物事の本質にある何か

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以前にもよくあったことなのですが
りゅうくんの勝手な思い込みにより
不愉快な思いをするということが結構あります

実はこれら全ての事柄には共通項があり
私がりゅうくんの気持ちに同調せずに
自分のやるべきことをやろうとしたり
神様の方に向こうとする時に起きるのです

その標的になるものの多くが日記と食事です

以前から 日記を書こうとすると突然
話しかけられるということは頻繁にあり
その度に 今集中したいからちょっと黙ってて と
制さなければならないことはよくありましたが

最近では 私が糖質制限をしていながら
りゅうくんだけに糖質を取らせようとすると不機嫌になったり

逆に りゅうくんだけがお腹いっぱいで
私が食べ足りない時に 私が食べるのを邪魔するのです

子どもであればいざ知らず
夫にそれをやられるのはたまったものではありません
何故なら夫には権威があるのでそのようにされると
従わなければならなくなるのです

年齢に関係なく 家を守る者 上に立つものとしての
自覚を持ってくれないと困るので
自分には自分の 私には私の必要があることを理解し
それぞれの必要を同時に気遣えるようになれと言っています

あまりにも酷いことを言われる時には
神様 どうしてこんなことが起きるのですか?
と叫びますが りゅうくんの成長のためと
言われてしまうので仕方がありません

しかしこれは どうもりゅうくんのためだけではなく
私自身の怒りの解放にも関係がしているようだと
全く別の話をりゅうくんとしていた時に思い当たりました

というのも この様なことが頻繁に起きた直後に
幼い頃に 自分の欲求が大人の身勝手によって
潰されたことに対して 物凄い怒りがあることが
思い起こされたからです

思い起こされたからにはそれを手放す必要があるのですが
ただ感情的に赦すの赦さないのということでは
まったく感情に変化がありませんでした

しかし その怒りの根っこにどのような
敵の仕業があるのかを掘り下げていくと
やっと 本質がどこにあるのかがわかり
それと同時に 怒りも消えていきました

どうも 赦す赦さないという問題ではなく
本質に辿り着くというミッションであったようです

結論を言うなら 間違えたものに執着していると
本当に必要なものは手に入らず
本当に必要なものを求めることなく
代わりの物を求める人は本物を求める人の邪魔をする

ということでした

寂しかった時に物を貰い 物で寂しさを埋めてしまうと
本当に必要な愛を得られないという呪いになった上に
愛を求めている人の邪魔をする といった感じです

しかし それに気付いたことで溜飲が下がったということは
私の内にある怒りというのは
理不尽さに対する怒りだったということでしょうか
それとも 物事の本質を見たことで満足したのか

すっきりした反面で謎が増えたなぁと思う出来事でした

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