人を見ず 神様を見る

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以前からQTなどを通して
節々で 取捨をしっかりするように
示されていましたが

ここ数日 私もりゅうくんも
神様から明確に 関わる相手を
きちんと選ぶ季節に入ることを
示されました

それは
古いものを手放さないと
新しいものは掴めない

ということでもあります

心の内で本当にこれでいいのか?
と疑問に思いつつも だらだらと
続けてしまっていたことを
終わりにする決意をした途端に
今まで以上の良いものが入ってくる

ということを立て続けに
目の当たりにする日々が
続いていたのですが

その影響は 私の身近にいる
全ての人に影響を与えます

こういう 大きな変化が
起き始めると 変化を嫌う人や
変化に追い付けない人が
私から離れていくことは
よくあることなのですが

離れるわけにいかない立場にいつつ
変化を恐れるタイプの人が
不安を露にしておかしなことを
やり始めることも 実は
残念ながらよくあることだったりします

りゅうくんも どちらかというと
頑固なタイプでしたから
古い自分を捨てるまでは
結構色々とありました

通り過ぎてしまえば
新しいものの方が素晴らしく
恐れていた人の方が
それに触れたときの喜びも
大きかったりするので
産みの苦しみなのかな と
思っていたりもします

そんな中 今身近にいる唯一の
「変化が苦手」な人が最近 様子がおかしく
この人大丈夫かな?と思っていました

心配する必要がないことに
頭を悩ませておきながら
目前にあるリスクに対処しないので
周囲にまで被害が出てしまうのです

分かりやすく言うと
片付けをしないからモノをすぐ無くす上に
人がゴミを捨てようとすると
もしかしたら必要かもしれないから
捨てないでと邪魔をして
被害が甚大になるのです

多くの人は その事に怒り
攻撃をするか黙って従いつつ
トラブルになっても決して
手助けをしないように
しているみたいなのですが
(要するに 距離を置いて関わらない)

私はと言えば
ゴミを捨てないでなんて
不合理なことを言われたら
ゴミを捨てないデメリットと
ゴミを捨てるべき理由を
プレゼンし始めるタイプです

そして 相手が捨てたくない理由を
打ち消すための代替案を出します

時間は取られますが 長期的に考えれば
片付かないループに填まるより
全然時間効率が良く生産性が高まります

しかし 変化を嫌う人というのは
変化したくない理由が大抵は
別のところにあるので
改善すれば良いという問題でもないのです

しかし 私のようなタイプに
論破されたときに
変化に順応するか
ちゃぶ台をひっくり返すかは
正直わからないのです

…と 思っていました

しかしそんな私に対して神様は
明確に示してくださいました

その人が 神様により
良い変化をすることは可能だと
信じて祈りなさい

それこそが御国の
尊敬の文化だ ということは
何度も何度もこの日記でも
書いているのですが

人が変化についていけず
抵抗している姿を目の当たりにすると
ついつい忘れてしまうのです

この人にとっては
変化しない方がいいのかなぁ
と 思ってしまうのです

この思考の癖は完全に
打ち砕かれるべきところです
何故なら そう思った瞬間
その人の背後の霊に
同意をしていることになるからです

その人が 変化をせずに緩やかに
死んでいくことが敵の策略なのです

人に それを打ち砕くことは
難しいこと(無理なこと)ですが
神様であればそれが出来るし
クリスチャンには それを
打ち砕く権威が与えられているのです

神様が いつもいつもその事を
思い起こさせてくださることに
心から感謝しつつ
全ての人が 敵との歩みを止めて
神様と共に生きる命の道に
入ることが出来ると信じて祈ります

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