地のためのとりなし

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週末に貰った課題を抱えて
色々と祈っていましたが
その中でひとつ 土地に対して
大きな思いが与えられたので
その事について祈りました

とりなしの祈りについて
以前少し書きましたが
とりなしの祈りと普通の祈りの
一番の違いは 当事者になりきって
祈ることであると思います

例えば 悪いことをして
それと知らず反省もしていない人が
心を入れ換えることが出来るようにと
祈るのは普通の祈りです

対してとりなしの祈りというのは
自分自身がその人になりきって
その人の代わりに 神様に対して
ごめんなさい 赦してくださいと祈り
赦しを受け取ったと感じたら
感謝と神様の勝利を捧げるのです

最初 本人の思いを無視して
代わりに祈ったりしていいのだろうか
という思いがありました

しかしその思いこそが
とりなしに力があることを
物語っていたように思います

また 実際に祈ってみれば
気が付くと思うのですが
もし 自分に人を裁く思いがあったら
その人の身代わりに祈ることは
大変難しくなります

愛がなければ 心から
とりなすことは出来ないのです

自分が傷つけられた と
感じた時などに すぐに
とりなしの祈りをすることは
自分の心を守ることにもなります

また 神様がどのように
自分やその人を愛しておられるのかを
知ることで 神様が形創ろうとされる
イメージを垣間見ることがあります

時にはその祈りを通して
自分の本当の望みを知ることもあります

神様が見せてくださるイメージや
引き出してくださった自分の望み
それこそが他の誰でもなく
自分だけがとりなせる祈りであり
その祈りを神様は喜んでくださいます

神様は 一人ひとりを唯一無二の
ユニークなイメージで創られました
あなたが祈りを通して見たイメージや
あなたの心に浮かんだ望み 願いは
あなたを通してしか流れない
神様の愛の現れで 命です

それこそが命の泉だと感じますし
それは 永遠の泉なのです

話は自分のことに戻りますが

思いが与えられたので
土地について 全ての土地を
神様の地として頂くという
祈りをしていました

土地を創られたのは神様だから
正当な持ち主にお返しします
ここを神様の土地としてください
という祈りです

敵との戦いというのは
霊の世界における裁判なので
私がそのように祈れば
その土地に対する裁判が
始まると信仰により宣言しました

そして この土地を
知らず知らずのうちに
敵に自由にさせてしまったことや
お返しするべき収穫の一部を
返さず呪いとしてしまったことを
赦してくださいと祈り

しかしその代価はイエスさまが
支払い取り戻してくださった と
救いの到来を宣言しました

普通の民家や商店 会社や病院
そして神社仏閣 教会
更には放置され荒れた土地まで
全ての目に入った土地に対して
裁判の始まりと救いの到来を
宣言して歩きました

人々が 解放されて
福音を聞いたときに
何者にも邪魔されることなく
自分自身の思いでそれを
選択するかどうか決められるように

羊たちが 羊飼いの声を
聞き分けられるように祈りました

その夜 ある姉妹から
勉強会に参加した内容を
シェアして貰ったのですが

そこには 土地の獲得 という
表題が書かれていました

霊の一致に感謝をしました

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