神様のために全ての賜物を捧げる

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早朝に 夜勤から帰って来たりゅうくんの内に
何か良からぬものを感じました

なんだ?と思ってりゅうくんの顔を見ると
眉間にしわを寄せて今にもうなされそうな顔をしていたので
敵により変な夢でも見ているのだろう と思いました

一昨日にも似たようなことがありましたが
その時は りゅうくんからあぶりだされて来たものに
トラブルを起こされてしまいました

しかし今回は その手口も正体もわかっているので
いちいち相手にすることなく すぐに
りゅうくんから出ていくように祈り 異言で祈ると
寝ていたりゅうくんも(寝言で)異言で祈り出したので
これで大丈夫かな と思いました

その後しばらく何者かが私に対して 何かしらの方向に
誘惑しようと試みていることを感じましたが
何を言っているのかも どんな誘惑をしようとしているのかも
全くわかりませんでした

先日はトラブルが起きてしまったことが本当に悔しくて
二度と敵には同意しないように守ってください と神様にお願いしたので
同意しなくて済むように聞こえなくして頂いたのかもしれませんが
とにかく 神様によって自分が強められていることを強く感じました

りゅうくんから出ていき 私にも触れることなく
2度と戻ってきてはならないと命令をすると
神様の雰囲気だけが残り 余計なものはなりました

りゅうくんもその頃には表情も穏やかになり
ぐっすりと寝ていました

そして気が付いてみると 一昨日起きたトラブルと
似たような状況が起きかけていましたが

それに対処するための全ての必要がきちんと
整っていることに気付いたので冷静に対応が出来て
トラブルを未然に防ぐことが出来ました

先日 敵に翻弄されて痛手を負ったことは本当に悔しかったので
神様がこの様にすぐに完全な守りと必要と勝利を
与えてくださったことを心から喜び 感謝しました

また この事を通してりゅうくんの内にいた嘘つきの霊が
全部ではないにしろ少しでも出ていったと感じたので
私自身が それに振り回されることなく追い出すことが
出来るように 神様から強められたことにも感謝をしました

今日はりゅうくんがお休みだったのですが
昼には物語とQTを書いて送ってきてくれました

そこには 霊的戦いに際して神様が 励ましと必要とを
備えてくださる様子が描かれていたので
正にこのような状況だったのだなと思いました

夜になり 集中してやりたいことがいくつかあったので
資料と本を持ってファミレスに行ったのですが
そういえば今朝 QTをしていなかったなと思って
QTをしようとすると 全く神様の声が聞こえません

この様なことは今までなかったので
おかしいなと思いましたが
ふとりゅうくんの方を見ると そこに
神様の意図のようなものを感じました

りゅうくんを見ている間だけ神様を感じたので
本を読んでいたりゅうくんをじっと見つめていると
気になったりゅうくんが本を読むのを中断して
こちらを見返して来るのですが
そうなると途端に神様に集中が出来なくなります

気になるだろうけど気にせず本を読んでいて と言い
りゅうくんが本を読みだすと また神様の意図を感じるので
それの正体を見極めようとりゅうくんを見つめるわけですが
暫くするとまたりゅうくんがこっちを見てしまい
神様への集中が途切れてしまう ということが何度か続きました

何度かそれを繰り返すとりゅうくんは
本を読むことを完全に止めて本を片付けてしまい
音楽か聖書かを聞いていたらしきイヤホンも外して
膝に手を置いて にこやかな表情で
真っ直ぐこちらを見つめてきました

するとやっと 神様の御心が流れ始めてきました

りゅうくんが見つめているものに神様の御心があったのでしょうか
よくわかりませんが りゅうくんが私だけを見つめたときに
神様が語り出してくださったのです

まず最初に示されたのが たまにりゅうくんが陥っている
全くQTが出来なくなり 神様の物語も受け取れなくなる状況を
私が今 体験しているということでした

この様にして りゅうくんの霊的な不調を
私が全く同様に体験することが出来るということは
この件の原因が りゅうくんの未熟さやら俗人的な理由
或いは人格的なものとは一切関係のない
霊的な要因によっている ということです

ですからその霊がこちらに来たときに
全く同じ現象が起きているわけです

(りゅうくんがにこにこしながらこちらを向くことで
神様の声が聞こえだしたということは
私もりゅうくんがそのような状況に陥ったら
同じように 見つめてあげればいいのかなと思いましたが
それを試す機会は訪れないことを祈ります)

その後に神様から語られたことはとても深く
自分の言葉で書き表すことは難しいので割愛しますが

それを聞いた時に 私の知恵知識は人のためにあるのではなく
神様のためにあるものだという感動が与えられました

今まで何となく
神様により自分の賜物を活かして貰うということは
人の役に立つことや 人を助けることをやらせて貰えるようになる

平たく言うなら 私の賜物や知恵知識は
自分以外の人を助けるためにあると思っていたわけですが
それは思い違いであるとはっきりわかりました

私の賜物や知恵知識は ただ神様のためにあり
他の何者のためでもない と強く感じたのです

勿論 神様がなさりたいことの中には
人助けもありますが しかしそれも
相手という人のためではなく 神様の栄光が現れるためなので
考えてみればその通りだと思いました

ですから 今りゅうくんの霊的トラブルをこのように
同じように体験し それを見抜き 打ち破るということは
りゅうくんの霊的解放に役立つことだと思いますが
これはりゅうくんのためではなく 神様のために
やっているのだということです

その為に 私が自分の持つ全てのもの
(神様から与えられた知恵知識をも含めた全て)を
神様に捧げるなら 神様は 私の自然の欲求や必要をも
全て満たしてくださるのだと示されました

確かに りゅうくんが解放されてくれないと
神様がりゅうくんに与えたい恵みが敵に盗まれてしまいますし
神様がりゅうくんを用いて流したい愛が流れません

全てにおいて主語は「神様」なのです

また りゅうくんを助けることは妻としての役目ですが
神様のために自分自身を用いていただく時に
りゅうくんを通して自分に流れてくるはずの
恵みや愛も受け取れるわけですから 私の必要は満たされます

実際には 私が神様のために全てを注ぐなら
神様はそれに報いてくださる という感じの
示され方をしたのですが 要するにそういうことなのです

そういえば自分の欲求や必要について不満に感じる時に
何でですかーと叫ぶことはあっても
素直に神様に求めるということはしていなかったな
自分の自然の欲求や必要すらも全て神様に
委ねれば良いものなんだな と思ったので

早速 神様に自分の全ての知恵知識を含めた賜物を
捧げることを宣言して祈ると
その時まで全く気付かなかった程の本当に 微かな
「不快な臭い」があることを感じました

臭いというのは物理的なものだけではなく
霊的に腐敗したものがいることで感じることもあります

その臭いが神様の御声が聞けなかった理由だと気づいたので
直ぐにその場所から離れて家に帰ることにしました

後でりゅうくんに聞くと りゅうくんは
臭いには全く気が付かなかったそうですが
しかし家に帰ると 理由はわからないながらも
「帰ってきてよかった 助かった」と安堵したそうです

家に帰るとすぐに 聖めの祈りと敵を追い出す祈りをして
ゆっくりお風呂に入ると その雰囲気は消えました

すると今度は 先日りゅうくんに「ストレスによる臭い」について
話をしていたことが思い起こされました

人は ストレスなどにより体が酸化すると
様々な臭いのトラブルが起きてしまうのですが
単純にストレスや汚れによる物理的な臭いだけではなく
汚れた霊がいるだけでも臭いを感じることがあります

他人や場所から霊的攻撃を受けたり引き受けた時にも
そのような臭いを感じることがありますが
さっさと追い出さないと自分自身が病気になったり
怪我やトラブルに巻き込まれてしまうので
そのようなものを感じたらすぐに
神様に聖めて頂けるように祈ります

りゅうくんは 追い出さずに自分として掴んでしまい
どよーんとなり 神様に助けも求めないので厄介なのですが

霊的な汚れた臭いは 物理的な臭いに対する
対処法を施したところでおさまることがないので
神様に取って頂くか または
神様が運びたい場所にその霊を持っていくしかありません

祈りにより臭いが消えるという体験もあるし
臭いを神様の御心のままに運んだ先で
大きな打ち破りを見たこともあります

個人的には あまりそういうものを運ぶ役目を
したくないなぁとは思いますが
しかし「油汚れは油でしか取れない」ものなので
そういうことが必要なこともあるのだと思いますし
人の方を見るのではなく 神様だけを見るなら
打ち破りと解放があるのであれば それは間違えなく御心です

(またその経験により自分自身の何かが
打ち破られることも多くありましたから
一石二鳥も三鳥もの意味があったりします)

りゅうくんのことだけに絞って話をするなら
敵の嘘を掴み ネガティブなイメージを自分のものとして
掴んでいる時の様子を「腐る」或いは「不貞腐れる」と
表現するのは言い得て妙であるなぁと思いますし

逆に 神様が私たちに抱いてくださっている
神様から見た自分のイメージを掴み神様の平安に留まり
喜んでいる時には 人を蝕むようなストレスは感じ得ず
神様の輝きを映して輝きを放ちます

ということを書いていると 丁度そのことを
全く違う形で表現する記事が流れてきたので
今 神様はりゅうくん(と私)に対して強く
そのことを示そうとされているのだと思いました

私たちは弱い者ですから 全く腐ることなく
いつも調子よくいることが出来るというのは
なかなか難しいのは事実です

しかし 地において肉が与えられている
わずかな時間をどのように過ごすかを考えたら
敵に同意をして 余計な負債を背負って過ごすよりも
神様に同意をして 神様の与えてくださるものだけで
生きる方が絶対良いに決まっています

というより イエスさまを証して生きるということは
正にその様に生きることであると思います

良い時も悪い時も 全て神様の素晴らしさを
讃える時とすることは可能であり
その様に励ましてくださる神様に 感謝をします

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