神様からの注ぎだけが実を結ぶ

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今は 月に1度だけ教会に行っており
それ以外は家で礼拝の中継動画を見ていますが
家で礼拝をするのと教会で礼拝をするのとでは
やはり 雰囲気が違います

とは言え 礼拝というのは別に
教会に行って賛美することだけではありません

家でも会社でもどこであっても
神様を求めて礼拝することは出来て
一人で 或いは家族と礼拝するのも
それはそれで素晴らしい時間ですが

多くの礼拝者と一致して賛美する恵みも
また違った素晴らしさがあるのです

礼拝に対する飢え渇きを感じつつ
しかし 色々あり自分の心と態度を
そちらに向けることが出来ずにいると
神様が このような示しをくださいました

愛する澄子 あなたは形式的な宗教的な礼拝ではなく
わたしにいつも心を注ぐ礼拝を求めているのです

それ以外の部分ではあなたは
子どもとして振る舞っています

あなたが礼拝者として建てあげられるなら
あなたも人を礼拝者として建てあげるようになりますし
あなたが子どもとして建てあげられるなら
あなたも人を子どもとして建てあげます

あなたは受けたものを流しなさい
子どもをどの様に建てあげるかを決めるのは親であり
良い親であるわたしは 子どもの心の
奥深くにある思いや希望をよく知っています

焦ることなく わたしが注ぐものに注目していなさい

今 私は子どもとして建て上げられているので
焦ることなく今与えられるものを受け取りつつ

子どもの希望をよくご存知であるお父さんが
何を与えてくれるか期待して祈り時を待ちなさい

ということかなぁと思いました

りゅうくんもそうですが
こうなりたいとか こういうことを学びたいとか
色々と思いはあるのですが
結局は神様に注がれたものしか
良い実を結ぶことはありません

神様が今 私たちに何を示されて
何をさせてくださるのかをよく見て
喜んでいたいと思います

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