コンプレックスを乗り越える

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今日は お昼に突然母が会社に来て
果物やお菓子を置いていきました

また 先日母に頼まれて取った
9月のチケットの代金を
これは誕生日プレゼントねーと
かなり気の早いことを言って
置いていってくれました

昨日 外食をしたので
来週の給料日までは
必要最低限だけの買い物で と
思っていたのですが
思わぬ収入に感謝をしました

求めていなくても
神様は与えてくださいます

しかし あれだけ必要を
満たされたというのに
りゅうくんがまた何やら
不安定になっており
受け取るべき御恵みを
受け取り損ねる雰囲気です

と いうより与えられるばかりだから
コンプレックスになってしまう
ということなのかもしれません

しかし 自分が神様の栄光を
現すものだというアイデンティティを
しっかり掴むなら そこは
凹むところではなく
喜ぶところであるはずなのです

しかし敵は様々な方法を用いて
本来受け取るべきものから
目を逸らせようとしてきます

例えば 本当に小さなことを言うなら
仕事中に 悪質な迷惑メールが来て
イラッとしたりすると
その瞬間に邪魔が入ったりします

が いちいちイラつくことなく
さくっと迷惑メール報告をして
ブロックリストに登録して
削除するという流れ作業を
してしまえば影響はなありませんし

迷惑メールを送る人も
敵の足場になっている人なので
罪から解放され 本来の命へ
入る機会が与えられるように
祈ることもあります

そのように祈れば 敵に
打撃を与えることも出来るので
(後手の攻撃ではありますが)
本当に 自分がどこに立っているか
という問題ひとつなのです

更に言うと最近思うのは
愛というのは 先回りするものだ
ということです

興味関心がないという状態が
一番愛がない状態であって
何か事が起きてから祈るというのは
そこに愛がなかった証拠だな
という思いが最近与えられました

自分に与えられた領域以上に
ただ愛を振り撒けばいいという
ものではないのですが

少なくとも自分に与えられた
領域については きちんと
意識を持つことで先手を打てるのです

愛によって場を守る
ということなのかもしれません

神様は その事を
「もっと求めなさい」という
表現で示してくださいました

もっとこうなるといいな
もっと良くなるといいな
何か 目の前で嫌なことが起きたときに
そっちを見てイラつくのではなく
後ろにいる神様に振り向いて
これどうにかして とお願いするのです

そう思った時にそもそもで
「こうなるといいな」という
良いイメージが持てることは
その事自体が物凄い賜物なのだと
最近 気が付きました

怒りに捕らわれてしまうと
良いイメージすら持てないのです

しかし 敵に捕らわれずに
自由であるなら 自分に与えられた
神様のイメージ通りに求めることが出来る

それは 本当に賜物なんだなと思いました

そのイメージする力は
神様が与えてくださったものであり
神様のイメージ通りの祈りにより
神様と一致した打ち破りが起きる

神様は 私に対しては
私に与えられた領域と
私を形作られたイメージで
一致の打ち破りをくださいます

私には私の領域を守る責任があり
他の人のそれとは違います

たまに とても素晴らしい
祈りや癒しを与えてくださる人に
出逢ったとき この人のように
なりたい!と憧れることがありますが

それが神様のイメージであるなら
頑張らずとも 求めれば貰えるし
違うなら違う形で与えられます

しかし それを
コンプレックスにしてしまえば
敵の罠にはまるわけです

りゅうくんが 打ち破りを
得ることが出来ることを祈りますが
コンプレックスにするのは
求めないからなのだろうと思います

自分には無理だと思っていたら
求めることも難しくなりますが

聖書に 盗んだり殺したりするのは
求めないからだと書かれていますが
コンプレックスに捕らわれることは
自分を殺すようなものなのです

どの様な形であるかは神様にお任せし
ただ子どものように求めること

それが今 神様から
示されていることです

求めていきたいと思いますし
何を求めれば良いのかよくわからない時は
よくわからないけど神様が
私に与えたいもの全部ください!
ひとつも残らず取りこぼすことなく
受け取れるようにしてください!

で 良いのかなーと思います

神様は人が思うより高いことを
ご計画されているので
何も自分の制限におさめることも
ないと思いますしね

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