくださるという意味とが
あることが ラケルの発言から
読み取れるのですが

ヨセフの子であるイエスさまは
正にその様な人生だったと
りゅうくんが言うのです

考えてみれば 旧約聖書のヨセフの
2人の子も 長男と次男にあった
呪いに見事に打ち勝っている人たちです

親の名前って意味があるんだね
では私たちの親の名前には
どんな意味があるだろう と調べてみました

りゅうくんの両親の名の漢字には
助けるという意味と
わからないことを教え導く
出発する 解放する という意味があり

私の両親の名の漢字には
屋根の下にいる玉(宝?)を
腰につけた人 という意味と
広める 得る 獲得する という
意味があるそうです

本当に とても自分達に深く
関連する意味が隠されていたと
びっくりすると同時に その様な
両親の元に命が与えられたことも
やっぱり神様の御心だったと思いました

(ただ りゅうくんのお父さんは
助ける という意味でありながら
それがとても傷付いている感じなので
癒しと解放があるように祈りました)

また 親だけではなく私たちの
名前の漢字についても調べました

両親のものは 漢字からは成り立ちがわからず
調べてみて始めてわかるものでしたが

私とりゅうくんの名前は両方とも
ほぼ漢字にあるそのままの意味で
隠されずに顕にされていました

私の名前には 汚れや濁りがなく
美しいという意味の他に
心配事がなくすっきりしているであるとか
純粋で素直な状態にするといった意味があり
それを聞いて 神様が私に創られたイメージが
とてもよく理解出来ました

またりゅうくんの名前には
勢いがあり盛大であるとか
身分が高いという意味がありましたが

りゅうくんも私も 漢字にある意味を
預言として貰っているのは
面白いなぁと思いました

いずれも英語圏の人からの預言で
勿論漢字の意味など知らないはずですが
(というより 日本人であってもここまで
深くは知らないと思いますが)

ヘブル文字も日本語も 象形文字なので
同じように神様が名前に意味を
与えられているのかもしれません

ともあれ 聖書の恵みが意外な方向に
広がる日だったなぁと思いました

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