権威ある言葉

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昨日書いた「見たかったセミナー動画」の中で
薄々感じていたことについてはっきりとした
答えを得ることが出来ました

イエスさまは遣える者 命をも捧げる者として
ご自身の権威を示された

亭主関白でただ威張り散らすだけの
夫に遣えることは出来ないでしょう?

ショーンボルツの著書「神の通訳者」の中でも
愛がなければ権威を持つことは出来ないと
書かれていましたが 権威というものは
立場に対して無条件に与えられるものではなく
愛することとセットで成り立つものだと
確信を持つことが出来ました

権威ある立場の人が 下の人に
何か指示を出しす時は勿論
教えたり諭したりする時でも
そこに愛があれば下の人は
聞き従いやすいわけですが

下の人が上の人に対して
権威から神様のみ恵みが来るという
約束が聖書にあることを
信用していることも重要です

勿論 人が愛しあう関係で
その信用が固くなることも重要ですが
それ以上に 神様の約束が
そこにあることを知ることが重要です

全ての権威は神様が置かれたと
聖書に書いてあります

どんなに暴君に見えても
どんなに間違えているように見えても
或いは稚拙 或いは未熟に見えても

神様を信じる時に 神様は
あなたの上の権威を用いてあなたに
み恵みを注がれるのです

しかし もし下にいる人が権威者に対して
心を開いていないならどうでしょう

その答えは イエスさまの福音にあります

信じるなら救われるのであって
信じないものは救われないのです

神様からのみ恵みというのは
日々の糧 仕事であるとか
物質的 精神的なものだけではなく
超自然的なこと 奇跡的な恵みも
勿論含まれます

一番わかりやすい例えを言うなら
祈りによる癒しです

神様の権威を持っているなら
地においての全てに対して
権威を用いることが出来ますが
人の肉体も地に属しています

権威者は 肉に対して癒されよ と
イエスさまの権威を持って
命令することが可能です

以前 ヒーリングルームの勉強会において
神様が「今日はこの人がリーダー(権威者)」と
リーダーを定められることがあると学びました

突然入ってきた知らない子どもに
神様が権威を与えることもあるそうで
そういう場合でも チームメンバーは
その権威に従う必要がありますし

また ヒーリングを受ける人も
その権威に従う必要があります

それを知らずにいて 子どもだと
軽く見てしまったら癒しが起こりませんから
御国においての権威の法則について
神様の任命した権威に従うことの意味を
ヒーリングルームに入る人に
事前に知らせておく必要があるのです

この権威の法則は 全ての領域で有効です

自分自身の親 夫 所属教会のリーダー
自分が住む自治体 国 そういうところから
神様のみ恵みは流れてきます

しかし同時に クリスチャンは
イエスさまの権威を着た者として
地に属する者に対して
イエスさまの愛とみ恵みを流すことも出来ます

あるシーンで 突然神様が
あなたを権威者として任命して
神様のみ恵みを流すことがあります

それが 器として用いられる
ということであると思います

クリスチャンの多くは
神様の愛の器 或いは栄光の器として
用いられたいと願っていると思います

以前 ある牧師から権威についての
重要な教えがありました

もし権威を用いたいのであれば
権威に従う必要がある というものです

要するに 神様の愛を地に流したければ
神様が自分の上に置いた権威の全てに
従順である必要があるのです

イエスさまはそのことを
税金を納めるべきかという問いに対し
カイザルのものはカイザルに返しなさい
という表現にて「正しい」と示されました

権威に従うことは正しいことなのです

好きな権威だから
自分にとって良い権威だから
従うのではありません

神様が置いた権威だから従うのです

最近この「権威に反抗する言葉」というのは
全て 敵の声なんだなぁと感じました

当然 その人の思い違いもありますけど
敵が後ろでそうだそうだ!と応援したり
その人に入れ知恵をしたりしているのです

ですからその思いに長く浸っていると
どんどん敵の性質に似てきます

そういった思いは多くの場合
「愚痴」という形で表に出ますが
先日 ある人が上の権威に対する
愚痴を言っている時に りゅうくんが
神様がその愚痴を聞くなと言っている
と 話を中断してくれたことがありました

敵には権威はありませんが力はあるので
そういった言葉にも力があるからです

聞くだけで影響があるのですから
その思いを自分のものだと勘違いして
掴み続けるなら どれほどに
自身の人生に破壊を招くでしょう

この世の君というのは悪魔ですから
敵の性質に触れ続けて 似れば似るほど
悪魔からは可愛がられ 場合によっては
悪魔から力を与えられます

愚痴の裏には 大抵間違えた動機があります

例えば自分を酷い目に遭わせた人に
仕返しをしたい(そのための力が欲しい)とか
この権威には遣えたくも従いたくもないが
良いものだけ頂いてさっさと逃げたい

或いは この権威はダメだから
自分が支配をしたい であるとか
とにかく 愛から離れた間違えた心です

全ての必要はきちんと神様から与えられる
ということをわかっているなら
余計なものは掴まずに済むはずなので
神様との信頼関係が出来ていないことで
こうした間違えが起きることもあります

多くの人はそれを知らずに
悪魔の力に溺れ そして身を滅ぼし
それを見た人たちは
力を持つなんてろくなことはない
という間違えた概念を持ちます

しかし御国において
たくさんのものを管理して
たくさんの人を養って
たくさんの弱きものを助ける人は
大いに称賛を受けます

それこそが神様の御心であり
神様が地に現わしたいご自分の栄光であり

クリスチャンが神様を現さなければ
人々は神様の素晴らしいご性質と
無限の力を知ることも見ることも出来ないのです

悪魔を見るか 神様を見るかなのです

悪魔の手の内で力を求めて失敗した人が
御国を知った時に大きな力を求めて
栄光を大きく現すことも多くありますし

幸いにして悪魔の力を得なかったものの
正しい力で人々を養い助けたいという
志を持つ人もたくさんいます

自分には力はないと思っている者に
神様があなたは大いなるものだと
呼びかけていることも多々あります

取るに足らないものこそ
神様の器として相応しいのです

クリスチャンになる時
間違えた力を見ていたことを
悔い改めるチャンスが与えられますが
それは この世で得た力を
失うことを意味することがあります

より大きく完全な力である
イエスさまの権威を用いるために
古い力は全て捨てる必要がありますが

多神教 或いは無宗教の考えでは
複数ある頼るべきもののうち1つが
神様であるという間違えた考えを持ちがちです

全てのものは神様の創造に寄ります
本来それは人が管理するべきものでしたが
敵はそれを盗んで自分のものにしています

人には確かに必要があります

しかし本来は人のものですから
人はそれを取り返さなければいけない

必要だからといって 盗人に
人が従うのはおかしなことです

創造された時に与えられた本来の命に
全ての人が立ち返ることを切に祈ります

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