神様とのチューニング

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昨日に引き続き 神様からのメッセージを
外から受け取る朝となりました

それは 聖霊に満たされ続けて
神を賛美し続けよ というものでした

そのメッセージを外から受ける
必要がある最大の理由というのは
りゅうくんが暴走しているからです

聖書のことを調べて書いているのですが
どうもそれを 神様と一緒にやらずに
自分の思いでやっているようなのです

その思いが神様にチューニングが
合っているなら何ら問題はありませんが

設問の意味がわからないとか
何を言ってるのか意味がわからない
とかいう理由から
本に書いてあることをそのまま
引用する ということをしており

その様にしてりゅうくんが
「聖霊によらずに書いたこと」を
読んだ時の印象は まるで
洗脳されたものの発言のよう でした

霊的に言うとそのような感じですが
要するに 知ったかぶりをしており

わかっていないのにわかったふりを
してしまう理由の背後にある霊的なものが
外に流れ出してしまうのです

理解が出来ないなら何故聖霊さまに
尋ねないのか と言ったのですが
「わからない」ということを認めて
質問をすることを恐れているなら
それは出来ません

今日はりゅうくんがお休みだったので
会社近くのカレー屋さんで
お昼を一緒に食べたのですが

インド人が経営するお店で 店内は
偶像に関するものでいっぱいです

そこにある背後の霊を打ち砕き
縛り上げる祈りをし終わると
神様が インドの食文化もいいよねと
言いながら チャイを飲まれていました
(実際 そのお店のチャイは絶品でした)

後になり それをりゅうくんに言うと
神様がいる気はしたけど気のせいだと
思ってスルーしちゃった!と凹んでおり
店内で言ってあげれば良かったかな
とは思ったのですが

神様からチューニングがずれている
というのはこういうことなんだなぁと
思いました

ふと 神様の方を見ると
小さなひつじのりゅうくんが
神様の周りを喜んで跳び跳ねています

その時に まだりゅうくんは
クリスチャンになって4年で
子どもなんだという感じがしました

子どものひつじが神様の周りで
ぴょんぴょん 嬉しそうに
飛び回っているのですが

何かわからないものが来ると
びっくりしてイエスさまの
服の裾に隠れてしまうのです

そして肉のりゅうくんを見ると
宿題を終わらせなくちゃ という義務感で
いっぱいになっているのです

少し前までは 神学校に入ったことで
宿題をやる時に神様の方に
向かえるようになっていたので
入学させて良かったと思っていましたが

聖書そのものではなく 先生が持つ
神学を土台に教える段階になり
聖書に書いていないことが出てきた途端に
設問自体が 何を言わんとしているのかが
わからなくなっているようなのです

本人曰く 英語の授業を和訳しているから
翻訳前の英語を見て自分で調べないと
わからないという表現をしているのですが
では先生にその様に言って英語の
原文を貰ったら?と言いましたが
勿論 そんなことはしないのです

英語の授業を受けられる程に
英語が出来るわけではありませんから
仮に英語の授業データを貰っても
期日までに宿題を終わらすことは
出来ないことは明白です

私としては 聖霊さまに聞きながら
一緒にやるしか道はないと思うのですが
神様の足元でくるくる踊る小さな
ひつじのりゅうくんを見ていると
もっと神様と遊ぶ時間を取る方が
大切なのではないかと思えます

ともあれ この件については
少し真剣に どうするべきかを
神様に祈り求めたいと思います

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