自制を捨てると入ってくるもの

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今日は会社に行くと まずはじめに
社長と 社長の息子さんである部長に
金曜日の夜にあったという重要な
会議の結果を聞こうと思いましたが

来客に打ち合わせにと お忙しく
なかなかお話が聞けませんでした

他にもやることはたくさんあったので
細々としたものを片付けていると
終業近くなり やっと時間が出来たようで
話をすることが出来ました

結論から言うと その話については
先方に預けた上で もっと頻繁に
ビデオ会議を重ねることになったそうで
動きがあるまで待機だったのですが

それ以外に 2つのホームページと
結構な短い期間で8店舗の広告キャッチを
考える必要があるそうで

ホームページについては明日と明後日に
打ち合わせをすることになりました

既にもうひとつ別のホームページが
進行中で 文章を全部書かないとですし
最悪 ホームページは後から直せますが
広告の方は年末分までを全部
入稿しなければならないそうで

正直 重たいのがまた大量に降ってきた!
と思いましたが 前回も似たような感じで
人の力でやろうとしたらどうにもならない
スケジュールで降ってきたので

今回も あれこれ考える前に
神様に全て委ねます!と宣言をして
考えることを止めました

一先ず 明日の朝打ち合わせのものは
どういう話をするか事前に決めないとなので
常務にヒアリングをして 部長さんと
打ち合わせをした結果を資料にまとめました

ふと時計を見ると定時を過ぎており
今日はりゅうくんが早めの夜勤のため
急いで帰らなければならないと気付き

常務に 資料を渡して明日朝一番で
打ち合わせをさせてください と
お願いをして 慌てて帰りました

(更に言うと ばたばたしていて
総務の人に聞き忘れたことがあり
帰宅後LINEでメッセージを送りました)

家に帰ると りゅうくんの夕飯を用意し
お弁当を作ると(時間が押していたので)
車で送り届けてから買い物に行きました

家に戻り 自分の夕飯を済ませると
今日は何かもういいや 遊ぼう!
という気分になりました

考えてはいないものの 大量の
やるべきことが自分の中に
整理されないままにあるので
リセットしたかったのだと思います

以前なら 遣らないといけないことが
山積みなのに遊んでいられないと
自制していたと思いますが

つい最近 ある姉妹と話をしていた時に
我慢すると歪むなぁとしみじみ思ったので
思ったことに制限をかけずに
兎に角遊ぼう と思いました

尚 私がひとりで家で遊ぶと言うと
パズルゲームなどになるのですが
ダウンロードだけしてやっていなかった
ゲームがあったので遊び始めました

しばらく遊んでいると りゅうくんが
休憩時間になりメッセージをくれましたが
りゅうくんの存在を感じた途端に
次はQTをやりたい!という思いが
沸き上がりました

実はここ3日程 本当に忙しくて
QTも溜まってしまっていたのですが
物凄い勢いでそれらをこなしました

するとそのQTの中で 以前の私が
なんとなくわかってはいるけれど
出来れば受け取りたくないと思っていた
内容がかなり含まれていました

そうか これを聞いてしまったら
納得せざるを得なかったから
忙しさを理由に避けていたけど

自制するのもういいや と投げたから
これが私の内に入って来れたんだな
と思いました

問題が起きるとつい問題の方に
思いが行きがちなのですが
大切なことはそちらではない
ということを強く感じる内容でした

以前の私は 問題により良い方に向かうと
その問題自体が恵みだったし
仲介になってくれた人にも感謝しなくては
と思っていたのですが 聖書を見る限り
その様なものの考え方をする人はいません

ただ 出来事としてその様なことがあった
と書いてあるだけで それに対して
愚痴すらも書かれておらず 本当に
ただ起きたことだ で済まされているのです

そうだな 何かのお陰という考え方は
因果の考え方であり クリスチャンは
そんなものからも自由なんだよな

と しみじみと納得をしました

少し前に 神様はご自身を信じていないものも
用いられるが たとえその人が
神様のみこころを行ったからと言って
その人が味方であるわけではない

ということを実感したのですが
(使徒たちを捕らえた祭司長たちの中に
もし彼等が神から出ていたら
私たちが神に敵対することになる と
言ったからといって その人が使徒の
味方であるわけではない という意味で)

神様がある目的のために不信者や
仲間となり得ない人を用いたとしても
その人が仲間であるわけではない

ということを実感することになりました

また その辺の見分けについては
りゅうくんがとてもはっきりしていて
養うべき相手とそうでないものを
彼はかなりはっきりと区別するのですが

神様は この点においては私の弱さを
助けるためにりゅうくんがいることを
示してくださいました

要するに 弱いからと言ってその事を
変えたいと思う必要はなく
この件についてはりゅうくんに頼ったり
神様の栄光を現す場所として
認識すればいいのだなと思いました

それがわかると とても落ち着いたので
以前から神様がよく 遊ぼう!と
言ってくれていたのですが 本当に
私にとって遊びは大事だな と思いました

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