新しいことをされる神

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今朝 りゅうくんが夜勤から帰って来ると
今日締め切りの宿題をやり始めたのですが

その中で 一つ物凄くりゅうくんの思いに
引っ掛かることが起きたそうで 朝っぱらから
物凄い憤って熱くなっていました

(朝っぱら と言ってもりゅうくんにとっては
仕事明けの寝る前なのですが)

それは癒しについての考え方です

初代教会の時代は今ほど医療は発展しておらず
医療に頼ることなく神様だけに頼って
病気が癒されていたのだから 今の世でも
医者には全く頼らなくても神様だけに頼れば
癒しは起こる という考えの人がいたのです

この考えについて 私たちの教会では

神様が祈りの中で 病院に行くようにであるとか
手術を受けるようにと示される時はあり
そういう時は 従うことで回復を得られるので
癒しの祈りは現代医療を否定するものではない

という風に教えています

実際 病院にかかることなく癒されたいと
祈り願っていた牧師さんが 手術を受けなさいと示され
ショックを受けつつも 声に従い手術を受けると
成功した上に手術の痛みも軽く済んだという証もあります

神様はこうしてくれるはずだ というのは
実は信仰でもなんでもなく 自分の思いにより
神様をコントロールしようとすることなので
下手をするとカルトになってしまいます
(実際 そのような人の思いをぶつけられて
霊的なダメージを受けたことが何度もあります)

なのでりゅうくんは憤っていたわけですが
それをどう表現すればいいかもわからないし
そもそも人の会話に割って入るべきかと言えば
憤りをぶつけに割って入るのならやめた方がいいから
その件からは離れて兎に角寝る ということになりました

私はこのように教わったであるとか
聖書にはこう書いてある ということを
ぶつけ合うと議論になってしまうので
避けるべきだと思いますが

しかし神様はこの件についてどのように
示されるだろうかについては耳を傾けるべき

という思いが与えられたので祈ると
以下のように答えてくださいました

初代教会で起きたことしか起きないのではなく
神様は新しい方法も用いられる

その証拠に 私たちは神様の示しによって
インターネットゲームで出逢っている

神様は以前 人の思いで善にも悪にも転ぶものは
神様が作られたものだと教えてくださったことがあるが
インターネット然り 医療もその様なものであり
神様はご自分が作られたものは用いる方であり

大切なことは 神様の声に耳を傾けて
それに従うという一点に尽きる…ということでした

また 以下は私が思ったことですが

イエスさまは ご自分がなさった以上のことを
弟子たちが行うと仰り 実際初代教会の時には
パウロの手ぬぐいに触れただけで癒されるということや
ペテロが見た幻により ユダヤ人以外にも
福音を伝えるという方向性が示されるなど
イエスさまがやらなかった新しいことが起きているのです

であるとしたら聖書の神様は 後の時代である
今には以前よりもっと大きなことをさせてくださると
考えるのが信仰なのではないかな と思います

ただ もし医療機関に頼らず癒しを起こす
ということに強い思いがあるのだとしたら
もしかしたら医療が発達していない場所や
貧困の人たちに召されている人なのかもしれないけど
神様は自分の思いに固執せずに もっと
思いの地境を広げてもらいたいのかもしれない

とも思ったので りゅうくんにはそう伝えました

すると 聖書にはこう書いてあるとかで
議論しちゃダメなんだね それだと
パリサイ人と一緒だけどそうではなくて
イエスさまのように権威をもって話せないと
いけないんだね と言っていたので

今回の件は りゅうくんの建て上げのために
必要な道だったんだな と思いました

パウロも 神様への熱心さの故に
クリスチャンを迫害したわけですから
その様な人を神様は用いられるのだろうと思います

同様に今朝 りゅうくんは憤っていながらも
神様への思いでいっぱいだった という感じで
神様の光を受けて輝いていたなぁと思いました

神様のことを熱心に思う姿は見ていて
とても幸せな気持ちになるわけですが
きっと神様ご自身が子どもたちのことを
その様にご覧になってくださっているのでしょう

そしてこの感覚が 数日前に祈っていた
神様の心をもっと知りたい の
答えのような気がしました

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