神様のなさることは全てにおいて素晴らしい

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りゅうくんの物語がとても素敵なので
早くこれを絵本という形にしたいなぁ
という思いが沸き上がりました

しかし神様は 私がこの日記や
りゅうくんの文章をどう形に
するのですか と尋ねた時に

これをどうするかについては
私が責任を持つからあなたたちは
ただ書き続けなさい と示された

その時と同じように
あれこれ練ろうとせずに
気にせず続けるようにと
示してくださいました

しかしその後に ふと
ではポストカードはどうなのだろう
自分で練ってはいないだろうかと
神様に尋ねてみたのですが

それについては
ヨブやイエスさまにおいて
神様が敵の自由をある程度まで
許されたことを例えに
このように話してくださいました

ヨブは苦しい思いをしたが
その結果 彼は以前の倍の恵みを
預けられる身となった

イエスは 人々の罪の杯を飲み
罪人として処刑されたが
その結果 彼は敵が盗んだものを
取り返し 彼はそれを得た

わたしは敵にそそのかされて
ヨブを敵の手に渡したのだろうか
イエスを敵の手に渡したのだろうか

敵はそのように思い
一時は喜んだかもしれないが
実はわたしに用いられていただけだと
知って歯軋りをすることになった

敵を嘲る知恵はどこから来るか
わたしからではないか

わたしの方を見ながら
わたしの平安の中で行うことが
敵の誘惑によるもののように感じても
不安に思うことはない

あなたはいつものように
マイナスをプラスにする神様
このマイナスに見えることも
あなたがプラスにされることを
信じます と宣言していなさい

私は 奇跡が起きるためとはいえ
一時的にでも苦しみを通ること
(というより人を苦しみへと誘うこと)が
結構しんどいな と思っていましたが

しかし神様に信頼して その部分も
大丈夫だと思うことはもしかしなくても
尊敬の文化で学んだところの
相手は神様により変わることが出来ると
信じることと通じるのかもしれません

全面的な信頼を神様に寄せることが
出来ることは 本当に素晴らしく
喜びに満ちたことであると思います

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