自分の内を点検する

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今日は QTを通して神様が
妬みの心というのは ゲヘナの炎で
焼かれることが定まっているサタンの
心そのものであると語られました

救われたものには希望があるのだから
滅び行く頑ななものに同意する必要は
ないと語られました

聖書の救いを見ていると
自分自身が救われたのだから
他の人のことを赦しなさい
ということを語られています

今 私は安全な場所にいて
その安全を脅かすような存在からは
神様により完全に守られている

その事を深く理解することで
怒りは手放せるということを
示されたと感じました

ちなみにですが 今日 神様は私に
りゅうを助けなさいと示されたので
りゅうくんのために祈ったのですが

その祈りの答えかどうかはわかりませんが
今日は神学校の宿題の締め切り日であったため
りゅうくんは 宿題をすることを通して
簡単に神様の平安に戻ってくれました

宿題というのは期間限定ですから
それに依存することはないですが
形は神様に委ねるとして りゅうくんが常に
神様の方を向き続けられるように祈ろうと思いました

それはそれで良いのですが
しかし根本的な問題が解決をしていません

それはりゅうくんが妙なところで
頑なになってしまう件で 昨日書いた
食事の希望の出し方についてです

(昨日の日記参照)

更に詳細を聞くと どうもりゅうくんは
何でも揃う中華料理屋ではなく
ラーメンや担々麺の専門店に行きたいそうで
それは私が赤ちゃんを産むことから
遠ざかる選択なのです

血糖値が上がるリスクを取って
薬を飲むのを止めインシュリンだけで
血糖値のコントロールをしているので
血糖値が下がらなくなることが
わかっているものしかない店に行けば
自分を赤ちゃんを産めなくなる可能性に
傾けることになります

勿論りゅうくんは どうしても行きたいと
我を通そうとしているわけではないのですが

行きたい でもダメだよね と言って
そのまま黙ってしまうのです

それを聞いた私は 以前は一緒に
神様に食べるものを聞いていたのに
何で変わってしまったの という悲しみに加え
りゅうくんが自分自身の決断で
私の健康と子どものことを選ぶことから
逃げていると感じてしまうので
二重に重くのし掛かって来ます

しかも 神様が澄子の体調を考えて
行動するように促すことに対して
りゅうくんが反抗的になるので
のし掛かってくる重さは更に倍増です

また 私は一度の食事量を減らして
食事の回数を増やすよう指導されていますが
りゅうくんは基礎代謝が低いため
運動をしていないとお腹が空かないので
私が食事をしたいタイミングで
食事をしたくないことも多く
この件についてもりゅうくんが
自分を譲らないことで喧嘩になることがあります

子どもが産まれれば 幼いうちはきっと
このように 自分の思い通りにならなければ
駄々をこねるのだろうなと思いつつ

だからこそ 夫までに駄々をこねられたら
たまったもんじゃないなと思うのです

念のため言うと 私は自分が病気だから
りゅうくんに我慢させてしまっているという
余計な罪悪感を抱くことはしていません
そもそも その手の思いは結婚の前に
りゅうくんと話す中で手放しているからです

むしろ 医者からも旦那さんの協力を
仰いでねと指導されているように
りゅうくんには家の主として 私の権威者として
相応しい態度を取れるようになって欲しいです

またりゅうくん自身もどうにかこの件に
打ち破りが欲しい 自分の我欲ではなく
私の健康を第一としたいと思って
神様に祈り続けているのですが
全く打ち破られる気配がないのです

ですがここ最近 私の解放でりゅうくんが
変わっていることを考えると むしろ
私の方に問題の根がある可能性が高いでしょう

実際 その根に何かないかと探ってみると
びっくりするぐらいたくさんのことが
思い起こされました

当時 私は数々の非常識な意見に辟易して
怒ることもせずにスルーしてしまいました

子どもよりもお金を払う親にへつらう人や
人の命よりもお金を優先する人たちに対して
怒りを表すことすらも含めて
相手にすることが馬鹿らしかったのです

しかし今になって考えると 反論せずに
スルーしてしまっていたために 敵に
居座られてしまっているのだと感じますし
何より無関心というのは最も愛のないことです

ということは(今までやり続けてきたように)
背後の霊を叱りつけて縛り上げて
人のことは赦して手放すということを
細々とやっていき 愛を取り戻さなければいけない

この時に ネガティブ感情を偽善や無関心で
圧し殺してしまうと完全な解放を得られませんし
その感情を人にぶつけてしまっても
何の意味も価値もなくなってしまいます

愛するためにネガティブな感情と
向き合わなければならず
本音を神様に向けて吐き出すなり
ネガティブな感情を味わい尽くした上で
神様に思を訴えるなりする必要があるのです

というわけで 昨日に引き続いて一日中
ネガティブな感情と向き合うこととなり
若干(かなり)疲れましたが
ともあれ 自分の内にあったイライラは
ほぼ消え去ったように感じました

それを経た上で冒頭の話になりますが

嫉妬というのはどういう意味だろう?と
少し考えました 何故なら
思い起こされたネガティブな出来事の中には
嫉妬する要素が見付からなかったからです

強いて言えば 体調不良について
理解して協力してくれるような
素晴らしい旦那様を持つ人への嫉妬?と思いましたが
良くも悪くも私はそんな素敵な人を知りません

家の事情をそんな大きく話す人もいないですし
むしろ 男性はなかなかわかってくれないと
苦労話を聞くことの方が圧倒的だったからです

ということは 私の嫉妬ではありません
であれば 思い当たるものがありました

りゅうくんが あまりにも私のことを
大切にするために敵が嫉妬をして
この関係を壊そうとしているものが
投げ込んでくるもの という意味です

私の内にあるネガティブな感情が
その足場となっているとすれば
これらを神様に全て委ねてしまえば
敵は足掛かりを失うことになりますから
これで何かが前に進むでしょう

りゅうくん自身は まだ若干
ごねごねしているのですが
神様に解決を委ねたいと思いました

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