呻くような祈り

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どのような感覚で言葉を紡ぐときに
神様が働いてくださるのかを
感覚的に掴めた ということを
昨日の日記に書きましたが

この件について QTを通して
更なる深みを教えてくださいました

自分自身が神様との
一致を得られないときに
落ち込むのではなく
求める祈りをするように

これは 自分自身のことだけではなく
人との関係においても同じことで

昨日の日記にも 自分のことであれば
楽なのだけど と書きましたが

人のこととなると その人自身が
心から望むかどうかがとても大きいと
思い込んでしまっていたので
神様に求めることをしていなかった

ということを示されました

しかしそれは逆を言うと
自分が何をどう望めばいいのか
自分が一体何を望んでいるのか
わかっていないということでもあります

事実 神様から素晴らしいものを
折角頂いても その時はよくわからず

自分が何を頂いた ということを
言葉にしようとして はじめて
神様のみこころを知ることは多いです

求めなければいけないのはわかるけれど
何を求めればいいのかわからない

私の場合は そういう状態が本当に
長く続いたので 異言で祈ることしか
出来なかった時期もありましたが
今でもそういう祈りが必要なことは
あるのだなぁと思いました

特に 自分個人の問題ではなく
広い範囲いにかかるような問題であると
そのような祈りに促されます

悪い状況が当たり前すぎて
良いイメージが全く抱けない

過去に ロールモデルとなる人を
見つけたいと思っても どうしても
そういう人に出会えなかったという
領域は正にそのような領域であり

その時の祈りは 正に
呻くような祈りであると思います

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