敵に同意するのをやめる

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ネットでコミュニケーションについて
気になる記事を見掛けました

一瞬 あまり読みたくないという思いがして
スルーしかけたのですが 読んだ方がいいと
思いが与えられたので読んでみると
りゅうくんに必要なことが書いてありました

頼まれたことを断る態度について
ただストレートに 引き受けられないと
答えれば良いだけなのに
怒り出したり何も答えない人というのは
相手をコントロールする ということが
書いてありました

さらっと読んでその時は終わったのですが
ふと 昨日の出来事とこの話に
リンクすることがあるぞ?と感じました

神様にどういうことですかと尋ねると
昨日 りゅうくんが聖書を読んでいる時に
背中に感じた不快感というのが
コントロールの霊だと気付いたのです

更に数日前 りゅうくんが
聖書の教えに従わない人に対して
感じる憤り 聖書的ではない人に対する
怒りに悩まされていると話していたことを
思い出しました

自分でも制御出来ない程の
怒りの感情が沸くということは
おかしな霊に思いを投げ込まれて
それに同意をしてしまっている状態です

それが自分の思いと違う感情であるなら
すぐに捨て去ることが出来るのですが
自分の思いを後押しするような怒りが
投げ込まれてしまうと 自分の感情として
敵の嘘を掴んでしまいます

りゅうくんにはすぐに
敵に同意しないことを決めて
敵との契約を破棄する宣言と
祈りをするようにと伝えました

裁きは神様だけがなさることであり
人の領分ではありません
その領分を超えたことしたがるのは
神を超えて自分を高くしようとした
堕天使 悪魔の性質なのです

神様は人に 裁くことを辞めて
光であれと教えられました
怒り 裁く姿は敵の性質です
クリスチャンはそんなものに同意せずに
地の塩 世の光として生きることが出来ます
そのために弟子訓練があるのです

もし敵との縁の切り方がわからなかったり
地の塩 世の光として生きるということが
まだよくわからなかったとしても
神様の御翼の陰に逃げ込むことが出来ます

自分で闘わないこと というのを
つい先日示されたばかりなのですから
自分の思いに頼らず 神様に頼れば良い

りゅうくんと そんな話をしているときに
ある姉妹がメッセージをくれました

祈りが必要である感じがしたので祈り
神様の導きにより自分の証をシェアすると
解放があったというメッセージが届きました

不思議なことなのですが あとで
自分が書いた証を読み直してみると
よくこれを書けたなぁと思うような内容で
本当に 用いられていたんだなぁと感じました

普通に考えると言いにくいことを書いてましたが
それを伝えていた時は ただ一心に
神様の御心を伝えたいという思いだけでした

もし 自分の保身を考えていたら
とてもシェア出来ない証だったかもしれません

りゅうくんの問題は
神様のレーマを語ることに対する恐れが
聖書依存になってしまっていることです

言いやすいことを言えばいいのではなく
常識的に受け入れられることを
言えばいいのでもなく
神様が為さりたい奇跡のために
常識を超えたことを言う必要がある時があります

私は 神様の奇跡をたくさん見たいので
それに用いられることは嬉しいですし
非常識なことの背後にある神様の御心を
掴んで貰えることは何よりの喜びです

仮に 言葉を伝えたとしても
掴んでもらえないなら
ただ単に私が非常識なことを言っただけで
終わってしまいます

これは 非常に苦しいことです

神様は 責任は私にあるのだから背負うなと
仰有ってくださいますが
しかし 見られるはずと期待していた
奇跡がそのような形で消されるのは
本当に 辛いことです

信仰がある人は本当に素晴らしい
光が広がっていくのを見るのは本当に喜びです

喜びの子 と言われたので
この喜びが拡大することを期待します♥️

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