器が整えられる過程

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昨日の日記で 賜物を神様に
捧げる祈りをしたら軽くなった
という話を書きましたが

その直後から物事が動き始めました

その少し前から 自分が召しを
達成するにあたり 周りの人が
手助けをしてくれるように
なっていることを感じていました

お願いしたり相談したりするから
助けられるのではなく
目的を達成するために
ひとりひとりの意識が
自然と相互を支えあうような
動きをしていると感じます

少し前のように 誰かが
思い込みや独善により
古いやり方に頼ることが
事前に制されるようになり
その結果 自然な流れが
出来ているように感じます

以前は自分の信仰と努力により
半ば無理やり乗り越えてきたことが
本当に自然な形で動くのです

私がしているのではないのは
誰が見ても一目瞭然なので
負い目を感じずに居られるのが
何よりも助かっています

またりゅうくんは
自分を責める時間より
前向きなものに向き直り
自分のあるべき姿を現す時間が
圧倒的に増えました

その事は恐らく表裏一体で
私自身が自分を責める必要が
無くなったのと同じように
りゅうくんの見る世界でも
何か変化があるのでしょう

ともあれ 事が動こうとする時に
私は 自分でやらなければならないと
緊張する必要がなくなりました

神様の支えだけではなく
りゅうくんや それ以外の人の
支えを得られるからです

もしかすると 私が
余計なものを掴んでいたのが
原因なのかもしれず
それを手放したことにより
健全に動き出したのかもしれません

りゅうくんは まだ力が弱く
鍛えなければいけないのに
弱いから鍛えたら壊れてしまうという
勘違いを壊されつつあります

私は 最初からわかっていましたが
ここまで来る過程で 他に
担ってくれる人がいないために
仕方なし担ってしまっていた
役割を手放している感じです

鍛え上げられるもの
削り落とされるもの

全く違う必要のように見えて
互いに必要であることが
面白いなと思いました

取り敢えず

自分は自分であり
それ以上でも以下でもない

ということを真摯に
受け止めたいと思います(苦笑

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