神様の赦しを宣言する

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今日は 詳細は書けないのですが
正に「代々続く家の呪い」だな と
思うような過去の出来事を母から聞かされ
少々憂鬱な気分になってしまいました

しかし その話を聞くことで
神様が 私たちの間だけではなく
親族の内にも打ち砕きを与えて
くださっていることを知りました

そういう意味では 聞く必要があった話ではあるのです

打ち砕きが起こる時 現状維持を望む者にとっては
青天の霹靂 破壊と破滅の到来のように感じます

ですが実際は 硬直した状況の中に命はなく
現状維持を望むものが見つめるものは
ただ一点 死という滅びなのです

呪いの圧政に疲れ切ってしまい
もうこのまま何事もなく穏やかに死に行きたい
という何の希望もない人の元にも
容赦なく 呪いの仕打ちは続きました

疲れ切ってしまっていた人は
もう これが自分の行いの結果であり
自分が受ける分であって
仕方がないのだと諦めていました

ですが ある人たちは違いました

もうこんな状況に甘んじるのは嫌だ
前向きに生きたい 希望を持って生きたい
あなたの姿勢には もう同意は出来ない

そう言って 呪いに甘んじる人たちに
決別を宣言していきました

念のため言うとこれは
うちの親子の話ではありません

むしろうちの母は 子は子で別の人生を
生きるべきであるというタイプの人なので

親が子に干渉しすぎて縛ってしまい
幸せを奪っていながら
子どもの反抗に心を痛める同世代の人たちに

子どもといったって立派に大人の年齢なんだから
自分たちでやらせておけばいいのよ!と憤慨していました

要するに 私は母の愚痴を聞かされたわけですが(苦笑

とは言え 子の側にも
親に干渉をされたいタイプがいます
自分で決める責任を背負うことが出来ずに
親に決めさせようとするタイプです

そして同じように 子どもに干渉して
子どもの人生を自分の自己実現の場とします

自分の人生を生き損ねた子どもは
上手くいっているうちは良いのですが
悪いことが起きた時 自分の人生の責任を
親に押し付けるのです

聖書に 結婚して親元から離れるようにと
書いてあるのは 本当に真理であると思いますが

ここに 代々続く呪いがあるとするなら
神様はどのように干渉しようとされているのか

であるわけです

この件は結構 重くのしかかってきました
恐らく背後の霊の影響なのでしょうが
意味もなく湧き上がる「怒り」の感情を
どう諫めればいいのやら という感じでした

私には重過ぎます イエスさまに全て委ねます!と
ずっと祈っていたのですが
この怒りを味わい尽くすことも
通らなければいけない道のようでした

味わい尽くした時に ふと
呪いの発信源となってしまっている存在に
目が向きました

周囲の全てを憎み 全てを奪い取ることで
その恨みを晴らそうとしていた存在です

その思いはやがて 自分自身を
蝕み朽ちてしまいましたが

その人に 赦しを宣言しました
あなたの罪もイエスさまが背負われて
あなたはもう赦されています

その赦しをあなたが受け取るのか
それとも怒りと憎しみに滅びるのか
どっちを選ぶのかは知らないけど
でも 神様はあなたの罪をも背負われましたよ

受け取るかどうかは知らないけどね

と 祈りの中で宣言しました

すると その怒りは消えていきました

背後の霊が神様の愛の前に
留まることが出来なくなったのだと思いました

人が何を選ぶのかについて 私たちには
何の干渉もすることは出来ません

真理を言うことは出来ますが
火に油を注ぐような場合もあります

ですが 背後の霊に対しては宣言出来るのです

この人が何を選ぶのかは知らない
でもこの人の罪はもう神様が担われた

この人はもう赦された人だよと
敵に宣言をすることは出来るのです

敵は 思いや夢の中で人を模して
思いを投げ込んでくることがあります

被害妄想やいわれのないいじめというのは
こういった背後の霊の仕業を掴むことで起こります

神様の真理を選び赦すことを選ぶか
自分が受けた仕打ちの苦みを晴らすために
人を憎み 傷つけることを選ぶか

或いはそのどちらも選ぶことなく
これが自分の受ける分と言って
ただただ死へと向かうのか

それは どこまで行っても人の自由なのです

神様の赦しが 人の深いところにまで
染み渡っていくことを切に祈ります

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