神様の御恵みに期待をする

Pocket
LINEで送る

昨日 りゅうくんの方向性がわかり
お互いが自分の役割を理解しつつ
進める土壌が出来つつあるわけですが

今日は 私もりゅうくんも今までにない形で
敵からの攻撃を体験しました

私は 夜に聖書を読んでいた時
今やっていることが悪いことであるかのような
恐れが入ってきました

翌朝になってその時に入ってきたものが
聖霊さまのふりをしてあれこれ言うので
こんなお喋りな聖霊さまはおかしいと
縛り上げるお祈りをすると静かにはなりました

が それを追い出すまでの間に
ちょっとしたトラブルが起きてしまったのです

その霊の動きやトラブルの内容が
先日りゅうくんを通して来たものと
全く同じパターンだったので

りゅうくんに留まれなくなったものが
最後の悪足掻きをしていったと感じました

それは以前 母の背後の霊を縛り上げると
私のところで霊的戦いが起こり
最後にはりゅうくんの方に飛び火して
りゅうくんがちょっと怪我をしたりして
終わった時と同じ(立場が逆転しただけ)類のもので

ともあれ何か出ていったんだな と思いました

しかし 直ぐに見抜けたとはいえ一瞬でも
影響を受けてしまったことが悔しいなぁと
思っていたのですが その後のQTで
聖書を通してであっても平安がないものは
敵の仕業だよ と見分け方を教えてくださいました

またその後に 解決は外に探すのではなく
内にいる聖霊さまに頼ればいいという
とても深い平安が与えられました

更にその平安の奥には神様が土台として
しっかりといてくださることを感じ
「敵の攻撃が多いところにこそ
大きな御恵みがある」という思いが
与えられたので 喜んで神様に期待をしました

またりゅうくんはりゅうくんで
神様からそっちに行ってはいけないと
言われた方向への好奇心をくすぐられるような
出来事が 会社であったのだそうです

一切黙って口を開かなかったそうですが
今まで話題にも上がったことがないし
これは誘惑だよな とは感じたそうです

なので 敵の攻撃が多いところにこそ
大きな御恵みがある と感じたことと
大切なのは目に見える事柄ではなく
霊的背景なんだということをシェアしました

クリスチャンになった頃は
同じ様なことであっても
神様から見て良いことと悪いことの
区別がよくわからなかったのですが
背後の霊が全てだということが最近
よく分かるようになりました

言ってしまえば 同じものや空間であっても
霊的背景により良し悪しが変わるので
霊の見分けがとても大切なのですが

無菌室であれもダメこれもダメと
全てを制限した安全な管理下にいることと

汚れも雑菌もあるし危険もある中で
カバーを受けつつ鍛えられること

どちらが神様が人に与えたイメージであるか
と言ったら間違えなく後者であることは
聖書を読めばよくわかります

敵の前で食事を用意してくださる神であり
アブラハムを祝福する条件として
荒野へ旅立つよう促された神なのです

そういう神様をお迎えするために
霊的土壌を整えておくことがクリスチャンの役目です

私たちが信仰の武具を身に付けて
敵に荷担する(口を貸してしまう)ことなく
出ていけ と命令するなら その場所は
御国が勝ち取ることになります

霊的戦いがあるところには
大きな御恵みがある その事に期待しつつ
神様の勝利を喜び歌います♥️

Pocket
LINEで送る