光へと作り替えられる過程

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今日のQTで読んだ聖書箇所には
このような聖句が書かれていました

ルカの福音書11章34節
からだのあかりは、あなたの目です。
目が健全なら、あなたの全身も明るいが、
しかし、目が悪いと、からだも暗くなります。

何度も読んだはずの箇所ですが
今朝はこれを読んだ時に
何故私がクリスチャンになった頃に
霊的に敏感であるのをなくしてくださいと
祈ったのに 逆に研ぎ澄まされたのかが
やっと理解することが出来ました

後に何人もの兄弟姉妹から あなたには
霊の見分けの賜物がある ということを
示されたので その頃には
賜物があるのでは磨くしかないはずだと
諦めがついたわけですが
(神様は一度与えた賜物を取り去らない)

神様に出逢う前は その賜物がある故に
トラブルになることがとても多かったし
仮に 見分けることが出来たとしても
自分には何かをする力はなく
わかってしまうことは ただ
自分のストレスになるだけでした

更に言うなら場合によっては
わかっている癖に何もしてくれないと
八つ当たりのような攻撃を受けることもあり
本当に こんな能力はいらないと思っていたのです

しかしこの聖句にある通り
盲目であるなら暗いのです

見分けの霊とは 聖霊さまのことです
聖霊さまは 私たちに真理を語り
全てを明らかにしてくださる方です

今であれば 霊的に何かを感じた時
神様(=父なる神=イエスさま=聖霊さま)に
これは何ですか?どういうことで
私はどう受け止めてどのように反応すれば
良いのですか?と尋ねれば きちんと
神様は私に言葉をくださいます

質問に対する具体的な答えというよりは
神様の目からこれはどういう状況だと
教えてくださるので それを知ることにより
私は自分の態度を決める事が出来るのです

この「神様の目から見たもの」との一致が
この聖句にある「目が健全」ということなのです

神様は 一点の曇りも陰りもない光そのものです
その方の見方と同じようにものを見れるなら
目が健全である ということなのです

自分にはその様に見えなくても
神様がその様にご覧になっていると知った時に
自分もその様に見ますと決意するなら
私の目は健全になり 私の全身も明るくなるのです

霊的に敏感であるのが問題なのではなく
健全な目線を知らなかったことが問題であり

私は 神様がくださった賜物を
蔑ろにしてはいけないのだと思いました

神様の声を聞いて神様の目線を知り
自分が持っている不健全な暗い目線から
健全な目線へと引き上げて頂く

それこそがクリスチャンの特権であり
全ての問題に対する唯一の解決であり
私が神様に与えられたものは
どれひとつとして過不足はないのだと
賜物に感謝し 向き合おうと思えました

その様に 回復してくださることに
心から感謝します♥️

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