囁くような神様の声に従う訓練

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最近スタートした新しいことについてですが
この様にした方が良かったのではないか
というものをいくつも発見して凹んでいると

りゅうくんからも神様からも
何事も経験だし場数だから と
慰められたのですが それにしても
自分の落ち度だったと思うので本当に凹みました

私がやりたいことと 神様が用意しているものに
若干のずれがあることを感じたのですが
りゅうくんは一所懸命 私のやり方の質を上げる道を
模索しようとしてくれました

しかしそれは御心ではないと思ったので
神様に聞いてごらんと言うと 神様からの答えは
「小さくまとまりたいならそれでも良いが」
というものでした

自分には出来ない 神様にしか出来ない大きな事と
自分自身でやり達成する楽しさという選択肢で
自分の(人の)範囲で終わるような小さなものに
収まりたくないという思いが強いのですが

りゅうくんは 自分がやりたいことで高みに行きたい
という思いがあります

若いし経験がないので当然のことのようにも感じます

ですが神様は 自分を殺して捧げた時に
自分が思ってもみなかったような大きな事を
私たちにやらせてくださるのを私は知っています

今回の件では 自分がなぜ失敗したかとかは重要ではありません
経験がなかったので待つべきポイントが
どこなのかがわからなかったのです

ですが一番凹むのは「こうすればいい」と思っていたことに
何も手を加えることなく素直に従っていれば
失敗がなかったということです

命令系でも強い調子でもなく 囁くように
神様は知恵を与えてくださっていたにも関わらず

イレギュラーなことが起きた時や
あと少しでどうにかなると思った時に
自分の手でなんとかしようとしたことが
全て裏目に出ていたのです

その全てが 待つべきだという判断をするだけの
知識と経験がなかったことが原因であったので
経験しなければわからなかったことなのかもしれませんし

この様に失敗経験をすることで 自分の力ではなく
神様の力でやらせて頂いているのだということを
自覚出来るのも良いのかもしれないとは思います

待つのが苦手なことは自覚をしているので
本当に 訓練だなぁと思います

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