神様の情熱を求める

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りゅうくんは昨日の夜から会社でしたが
世の中的にはまだお休みの時期なので
仕事が早く終わり夜中に帰ってきました

しかし 霊的な意味で疲れたと
言っていました

ひとつには 仕事がないと
かえって疲れるという
側面もあるでしょうが

しかし やはり霊的な意味が
大きいだろうなぁと思いました

そして今日 会社に行ってみて
なるほど と思いました

今年のはじめ 年末年始の
カウントダウン賛美の時に
今年は世の中ではとても
辛く大変なことが起きるが
その中でもクリスチャンは
守られて大丈夫である
という感じの預言があったな

と 思い出すような朝でした
会社に行くと まるで
通夜のような暗さがあるのですが
その理由 原因になっているのは
気に病んでも仕方がないような
この世の気遣いであり

そして この5日の休みで
すっかり忘れていた
「霊的に足を引っ張るいつものこと」
でもありました

簡単に言えば
心配は罪であり
この世の気遣いはいばらです
それらにより場の雰囲気が
悪くなるわけですが

場の雰囲気が悪いということは
敵の侵入を許しているということです

それらをもし裁くのであれば
罪に罪を重ねて更に
場を悪くし 敵は大喜びです

そういう中で最適な態度は
またお前か と一瞥して
自分自身は神様に顔を向けて
喜びと賛美に溢れることです

しかし人なので やっぱり
どうしても目の前の事象に
気が取られることがある
時には罪にある人を用いて
攻撃(ストレスになるようなこと)も
あるにはあります

そこに霊的戦いがあるのです

言葉には力がありますから
人の意識も良い方へと
向けるような言葉を使うこと
言葉により人々の目線を
神なる美しさや喜び
或いは真理へと
向けさせることは有効です

特にこれは 人が明らかに
真理に反したことを言うとき
とても力があります

但し もし裁く心で言うなら
裁き訴える性質である悪魔に
霊的チューニングを合わせて
発言することになりますから

心の中に賛美と喜びと感謝を
満たして 聖霊が語るままに
語ることが大切であり
そこには 祈りや断食が
必要となることがあるのです

断食というのは 食べ物を
断食するという意味も
勿論ありますが

日々自分の内に入るものを
気を付けているなら
食べ物よりも この世の言葉や
この世の思いの断食の方が
大切であると感じます

この休日 神様の喜びに満たされて
神様を賛美する時間は
最高の断食だったわけで

だからこそ この雰囲気に
戻らないように自分の内を
神様でいっぱいにしたいと思います

まずは自分の内にある
余計なものを焼き尽くすことが
最初です
自分の目に梁があるのに
人の目のおが屑は取れません

いつでも神様の情熱に
焼かれていたいと思います❤️

神様の情熱とは何か
というのがとても大切なのです

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