神様といる生活

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昨夜 もし私が神様と出逢っていなかったら
こんな状態だったのかもしれないなぁと
思うような 持病や不妊と立ち向かうママの
体験談を読みました

レアケースなので医者にも周囲の人にも
わかって貰えず 不安な中で
起こる問題を自分や他人のせいにしては
落ち込んでしまうのですが

客観的に見ていると(大変ではあれど)
全てが奇跡的に上手くいっているのです

心配があるからこそきちんと調べて
対処しているから乗り越えられている
という側面もありはするものの
大半は余計な心配で ネガティブな思考は
自分だけではなく周囲を疲弊させます

くよくよ悩んでいても仕方がない!と
開き直る時に 全てが上手くいくのですが
それで上手くいっても不安ばかりで喜びがないのです

まるで 過去の自分を見るようだなぁと思いましたが
神様を知っていても知らなくても神様は
全ての必要をきちんと注がれているのだと
読んでいて強く感じました

しかし 上手く行っていても喜びがないと
鬱になってしまうのです
大切なことは喜びだということです

クリスチャンになってから
ネガティブな思いが出た時には
「自分の思いではなく敵の投げ込む嘘」
とわかっているので 出ていけと言えば
その様な思いは浮かばなくなりますが
喜びというのは与えられて得られます

感覚としては 神様が喜んでおられるので
私も喜べる という感じなのです

更に神様は 自分の思いや兄弟姉妹を通して
希望と平安をたくさん与えてくださるので
喜びを分かち合うことも出来ます

罪の赦しと権威を与えられていることは
どれ程に大きなことだろうか また
神様に愛されていることを自覚している人たちが
共に喜びあえることとは どれ程に素晴らしく
何にも換えがたい恵みだろうかと感謝をしました

また昨日 母の家にある神棚とお札を
撤去するということで話がついていましたが
今日は丁度りゅうくんが休みだったので
善は急げと早速 母の家に行き片付けをしました

行ってみると 神棚などだけではなく
同じく偶像系の本もたくさん出されており
ついでに捨ててきてと言われたので

霊的な邪魔があり 片付けたいのだけど
片付けられないという状況だったのかも
しれないなと思いました

聞いてみると 本当はもっと出したいものが
あるのだけど 朝から調子が悪くて
あまり片付けることが出来なかったと言います

父の遺品の偶像を捨てる時もそうでしたが
どこかで一度時間を作ってきちんと
掃除をした方が良いのかもしれません

いずれにせよ(今日の体調不良もそうですが)
最近ずっと母の調子が悪かったのが
これで多少でも良くなるといいなと思います

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