神様と御使いと関係性の回復

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敵の嘘を自分の思いだと信じ切っている人は
それを正当化する嘘を囁かれれば
喜んで外に拡散します

本人は良いことだと思い込んでいるし
自分は正しいと思い込んでいますし
それは神様から来たものだと信じています

何より それはある程度の表面的な
一時的な結果を伴い
人々に称賛されることも多くある

と いうより 人の称賛を求め
人に認められようと行動する時に
その罠に陥るという方がいいかもしれません

この世の君は 今なお地において
支配者であると同時に
人の弱さや欲を知り尽くしているからです

これは何度も書いていることですが
ノアの箱舟の時代に神様は
人に悪い思いがあること自体を
認められながらも それにより
滅ぼすことはしないと決意してくださいました

しかし 霊が言うこと全てを
鵜呑みにしないようにということは
新約聖書における教えの中心に
大きく据えられたテーマであり

私たちの戦いは背後の霊との戦いであり
偶像崇拝には特に気を付けなさいと
幾度となく警告されています

これはかなり前に書いたことなのですが

クリスチャンからの良さそうな
お誘いに対して 神様からか!と
喜んで飛びついたら 敵の邪魔が酷くて
これは一体何なんだ と思ったことが
幾度となくありました

しかしクリスチャンであればある程
良いことであればある程
敵の攻撃も多くなると聞いたので

例え相手がどんな立場にある人でも
人を見て信用するのではなく

必ず神様に全てを委ねて 神様の仕事として
受け取りなおすという過程を入れると
全てが守られてことが進むようになりました

そのように注意深くなることで
頼まれる事柄の責任も大きくなっていったので
確かにこれは神様からのものだけど
「テスト」も込みなんだな と思いました

しかし 思い込みというのは本当に怖いのですが
自己義を外に向かって振り回していると
神様は ただ沈黙をされるのです

自己義 自己正当化をする背景には恐れがあり
恐れにより動くことで恐れの霊を
掴んでしまっている罪の状態にあるので
恐れから離れることを本人が望むまで
神様は待っておられます

しかし そのように神様が沈黙している間も
敵は御使いの振りをして
自己正当化をさらに強固なものとするべく
どんどん誘惑と嘘を投げ込んできます

そしてそれは 世の人に受け入れられます
この世の人々に称賛を受けます

対して 聖書には
神様のなさった素晴らしいことに対して
人々が「呆れた」と書いてある箇所が
多々見受けられますが

神様の為さることというのは
一般的に人に受け入れ難い
世には理解出来ないことが多いです

人が見たことも聞いたこともないことを
神様はすると仰っていることからも
神様がなさることには 驚き呆れる
という感情が伴うことが多いです

始めの頃は それこそ
神様がなさった素晴らしいことなのに
なんでみんなこんなリアクションが
微妙なの!?と驚きましたが

そのうちに 自分自身も
神様 降参します という
気分になるようなことが
たくさん起こったので
こういうことかぁとわかりました

話を戻しますが

敵は この世を知り尽くしており
誘惑する能力もとても長けているので
この世に受け入れられやすい
証のようなものを あたかも
神様からのものであるかのように
投げ込んで来るのですが

最終的には混沌の中に
引きずり込まれてしまいます
(念のため言うと 後で気付いて
神様に託せばきちんとマイナスを
プラスに変えてくださいますが)

クリスチャンになってすぐの頃には
よくそういったことに遭遇しました

祈って祈って待っている事柄に
良い話が来ると
これが神様からの答えかな!と
喜んで掴んでしまうのですが

やってみるとどうも良い実を結ばず
あれれ?となってしまうのです

それで これは何か違うものが
神様の振りをして誘惑しているのだと
気付いたのですが それに気付くと今度は
罵るような霊的攻撃が激化したのです

あまりにも騒がしくて
一体これは何なの?!と
思っていたら

突然雷が近くに落ちて
私自身にも物凄い恐れる心が来たのですが
その途端に罵る声はぴたっと静まりました

あまりに静かすぎて逆に
恐々とするほどで 一体何なの~と
それこそ頭から布団をかぶっていたいような
気持ちになったものでしたが

しかし後日 ギャザリングをリードしている
デミアン牧師より 日本のことを祈ると
いつも雷が鳴るということと
雷の意味は 神様が私の聖徒を行かせよ
(=私の聖徒を引き留めるな)
と宣言される声であると知ったのです

その話を聞いてだったか
聞く前にだったかはよく覚えていませんが

とにかく 御使いというのは
良いものも悪いものもいることは
聖書にも書いてあるわけですが

その見分けは初心者だった自分には
大変難しく とても気を遣うため
そんなのを相手にする余裕はない!
と思ったので

御使いたちに このように宣言しました

あなたたちは黙っていて
何もしないで 何も言わないで
悪い御使いか良い御使いかが
私にはまだ見分けられないから

良い御使いには申し訳ないけど
あなたたちの声が煩すぎて
神様の声が聞き取れないから
神様との関係がきちんとするまで
黙ってて と言いました

するとその祈りはその通りになり
神様との親しい関係を築けるまでの間
本当に静かな中で過ごすことが出来ました

この祈り(宣言)は
誘惑に弱いと自負する人には
ぜひお勧めしたいです

実は クリスチャンになっても
敵の嘘を神様からの証だと
喜んで掴む人というのはかなりいますし

折角の神様からの預言的啓示を
うっかり敵に盗ませてしまい
長年成就しないという人も多くいるのです

以前 あるプライドの高い姉妹が
手持ちのお金がなく困っていたので
神様に示されて奢ったことがあるのですが

彼女はどうしても貸し借りを作るのが
嫌だったみたいで 後日
お金が入ったから今度は奢るよ!と
ご飯を奢ってくれました

しかしそのお金が物凄く「臭かった」ので
え 何これ と思いました

本人ははっきりとは言いませんが
話をするうちに ギャンブルで勝って
得たお金である様子だったので

ギャンブルで勝たせるぐらいは
敵の御使いでも出来るからね?

と言うと それ以降二度と
ギャンブルをやらなくなったようでした

また 過去にアル中だった人が
中毒から抜けられて暫くして
最近お酒に関する良い誘いが増えてきて
そろそろ解禁ってことなのかしらと
うきうきしていたのですが

預言アートにおいてその人のために
受け取ったビジョンは
お酒に溺れているために
良いものがその人に届かないことに
神様がいら立っておられる というもので

私はそのビジョンをその人に伝えるのが
本当は 心底嫌だったのですが
これは間違えなく神様からの答えだと
受け取ってくれたのでほっとしました

これらは良い証なのですが
良い結果にならなかったこともあります

ある人が 神様が人を救えと煩くて
眠ることも出来ず 仕方がないから
寝酒が欠かせないんだと言うので

いや それ神様の声じゃないから
気を付けた方がいいよ と言うと
その後 全く会えなくなってしまった
ということもありました

どうか 他の場所でいいから
真理に目が開かれて 神様と共に
歩く道をきちんと歩いて欲しいと祈っています

他にも色々とあるのですが
地上で生きている限り 人は弱さを持ち
誘惑との闘いは続くのだということだけは
実感として持っており

自分の中に神様が良しと思われない
ものが少しでもあるなら根こそぎ
取って欲しいという祈りと

人を見ずに神様だけを
見ることが出来るように
神様の御心だけが
為されますようにという
祈りは本当に欠かせません

ちなみにりゅうくんも
中毒から完全に抜けきれずに
誘惑を 神様からの恵みだと思って
喜んで掴んでしまうことが
物凄く多くあります

そういうことが起こるたびに
霊的一致が崩されて喧嘩になります

喧嘩になるので それが神様から
出たものではないことがわかるのです

以前はそういうことが起こると
りゅうくんは自己嫌悪するだけでしたが
最近はやっと 自分が
愛されたものだという
アイデンティティに固く立ち
自分を責める嘘に同意せずに
立ち直るのが早くなってきました

特にここ最近 この件について
神様が一気に畳みかけようと
されているのを感じています

畳みかけても大丈夫なだけ
神様との関係が強くなってきた
ということであると思います

中毒からの脱却というのは
すとん と憑き物が取れたように
突然変革を得る人もいますが

中毒の裏に 人に対する恐れや
怒りがある場合 神様は
人との関係を通して変革を
与えられるように感じます

もうひとつは この問題は
聖書を通して 自分達で
どうにかしなさいと伝えたことだから
わたしはあえて干渉しない

ということなのかもしれません

とにかく りゅうくんへの示しの
多くが私経由で与えられるわけですが

私からりゅうくんに言いたいのではなく
神様が言いなさいと言ってるだけだから
伝えたからには 自分と神様との
間でどうするか話し合ってね

と 放り出しています

神様の言葉には絶対に
自分の解釈を加えてはいけないからです

先日面白い示しがあったのですが
ラーメンを食べていた時に神様が

汁は全部飲んでも構わないけど
飲んだら睡眠の質が下がるよ

と 教えてくださいました

睡眠の質は大切なので
私は飲まないことにして
りゅうくんにもそれを伝えました

りゅうくんは 不機嫌そうに
僕も飲んじゃダメなの?と言うので

そうじゃなくて 飲んでも良いけど
飲んだら睡眠の質が下がるんだって
教えてくれたよって言ってるの

強制じゃないから自分で考えて決めて
と 伝えました

暫く沈黙していましたが
りゅうくんも汁を捨てたので
良い選択をしたね と褒めました

その後 睡眠の質が下がることで
どれほど健康を害するか という
記事が立て続けに流れてきたので
今向き合うべき大切な
テーマなのだと思います

(りゅうくんは3ヶ月ほど前から
完全夜勤のみになったため
睡眠時間がぶつ切りになったり
よく眠れないのは実際問題でした)

と かなり長々と書いてきましたが

このように 中毒からの解放に
関わることが多い理由というのは

自分の人生が荒らされた原因に
中毒というものがあったからだと思います

神様は その領域を私に
きちんと取り戻すように
導いてくださっているのだと感じます

我慢してストレスを抱えるより
好きなことをして死ぬ方がいいよね

と いう考え方によって
中毒が正当化されてしまい
誰もそれを見て見ぬ振りをするので

被害を受ける私はその考え方に
結構な憤りを感じていました

そして 何より中毒の人に対して
全く尊敬がありませんでした
酔って自制が効かなくなり
人に迷惑をかけたり暴力を振るったり
するのは本当に最低の人間だ

と この世の人であれば
その考え方のどこに問題があるの?
と思うような考え方を
当たり前のように持っていました

しかし神様は 私がそのように
中毒者を尊敬しなかったことや
軽蔑したことに対して
悔い改めの機会を与えて
くださっているのです

そういう人は 自尊心を
きちんと持つべきで
その為に励ますことも
召されたのであるなら必要だ
という考え方に変わりました

召されてもいないのに
お節介はしたくありませんし
するべきではないと思いますが

神様は そこにあった
私の間違えた思いを
断ち切ってくださりつつあり
召されたところにおいては
愛する心も与えてくださっています

実際 以前持っていた中毒者に対する
攻撃的な軽蔑の思いはなくなり

神様ならこの人を
立ち直らせることが出来て
この人は素晴らしくなるんだ
というわくわくする感覚を
与えられるようになりました

それもこれも 御使いの
投げ込むものを完全に
断ち切る時間を持ったことが
私にとっては良かったと感じます

霊的な混乱の中では
人の目を神様に向けることは
難しくなります

霊的に静かなところで
神様とだけ対峙することは
本当に 大切なことです

今は 神様が御使いとの
関係の持ち方を教えてくれましたし
背後の霊を感じた時にもすぐ
目線を神様に向けられるので
御使いを全く無視することもありませんが

それでも 過去に神様が仰ったと
思っていた「声」が 実は
神様ではないものだったと
気付かされることがあります

霊の見分けというのは
本当に 大切です
混沌から脱したければ一度
御使いに距離を置くのはお勧めです

イエスさまを信じる人は
御使いよりも上の権威を
与えられていますから
黙ってて!と言えば彼らは黙ります

御使いはみんな黙ってて!と言ったのに
繰り返し語られることがあり
向き合いたくないことなのだけど
納得感と平安が伴うのであれば
それは神様からの示しだとわかります

聖霊様を頂いているのであれば
必ず 見分けることは出来ると信じます

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