自分のやるべきことだけに集中する

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実は以前から どのように
対処すれば良いのか解らず
悩んでしまっていたことがありました

それは 神様に対して抵抗する人が
解りやすく 私の行動の邪魔や
横槍を入れてくる

要するに 無意識の霊的攻撃を
してくることについてです

それは 目に見える形とは限りませんし
本人も攻撃する意思はありません

例えばですが

預言や霊的なことに対して
心を閉ざしているクリスチャンは
私が預言の学びをしてきた直後に
教わったことと真逆のことを
言ったりします

勿論私は何を学んできたかとか
話していないのに です

預言を信じるかどうかは
個人の自由ですし
恐らくその人は 私が
預言を信じていることについて
そんなの信じるべきではないとか
言うつもりはないでしょう

しかし 預言を信じていないという
不信仰は 預言なんてないという
嘘つきの霊を信じていることになるのです

本人は そうは思わなくても
神様以外に荷担する者に
なってしまっているのです

ですから 私が学んできたことを
その事を話してすらいないのに
突如 否定することを言い出します

そうなってしまった時に
どうするべきかを悩んでいたのです

私としては 折角学んだことを
敵に壊されるのは嫌ですから
否定的な言葉に対しては
そんなことはない とはっきりと
否定する必要があります

もし否定しなければ 私まで
敵に同意したこととなり
折角学んできたことが
盗まれてしまうのです

もし 相手が自分のリーダーであれば
神様に こんなの嫌です変えてください!
と叫びますし 叫べば必ず神様は
状況を変えてくださいました

また とりなしの祈りを
神様に示されれば祈りました

ですが そういう間柄でもない
クリスチャンに対してまで
お節介をすることはありませんし

明確に 神様に対して怒りを持って
敵対している人がこっちを攻撃してきたり
私より目上の人が こっちを
支配しようとか教えようとか
してくるのは本当にどうにもならない

で そのどうにもならないのを
本当に どうすれば良いのかと
悩んでいたわけですが

神様が 聖書箇所から
明確に示してくださいました

それは マタイ15章に出てくる
カナン人の女の話です

悪霊にとりつかれた娘を助けて欲しいと
様々なアプローチをかけますが
イエスさまに無視をされたり
子犬にパンをやるのは良くないと
言われたりしてしまいます

しかし それでも食い下がった時に
イエスさまは その信仰を褒められ
その時に 娘は悪霊から解放されます

また ユダヤの金持ちの青年が
どうしたら天国に入れるのか
イエス様に質問したときに

持っているものを全て売り
貧しい人に施しなさいと言われて
しょんぼり帰っていったことも
示されました

その後 お金持ちが御国に入るのは
らくだが針の穴を通るより難しい
と仰有られましたが

当時の人がそれを聞くと
針の穴という名の実在した門を
らくだが通るときに膝を折る姿が
思い起こされるのです

ここを示されたとき
神様以外の霊と仲良くしている人
謙遜になれていない人に
目を向けてはいけないんだと
はっと目が覚めました

イエスさまは 教える立場の人は
糾弾しましたが それ以外の人には
食い下がられない限りは
真理をお話になりませんでした

そして ご自身がやるべきことだけを
しっかり見据えておられたのです

意に介すること自体がもう
背後の霊にひっかかってるな と
深く反省をしました

私はそんなのに対して
どうすれば と考える暇があったら
自分がやるべきことをやり

食い下がられたらきちんと
答えれば良いだけなんだな
と わかりました

事実 神様と喧嘩している人が
私に話をしたいと声をかけてきて
打ち破られるということが
最近続いて起きていました

私は 自分の重荷を全て
神様に委ねるべきであり
抱え持っていてはいけないのだ

と 思いました

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