神様だけに集中する

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昨日の夜 これは神様の示しと逆行してるなー
と思ったことがあったのですが

案の定 その様な出来事の先には
汚れた霊が溢れており その場所にいる間
ずっと聖めの祈りをしていました

しかしその出来事は 必ずしも
悪いことだったという感じではなく
この件を通して明らかにするべきことが
明るみに出た という感じがしました

また 過去に私では太刀打ち出来なかったことも
神様が全て片付けてくださっているという
安心感も物凄くありました

しかし神様は QTを通して
もっと自分が守られているということに
馴染みなさい と示されました

過去は 誰も守ってくれないどころか
周りの人全員が(霊的な)敵側についていて
孤軍奮闘するしかなかったかもしれないが
今はあなたはわたしの守りの中で憩い
喜んでいることこそがわたしの勝利だと
仰ってくださいました

また 素晴らしいことが起きる時は
敵からの攻撃があり恐れや不安が来るけど

何もない平穏な日というのは 敵にとって
脅すまでもなく私たちが自分の弱さや
愚かさで自滅するから放っておかれているのだと
感じることがありました

そういう日こそ 悔い改めて自分を低くして
自分で動いてしまう前に 神様のレーマを
切実に待ち望むべきだと感じました

また聖書のみことばは武器となり
敵の嘘を打ち砕くということも
改めて実感させられました

それから 特に今日強く示されたことは
神様は 私たちが自分達の経験則や
人の知恵知識に頼ることを止めて
神様に頼って貰いたいと切に望まれている
ということでした

神様に出逢う前 私たちは人の知恵や
経験に頼るしかありませんでしたし
そのようにして行動したとして
責任は全て自分で背負う必要がありました

その判断の根拠の背後にどの様なものが
いるのかなど考えたこともなく
知らずに人を陥れようとする霊の囁きを
掴んでしまうことがあったとしても
他に頼るものも知りませんでしたし

人の経験の範囲による判断というのは
二番煎じ以降の劣化した結果しか出しませんし
時代が変われば常識すら変わることがあります

しかし神様は その様な低いものに頼らずとも
その時 そのタイミングにおいて
私たちが真に知るべき最善のものを
全て教えることが出来る方であるということに
もっと心を開くようにと示されました

人の判断による 解決にもならない解決ではなく
神様の平安の中で憩うことを楽しみなさいと
神様は示されました

敵は そこから目を逸らさせるために
全く関係ないところで騒ぎを起こしますが
そこに目を向けているうちに
大切なものを見逃してしまうことが
ないように気を付ける必要があります

神様が折角素晴らしい食卓を
用意してくださっているというのに
今トラブルが起きていますので
それどころじゃないと言うようなものです

神様がくださる平安の中で
神様がくださるものを楽しみ
神様を賛美することを神様は望まれている

ということを今日本当に深く感じました

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