神様と共に動く2つの形

Pocket
LINEで送る

これも先日のPower and Loveでの
学びがベースのお話です

イエスさまの御名による奇跡を
起こすコツとして ロビー牧師は
リスクを取る方法を話されました

父なる神様を見て 神様が
なさっていることをやる のではなく

イエスさまはあなたを愛していて
今からイエスさまがあなたに
自己紹介をされますよ!と言って
癒しを必要な人のために祈る
という方法でした

これは 聖書においても
描かれている奇跡の形です

ひとつは 初めてイエスさまが
起こされた奇跡 カナの婚礼です

イエスさまは まだ時ではないと
言ったのに 母マリアは召し使いに
彼の言うことを何でもやってください
と言い 結果水がワインに変わるという
奇跡が起きました

また 長血の女も良い例だと思います

当時 長血という病は汚れているとされ
隔離され 人から唾を吐きかけられても
仕方がないような病気でした

しかしお着物にでも触れれば
きっと治る!と信じて
人混みに出てくるという
リスクを取った時に奇跡が起きました

神様は 私たちのことを本当に
愛してくださっていることを
神様にしか出来ない方法で示してくださるのです

ここで大切なのは 神様の愛
神様の御心を理解した上で
あなたであればこうしてくださる!
と信じて行動することだと思います

自分の願いや思い 人の考えが
動機には決してならないところが
ポイントです

そしてもうひとつの方法というのが
聖書においてイエスさまが
仰っていたことですが

父なる神様がなさることを見て
真似る という方法です

神様が こう宣言しなさいと
示されたことを宣言するのも
そうだと思いますが

意味がわからなくても
示されたら行動するということです

この事には 大変力があります
何せ 神様からやりなさいと
示されているわけですから
絶対に何かが起きますし
責任も全て神様が取って下さいます

なるほどなぁと この
2つの形について思い巡らしつつ
神様が作っているものを真似て
朝食を作っていて はたと気付きました

あ 私きちんと神様がやることを
見て それをやってるじゃないの

それにより何が起きてるのか
わからないけど これって
凄いことなのかも!

という思いが突然与えられました

すると神様は それだけではなく
あなたはリスクを取った行動を
するのも得意だよ と
頭を撫でてくださいました

その時 りゅうくんが先日
受け取った物語を思い出しました

少女は 一つの筆を握り
それを用いて世界を彩っていた
少女が描いたものは現実となり
それを見て少女も楽しんでいた

少女のとなりには その方が立っていた
その方も 筆を持って世界を描いていた
少女の描く部分の外側をおおうように
少女の描いたものが
離れることがないように

そうして 羊の目の前には
愛の帯によって結ばれた
果てしなく広がる景色が創り出された

少女とその方は 羊を見て言った
これが あなたとともに歩む道だよ
あなたはこの先に 何を見たい?
そうして差し出された手は
優しく羊を導き いままで
存在していなかったような
道を 歩き始めた

そういえば以前 私が編み物を
するのをご覧になって 神様が
何かを編まれている様子を
りゅうくんが見たことがあります

その時も 神様ではなく
私の行動が先でした

しかし後に りゅうくんの物語で
本来は絵を描く者であるのに
それでは食べていけないからと
モノ作りを始めた という
偶像崇拝の物語があり
過去の自分のことだなぁと思いました

愛のため 神様の栄光のためにと
編み物をした時はそのように
協力してくださいましたが

しかしそれは 私の本来の道ではなく
それをやりなさい 続けなさいとは
ならなかったわけです

そして これは先日も書きましたが
最近感じているのが広告という仕事です

今 神様から広告の仕事を
頂いているのはもしかしたら
ぺテロがイエスさまに
たくさんの魚を貰ってから
ついてきなさいと言われて
漁師を辞めてついていった
その時のようなものなのでは

と 感じているのです

その領域で 奇跡を見せてあげる
だけどあなたのそれは他のことに
使うために備えられた賜物だから
それを捨てて私についてきなさい

そう言われている気がするのです

その象徴となったのが
今回 ポストカードと一緒に
印刷したチラシでした

ポストカードをどのように
展開していくか神様に
祈り尋ねていると

ポストカードやホームページは
戦略が与えられたのですが
チラシについては 捨てなさいと
示されたのです

普通に考えれば お金をかけて
印刷したものを捨てるというのは
勿体無いとか思いそうなものですが

労力をかけてお金もかけたものを
神様のために捨てるという
預言的行動に喜びすら覚えました

自分の思いでやめることを
宣言するだけ
でも勿論良いのでしょうが
本当に神様のために喜んで
全部捨てることが出来るのは
とても気持ちが良いことでした

そうやって 少しずつ
自分の手で掴んでいたものを
手放していくと 神様やみつかいたちが
今までより多くのものを
見せてくれるようになりました

ふと見ると 神様が筋トレしていて
真似をすると 今まででとは
違った感じがすることがわかりました

また食べ物を暖めずに食べようとしたら
神様が 温めなさいと仰り
どうしよう と迷っていると

すみこが冷たいまま食べたら
ぼくたちも冷たいまま
食べることになるんだけど
そんなのあり得なーい と
みつかいたちに
総突っ込みされてしまい

霊的にそういう仕組みなんだ と
理解したので 自分だけのことだと
思わないようにしようと思いました

他にも 私の行動や発言を
神様がどのようにご覧になって
くださっているのかなど
たくさんのことを教えてくださり
本当に 涙が出ました

今まで ずっとやって来たことでも
意味に対して目を開かれた時に
これ程まで感覚が変わるのかと
びっくりしました

小さなことに忠実だったから
より大きなものを管理させよう

このみことばはペンテコステ礼拝の
メッセージの中で 今この教会に
与えられている預言として
紹介されたものだったのですが

心に今までになく熱く響いてきて
自分に向けられたものだと
本当に 強く受け取ることが出来ました

恐らく来年の春ぐらいに大きく
動くことになると感じており
それに向けて様々な準備が始まります

今までは マイナスをゼロにする
片付けの季節でしたが これからは
自分達で管理して増やす季節です

その中で ひとつ
強く示されているのが
霊的背景に気を付けなさい
というものです

ヨシュアたちも 街を取る中で
何一つ持ち帰ってはいけないと
神様が示されたにも関わらず
分取り品が持ち込まれた時
戦いに全く勝てなくなりました

少し前に 神様から物の購入先すらも
注意するよう示されたのですが
神様が聖別して与えたくださる物
以外を持ち込まないことは
今まで以上に大切になりそうです

それは単純に 自分に与えられた
領域から出ない(欲張らない)
ということだと感じています

ここに出てくる弱さは
過去の習慣です

敵は 私たちが自由を得ないよう
神の国で称賛されることを貶したり
神の国で俗悪と言われることを
良いことのように称賛しています

それらひとつひとつの思い違いを
神の文化で覆していくことで
土台を固めていくイメージです

先日 リバイバルスクールで
話されていたのですが
敵は権威は失いましたが
力はまだ持っている だから
それに正しく対処出来るように
なる必要があるのだそうです

良い戦いが出来るように
心から祈ります

Pocket
LINEで送る